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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
2章.モンスターを率いる者
24/321

06. 心の通路、魔力の道

前話のあらすじ:

通算23話目にして、異世界にて人間の存在を確認。

   6



 次の日、おれは朝早いうちにアラクネの巣を出発することにした。


「主殿よ。頼まれていたものが出来たぞ」


 出発する直前に、ガーベラからは服の上下を渡された。

 以前に依頼していた、ガーベラ作の衣服だ。


 驚くほどの速度で布を織るガーベラだが、流石にこの短期間での作製は無理があったらしく、布地の半分は以前からストックしていたものらしい。


 簡素なつくりのシャツはやや厚手の長袖で、森の中を歩くことを前提にした丈夫なものだ。ズボンも白なので、上下とも白になってしまっている。

 普段はあまりしないコーディネイトに違和感を覚えたが、そこに文句を言うのは贅沢というものだろう。


「似合うぞ、主殿」

「……そうか?」


 おれが着替えて戻ってくると、ガーベラはおれの姿を見て何故かもじもじと頬を赤らめた。


 おれが彼女の作った衣服を着ているのが嬉しかったのか、それとも、微妙にペア・ルックになっていることに気付いたのか。

 はたまた、これだって蜘蛛の糸であるわけで、見ようによっては『彼女が生み出した糸に包まれている』といえるおれの姿に、何か感じるものがあったのかもしれない。


 更に、上からローズの準備した黒っぽい色合いの防具を装着すると……まあ、色合いのバランスはとれていると言えるのかもしれなかった。


 最後に疑似ダマスカス鋼の剣を蔓で作ったベルトに差して、準備は完了となった。


 現在は完全に、ローズが造る武具とガーベラの織る衣服とは分業になってしまっているが、将来的には互いの領分で協力し合ってほしいものだ。


 いまでも命令すればやってくれるだろうが、この繊細な時期にそうして、のちのちまで禍根を残すことにでもなったら目も当てられない。

 どうせすぐに結果が出るようなことでもないのだし、急ぐ必要もない。やはりこうしたことは、彼女らのわだかまりをなくしてからにするべきだろう……


「主殿よ」


 ふと気付くと、何やら身悶えていたはずのガーベラが、気遣わしげな顔になっておれの顔を眺めていた。


「どうした?」

「いいや、なに。少し主殿の顔色が悪くはないかと思ってな」

「おれが?」


 おれは思わず自分の頬のあたりを撫でた。

 指先の感触はこころなし冷たいように思える。


「いや。特に問題はない。気にするな」


 確かに最近は考えることが多く、昨日はあまり寝付けなかった。

 けれど、体調が悪いわけでもないし、さほど眠気も感じない。連日歩き詰めのため少し疲れは残っているが、十分に活動可能な範疇だ。この程度で休んでなどいられない。


「行こう」


 やや心配そうに眉尻を下げるガーベラを促し、おれは巣を出発した。

 彼女も実際におれが活動を始めてしまえば、体調が悪いわけではないというのが本当だとわかったらしく、それ以上は何も言わなかった。


 おれたちは小一時間ほどかけて、目的地である泉のすぐ近くまでやってきた。


 この周辺の生き物たちの水源となっているだけあって、泉の規模はかなり大きい。


 おれたちは更に一時間ほど歩き続け、二体のモンスターに遭遇した。

 熊の体に兎の頭がついたラフ・ラビットと、もう一体は泉の水面を割って飛び出してきた体長一メートルほどのザリガニのようなモンスターだった。こちらはコロニーで聞いたことがないので、仮にビッグ・シザーズと名付けることにした。


 もう一回遭遇したいところだった。

 何故なら、どちらも初めて出遭うモンスターなので、リリィに食べさせて戦力増強を図る必要があるからだ。


 ……一度食べさせれば十分では? という意見はもっともだが、おれが言っているのはそういうことではない。


 リリィの擬態能力を発揮するためには、モンスターの死骸の大部分を喰わせなければならない。言い換えるのならそれは、おれたちはラフ・ラビットとビッグ・シザーズを食べることが出来ない、ということだ。


 勿論、食糧事情はそれほど切羽詰まっていないので、これらの肉をあえて食べる必要はない。

 ファイア・ファングの肉あたりなら、十分に備蓄があるからだ。


 ただ、あえて食べる必要性はないのだが、食べたいという欲求はあった。


 ……正直なところ、おれはファイア・ファングの肉に飽きていた。

 おれは特別、食にこだわりのある方ではないが、ずっとこんな食生活が続くと、うんざりもするのだった。


 そろそろ別の動物の肉が食べたい。

 トカゲやネズミ以外で。


 特に、ビッグ・シザーズは美味しそうだ。

 ザリガニだから多少泥臭いかもしれないし、大味かもしれないが、その程度なら何も問題はないとおれは確信を持って言い切れた。とにかく現在の食環境は悪過ぎる。


 とはいえ、これ以上、荷物を増やすわけにもいかない。

 更に探索を続けることで、食料としてのビッグ・シザーズを持って帰ることが出来るとしたら、それは次回のお楽しみということになりそうだ。


 おれがそんなことを考えていると、ガーベラが例の『荷造り』を終えてこちらにやってきた。


 ラフ・ラビットが巨大なため、それを包んだ繭は非常に大きいものになっていた。

 それをずるずる引き摺ってくる様は、少しユーモラスな光景だった。


「お疲れ様」

「主殿こそ。お疲れ様だの」


 労わりの言葉を口にしたガーベラは、ローズ作の水筒をおれに差し出してきた。


 近くに泉があるものの、そのまま飲んで腹痛でも起こしたら目も当てられない。飲料水については持参したものを利用していた。

 水というのは重いものなので、歩きながら喉を潤すための少量以外については、移動中は全てガーベラに預けてあった。


「ありがとう」


 礼を言っておれは水筒を受け取ろうとした。

 その時だった。


「……ッ」


 目に映る景色が滲み、視界にちかちかと小さな光が無数に散った。


 それはほんの一瞬のことだった。

 しかし、タイミングが悪かった。


 おれの手はガーベラが差し出した水筒を受け取り損ねていた。


「あ」


 指先で弾いてしまった水筒が地面に落ちた。

 こぽこぽと音をたてて水がこぼれた。


 慌てておれは水筒を手に取ったが、中身は三分の一ほどに減っていた。

 ……やってしまった。


 勿論、なくしてしまった水のことを悔やんでいるのではなかった。


「どうした、主殿」


 ガーベラが不審そうな顔をして、おれのことを見つめていた。


「気になっておったのだがの、主殿よ。どうもお主、様子がおかしくないかのう」

「……おかしいというのは?」

「たまにだが、らしくもないミスをしておるように見えるのだ。ひょっとして、妾に何か隠し事をしておらんかの?」


 そういって、じぃっと赤い瞳で見つめてくる。

 じいっと、じいぃいいっと、彼女の視線の力が緩むことはなかった。


 どうも彼女は確信があるらしい。

 どうにか誤魔化せないかと思ったが、これはどうやら無理のようだ。


 仕方ない、か。


 ここ最近は日中の間、大体彼女と一緒にいた。おれのフォローをしてくれていたのは彼女で、だったら今回のことがなかったとしても、気付かれるのは時間の問題だった。


「大したことではないんだけどな」


 おれは必要な前置きをしてから、ガーベラに事情を明かすことにした。


「どうも、最近たまに目がおかしくてな」

「目が?」

「ああ。滲んだり、悪いときには、ちかちか白い光が見えたり……」

「大事ではないか!」


 ガーベラが八本の脚で跳んできて、おれの顔を両手で掴んだ。

 回避できるスピードではなかった。


 おれは為されるがままに、神様が造ったとしか思えない端正過ぎる彼女の顔立ちを、間近で凝視する羽目になったのだった。


「むぅ」


 吐息の届く距離で、じっと顔を覗かれる。

 思わずどきりとしてしまったおれだったが、ガーベラの方には色っぽい雰囲気は皆無だった。

 彼女は怖いくらいに真剣な表情でおれの目を見つめている。


 勿論、そんなことをしたくらいで、他人の体調がわかるのなら医者は要らない。

 この世界にも医者くらいはいるだろう。……それとも、いないのだろうか。魔法が存在する、このような世界だと。


「ほんのたまにだ。大したことじゃない。体の調子は悪くないんだ」


 やや早口におれが言い訳をすると、ガーベラの眉の間に小さなしわが生まれた。


「本当だろうの?」

「ああ。疲れていたりすると、人間ってのは視界が滲んだりするものなんだよ。よくあることだ」

「昨日も主殿は同じことを言って、妾を誤魔化そうとせんかったか」

「……とにかく、離れろ」


 身から出た錆という言葉を思い浮かべながら、おれは彼女の顔の下半分を覆うようにして手を置いて、ぐっと引き剥がした。


 女性相手にいささか乱暴だったかもしれないが、人一倍どころではなく頑丈なガーベラはさほど気にした様子もなく、思案げに鼻をならして腕組みをした。


「しかし、白い光のう。……うん?」


 筆で描かれたような真っ白な眉が、わずかにしかめられた。


「どうした、ガーベラ」

「いやなに。ちょっと気になることがあっての」


 おれが尋ねると、ガーベラはほっそりとした手をおれの目の前に突き出した。


「確認じゃ。ちょっと見ておれ」

「うん?」

「……あまり妾はこうしたことは得意ではないのだがの」


 そう言って、ガーベラが目を細めて数秒。


「え?」


 言われるがままにガーベラの指先を見つめていたおれは、思わず間抜けな声をあげていた。

 ガーベラの指先に、白い光がちかちかと瞬いていたのだ。

 それは、おれが此処数日というものたまに見ていた光、そのものだった。


「な、なんで……」

「やはりの」


 ガーベラは少し疲れた様子で手をひいた。

 既にその指先からは、光は失われていた。


「まさかとは思ったがの」


 ガーベラは小さく溜め息をついて、言った。


「主殿は魔力を感知する力を手に入れておる」

「魔力を? おれが?」

「うむ」


 大真面目な顔で頷くガーベラからは、冗談を言っているような気配は感じられない。

 だが、とてもではないが、おれは彼女の言い分をそのまま呑み込むつもりにはなれなかった。


「そうはいうけどな、ガーベラ。おれは魔法の適性なんてないはずだ。コロニーで、チート能力者の魔法使いに、はっきりとそう言われたんだから」

「それを妾に言われても困るのだがの」


 もっともな苦言を口にしながらも、ガーベラはそこで思考を停止しなかった。


「……しかし、それが本当だとすると、確かにおかしな話ではあるか」


 蜘蛛脚を折りたたんで改めて座ったガーベラが、小首を傾げた。


「魔法など魔力さえあれば誰でも使える。魔力さえあれば、魔力を見ることもそう難しくはない。そもそも、魔法を扱うためには魔力を感知することは必須の技能だからの。……しかし、なかなか素養というものは変化せぬ」

「そういうものか」

「うむ。この場合、素養といっておるのは、魔力の総量のことだからの。主殿は何らかの理由で、保有する魔力量が増加したということになる」


 何らかの理由で。

 どうにも嫌な表現だった。

 別に不利益をもたらすようなことではないし、おれ自身にとってはむしろ好都合なはずだが、原因が不明だというのは少しばかり気持ちが悪い。


「モンスターを倒したから、というのは? 確かモンスターを倒すと魔力を奪えるんだよな。コロニーだと、それで探索隊の強化をしようとしていた」

「それほど効率の良い手段ではないよ、それは。百や千の桁で殺したところで、実感出来るかどうか。無論、妾がそうするのと主殿がそうするのとで、違いはあるがの」

「もともとの魔力量が違うからか」

「そういうことじゃの。だがまあ、そもそも主殿は妾と一緒にいただけで、トドメを刺したわけでもあるまい」

「それもそうだな」

「あるいは、もう少し効率の良い手段があって、主殿が知らずそうした手段をとっていたということもありえるが……」

「それはちょっと考えづらいな。そんな手段があるのなら、是非とも知りたいものだ」


 魔力が増えるというのは、おれ自身が強化されるということだ。

 この過酷な異世界で生き残るために、それがどれだけ有利に働くことか。


「なんにせよ、魔法が使えるというのなら悪い話ではないな」

「……」


 そう結論づける――あるいは、問題を棚上げにしたおれのことを、ガーベラが妙な目で眺めていた。


「何を言っておるのだ、主殿」

「うん?」

「主殿は既に魔法を使っておるではないか」


 呆れたように言われてしまったが、生憎、おれには心当たりがない。

 だから尋ねた。


「なんのことだ」

「妾たちの間にはパスが繋がっておるだろう。あれも、立派な魔法の一種であろうが」

「そうなのか?」

「何故、主殿が知らぬのだ」

「そんなことを言われてもな……」


 ますますの呆れ顔に、おれは頭を掻いた。


 習いさえすれば、チート能力者ではないふつうの学生であったとしても魔法は使える。それがコロニーでの定説だった。とはいえ、実際に『残留組』であった一般生徒のなかで魔法を習得する機会に恵まれたのは、ほんの一握りの例外に過ぎない。


 好奇心旺盛な年頃であるおれたち十代の学生にとっては、魔法という摩訶不思議な現象は関心の高いものだった。そのため、おれにもそれなりに情報は入ってきていた。


 しかし、実体を知らないことは大きい。


 もっとも、言われてみれば成る程、おれたちの間を繋いでいるこの不思議な力は、魔力によるもの以外には有り得ないと思えた。


 不思議な現象を全て魔力によるものと安易に決め付けている感もあるが、この世界では大抵そう考えていれば間違いではないのだろう。

 そうすると、おれは魔法というものを無意識のうちに使っていたということか。


 それはつまり、おれのチート能力が常時発動型の魔法だということだ。


 モンスターと心を繋ぐ魔法だ。

 そう考えると、少しファンシーな感じさえあった。


「……」


 考えてもみれば、おれはどうしてこのようなチート能力を与えられたのだろうか。

 ふとおれはそう思った。


 異世界に転移してきた人間はチート能力を授かる。

 此処まではいいとしよう。原因は不明だが、みんながそうだということは、そこにはこの異世界独特のなんらかの必然があるのだろう。

 それでは、おれがこの能力を与えられたことにも、何らかの必然性があるのだろうか。


 だとしたら、どうしてまた、こんな能力を?


 ……と言うと、不平不満があるようにも思えるかもしれないが、おれは別に文句を言いたいわけではなかった。


 コロニーにいるうちに気付けるようなわかりやすい能力であればあんな目に遭うことはなかったとか、常時発動型は使い勝手が悪過ぎるだろうとか、その割にチート能力としては微妙な強さだとか。


 おれの立場にいる人間なら考え得るような、そういった不平不満を並びたてるつもりは、本当にないのだ。


 何故なら、そうした能力を持てばこそ、此処にいるおれはリリィたちに出会うことが出来たのだから。

 文句なんてあるはずがなかった。


 だから、おれはただ疑問に思っただけだ。

 おれという存在は、どうしてこんな風なのだろうか、と……


「む? 待てよ、パスじゃと」


 そこで不意に、ガーベラが声をあげた。

 おれは思索から呼び戻されて、はっとする。


 おれが視線をやると、何かに気付いたかのように、その動きをとめるガーベラの姿があった。


 どうかしたのだろうか。

 ……と、おれが思ったのとほぼ同時に、数分前と寸分違わぬ跳躍を見せて、ガーベラはおれの顔を両手で捕獲した。


 またか。

 と思ったが、少し様子がおかしかった。


「……」


 先程と同じようにおれの目を覗き込んで。

 けれど、彼女の赤い眼は、今度は何処か別のところに焦点を結んでいるように見えたのだ。


「……そういうことか」

「おい、ガーベラ」


 おれはたまらず、不機嫌に聞こえる声で彼女の名前を呼んだ。

 不機嫌さを装ったのは、そうでもしないと、声がうわずってしまいそうだったからだ。


「一人で納得していないで説明してくれ。あと、離してくれると助かるんだが」


 いい加減、ガーベラは自分が男にとってとんでもなく魅力的な異性だいうことを自覚するべきだ。


 ただでさえ好意を抱かれていることで、気持ちがぐらついているのだ。

 もともと彼女はおれの眷族。おれにとっては特別な存在であり、その上、昨日は心が弱ったところを甘えさせてもらっている。


 彼女たち眷族との関係についてスタンスを曖昧にしたままで、無責任に手を出すわけにはいかない。そう心に決めているのだから、この決心を守らせてほしいものだった。


「うむ。すまんかったな」


 素直におれの要請に従って、ガーベラは手を離してくれた。

 しかし、視線は外れないままで、おれの目の奥をじっと見つめていた。


「驚かずに聞いておくれ、主殿よ」


 居心地悪い思いをするおれに、ガーベラは口をひらいた。


「お主の体の中にはの」

「ああ」

「妾の魔力が存在しておる」

「……は?」


 あんまりに予想外なガーベラの台詞に、おれはぽかんとしてしまった。


「……。それは、その……どういうことだ?」

「はっきりしたことは言えぬ。ふつう、そんなことは有り得ぬはずなのだ」


 ガーベラは真っ白な長い髪を横に揺らして、不可解を表現した。


「だが、推測は出来る。恐らくは妾たちの間にあるパスが原因ではなかろうか。あれは妾たちと主殿を結んでおるからの」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ、何だ? おれの中の増加した魔力分っていうのは、ガーベラから受け取っているってことか?」

「あるいは、そこにリリィ殿やローズ殿の分も含まれておるかもしれぬがの。妾に検出することが出来ないくらいに微量ではあるのだろうが」

「そんなことが……」


 反射的に反論しかけて、おれは彼女の主張を否定する材料がないことに気が付いた。


「確かに……確かに、それなら、ガーベラを眷属にした途端、例の『目の前がちかちかする』現象が起きたことは説明できる」


 おれの記憶にある限り、あの『ちかちかする光』……すなわち魔力を検知したのは、ガーベラを眷属にしてから二日目の朝の寝起きに、リリィとやり取りをしたのが最初だ。


 少なくとも、ガーベラを眷族にする以前には、そのようなことはなかった。


「だけど、ガーベラだけというのはどうしてだ?」

「それは単純に保有する魔力量の問題ではなかろうかの。たとえば、魔力がパスを通じて『漏れて』おるのだと考えてみたらどうかの。同じ比率の『漏れ』であるのなら、絶対量が多い方が『漏れ』は多くなるであろう」

「成る程……」


 ガーベラを眷族にするまでは、同様の現象が起ってはいても、自覚できるほどではなかったということか。


 そういえば、コロニーでは『魔力は魂に宿るものだ』と聞いていた。

 魂というのがどういうものなのか、ただの学生であるおれは語ることが出来ないし、『魂』を『心』や『精神』といったものと区別することも出来ない。


 しかし、仮にそれらが似たようなものだとするのなら……そうでなくても、密接な関係があるものだとするならば……おれのパスが魔力を通したとしてもおかしなことではないのかもしれない。

 勿論、確かなことは何もいえないのだが。


 とはいえ、おれにとって重要なのはそこではなかった。


「つまり、何だ」


 おれは唇を舌で湿らせてから、少し掠れた声で尋ねた。


「眷属を増やせば増やすだけ、おれの魔力は強くなるってことか?」

「そういうことになるだろうな。あるいは、いまのままでも、上手くすれば主殿の魔力の量自体を増やすことが可能かも知れぬ」

「それが本当だとすれば……悪くないな」


 おれのチート能力はあまり強力なものではない。

 単純に戦力的な意味でもそうだが、何より致命的だったのが、おれ自身に戦う力がないということだ。


 どれだけ強力な戦力を集めようとも、肝心のおれが脆弱では、弱みにつけこまれてしまいかねない。


 今回の発見は、おれのチート能力の抱えるこうした弱点を埋められる可能性を秘めていたのだ。


 本当に久しぶりに、おれはわくわくとした気持ちを覚えていた。


「早速、戻ったらリリィに魔法を教えてもらえるよう頼んでみるか」


 それはもともと、おれ自身に魔法の才能がなかったから外していた選択肢だった。まだ剣でも振って体を鍛えていた方がマシだったのだ。

 だが、いまや状況は変わった。

 多少なり素養が生まれたのなら、それを生かす方向に動くべきだろう。これから先も眷族が増えるたびに魔力が増加し続ける見込みがあるのなら、尚更のことだ。


「そうすると、此処数日気付かずにいたことも悔やまれるな」


 それは素直なおれの心情だったが、口に出してしまったのは少し失敗だったかもしれない。


「主殿がもっと早いうちに誰かに相談しておれば、もう少し早く動き出せたのではないかの。……ああ、いや。そうか」


 といってから、ガーベラが何かに気付いたようにかたちのよい眉を下げたのだ。


「これは、妾のせいだの」

「……」


 おれが自身に起きている異変について、これまで誰にも話をしなかったのは、これを話すことで外出をとめられると都合が悪かったからだ。


 その理由として、ガーベラのことがあるのは否定出来ない。

 だが、それはそれとして、この件に関して彼女が責任を感じる必要なんてあるはずがなかった。


「別に、お前のせいじゃない」


 しゅんとして肩を落としたガーベラの真っ白な頭を、おれはぽんぽん軽く叩いた。


「主殿……」

「おれがそうしたいからしているだけのことだ。言ってしまえば、これはおれの我が侭みたいなものだよ」


 様々な要因が絡み合った結果として、いまは仲間たちに伏せていることが多くなってしまっているのは事実だ。

 これはあまりいいことではないかもしれない。


 けれど、近く状況は変わるだろう。


 いいや。おれが変えるのだ。

 変えなければいけないのだ。


 おれ自身の問題も、眷属である彼女たちの問題も。

 全部おれが解決する。


 そうしなければならない。

 そうであらなければならない。

 彼女たちを率いる主であるおれには、その責任があるのだから……


「うむ?」


 と、その時だった。


 おれに切なげな視線を送っていたガーベラが、かたちのよい眉を寄せた。


「――主殿ッ!」


 流石に超一流の戦闘屋だけあって、切り替えは一瞬だった。

 空気がぴりりと引き締まる。


 彼女の視線を追うとともに、おれは腰を浮かせた。こうした反射的な行動が取れるようになったあたり、おれも場慣れしつつあるということかもしれない。


 森の木々の向こうに、おれの目は獣の影を捉えていた。

 ぱっと見て一瞬、ファイア・ファングかと思ったが、それにしては影が小さい。


 とは言っても、中型犬くらいはあるのだが。


「……狐?」


 三角の耳。膨らんだ尻尾。

 それはおれたちの世界での狐によく似たモンスターだった。

 狐にしては大型だが、同じイヌ系統のファイア・ファングの巨体に目が慣れていたため、その姿は随分と小さい印象があった。


 勿論、体躯の小ささは危険度の大きさとはまったく関係のない事柄だ。


 おれはすぐにコロニーで得た知識を思い出していた。


「こいつ……『風船狐』か!」


 コロニーでの呼称を、おれが叫ぶとほぼ同時。

 すぅぅぅううっと息を吸って、狐の体が大きく膨れ上がった。


 それこそ風船のように、ついさっき小さいと思った体が、みるみるうちに膨らんでいく。

 もともとの五倍以上の球形になった狐は、殺意を帯びた視線をおれたちへと向けていた。


 フグのように威嚇のために膨らんだのか?

 いいや、違う。これこそが風船狐の攻撃手段なのだ。


「ぎゃぁおぉおおおっ!」


 膨れ上がった体が収縮する。

 咆哮とともに吐き出されたのは、三つのオレンジ色の火球だった。


「主殿!」


 ガーベラはおれのことを抱きかかえると、その場を飛び退った。

 結果、おれたちに避けられた火球は、その後ろに立っていた細い木に激突した。


 途端に巻き上がる爆炎。

 ぶつかった木々がへし折れ、炎上する。


 回避のために咄嗟にガーベラが切り離して置き去りにした『荷物』――モンスターを包み込んだ繭が、爆発の余波を受けて何処かに吹っ飛んでいくのが、視界の端に映った。


 特にラフ・ラビットは巨体に見合った重量があったはずだ。あれを余波だけで吹っ飛ばしてしまえるということからも、火球に込められた尋常ではない爆発力がうかがえた。


「……とんだ狐火もあったもんだな」


 話には聞いていたが、なかなかに凄まじい。


 風船狐の吐き出す炎には、物理的な衝撃が伴っているのだ。

 これは空気を圧縮して打ち出しているためだ。ファイア・ファングの吐き出す炎よりも火力は低そうだが、その威力は単純に比較できるものではない。


「安心せよ。妾の敵ではない」


 おれの心の中で生まれた脅威を感じ取ってか、ガーベラが心強い言葉をくれた。


 彼女の台詞はもっともなものだ。

 二、三秒程度とはいえ、準備動作が必要な攻撃など、ガーベラには通用しないだろう。

 さっきは体勢が整っていなかったので、念のために回避を選択したようだが、いまなら火球を吐き出す前に対応することが可能なはずだ。


 実際、風船狐が攻撃を選択したのなら、彼女はすぐさまこれを叩き潰したことだろう。


「む?」


 だが、そうはならなかった。


 風船狐は初撃を回避されるのを見届けるや、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。

 ある意味、見事な判断だった。


 ……褒めている場合ではない。


「逃げるぞ!」

「わかっておる! ゆくぞ、主殿!」


 おれの記憶が正しければ、風船狐はファイア・ファングと同じく、群れをつくるタイプのモンスターだったはずだ。

 逃げ出した先には群れがいる可能性が高い。


 おれたちは昨日のファイア・ファングに対してそうしたように、打ち合わせていた通り、逃走する風船狐の追跡を開始したのだった。

◆主人公強化回。

まだ強化されてませんけど。


◆次回更新は2/22(土曜日)となります。

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