32. 本当の戦い
前話のあらすじ
加藤さん(眷属でもないのに先輩と肩を並べて戦えるなんて羨ましい……)
工藤(眷属でもないのに先輩と仲睦まじくて羨ましい……)
加&工((会話すると喧嘩になりそうだし、先輩に迷惑をかけないようにしよう))
主人公(……なんだ? ニコニコしてるのにピリピリしたものを感じる?)
32
「なあ、リリィ殿よ。ちょっといいかの」
並走するガーベラが口を開いて、リリィは視線を横にやった。
どことなく、落ち着かない様子の赤い瞳がそこにあった。
「みなの状況はどんなものかの。そろそろ、もう一度、パスで位置関係を確認してはみんか」
パスを手繰って、遠く離れた仲間の位置関係を確認することはガーベラにはできない。
できるリリィにしたところで、高い集中力が必要とされる。
なんとなくの方角を感じ取るのとはまったく難易度が違うため、能力の保持者である真島孝弘本人でさえ、常にモニターすることはできないくらいだった。
心配だからとやり過ぎると疲れてしまうし、いざというときに集中力を欠いてしまっては世話がない。
どうしても我慢は必要で、リリィが前に確認をしてから、ずいぶんと時間が経っていた。
いつも一緒にいるのが当たり前の仲間たちだけに、このように敵地で互いの状況がわからないのは酷いストレスになってしまう。
ガーベラはかなりじりじりした様子だったし、リリィ自身も平気というわけではなかった。
「そうだね。そろそろいいかな」
「本当か!」
「ちょっと待ってて。集中するから」
これ以上はむしろ我慢するストレスが害になるだろう。
そう判断して、リリィはパスに集中した。
その間は、ガーベラが移動中の警戒を務めた。
「……ん。把握できたよ」
ややあって、リリィは目的を果たした。
「みんな順調に集合しつつあるみたいだね」
「本当か!」
「ん。あえて言うなら、思ったよりもシランさんが遅いくらいかな。逆に、ローズたちはもうそろそろご主人様に合流できそうな感じだね」
「おお。それは素晴らしいな」
ぱっとガーベラの表情が明るくなった。
集中を解いて、リリィも微笑んだ。
「ローズたちに関しては、この感じだと、合流までかかる時間は最初に予想してたのと同じくらいだね」
「ふむ。順調だな。モンスターがいっぱいおることがわかったときには、焦ったものだったが」
「そうだね。ローズやロビビアだって強いけど、群れに行き遭ってしまえば、それなりに長いこと足留めは喰らうだろうから……最初に予想してたのと同じくらい移動してるってことは、群れには遭わずに済んだってことかな。運が良かったね」
「日頃の行いというやつだな!」
「ふふ。そうだね。わたしたちも急がないと」
というリリィたちではあったが、彼女たちも特に問題なく行程を進めていた。
これまでに二回、モンスターの群れに遭遇していたが、さほどの時間はかからずに突破している。
こうしたあたりは、やはり仲間内で最高の戦闘能力を誇るふたりだからこそだっただろう。
主人である真島孝弘は、じきにローズたちと合流する。
障害を乗り越えて、仲間たちは段々と集結しつつある。
順調だった。
少なくとも、ここまでは。
だが、当然、このままでは終わらないだろうとリリィは認識していた。
いまのところは、転移に抵抗されたことで計算が狂い、相手が出遅れているだけだ。
時間が経てば、敵だって動き出す。
それがわかっていたから、その前に合流を急いでいたわけだった。
――だから、この展開だって、覚悟していたもののひとつだった。
「全員が合流してからっていうのがベストだったんだけど。そうなにもかもうまくはいかないか」
「リリィ殿?」
「とまって、ガーベラ。『本当の敵』が現れたみたい」
彼女たちがこれまで戦ってきたモンスターは、あくまでこの場所に住み着いているだけに過ぎない。
言ってしまえば、敵というより障害物に近いものだ。
倒すべき本当の敵は、他にいた。
「……そうか。ならば好都合」
ガーベラの双眸に、猛々しい戦意が宿った。
「叩き潰してくれよう」
「うん」
決意とともに、ふたりは足をとめる。
鋭い視線の先に、本当の敵が姿を現した。
***
薄暗い通路の曲がり角から現れたのは、聖堂騎士の鎧に身を包んだ集団だった。
もっとも、彼らが正規の騎士でないことを、すでにリリィは知っていた。
「あなたがオットマーかな?」
他の面々と同様に、リリィも今回の事件の実行犯と協力者には、あたりを付けていた。
騎士たちの先頭には、どことなく無機質な印象の顔立ちの男が立っていた。
両隣には、つるりとした質感の人形が二体従っている。
「合っておるよ、リリィ殿。こやつが『天使人形』だ」
実際に顔を合わせたことのあるガーベラもそう言って、総身に戦意を漲らせた。
「まったく、二度も三度も懲りぬものよ。どういった手段を用いたか知らんが、わざわざアケルからここまで追いかけてくるとはご苦労なことだ」
「わたしたちの間には、それだけの因縁があるだろう」
オットマーが返した。
感情のない口調だった。
リリィは目を細めた。
「因縁ね。じゃあ、返り討ちにされたことへの恨みが動機なんだ。よくやるね。岡崎くんのことまで唆して、こんな大掛かりなことをするなんて」
「岡崎様は協力者だった。唆したわけではない。わたしたちに力を貸してくださったのだ」
「ふうん。まあ口ではなんとでも言えるよね」
リリィは肩をすくめた。
どこまで本当なのかわからない会話に取り合うつもりはなかった。
「一応聞いておくけど、降参する気は? 事情を全部洗いざらい話してくれれば、そのあとのことも少しは考えてあげるよ?」
「ありえない。お前たちはここで死ぬ」
「……恨まれたものだね」
もっとも、逃亡兵であるオットマーにしてみれば、トラヴィス=モーティマー、ルイス=バードと引き続いて雇い主を失ったのは、非常に大きな痛手だっただろう。
操る人形と同じく表情には出ないだけのことで、とてつもなく恨まれていてもおかしくない。
とはいえ、あくまでそれは逆恨みだ。
付き合う義理もない。
「そう。じゃあ、ここで倒させてもらうよ」
リリィは槍の穂先をオットマーに突きつけた。
ある意味で、これはチャンスだった。
ローズとの戦闘の際の話を聞いても、この元聖堂騎士の一団で中核的な役割を果たしているのが、オットマーであることは間違いない。
ここで倒してしまえば、状況は大きく前進するだろう。
敵の数は三十ほど。
かなりの数だが、自分たちなら戦える。
特に聖堂騎士団の戦い方は、リリィにとって相性がいい。
以前に戦った際には、弱体化の魔法を逆手に取ることができた。
また、三次元機動を得意とするガーベラにとっても、この限定された空間はそれなりに有利なものだ。
十分に勝算はあった。
「やるよ!」
「うむ!」
ここで終わらせる。
声を掛け合い、ふたりは飛び出した。
真島孝弘の眷属最強のタッグによる突撃だ。
しかし、対するオットマーに、臆する様子はなかった。
「死ぬのはお前たちだと言ったぞ」
やはり無機質な声で言うと、軽く手を上げたのだ。
それが合図だった。
騎士たちのうしろから、ひとつ人影が飛び出してきた。
「お願いします。モンスターたちに鉄槌を」
「任された」
オットマーの声に、押し殺された低い声が応じた。
「あれは……?」
リリィは口のなかでつぶやく。
異様な雰囲気の人物だった。
体格のわかりづらいローブを身に纏い、その顔は仮面によって隠されていた。
目元を覆うような仮面には、無数の羽の飾りが縫い付けられており、それが後頭部までを覆っている。
まさに、正体不明の怪人だった。
何者なのか。
最初は『戦鬼』エドガール=ギヴァルシュかと思ったが、ローブでも誤魔化しきれないくらいに体格が違っていた。
肌に感じる魔力の圧も、あの『戦鬼』よりは低かった。
エドガールは、能力発動中であればチート持ちともやり合えるレベルだったから、そこまでではないということだ。
とはいえ、自分やガーベラと近いレベルにあることは感じ取れたので、油断はできない。
さらに、手にする武器がまた異様だった。
真っ黒い刀身の巨大な剣を握っており、その禍々しさはなにかの魔法道具であることを雄弁に物語っていた。
この怪人が、オットマーの切り札に違いない。
リリィはそう認識し――足を緩めることはなかった。
唐突な登場ではあったが、焦りはない。
実のところ、オットマーがなにか仕掛けてくることは予想していたからだ。
自分たちと正面からぶつかった場合、オットマーには勝機がない。
それなのに、逃げも隠れもせずに襲い掛かってきた時点で、なにか手があると考えるのは自然なことだった。
だからリリィは、初手を完全に防御と回避に専念するつもりでいた。
そのために、準備もしていたのだった。
切り札である複数同時の擬態変化。
それを、防御に特化して展開する。
右手は金属質な質感を備えた巨大な甲羅に。
右腕全体の肌を硬質な鱗で覆う。
これはたとえウォーリアでも容易には破れない。
そうして防御を固めておいて、リリィはガーベラより前に出た。
リリィの役割は盾だった。
高い防御力で一撃を受けとめて、可能であれば弾き返して隙を作る。
ガーベラはその隙に反撃を行う。
倒せるのならそれでよし。駄目なら情報を得て、ふたりで撤退するのも視野に入れている。
これまで何度も死線をくぐり抜けたことで得た経験の為せる業だった。
自分たちが有利だと判断していても、リリィは決して油断していなかった。
彼女はベストを尽くしていた。
――だからこれは純粋に、敵が理不尽だっただけのことだ。
ここまでは順調だった。
けれど、本当の敵と遭遇した以上は、ここからが本当の戦いである。
「リリィ殿!?」
ガーベラの悲鳴が通路に響く。
重ね合わせた防御のすべてを切り裂いて、異様な大剣がリリィの上半身をふたつに裂いていた。
***
頑丈な甲羅も、硬質な鎧も、ローズの作製した鎧も意味を為さなかった。
剣はリリィの上半身を、右の肩口から腰までふたつに裂いていた。
すさまじいという言葉すら生ぬるい。
ほとんど切断の抵抗すら感じさせない一撃だった。
切り離された亀の甲羅の半分と、右腕の一部が通路の高い天井に跳ね上げられて、くるくると回る。
切り捨てられたリリィの体は、力を失って床に叩き付けられて――その勢いを保ったまま飛び退った。
「って、危なっ!?」
切り分けられた体のバランスを崩してよろけつつも、リリィは慌てて後退した。
跳ね飛ばされた右腕がスライムの体組織に戻って、びちゃりと床に落ちた。
だが、回収するだけの余裕はなかった。
「リリィ殿、無事か!」
「無事じゃないよ! わたしじゃなかったら死んでるとこ!」
呼び掛けるガーベラに返すと、斬られた右の半身を掴んでくっつける。
乱暴な処置だが、急ぐ必要があった。
その眼前に、怪人が剣を振りかぶって襲い掛かってきていたからだ。
「うっわ!」
リリィは背後に転がってその一撃から逃げ出した。
さらに攻撃を仕掛けてこようとする敵に対して、ファイア・ファングの炎の吐息を擬態して吹き付ける。
これは意表を付けたらしく、怪人の足がとまった。
「逃げるよ、ガーベラ!」
リリィの判断は速かった。
ガーベラもまた、指示に従いすぐに駆け出した。
すぐに「追い掛けろ!」と、オットマーが声をあげた。
怪人を筆頭に、聖堂騎士たちが追いかけてくる。
「リリィ殿。ここは逃げるでよいのか!?」
ガーベラが足留めに蜘蛛の糸を撒きつつ叫んだ。
指示には従ったものの、理解までもが追い付いたわけでもないのだろう。
「そうするしかないんだよ!」
リリィは失った右腕の先を生やしつつ答えた。
体組織を大きく傷付けられたダメージは大きい。
ごっそりと魔力を失っていた。
だが、ただそれに臆して逃げ出したわけではなかった。
「さっきのあれ! あれは多分、魔法の力だった! あれはまずい。喰らってわかった。『抵抗ないみたいに切れた』んじゃなくて『本当に抵抗がなかった』んだよ!」
「……なんと」
ガーベラが絶句する。
その赤い目が向けられた先で、放った蜘蛛の巣が異様な剣によりあっさりと切断されていた。
さっきと同じだった。
リリィの防御は破られたが、ただ破られたわけではなかった。
異様だったのは、その感触だった。
物と物がぶつかる衝撃はなく、ただ刃が通り抜けた。
抵抗がないとはそういうことだった。
「し、信じられぬ。そんな力がありえるのか」
「……あるんだろうね。実際にやられたわけだし」
話をしながらもリリィは、ガーベラに引き続いて足留めを試みた。
使うのは風の第三階梯魔法。無数の風の刃を、通路いっぱいに展開してやる。
こちらは多少有効なようだ。
怪人は剣を振るい、風の刃さえ切ってみせたが、単純に刃の数が多い。
追ってくる足がにぶった。
とはいえ、これも一時的なものに過ぎないだろう。
その間に、リリィは情報を共有する。
「コロニーにも似たような能力持ちがいたよ。『絶対切断』って二つ名で、刃物を持てばどんなものでも切り裂く固有能力だった。ただ、あれは武器を選ばなかったはずだから、あんな奇妙な剣は要らない。そういう意味では、下位互換かな。あの異様な剣が、似たような力を持っているみたいだね」
リリィの言っているのは、探索隊の二つ名持ちのひとり『絶対切断』の日比谷浩二のことだった。
彼はここから遥か遠く南の地にある樹海深部で、『闇の獣』轟美弥と一緒にコロニー崩壊の際に行方不明になっている探索隊メンバーだ。
結局のところ崩壊してしまったとはいえ、あのリーダー中嶋小次郎がコロニーを任せただけあって、信頼があるだけでなく強力な固有能力を持っていた。
下位互換だとしても、その能力は脅威だ。
「『勇者の遺産』か。また面倒なものを……」
ガーベラが呻き声をあげた。
どんなものでも切り裂く一撃は、受けとめることすらできない。
できるのは避けることだけだ。
しかし、敵の攻撃を避けるしかないというのは、選択肢を大いに狭められてしまう。
防御が無意味にされることもそうだが、攻撃だって難しい。
攻撃に剣を合わせられただけで斬り飛ばされてしまうのでは、迂闊に牽制すらできない。
動きを見る限りで怪人は、能力抜きの単純な戦闘能力でリリィたちにかなり近い実力を持っている。
あれだけ大きなアドヴァンテージを取られてしまえば、オットマーたちもいることを考えれば、正面から戦うのはかなり危険だ。
この場に居合わせたリリィが魔法で対抗できるだけ、まだしも状況はマシと言えるだろう。
「ぐっ。ここは退くしかないか。主殿との合流が……!」
どうしようもないことに、逃げていく方向はこれまで向かっていたのとは逆方向だ。
合流からは遠ざかることになる。
悔しがるガーベラが、舌打ちをひとつした。
「……いや。考えようによっては、あんな危ないものを主殿のところに連れていかずに済んだともいえるか」
「そうだね」
ガーベラの思考はこと戦闘に関しては鋭い。
リリィは同意して、背後を振り返った。
「むしろ引き付けてやろう。わたしたちが引き付けている間は、あいつがご主人様を襲うことはないもの」
まずはあの怪人とオットマーたちを、この場から遠いところまで引き寄せることだ。
そのうえでどうにかして逃げ切って、仲間と合流を図るのだ。
これしかない。
大事なご主人様のことを自分たちではどうしようもなくなるのは歯痒いが、そこはじきに合流できるだろうローズたちを信じるほかないだろう。
ふたりは反撃の隙を窺いつつ、苦しい戦いを始めた。
◆五月中、忙しくて更新できませんでした。お待たせしました。
敵の本格的な攻勢が始まってしまいましたが、果たして。
というところで、もう一度、更新します。






