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29. 魔王の残した傷跡

(注意)本日3回目の投稿です。(5/18)














   29



 日比谷浩二は、足音も荒々しく地面を蹴って歩いていた。


 その表情は厳しいものだ。

 とっつきづらく、やや傍若無人なふうさえある彼にしては珍しく、どこか焦った様子さえあった。


 早足で歩く先に、空を見上げる端正な顔立ちの青年の姿が現れた。


「……中嶋さん」

「おお、浩二。来たのか」


 声をかけると、中嶋小次郎は気さくに笑って振り返った。


 その普段通りの物腰に苛立つように、日比谷浩二は舌打ちをした。


「どういうことだ」

「ん? なんの話だ?」

「あんたがいながら、あのていたらくはなんなんだって言ってるんだ」

「なにか問題でもあったのか」

「とぼけるのはやめてくれ。たったひとりを相手にして、三人も死んだと聞いた」


 工藤陸の魔軍による、中嶋小次郎の腹心の死亡者のことだった。


 生き残った者に重傷者がいないのは不幸中の幸いだが、被害は直接的なものだけではなかった。


「残ったやつらは腑抜けちまってる。ああなったら、もう信用はできねえ」


 腹心のうち、日比谷浩二と一緒にいた二名を除き、生き残ったのは八名。

 全員が魔王の狂気と死の恐怖から逃れられたことに、ただただ安堵するばかりの有様だった。


 工藤陸の異常性に、完全に心を折られてしまったのだ。


 しっかりと休息を摂って落ち着く時間があれば、表面上取り繕って戦うことはできるだろう。

 だが、いざ苦境に再び経てば、歯を食いしばるだけの精神力は失われている。


 つまりは、腹心たちは全滅させられたにも等しい。


 たかだかひとりの能力者相手にだ。


 加えて言えば、中嶋小次郎の戦闘用の固有能力のうち、切り札たる『大剣』も消耗させられている。


 残数は『光の剣』が二発、『闇の剣』が四発だ。

 隠し手であった『闇の剣』を解禁して『大剣』の使用可能回数は二倍になっているとはいえ、あまりにも手痛い。


「……手を抜いていたんじゃないだろうな」


 じろりと日比谷浩二は睨み付ける。


 彼には目の前の人間の性質について詳しかったし、そうするだけの動機があってここにいた。


 元の世界に戻ること。

 それが、日比谷浩二の動機である。


 ただし、たとえば不安と恐怖から元の世界に戻ることを望んだ十文字達也や、仲間たちを元の世界に戻そうとした神宮寺智也とは少し事情が違っていた。


 日比谷浩二の母が外に男を作って家を出て行ったのは、彼がまだ幼い頃のことだった。


 以来、彼は父親のもとで育った。


 父は冴えない男だった。

 けれど、子供がひどく荒れていた時期も、見捨てずにいてくれた良い親だった。


 そんな彼が病気で倒れたのは、転移の二週間前のことだ。


 高校をやめて働くことを考えた。

 早くそうしていればよかったのだ。


 そうすれば、こんな世界に飛ばされるようなこともなかったのに。


 後悔しなかった日はない。


 だから、手段を選ぶつもりはなかった。

 たとえ悪魔と手を結んだとしても。


「心外だな」


 中嶋小次郎は肩をすくめてみせた。


「そんなわけないだろ。工藤のやつが強かったんだ」

「コロニーで死にかけた程度のやつが?」

「人は成長するものだぜ、浩二。実際、おれもあそこまで化けるとは思わなかったけどさ」


 語る口調に嘘はない。


「同じ能力を持ち合わせた人間がいたとしても、あそこまで研ぎ澄ませることはできなかっただろう。たとえ研ぎ澄ませたとしても、これだけの被害を出すことはできなかっただろう。良い覚悟で、良い生き様だった」


 過去と現在、そして恐らくは未来のすべての転移者の頂点に立つ青年は、惜しみない賛辞を工藤陸に送った。

 かつて自身の弱さに絶望し、憎しみの泥に塗れてあがきつづけた少年には、それだけの力が確かにあったのだと。


 気に入らないとばかりに日比谷浩二は眉を顰めた。


「周囲を全部更地にするつもりでやれば違ったんじゃねえのか」

「……否定はしないけど、無茶言うなって。仲間ごと吹っ飛ばすことになりかねないだろ。おれの消耗だって、もっと激しかっただろうしな」

「それじゃ、本末転倒だ」

「だろう?」


 中嶋小次郎は肩をすくめてみせた。


「まあ、実際……そうだな、浩二がいれば話は違っただろうけど」

「……」


 中嶋小次郎の裏の腹心十余名のなかでも『絶対切断』は別格だ。


 近接戦特化という相性の問題で、遠距離攻撃でも最強の『光の剣』、第五階梯の魔法砲台『疾風怒濤』や、その力を模倣できる『万能の器』あたりには分が悪いものの、それ以外で正面からやりあえるのは『韋駄天』くらいのものだろう。


 そして、その遠距離特化のメンバーについては、すでに『始末』が付いている。


 異界で惨殺されていた『万能の器』岡崎琢磨の死体――あれは、日比谷浩二の手によるものなのだから。


 彼にはやるべきことがあり、そのためには戦いは避けられず、絶対に死ぬわけにはいかなかった。

 だから、冷徹に一番確実な手を取った。


 探索隊を出てから所在の掴めない『疾風怒濤』柚木園瑠衣も同じ。

 すでに、この世にはいない。


 残るのは『光の剣』中嶋小次郎くらいのものだが――彼は元の世界に戻るために必要な人物であり、敵対関係になることを考えても意味がない。


 いまや日比谷浩二の力は転移者のなかでも、特に際立っている。


 いるといないのとでは、話がまったく変わってきてしまうくらいに。


 そんな彼が、中嶋小次郎一党と工藤陸との戦闘に参加できなかったのは、その前に単騎で魔軍と戦う羽目になり、重傷を負っていたからだ。

 付け加えていえば、ある程度、回復したところで様子を見に行くこともできたはずだったのに、ベルタを仕留めるのに手間取ったせいで叶わなかった。


 こうなれば、誰だって認めざるをえない。


 確かに、工藤陸はすべての元凶を前にして、恨みを晴らすことができなかった。

 しかし、たったひとりで、中嶋小次郎の陣営に大打撃を与えてみせたのだ。


「……どうするつもりだ」


 押し殺した様子で、日比谷浩二が尋ねた。


 これに、中嶋小次郎は笑みで返した。


「どうもしない」

「……あんたは」

「そう睨むなって」


 余裕は崩れない。


「逆に訊くが、なにか問題があるのか? おれはここに、こうして無事にいる。なんの問題もない。違うか?」

「それは……確かに、そうだが」


 目的を果たすために大事なのは『光の剣』が健在であることだ。


 彼さえいれば、なにがあろうとなんとでもなる。

 それだけの力があるのだから。


 あとの人員は、ただその消耗を減らすためだけにあるようなものだ。


 想定をはるかに上回る被害が出たとはいえ、そこは本質ではない。


「……」


 なんの問題もない。

 確かに、そのはずなのだった。


「それに、戦力は増えもしたしな」


 黙り込んだ日比谷浩二に対して、中嶋小次郎はそう言うと、視線を動かした。


「……リーダー」


 そこに現れたのは、『多重存在』窪田陽介だった。


 異界での戦闘のさなかに離ればなれになってしまった彼だったが、合流していたのだった。


「さっきの話が本当なのか訊きにきたんだ」


 そういう彼は、思い詰めた顔をしていた。


「おれたちが、この世界に都合よく使われる歯車だってのは、本当のことなんだよな」

「ああ、そうだ」


 頼れるリーダーの風格はそのままに、中嶋小次郎は頷いた。


「おれたちがいなければ、この世界は存在を維持できない。想いが叶う世界にある陥穽ってやつだな。だから、この世界はおれたちを『拉致』した」


 合流直後に、窪田陽介は世界の真実について知らされていた。


 ただし、事実を一部分改変して。


「陽介。おれたちは、元いた世界での慣れ親しんだ生活から拉致された被害者なんだよ。この世界の人間はそれを自分たちに黙っていた。言ってしまえば、加害者だ。そんな相手を気遣わなければいけない理由なんてないだろう?」

「そう、だな」

「もちろん、知らなかった人間たちが大半だ。責めるのは可哀想かもしれない。だが、彼らにもまったく責任がないとは言えない。違うか?」

「違わない」

「元の世界に帰る権利が、おれたちにはある。それとも、陽介は帰りたくはないか?」

「いや。おれだって、帰りたい」

「手段はあるんだ。今回の作戦の鍵でもあった『世界の礎石』を使用して、世界の在り方を変えることで、おれたちは帰れる。世界の在り方を変える以上、この世界には『ちょっとした影響』が出るが、『世界の礎石』を破壊しようとしていた神宮司と違って、致命的なものじゃない。少しくらいは、自業自得だ。責任は取ってもらうだけだ」

「……ああ。全部、お前の言う通りだ」


 織り交ぜられた真実は説得力となる。


 なにより、それを口にしている人物には、長い時間をかけて培われた信頼があった。


 ほとんど洗脳にも近い。

 こういうときのために、中嶋小次郎は下準備を済ませていたのだから。


「おれは、お前についていくって決めてるんだ」


 そう言って、窪田陽介は踵を返した。

 この世界の敵に回ることを決断したのだ。


 彼だけではない。


 もともと、帝都まで探索隊から離れなかったメンバーは、中嶋小次郎を慕う者ばかりが残っていたが、そのなかでもさらに選別した面々を追跡部隊には採用していた。

 遠からず、そのほぼすべてが説得されてしまうだろう。


 戦力は十分過ぎるほど。

 敵対する者にしてみれば絶望せざるをえない状況だ。


 しかし、真島孝弘は諦めはしないだろう。

 必要なだけの戦力を揃えて、世界の危機に立ち向かうはずだ。


 守らなければならないもののためであれば、彼はどんな困難にだって屈することはない。


 そうであるに違いないと、心の底から彼の強さを信じているから、中嶋小次郎は決戦のときを思って熱い吐息をこぼした。


「ああ。楽しみだ」

◆本日の更新はここまでになります。


工藤とベルタの旅は終わり、同時に8章は終わりです。


次の9章が、最終章となる予定です。

最後までよろしくお願いします。



◆「モンスターのご主人様」書籍14巻の書影が公開されました。

(ページ下部に書影があります 2019.05.18 現在)


表紙は、孝弘と幹彦です。

ウェブでも反響のよかったあのストーリーですね。


発売日は今月末の5月30日になります。こちらもよろしくお願いします。

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