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31. たとえ話

(注意)本日2回目の投稿です。(4/28)














   31



 工藤たちが同行してくれたことで、道中のモンスターは問題ではなくなった。


 出会えばドーラが強襲し、後衛に向かってくる者は工藤が倒し、それでも飛び出してくるものはおれが相手をする。


 場合によっては『左腕』を使うことも考慮に入れていたのだが、そうした場面はなかった。


「ふふ。やはりぼくたちは相性がいいみたいですね」


 戦闘が終わったあとの工藤の言葉だった。


「……相性がいいかどうかは置いておいて、うまいこと役割分担はできたな」

「ええ。よいかたちで共闘できているのは、気持ちいいものですね」

「気持ちいいというか、ストレスがないのは良いことだと思うよ」


 噛み合っているのかいないのかわからない会話だが、工藤は楽しそうにしていた。


 とはいえ、合流してから数十分は経ち、戦闘を挟みつつ歩いている間に、工藤には少し疲れが見えていた。


 おれと違って、魔力による身体能力強化を工藤は使えない。

 そのうえ、体自体もあまり丈夫そうには見えない。


 というより、出会ったときと比べて、肉付きが薄くなった感さえあった。


 おれと会うまでの時間、工藤もずっと移動し続けていたわけで、ただでさえ少ない体力は元から消耗していたはずだ。

 あまり無理はさせられない。


「そろそろ一度休むか」

「まだ大丈夫ですよ」


 しかし、おれが提案をすると、工藤はやんわりと断った。


「眷属とそろそろ合流できそうなのでしょう。だったら、休むのはそれからでもいいでしょう」


 ローズたちはかなり近くにいるようだが、合流はまだだった。


 この場所はまるで迷路だし、こういうことがあってもおかしくない。

 とはいえ、それも時間の問題だ。


「わかった。ただ、きつくなったら言ってくれ」

「ええ。無論です」

「加藤さんも。なにかあったら遠慮なく言ってくれてかまわないからな」


 工藤に声をかけておいて、続けて、両腕に抱えた加藤さんに目を落とす。


 そこで、ふとおれは首を傾げた。


「加藤さん?」


 見下ろした先の彼女が、なんだか落ち込んだ様子に見えたのだ。


 いや。というより、申し訳なさそうというのが正しいか。

 楽しそうな工藤との対比がはなはだしい。


 しかし、なにが彼女にこんな顔をさせているのかがわからない。


「どうかしたか」

「いえ。その……」


 おれが尋ねると、加藤さんは工藤とドーラにちらっと一瞥を投げた。


 細くて小さな肩がすぼめられた。


「……ごめんなさい、先輩。わたしだけお役に立てなくて」


 その言葉で、彼女がなにを申し訳なく思っているのかがわかった。


 どうやら戦闘に関してのおれと工藤との会話を聞いたことで、自分の現状と比較して、落ち込んでしまったらしい。


 確かに工藤とは違って、加藤さんは直接戦闘には参加していない。

 とはいえ、それは戦いに関与していないこととイコールではなかった。


「なにを言っているんだか。さっきだって、回復魔法でおれの怪我を治してくれただろう」

「そんなのは……」

「大事なことだよ。おれには回復魔法は使えない。いざというときに、治療の手段があるとないとじゃ大違いだ」


 おれが近接戦闘をできるだけの力を手に入れたように、彼女はこの世界にやってきてから、努力して回復魔法を習得した。


 その価値には、なんの違いもない。

 違うとすれば、役割が違うだけだ。


「自分にできることをやる。おれたちはずっと、そうやって互いを補い合ってきただろう」


 そうしてきた事実を大事に思っているから、口にする言葉に迷いはない。


「今回も同じだよ」

「……はい。先輩。ありがとうございます」


 目尻を下げて、加藤さんは微笑んだ。


 まだ少し力ない様子ではあったが、気を取り直すことはできたようだった。

 おれは胸を撫で下ろした。


 このぶんなら、みんなと合流しさえすれば、調子も戻るだろう。


 現在はたまたま直接的な戦闘力が必要とされているだけのこと。

 それだって、戦力が足りていないからだ。


 おれがもっと強ければ、加藤さんが落ち込むこともなかったとも言える。


 しっかりしなければと思いを新たにしていたところで、おれはこちらを見る視線に気付いた。


 いまのやりとりを、工藤が眺めていたのだ。


「なんだ?」


 そう問いかける口調が、ほんのわずかに硬くなったことを自覚した。


 それは、身内以外にいまのようなやりとりを見られたから――なんて暢気な理由ではなかった。


 おれは工藤に対して感情移入している自覚があるが、かといって、彼がどういう存在であるかを忘れてはいなかった。


 工藤は出会ってから終始機嫌よくしているが、それはあくまでも、おれという存在に執着しているからだ。

 その本質は、もっと恐ろしく悲しい。


 ――憎しみは消えない。恨みは拭えない。どうしても許せない。……許せるはずがない。

 ――ああ、そうだ。立ち止まることなんて、できるはずがない。そんなことは許されない。


 以前に工藤が言っていたことだ。

 あれは心の底からの言葉だった。


 その身を焦がす憎悪は燃え続けている。


 そしていま、ここにいるのはおれ以外に、加藤さんだけだ。


 眷属たちなら問題は生じなかっただろうが、彼女は人間だ。


 こうして一緒に行動するうえで心配していたのはそのあたりで、工藤の出方はわからないところがあった。

 悪意や敵意を向けたり、不快感を露わにしたり、あるいは強引な行動に出ることがあるかもしれない。


 そう危惧していた以上、身構えてしまうのも当然のことで――だからこそ、おれは拍子抜けした。


「いえ。なんでもありません」


 工藤があっさりと言ったからだ。


「仲が良いのだなと思って見ていただけです」


 特に含む様子もない。

 魔王はただの少年のように、機嫌良く微笑んだままだった。


 ここで嘘をつく理由はない。

 本心から言っているように感じられた。


 世界を滅ぼさんとする魔王に、加藤さんに対する殺意はなかった。

 これっぽっちも。


 一見して矛盾と思えるその態度が、おれに口を開かせた。


「……なあ、工藤。お前は帝都に来た理由を、ここがいまの世界の中心だからって言っていたよな」

「はい。そうですが」

「お前はなにがしたいんだ?」


 前も疑問に思ったが、工藤の行動には疑問が多い。


 力を蓄えてはいるようだが、無差別に人々を襲っている様子はない。

 離脱組の行動によって危機に陥った村の人々に対して、少なくとも、憎悪を向けることはなかったとも聞いている。

 いまだって、加藤さんに対して悪感情を抱いているようには見えない。


 工藤の殺意は無差別ではないのだ。


 以前はそうした態度を、躊躇いによるものだと解釈した。

 それは違っていた。


 だが、だとすれば結局、工藤はなにがしたいのか。

 そこのところが見えてこない。


「先輩……」


 工藤は笑みを引っ込めた。


 こちらをじっと見詰めてくる。

 おれは視線を逸らさない。


 そうして十秒ほど足音だけが通路に響き、ふっと工藤は吐息を漏らした。


「……ぼくがなにをしたいのか、ですか」


 工藤の顔に、再び笑顔が浮かんだ。

 もっとも、それは普段のなにを考えているかわからないアルカイックスマイルとは、少し違ったもののように見えた。


「たとえ話をしましょうか」

「工藤? なにを……」

「よくある話ですよ。そうかまえずに聞いてください」


 そう前置きをすると、工藤はすらすらと語り出した。


「ここに、最悪の独裁者がいたとします。あなたは過去に戻り、赤ん坊の彼と対面しました。あなたは彼を殺すことで、将来殺される多くの人々を救い、不幸をなくすことができます。さて。まだ無垢な赤ん坊でしかない将来の独裁者を殺すことは、正しいことでしょうか?」


 どこかで聞いたことのあるような設問だった。


 けれど、そこにはどこか真に迫ったものがあった。


「いろいろな意見があると思います。別に議論をするつもりはありません。ただ……」


 これっぽっちも笑っていない笑顔で、工藤は言った。


「ぼく自身の意見を言えば、悪は許されるべきではないと思います」


 少しばかり気圧されるものさえ感じたのは、そこに工藤のすべてがあるように思えたからかもしれない。


 もっとも、その意図までは読み取れなかった。


「……殺すのは正義だってことか?」

「いいえ。違います」


 迷いながらおれが尋ねると、工藤はかぶりを振った。


「違いますよ、先輩。正しいことと、正義は違うものです。そして、為すべきことが必ずしも正しいこととも限らない。先輩だって、仲間を守ろうとしているのは『それが正しいから』ではないでしょう」

「それは……そうだが」

「将来の独裁者を殺す行いは、紛れもない悪です。たとえ、どんな理由があろうとも。ぼくはそう思っています」


 雲を掴むような語り口だった。


 どうしても、おれには工藤陸の核となるところに触れられない。

 あるいは、誰もがそうなのか。


 それができるのは、いまの魔王としての工藤のルーツ――その場に居合わせた者だけなのかもしれない。

 だけど、そんな者がいるのかどうか。


 いなければ、魔王の意図は最後まで誰にもわからないままだ。


「はは。あまり考え過ぎないでください」


 工藤は笑い声で言った。


 その掴みどころのない表情は、普段のものに戻っていた。


「こんなのはただの雑談ですよ」

「……」


 確かに、雑談なのだろう。


 最初から、こんな話し合いでなにが変わるわけでもない。

 だから工藤は話をしたのだ。


 わかっている。


 けれど……。


「ぼくがなにをどう考えているとしても、そんなのはどうだっていいことでしょう。ぼくは世界を恨む魔王です。ただ、それだけです」

「それは違う」


 おれは口を挟んだ。


 そうしなければならないと思った。

 工藤の意図を理解できなくても、他に知っていることはあったからだ。


「お前にとってはそれだけなのだとしても、そうと思っていないやつだっているだろう」


 今日、ドーラと言葉を交わしたこともあり、改めてわかったことがあった。


 あの健気な狼、ベルタのことだ。


 彼女は他の配下とは違う。

 破滅するそのときまで走り続け、失意と絶望のうちに終わるだろう主の最期に、せめて救いあれと願っている。


 なにが彼女をそうさせるのかはわからないが、少なくとも、それは工藤をただ魔王と認識していてはありえない献身だろう。


 たとえ工藤との会話でその在り方を変えることはできなくても、そのあたりはせめて伝えておかなければいけないと感じたのだ。


「お前に救われてほしいと思っているやつもいるんだから」

「……ベルタのことですか」


 誰のことを言っているのか、すぐに工藤は気付いた。


 意外ではあったが、薄々わかってはいたのかもしれない。


「あれはそんなことを考えていたんですか……」


 そう言って、工藤は苦笑を零した。


「まったく。あれは本当に、出来損ないですね」


 酷いことを言う。

 これまでと同じように、魔王は健気な配下に残酷だった。


 けれど、その表情を見て、おれは虚を突かれていた。


 工藤が珍しく、本当に困ったような顔をしていたからだ。


 恐らく本人は気付いていないだろう。

 気付いていれば、こんな無防備な表情は見せないはずだった。


 これはどういうことなのか、もう少し時間があれば考えていたかもしれない。


 だが、その前に事態が動いた。


「王よ。お気をつけください」


 ドーラが警戒の声をあげたのだ。

 その目は進行方向を鋭く睨み付けていた。


「何者かが倒れております」

◆工藤と合流したことで少しだけ余裕が出てきました。


◆気にされている方がちらほらいたので、ちょっと裏話。

お気付きの方もいるかもですが、さりげなく加藤さんと工藤は、言葉を交わしていません。


実のところ、このふたり相性が非常に悪いです。どちらも主人公の邪魔をしないように接触を避けているふしがあります。主人公がいない場所で会えばどうなるかはわかりませんが。


そんな相手であっても、工藤は殺意を向けていません。こうしたあたりが彼の在り方を示唆しているかもしれません。



◆ご報告です。

コミカライズ版『モンスターのご主人様』最新話の7話が更新しています。

興味がおありのかたはどうぞご覧になってください。VS 白い蜘蛛です。

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