42. 集う者たち
(注意)本日5回目の投稿です。(7/29)
42
世界にまるで温度がなくなってしまったかのようだった。
目が覚めてからの加藤真菜は、ただただ小さく体を丸めて怯え続けていた。
酷い病にかかったかのように体は震え続け、手首で戒められた両手は血の気が失せてまるで氷のようだった。
「せんぱい、ろーずさん……せんぱい、ろーずさん……」
パニックによる過呼吸で、気絶と覚醒の合間にある意識は明滅を繰り返している。
紫色に染まった唇からは、延々と助けを求める言葉が漏れていた。
「せんぱい、ろーずさん……せ、せんぱい、ろーずさ、ん……」
もつれた舌で名前を呼び、壊れたように想い求めた。
「たすけ、たすけて……」
もっとどうにかなるものと、彼女は思っていた。
実際、旅の間には、ひとりきりではないにせよ、真島孝弘とローズの両名がいない状況で行動することは何度もあったのだ。
けれど、いまはまったく駄目だった。
目に見える範囲にいるのは、女騎士エリナーだけだったが、そんなことは慰めにならなかった。
思い返してみれば、少女の慕う少年は、もっとも人間に対する失意と絶望に苛まれていた時期でさえ、彼女に対する配慮を忘れることはなかった。
ローズと親友になれたのだって、そうした気遣いがあってこその出来事だったと言える。
仲間として認識されたあとは、それこそ、常に大切に扱われてきた。
まるで大事な硝子細工を扱うかのように、いつだって彼は優しかった。
彼に守られているという無意識の実感があればこそ、ようやく加藤真菜はひとりで立つことができていたのだ。
……そこを、無理矢理に引き剥がされた。
あっという間に、少女の心はあのおぞましい山小屋に引き戻されていた。
怖い。怖い。ひとりは怖い。
ガクガクと震えがとまらずに、何度目かもわからない失神に落ちては恐怖で醒める。
そんな世界の明滅を、何度繰り返しただろうか。
「鐘木様?」
「……っ!?」
エリナーの声を聞いて、加藤真菜は目を覚ました。
「戻っていらしたのですか」
「ああ。ちょっとね」
一度はいなくなった鐘木幹彦が、通路の向こうに姿を現していた。
眼鏡の下の目が向けられて――
「加藤さんの様子は、どう……」
「ひっ!?」
――加藤真菜は反射的に、身を引き起こして壁際に後退った。
「ひっ、ひゃっ……」
恐怖のまま逃げ出してしまわなかったのは、立ち上がることさえ満足にできなかっただけだ。
一瞬で喉が干上がっていた。
血の気が引いて、呼吸がますますうまくできなくなる。
加藤真菜にとって、鐘木幹彦は何度も話をしたことがあり、一時期は男性恐怖症の克服に協力してくれていた相手でもあった。
けれど、彼は大事な少年を傷付け、彼女をここに攫ってきた張本人でもあった。
多少は持っていた親しみなんて、紙切れみたいに破れて吹き飛んでしまっていた。
そんな彼女の姿を見て、鐘木幹彦は固まっていた。
「これは……予想より酷いみたいだね」
「ええ。ですが、落ち着かせるのは無理かと」
「……そうだろうね。怪我だけはしないように気を付けてね」
「わかりました。人質としてですね」
「ああ。大事な人質だからさ」
ふたりはやりとりを重ねている。
しかし、加藤真菜はいま、それどころではなかった。
会話の内容に耳を傾ける余裕なんてない。
際限なく膨れ上がる恐怖は、暗いところへ転がり落ちる雪玉に似ていた。
転がって、転がって、転がって、転がって。
落ちて、落ちて、落ちて、落ちて。
そのぶんだけ大きくなって、意識を押し潰してしまう。
再び気が遠くなった。
けれど、その寸前のことだった。
「それじゃあ、おれは行くよ。もう時間だからね」
「本当に赴くつもりなのですね……真島孝弘との戦いに」
「――ッ!?」
恋い慕う少年の名前と、その内容。
それだけは、遠のいていた彼女の意識にも届いたのだ。
聞き逃すことなんてありえなかった。
はっと、遠のいていた意識が戻った。
途端に、気を失いかけていたことで切り離されていた感覚が戻ってくる。
襲い掛かる目眩と吐き気で、意識が白濁した。
喉の奥が酸っぱく、苦い。
わずかに血の味までするのは、助けを求め過ぎた喉が枯れているためだ。
それでも彼女は、端が白灰色のモザイクに蝕まれた視界のなかに、向かい合う一組の男女の姿を捉えることにどうにか成功していた。
「……って、くだ……さい」
驚異的な精神力で、加藤真菜は口を開いていた。
鐘木幹彦とエリナーのふたりが、驚いた顔をして彼女に視線を向けた。
それだけで、酷い風邪をひいたときのように、少女の全身に悪寒が走った。
けれど、衝動はそれ以上に強く、口を開かせた。
「……待って、ください」
必死で、加藤真菜は訴えかけた。
脳裏に思い出されていたのは、慕う少年が刺される場面だった。
驚愕に打ちのめされる彼の顔が、まぶたに焼き付いていた。
真島孝弘にとって、鐘木幹彦がどれだけ信頼できる友人であったのか、加藤真菜はよくよく知っていた。
そんな親友に刺されたのだ。
どれだけつらかっただろうかと思うと、胸が痛んだ。
剣を交えるということは、また彼に同じ思いをさせるということだった。
そんなことは、もう堪えられなかった。
「やめて……やめて、ください」
恐怖を無理矢理抑え付けて、彼女は懇願した。
そうすることしかできなかった。
これまで仲間たちを助けてきた冷静な思考も、覚悟も、いまの彼女には残っていなかった。
残されたのは、気持ちだけだった。
「わたしは……どうなっても、いいです。なんでも……します。だから、だからどうか……」
ただ、縋った。
必死だった。
けれど、返答は無慈悲なものだった。
「それは無理だ」
「……」
あっさりと、少女の願いは蹴り飛ばされたのだ。
呆然とする少女に、教会に首輪を付けられた少年は告げた。
「おれは行くよ。そうしなくちゃいけないんだ」
それが、揺らぐことない彼の答えだった。
***
「……急がないといけませんね」
神宮司智也と仮面の集団が去り、命を奪われる寸前だったローズとロビビアは、どうにか危地を切り抜けることができた。
とはいえ、これは同行者である飯野優奈が身を盾にしてくれたことで、一時的に見逃されただけのことだ。
彼女を制圧できるだけの戦力を揃えたそのとき、神宮司智也は戻ってくるだろう。
急いで仲間と合流して、対策を取らなければならなかった。
三人は移動を再開した。
「……おい、大丈夫かよ」
「ええ。もちろん」
ロビビアが尋ねると、飯野優奈は見る者を安心させるような笑みを返した。
いまは、ローズが彼女を背負って移動していた。
怪我をした脚には、包帯が巻かれている。
刺されたナイフには不気味な黒い液体が塗りたくられていたため、綺麗に清めてからローズが手当てを施したのだ。
だが、回復魔法が使えない以上、できたのは応急処置程度のものだった。
いや。仮に回復魔法が使えたところで、治すためには数日の時間がかかるだろう。
飯野優奈は『韋駄天』の速度を失った。
けれど、戦意までは失っていなかった。
「安心して。走り回れないのは困るけど、まだ戦えるから」
「痛くないのか」
「全然。平気よ」
飯野優奈は笑みを浮かべて言葉を返したが、そんなはずがなかった。
素人目にも刺し傷の周りは嫌な色に腫れあがっており、あまりに痛々しかった。
むしろ、先程、痛みを堪えて戦えていたのが異常なくらいだった。
気丈に笑みを浮かべているのは、自分たちに不安を与えないためだろうとローズは察していた。
それに、傷付いているのは体の怪我だけではないはずだった。
神宮司智也が現れたとき、うしろから見ているだけでも、彼女が絶望的なまでの衝撃を受けていたことはわかった。
その心には、大きな亀裂が走っているに違いなかった。
ローズは心配せずにはいられなかったが、その一方で、いまは彼女の気丈さに甘えるしかないのも事実だった。
状況はそれだけ逼迫していたからだ。
「いまは休んでいる暇なんてないわ。真島のところに行かないと……区画を封鎖したって、神宮司くんは言っていたけど、自分の目で確かめるまでは諦めるべきじゃないものね」
強い口調で、飯野優奈は言った。
「神宮司くんはわたしを投降させたがっていた。封鎖したという話も本当かどうか……いえ。本当だとしても、抜け道のひとつくらいあるかもしれないわ」
その言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。
……それは裏返してみれば、彼女自身、自分の言葉を信じ切っていないことの証明のようなものだった。
神宮司智也は誠実だった。
少なくとも、飯野優奈に対しては。
無関係のローズから見ても、その言葉には嘘がないように見えた。
むしろあれは、優奈を気遣ったからこそ、出た言葉のように思えた。
もしも大事な少年に本当に合流ができないようにされてしまったのなら。
神宮司智也の言うところの『誰よりも忠実な』者が迫っているのなら。
そんなふうに思うと、どうしても重苦しい空気になることは避けられなかった。
「……そういえば」
と、ロビビアが口を開いたのは、そんな空気に堪えられなかったからかもしれない。
「さっきのやつら。『竜人』とは仲間じゃないみたいだったな」
「そうですね。どちらかといえば『神宮司智也が力を貸している』といった雰囲気でした」
ローズも同意した。
彼女の目から見て、仮面の四人は『敵』の仲間であるのに対して、あくまで神宮司智也は彼らに力を貸しているだけのように見えた。
だとすると、疑問があった。
「あれほど強力な敵がいるとは思いませんでした。やはり転移者でしょうか」
「そう言いたいのはわかるけど、わたしは知らない人だったわよ」
飯野優奈が口を挟んだ。
「ほら。探索隊にも女の子はいっぱいいたけど、どちらかといえば、男の子のほうが多かったし。なにがあるかわからない遠征隊に参加したメンバーだと特にね」
現在、生き延びている探索隊メンバーは、深津明虎のような例外はいるものの、およそ遠征隊参加者だ。
男女比は偏っている。
「遠征の間は女子同士けっこう固まって行動もしたし、声を聞けばわかると思うんだけど」
「本当ですか」
「……そう聞かれちゃうと不安になってくるけど、多分ね」
彼女の言い分を信じるのであれば、あれは探索隊の人間ではないことになる。
だが、ローズは少し引っ掛かるものを感じた。
「でしたら、男性のほうはどうなのですか?」
「え?」
「神宮司智也とは別に、ひとり、話をしていたでしょう。彼は声を作っていました。飯野さんの知り合いでもないのなら、そんなことをする必要はないのではありませんか?」
「それは……」
優奈は「言われてみれば」という顔をした。
もちろん、ローズやロビビアの知り合いという線もないではないのだが、基本、ふたりの知り合いはアケルに集中している。
そもそも、強力な戦闘力を持つ知り合い自体の数が少ないし、順当に考えるなら、優奈の知り合いの線が有力だろう。
優奈がその可能性を考えていなかったのは、先に訊いていた仮面の女の声に覚えがなかったからだった。
その仲間である仮面の男は、知り合いではないと判断してしまった――あるいは、無意識のうちに、その可能性を排除したい感情の動きがあったのかもしれない。
だが、仮面の女が違ったからといって、もうひとりがそうではないということにはならない。
ローズの疑問は順当であり――真実への扉を開くものだった。
あるいは、それは残酷なことだったかもしれない。
考え込んでいた飯野優奈が、はっと目を見開いた。
「まさか」
呆然とした言葉が零れ落ちた。
それは、あるいは神宮司智也が現れたときと同じレベルの失意の表れだった。
「飯野さん……?」
ローズは驚いて足をとめてしまった。
飯野優奈は異様なほどに蒼褪めて、それきり言葉を失ってしまっていた。
ローズとロビビアも、異様な雰囲気に声をかけられない。
数秒、通路は不吉な静けさに包まれた。
その沈黙を破ったのは――不意の足音だった。
はっと我に返るローズたちは、ふたつの気配が近付いてくるのを感じ取った。
この状況では、不吉なものだ。
だが、今回に限ってはそうではなかった。
むしろそれは、生き延びた彼女たちがようやく勝ち取った報奨と言うべきだったかもしれない。
足音は、人のものがひとつ。
もうひとつは、複雑で独特の響きを持つ蜘蛛の足音だったのだ。
「ローズ! ロビビア!」
ふたりへ向けられた呼び掛けには、抑えきれない歓喜の色があった。
思わぬ声であり、望んだ再会だった。
「リリィ姉様! それに、ガーベラも!」
駆け寄ってきたのは、オットマーたちに追われて逃走していたふたりだったのだ。
パスで互いを感じ取れるローズたちが気付かなかったのは、先程の襲撃のせいで余裕を失っていたからだろう。
「リリィ! ガーベラ!」
駆け寄ったロビビアを、リリィが抱き留めた。
飯野優奈を背負ったローズも、あとを追って歩み寄った。
すると、ガーベラが声をかけてきた。
「やっと再会できたの」
「ええ。少し驚きましたが」
「驚いたのはこちらもだぞ。ローズ殿たちが、まさか飯野と一緒にいたとは思わなかった」
そんな何気ないやりとりにも喜びが滲んだ。
ようやく眷属たちは、一部にせよ合流を果たしたのだった。
ガーベラは多少疲れた様子であることを除けば、別れたときと特に変わりなかった。
もうひとりのリリィも、装備や服を一部破損しており、消耗が見られるくらいのものだった。
一方のローズたちは、パーツ交換できるローズはともかく、ロビビアは傷だらけのボロボロ、飯野優奈は大怪我を負っていた。
「さすがは、リリィ姉様とガーベラですね。元気そうでなによりです」
お互いの姿を見比べてローズが言うと、これにガーベラは手を振ってみせた。
「いやいや。これで大変だったのだぞ。オットマーと遭遇してな。一緒にいた仮面の男がまずかった」
「仮面の男?」
「おおとも。恐ろしい武器を持っておった。リリィ殿など一度はバッサリだ。それから長いこと、追い掛けられてな。いつの間にか、撒いておったがの」
「そちらでも、仮面の男が?」
「む? そちらも?」
ローズとガーベラが顔を見合わせると、ロビビアを抱き締めたリリィが目を細めた。
「情報交換をする必要がありそうだね」
そう提案したところで、ふと彼女は瞬きをした。
「どうしたの、飯野さん」
視線の先には、ローズに背負われたまま、顔色を蒼くした少女の姿があったのだ。
「リリィさん!」
突然、飯野優奈が叫んだ。
彼女は驚くローズの手を振りほどくと、背中から降りた。
無残に傷付けられて動かない足で、こけつまろびつしながら走っていく。
最後は倒れ込むようにしてリリィに縋りついた。
「……いたの」
「え?」
目を丸めたリリィに、彼女は告げた。
「河津くんがいたの!」
必死の訴えは、一瞬、伝わらなかった。
リリィは眉を顰めてから、あっと思い出した顔をした。
「河津くん……って、ひょっとして、探索隊の河津朝日のこと? 大失敗をして『偽勇者』の噂話の原因になったっていう?」
そこまで言えば、他のみんなにも伝わった。
河津朝日は、東の地の小貴族領の村人たちに乞われ、善意で剣を取って『昏き森』に赴いた探索隊離脱組のひとりだ。
返り討ちにされたうえに、モンスターを森の外に出してしまい、人々を危険に晒す大失敗をした話は、飯野優奈の口から以前に聞かされていた。
「先程の仮面の男の正体が、河津朝日だったのですか?」
そうであれば、声を抑えていたことも理解できる。
ぴんときたローズが問い、優奈は蒼白な顔で頷いた。
今度こそ、へし折れる寸前の顔をしていた。
彼女にしてみれば、神宮司智也に引き続いて、またしても親しくしていた人物が敵に回ったのだから、混乱するのも当然だった。
そして、それ以上の事実にも、気付かないわけにはいかなかったのだ。
「河津くんはあの事件のあと、帝都に移送されたわ。……いまは聖堂教会に、身を寄せているの」
その場の空気が凍り付いた。
彼女がなにを言おうとしているのか、気付いたからだった。
「さっき襲ってきた仮面のひとりが、河津くんだとしたら……他の子たちだって」
そこまで言ったところで、力が抜けた飯野優奈の体が、縋り付いていたリリィからずり落ちた。
ローズが慌てて、その体を支えた。
「い、飯野さん。大丈夫ですか」
「……ええ。大丈夫。わたしは、大丈夫。それよりも――」
まったく大丈夫ではない様子で、大丈夫だと繰り返し、彼女は続けた。
「――帝国騎士団が、帝都に連れてきていた人たちがいるの。いまは聖堂教会のお世話になっていて、一部はそのシンパに……そう。そうよ。『利害関係ではない協力者』。あんな力を持っている人間が、転移者以外にそうそういるはずない。わたしが声を聞いても誰かわからなかったあの女の人が、帝都に来てから能力に目覚めた人だったとしたら……」
震える唇が、真実をつまびらかにした。
「聖堂教会が、敵に回っている……?」
ここに来て、彼女たちも聖堂教会の関与に勘付いたのだった。
無論、これはまだ推測段階でしかない。
だが、到底それは看過できる可能性ではなかった。
「飯野さん」
追い詰められた様子の飯野優奈の肩を、リリィが掴んで声をかけた。
「落ち着いて。事情を把握していないわたしたちじゃ、話がよくわからない。なにがあったか、手短に聞かせて」
「え、ええ。もちろんよ」
打ちのめされた飯野優奈は、従順だった。
言われるがままに、自分が見てきたことを話し始めた。
――仲の良い『妖精の輪』島津結衣に呼び出され、途中でフードの男に出会って邪魔されたこと。
――引き返して転移に巻き込まれたあとは、ローズとロビビアを守りながら合流を目指していたこと。
――襲い掛かってきた仮面の五人のなかに、元の世界に戻る目的で『竜人』神宮司智也がいたこと。
――また、それ以外の四人のうちのひとりが、恐らく、河津朝日であること。
――現在、真島孝弘が孤立しているらしいこと。
話自体は数分とかからない。
リリィは最後まで黙って話を聞き、代わりに口を開いたのはガーベラだった。
「なるほどの。いまので、納得できたな」
「ガーベラさん?」
「さっき言った『仮面の男』から逃げ切ったあとのことだ」
疑問の声をあげた飯野優奈に、ガーベラは低い声で返した。
「妾たちは主殿のところに向かおうとしたのだ。だが、できなかった。どうしても道が見付からんかったからの」
「あ……」
それは、先程、飯野優奈が口にしていた楽観意見を否定する証言だった。
やはり神宮司智也は、嘘などついてはいなかったのだった。
「探せども主殿のところには辿り付けなんだ。そうして移動している間に、ローズ殿たちに近付いてな、こうして先に合流することにしたわけだ」
「そ、それじゃあ、神宮司くんの言っていたことは……?」
「本当のことだろうな」
「そ、そんな……本当に真島と隔離されたっていうの? 敵はあの聖堂教会かもしれないっていうのに?」
わなわなと、飯野優奈は震え始める。
それも、当然のことではあった。
結局のところ、これは最初から勝ち目のない戦いなのだった。
考えてもみればいい。
聖堂教会は、まがりなりにもこの世界でもっとも力と権威を持つ組織なのだ。
その戦力は強力無比。
転移者の血を受け継いだ聖堂騎士は数と質を兼ね備えており、最上位者の何名かは、オリジナルに近い力さえ保持している。
それに加えて、転移者が時間的な積み重ねをこの世界で持ちえないのに対して、聖堂教会には歴史がある。
武器も道具も人材も。
積み重ねてきた時間の重みが違っているのだ。
どういうわけか聖堂教会が敵に回ってしまった時点で、真島孝弘に勝ちの目などない。
呆気なく潰されて終わりだ。
どれだけ抵抗しようとも、結末は決まり切っていた。
それが現実というものだった。
言ってしまえば、合流をしたことで彼女たちが共有できた事実は『自分たちのやっていたことは最初から意味のないことだった』ということに他ならなかったのだ。
絶望に俯いて膝を屈してしまって、当然の状況だった。
優奈が衝撃を受けているのだって、そういうことだ。
真島孝弘の眷属である少女たちに至っては、言うまでもなく――
「聖堂教会か。厄介だの」
――打ちのめされては、いなかった。
ガーベラの言葉は忌々しそうだったが、絶望だけは含まれていなかったのだ。
誰も膝を屈することもなく、抵抗の意思を捨てることもなかった。
「あ、あなたたちは……」
その姿に、優奈は動揺した。
震える声で尋ねる。
「わかっているの? 敵はあの、聖堂教会なのよ?」
「わかっておるとも」
ガーベラが頷くと、優奈は眉根を寄せた。
「いいえ。わかってないわ。対抗なんて、できるはずがない……」
それは、紛れもない事実だった。
ガーベラだって否定はしない。
だが、より正確には『事実のはずだった』というべきだった。
ガーベラは首を横に振って、告げた。
「だが、実際に対抗はできておるだろう? 違うか?」
「あ……」
それもまた、紛れもない事実だったのだ。
「どういうわけか、対抗ができておる。そのひとつの大きな理由は……うむ。お主の存在だろうな。ローズ殿とロビビアは、大いに助けられたようだしの」
実際、これは神宮司智也も言っていたことだった。
――今回の計画はイレギュラーばっかりだが、飯野の存在は極め付けだ。本来なら切り札だったおれたちが釘付けにされちまった。こいつだけは、ここにいちゃあいけなかった。そういう相手なんだよ。
真島孝弘と彼の眷属たちだけでは対抗できなくとも、力を合わせる人々が増えれば対抗できる目も出てくる。
これもまた、ひとつの真実ではあった。
「いや。あるいは、お主だけではないのかもしれんな。ひょっとしたら、力を貸してくれている者が他にもいるのかもしれん」
そういうガーベラは知らないことだが、その言葉は真実を突いていた。
真島孝弘には、工藤陸とドーラが。
シランには、ゴードンと彼の部下たちが。
あやめには、ベルタと島津結衣が。
それぞれ付いているし、各々ができるかたちで力を貸していた。
「うん。その通りだね」
その言葉に、リリィが賛同した。
「……リリィさん?」
飯野優奈の話を聞いてから、彼女は黙り込んで、なにか考えていた様子だった
いまは、答えを見付けたかのように溌溂としていた。
「ガーベラの言う通りだよ。力を貸してくれる人たちがいるから、わたしたちはまだ、ひとりも欠けてない」
真っ直ぐな瞳が、飯野優奈を見詰めた。
その表情は力強かった。
まるで、なにか大事なことに気付いたように。
「ねえ。飯野さん」
確信を込めて、彼女は告げたのだ。
「さっきの話、ちょっとおかしなところがないかな?」
***
それは、現状の理解に一石を投じる言葉。
ローズたちと合流したことで、リリィはそれを指摘する機会を得た。
そして、そうした状況は彼女だけのものではなかった。
「……どういうことです?」
同じ頃、別の場所。
似たような疑問の言葉を、他の誰かが口にしていた。
◆ちょっと追い付かなくなってきたので、今度は二時間後です。
◆活動報告ですが、投稿の反映が遅れていたようです。
いまは表示されていますので、ぜひご覧ください。






