21. 接続者
(注意)本日3回目の投稿です。(3/23)
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「おれが……『接続者』?」
告げられた事柄は、咄嗟には呑み込みがたいものだった。
だが、初代勇者の口調は当たり前のことを語るようなものだった。
「そう驚くほどのことではないだろう。先程、中嶋小次郎は異界の防衛機構に干渉してとめてみせたが、きみにも同じことはできるはずだ。世界への干渉力。規模が違うとしても、本質は変わらない。それこそが『接続者』の力だ」
「だが、それは……おれの能力じゃないだろう」
「異界を創る力を持つ、そちらの彼女の力だと?」
おれは首肯を返した。
あくまで、異界に介入する力は『霧の仮宿』サルビアのもの。
自分のものではない。しかし――
「違うな。勘違いだよ、もうひとりの『接続者』」
――その理解を、青年は否定した。
「そちらの彼女の契約者だというだけでは、世界に干渉することまではできない。できたとしても、非常に時間がかかるだろう。『世界の礎石』を使った場合と同じように」
言われて、ハリスンが『世界の礎石』を使っていたときのことを思い出した。
あれほどの男でも、異界の介入は力づくだったのだ。
けれど、おれはそうではなかった。
「霧の魔法を使った際に感じたことはなかったかな? 『自分たちは相性が良い』と。当たり前だ、同じ能力を持っているのだからね。元来、きみにはこの世界に干渉する力があるんだ」
確かに、おれとサルビアの相性は良かった。
お陰で、魔法『霧の仮宿』の習得は早かった。
他の魔法はからっきしなのに――それだけは異様なくらいに。
そこには理由があったというのだ。
「無論、『霧の仮宿』の存在は補助輪にはなったのだろう。だが、それは本来きみ自身の力だ」
「……」
確かにその言い分には、一理あるように思えた。
とはいえ、まだ受け入れるには疑問点があった。
「お前の言い分が正しいとして……どうして、そんな力がおれにあるんだ? おれの力は『他者と心を繋げる』もののはずだ」
「もっともな疑問だ」
一度は理解を示してみせてから、青年は答えた。
「ゆえに、わたしはこう答えよう。それはね、きみが『他者と心を繋げる』能力者だからだ」
「……」
禅問答のようだった。
だが、青年は冗談を言っているわけでも、煙に巻こうとしているわけでもなかった。
「順を追って話そう。『接続者』には、大別して二種類いるんだ」
そう言って、二本の指を立ててみせる。
「ひとつは『世界を自分の意のままにする能力』を持つ者だ。ただし、通常であればこれは、きみたちがウォーリアと呼ぶ存在にしかならない。そのような焦点の合わない力では、相当の資質があったとしても、せいぜい自分自身にしか効力を適用できないからだ。この方向で『接続者』となるためには、類稀なる資質と、人の域を超える願望、絶大なる自我を併せ持たなければならない……」
青年は溜め息をついた。
「そんなものはありえない。ありえないはずだった。だが、現れてしまった」
「それが、中嶋小次郎?」
「そう。『災厄の王』だ。空前の規模の転移により現れた、想定外のイレギュラー。この世界に転移者は平均して、百年でせいぜい多く見積もってもふたり程度しか現れないことを考えれば、千人の転移者は五万年分の試行を繰り返したにも等しい。とはいえ、次の五万年で同格の存在が現れる可能性は低いがね。あれはそれくらいの存在なんだ」
なるほど。
まさに人の想定することのできない、未曽有の災害というわけだ。
「しかし、『接続者』にはもうひとつある。それは、この世界の仕組みに根差したものだ」
青年は続けた。
「きみも知っての通り、この世界は、この世界に生きる者すべての無意識の認識によって成立している。『この世界があるのは当たり前だ』という共通した無意識の認識を、現実にすることでね。全人類に共通した無意識。すなわち、それこそが無意識の海なのだ」
「無意識の海……?」
つい先程、聞いたばかりの単語だった。
ついでに言えば、おれを溶かしかけたものでもある。
全人類に共通した無意識の領域。
おれたちの世界の言葉では、集合的無意識とか言っていたか。
「無意識の海が、この世界を成立させている? ……いや、待て。ということは」
おれは無意識の海に溶かされかけた。
取りも直さず、それは無意識の海に『接触できた』ということでもある。
示唆された事実に息を呑んだおれに向けて、青年は頷いてみせた。
「そうだ。他者と心を繋げる能力者は、当然、人の心がある次元に接続し、干渉することが可能だ。ゆくゆくは、その奥底にある無意識の海にもね。ゆえに、無意識の海を介することで、世界を変えることもできる」
この世界特有の現象というべきだろう。
人の認識が世界を創っているから、その認識に関わる力は世界そのものに干渉できる。
その実例も、おれは知っていた。
いまもおれの傍らに立つサルビアのことだ。
最高位の幻惑の魔法によって世界を欺き――初代勇者の言い分を借りるなら無意識の海の認識さえも幻惑することで、異界を創り出しているのが『霧の仮宿』なのだ。
おれも同様に、無意識の海に接触できる。
世界を変容させることができてもおかしくはない……。
そこまで考えて、おれは眉を寄せた。
「だが、おれには世界を書き換えるようなことはできないぞ?」
「そうだね。無理だろう」
初代勇者は、あっさりと認めた。
「そこまで行き着くのは、恐ろしく難しい。わたし自身、三十年かかったうえに、結局は取り込まれた。きみはどうやら戦闘ではなく『心を繋ぐ』ことに特化しているようだが、それでも届きうるかどうか。ひょっとしたら、人の身では不可能なのかもしれない」
「それじゃあ……駄目じゃないのか」
不可能であるならもちろん、三十年かかるとしても同じことだ。
まさか中嶋小次郎に三十年も待ってもらうわけにはいかないのだから。
「必要なのは、いまここで使える力だろう」
「もっともな指摘だ。わたしも、なにもきみに自由自在に世界に干渉できるようになれと言っているわけじゃないよ。いま必要なのは、あくまで『災厄の王』の妨害だからね」
「策はあると?」
青年は微笑を浮かべ、頷いた。
「単純な話だ。わたしが遺した『世界の礎石』を使えばいい。そうすれば、世界に対するきみの干渉能力を増強することができる」
「……なるほど」
おれだけでは足りていない。
初代勇者が『世界の礎石』に残した力でも足りない。
だから、ふたつを合わせてしまえというわけだ。
「これ以外に方法はない。だから、本当に危ないところだったんだよ。よくぞここまで辿り着いてくれた。間に合わないかと思っていたとも」
そういえば、さっきもそんなことを言っていたか。
――やあ。
――ようやく繋がった。どうにか間に合ったみたいだね。
あれは、おれがこの領域にまで到達することが、『災厄の王』に抵抗する唯一の方法であったから出た言葉だったのだろう。
思い返してみれば、予兆もあった。
この異界に侵入するときに、異界への干渉力が強くなっていることに気付いて驚いたことは、まだ記憶に新しい。
あれは『接続者』としての成長の表れだったのだ。
そして、どうして成長したのかも、いまになれば理解できる。
おれはあのとき『自分の身に起きた新たな出来事といえば、加藤さんとパスを繋いだことだけなのに、どうして異界への干渉力が強まったのか』と疑問に思った。
だが、『接続者』としての力が『心を繋ぐ力』に依存しているのであれば、加藤さんと――人とパスを繋いだことこそが成長の要因だったことは、むしろ納得がいく。
いまのおれであれば、自在に介入するとまではいかないが、妨害くらいはできるというわけだ。
「人々の無意識は滅びることをよしとはしないし、わたしが世界に打ち込んだ法則も生きている。すべてはきみに味方するだろう。それで――どうにか一時的にでも、『災厄の王』の干渉にかろうじて抵抗できるはずだ」
「そこまでしても『一時的』で『かろうじて』程度なんだな」
厳しい見立てだった。
それだけ、中嶋小次郎という人物が――『災厄の王』がすさまじいということなのだろう。
とはいえ、可能性がないわけではない。
初代勇者は言う。
「一時的であろうと、かろうじてであろうと、抵抗はできる。この場はどうにか逃げ出して、態勢を整えるんだ」
追跡作戦の最中での不意打ちだったせいで、いまはまともな戦力がない。
おれの眷属でさえ揃っていない。
敵は非常に強大であり、味方を集めたところで勝てるかどうかはわからないが、少なくとも、いまここで戦って勝つことは不可能だ。
初代勇者の言い分は、間違っていない。
しかし――。
「――待ちなさい」
そこで、サルビアが硬い声で割って入った。
「妨害だろうとなんだろうと、旦那様が『世界の核』である無意識の海に接続することには変わりないでしょう」
彼女はおれの服の腕のあたりを掴むと、庇うように前に出た。
初めて見るような敵意と怒りに満ちた表情をしていた。
「そんなことをしたら、旦那様がどうなってしまうか!」
睨み付ける先には、かつて無意識の海に取り込まれた男がいた。
「ただでさえ、いまの旦那様は限界なのよ」
「無論、危険だ。非常にね」
青年は言葉を弄すことなく危険を認めた。
そのうえで、言い切った。
「だが、他に方法はない。彼にしかできないんだ。『災厄の王』はまずありえない存在だったが、無意識の海に接続する資質を持つ者も十分に希少だ。今回の大規模な転移においてさえ、可能性があったのは三人しかいなかった」
そう言って、初代勇者はこちらに視線を向けた。
「残りのふたりのうちひとりは、まるで見込みがない。あれには、無意識の海に近付くだけの強度がない。とはいえ、なくてよかったというべきだろうが」
「よかった?」
「『天からの声』と、きみたちが呼んでいる人物だからだ。『災厄の王』の協力者でもある」
「ああ……」
言われてみれば、いわゆる精神感応能力者が『接続者』の資格を持つのであれば、確かに『天からの声』も条件には該当するのか。
それでは、さすがに頼れない。
サルビアもそれはわかったのだろう、苦い顔をしていた。
「あとひとりは?」
それでも彼女は問い掛けた。
そこには、縋るような響きがあった。
指先は強くおれの服の裾を掴んでいた。
そんな自分自身にすら気付いていないくらい必死なようだった。
おれのことを心配してくれているのだ。
姉が弟を思うように。
あるいは、それこそ……。
「……」
青年はそんな彼女を不思議そうな顔で見詰めたあとで、問い掛けに答えようとした。
だが、その前にアサリナがぴくりと頭をもたげた。
「サマ?」
どうしたのかと思ったところで、おれも気付いた。
校庭の真ん中に、気配が生まれようとしていたのだ。
「なにが……?」
おれは警戒したが、初代勇者は平然としていた。
恐らく、彼にはなにが起きているのかわかっていたのだろう。
現れたのは、意外な人物だった。
「まさか……工藤?」
なにかの間違いかと思ったが、そうではなかった。
確かに、そこにいたのは顔見知りの少年だったのだ。
追い掛けていた少年との、思いがけない再会だった。
***
「せ、先輩……?」
向こうもこちらに気付いたようだった。
ただ、明らかに工藤は様子がおかしかった。
虚ろな目をしていて、ひどく苦しげに見えた。
「うう……」
細い体が揺れて、膝を突く。
「工藤!」
すぐに近寄ってその肩を支えようとしたところで、おれは息を呑んだ。
差し出した手が、工藤の体をすり抜けたからだ。
「これは……」
「残念ながら、彼はここにいるわけではないよ」
驚くおれに、初代勇者が声を掛けてきた。
「姿が投影されているだけだ。似たような階層にいて、わたしを介して繋がってしまっているからだろうね。少しでも可能性がある人間には接触をしておいたんだよ」
「なにを……」
「だから、彼が資質を持つ三人目なんだよ」
「――」
こともなげに告げられた言葉に、おれは硬直した。
「工藤が?」
意外だった。
配下を駒として扱う魔王の力と、心に作用する力とは相容れるようには思えなかったからだ。
だが、直後に思い出したことがあった。
ベルタの話だ。
――あの方が力を得たのは、魔王として生きると決めたときではない。その前だ。
――諦めることなくあの方が樹海で生きあがいていた、そのときに、わたしは王の配下となったのだ。
工藤の能力は、魔王になる前から持っていたものだ。
魔王としての彼の力は心の繋がりを拒絶するが、それ以前はそうではない。
資質だけで言えば、あったとしても不思議はなかった。
とはいえ、それはすでに花開くことなく失われてしまっている。
あったかもしれない可能性。
踏み躙られて訪れることのなかった未来の残骸だった。
「さすが先輩ですね。こんなところで平然としていられるなんて」
工藤はひどく苦しげにしていた。
初代勇者が手を伸ばして引き寄せただけで、本来であれば、ここに来ることはできないのだろう。
「さっきから話だけは聞こえていたんですが、どうにもお手伝いはできそうにありませんね」
自嘲するように笑って、膝を突いた工藤がこちらを見上げてくる。
「すみません」
「気にするな。ベルタを回してくれているだけでも十分だよ」
「そうですか。……彼女はよくやっていますか」
弱っているためなのか、工藤は普段より少しだけ無防備だった。
いつも浮かべている感情の見えない笑みと違って、ほころぶように口許が緩んだ。
その目に、なにかしらの決意のようなものが宿ったように見えた。
そんな彼の姿を見て、言いようのない不安が胸に過ぎった。
「工藤……」
異界を追いかけてきて、やっと会えたのだ。
話したいことはたくさんあった。
訊きたいことも。
ここ異界で、おれはベルタから、これまで知らなかった工藤の話を聞いた。
そこで、疑問に思ったことがあった。
ベルタは自分が魔王になる前の眷属であることを、工藤に伏せていると言っていた。
けれど、彼女は嘘が下手だ。
誤魔化すことのできない朴訥とした性質をしている。
だから、思ったのだ。
――本当に工藤はなにも知らないのだろうか?
――ベルタをこちらを寄越した理由はなんだ?
――なにを考えて、なにを願っている……?
時間さえあれば、言葉を交わし合いたかった。
だが、そのための時間がなかった。
声をかけるよりも前に、背後から呼び掛けられた。
「そろそろいいかな。こうして時間を作るのも限界だ」
時間切れだった。
途端、工藤の姿が掻き消えた。
初代勇者が、この階層に留めきれなくなったのだった。
おれの世界にかかっていた干渉も、ほころび始めていた。
立ち上がって、振り返った。
初代勇者は静かにたたずんでいた。
「覚悟はいいかな。きみはこれから『災厄の王』の手を逃れなければならない」
「……簡単に言ってくれるな」
酷い話だった。
相手は探索隊の英雄『光の剣』だ。
いまや『災厄の王』としての本性を露わにしている。
ただ逃げることだけでも困難なのに、『世界の礎石』を奪えと言う。
……正直、たとえ命を懸けたところで、成功の確率はゼロに近いだろう。
こんなのは、可能性がないわけではないというだけの話でしかない。
それでもやらなければ、みんなが死ぬのだ。
やりきるしかなかった。
「最後にひとつだけ。気になったことがあるんだが」
「なにかな」
「中嶋小次郎はどうしてこんなことをしたんだ?」
尋ねてみたのは、どうにも腑に落ちなかったからだ。
「あいつが『接続者』なら、わざわざ『竜人』を追って、おれと一緒に異界を攻略する必要なんてないだろう」
こと異界に対しておれができるようなことは、彼にもできるはずだからだ。
「わたしにもわからない」
初代勇者も首を横に振った。
「ただ、必要があるかないかはどうでもいいのかもしれないね」
「……なに?」
「まっとうな考えでは理解できないかもしれないということだよ。くれぐれも心に置いておくことだ。きみがこれから敵対するのは、真の意味で世界を脅かさんとする異常なのだということに」
「……」
その忠告に、ぞっと背筋が粟立った。
脳裏に思い出されていたのは、英雄のなかの英雄たる青年の輝かしい姿だった。
仲間である探索隊の誰しもに気を掛けて、心から応援しているように見えた。
自分たちにも、どこまでも好意的だった。
あれがもしも見せかけではなかったのだとしたら、むしろそれはなんて――……。
「世界を頼んだよ」
――それでも、抗わなければならない。
初代勇者の言葉を最後に、おれは自身の世界を浮上した。
◆本日の更新はここまでになります。
◆限定的な精神感応能力者でしかない主人公ですが、この世界では特異な立ち位置になりうることが明かされました。
絶望的なまでの素質で世界を侵す『災厄の王』の手から逃れられるのか。
資格を持てど花開くことのなかった彼がどう動くのか。次回の更新をお待ちください。






