29. 共闘
前話のあらすじ
ローズ&ロビビア組は飯野と行動中
ベルタとあやめは島津を保護
シランはゴードンたちに守られるかたちで移動
モンスターの数が多いことがわかり、戦力の足りない主人公と加藤さんのペアは……?
29
獣たちの荒い息遣いが耳に届く。
空気が熱いのはなにかの錯覚ではなく、興奮した獣の毛皮から火花が散っているからだ。
牙を剥き、うなりをあげる妖狐の群れ。
加藤さんと移動を始めてからしばらくして、おれはまずい状況に陥っていた。
「厄介な……!」
数えるのも馬鹿馬鹿しくなるような数の獣が、逃げるこちらに並走してくる。
獲物を付け狙う、執拗な視線がわずらわしい。
こちらに向けられる無数の視線のなか、違うのはひとつ。
縋りつくような少女の目だけだった。
「先輩!」
「大丈夫だ!」
ぞっとしない状況だが、胸に抱えた存在があれば、怯んでなどいられない。
応えて、魔力を四肢に行き渡らせる。
ひときわ強く石の地面を蹴った途端に、炎の塊が殺到してきた。
「ギャオッ!」
毛皮から炎を溢れさせ、火の玉となった妖狐が突進してきたのだ。
威力はたいしたことないが、速度がある。
なにより、狐たちは狡猾だ。
確実に複数で、多角的に攻撃してくるために対応が難しい。
三体の体当たりを避け切ったところで、時間差で今度は四匹。
「このっ!」
加藤さんを右腕に抱いたまま、もう一度、地面を蹴って方向転換。
一匹は避けたが、残りの二匹が直撃コースだ。
「……くっ! アサリナ、頼んだ!」
「サマァ!」
蔓の体がおれの体の周りを旋回して、近付こうとした狐の体を打ち据える。
狐たちは弾き飛ばされる。
が、すぐに飛び上がって体勢を整えた。
残念ながら、大したダメージはないようだ。
同じ狐でも、遠距離攻撃主体の風船狐とは体の丈夫さが違うということだろう。
再び走り出しながら、おれは状況の悪さを歯噛みした。
このまま戦っていても、恐らくそう簡単にはやられない。
狐単体の戦闘力や、攻撃力はたいしたことがないからだ。
だが、その一方でこちらも決定打を欠いていた。
先程のようなアサリナの攻撃では倒しきれない。
かといって、他に有効な攻め手もない。
現状は均衡しているが、このままではじり貧で……。
「あっ」
そうして対処の手段に気を取られたせいだろう。
腰のあたりに体当たりを喰らってしまった。
ガーベラが作ってくれた衣服は、妖狐の纏う魔法の炎で燃えることはない。
身体能力を向上させた肉体は頑丈で、多少の痛みはあったもののダメージは小さい。
だが、それでも、この展開はまずかった。
衝撃でよろけてしまっていたのだ。
この隙を見逃すことなく、すぐさま追撃の二体が飛び掛かってきた。
「このっ!」
正面から飛び掛かってきた一体を盾で殴り倒す。
だが、もう一匹が避けきれない。
嫌らしいことに、狙いは右腕で抱え込んだ加藤さんだった。
肝が冷える。
身体能力強化が使えない少女の体は脆い。
体当たり一発喰らっただけでも、肉は焼けて骨は砕けるだろう。
「させるか!」
おれは咄嗟に体を捻って、彼女を庇った。
直後、肩に鋭い痛みが走った。
「ぐ……!」
右の肩に噛み付かれたのだ。
牙が肉に突き刺さる痛みに、歯を食いしばる。
「くそ! この、離れろ!」
おれは即座に、肩に喰いついた狐の首根っこを掴んだ。
ある意味で、これはチャンスでもあった。
一瞬だけ全力で身体能力強化した指で、握り潰す。
頑丈な獣の首の骨が手のなかでへし折れて、顎の力が緩んだところで引き剥がした。
「っぐ!」
無理に引っこ抜いた牙が傷を抉り、血が飛び散る。
血液が加藤さんの頬に滴って、状況に気付いた彼女が声を震わせた。
「せ、先輩、怪我を……!?」
「平気だ!」
応えてから、ぐったりとした狐の体を、襲い掛かってきた別の個体に投げつけた。
最後に、足を狙ってきた個体に対して、魔法道具『アサリナの籠手』から風の魔法をぶつけてやる。
そうしてようやく一連の攻撃をやり過ごし、おれは再び走り出した。
「……やっと一匹か」
これで怯んでくれないかと期待したいところだが、まあ無理だろう。
狐たちは執拗に追い掛けて続けてきている。
諦めることはあるまい。
ずきずきとした肩の痛みが、状況の悪さを訴えるかのようだった。
「先輩。わたしのことはもう……」
「つまらないことを言うな」
なにか言いかけた加藤さんの言葉を遮る。
……もちろん、わかっている。
わかってはいるのだ。
現状に行き詰っているのは、剣を使えないでいるからだ。
加藤さんを抱きかかえているせいで右腕が埋まっている。
また、先程のように防御のほうでも気を遣わなければならない。
これは大きなハンデだ。
否定はできない。
……だが、それがどうした。
それこそ、そんなことはすべてわかっていた。
そのうえで、おれは彼女を守り切ると決意したのだ。
加藤さんを見捨てるなんてことはありえない。
絶対に、なにがあってもだ。
自分のなかの覚悟を再確認して、おれは口を開いた。
「……こうなったらもう、覚悟を決めるしかないか」
「先輩?」
このような状況ではあるが、手段は皆無というわけではなかった。
「切り札を使う」
宣言して、左腕に意識を向けた。
応じてアサリナが蠢き、左腕を覆い尽くしていく。
そうして作り上げられるのは、巨大な怪物の鉤爪だった。
「まさか、先輩」
気付いた加藤さんが息を呑む。
辺境伯軍との戦いで、敵中に孤立したローズを助けるために得た力――リリィの『悪魔ノ爪』の模倣と、ガーベラの白い蜘蛛の暴虐の再現との合わせ技。
これならば、この場を切り抜けられる。
……切り抜けることだけはできる。
「で、ですけど、先輩、この技は……!」
「ああ。わかってる」
加藤さんの懸念に頷く。
ここまで使わずにいたのには、理由があったからだ。
「これは消耗が激し過ぎるからな」
いまだに『霧の仮宿』はまともに動いていないため、きちんと把握できているわけではないが、後続から追ってきているものも合わせれば、敵は二十匹以上いるだろう。
二十発。
魔力の消費量からしてそんなに繰り出せるかどうかがわからないし、できたところで反動も酷いので左腕が使い物にならなくなるだろう。
だけど、それしかないならやるだけだ。
というのも、正直なところ、このままだと自分ひとりならともかく、加藤さんを守り切れなくなる可能性が高い。
それは、絶対に駄目だ。
だからやる。
「全部を引き裂く必要はない。数を減らせば対応は楽になるし、怯えて逃げてくれるかもしれないしな」
それでも、どうしても消耗してしまうから、早いうちにローズたちと合流しなければならなくなるだろう。
まるで綱渡りだが、これ以上の方策はない。
冷静に、果断に、自分のできることをする。
そうしなければ、大事なものは守れないから。
「行くぞ……!」
苦しい状況は覚悟のうえで、おれは足をとめて――そのときだった。
「まったく。相変わらずですね」
いかにも楽しげな少年の声が、通路に響いたのだ。
次の瞬間、周囲に横殴りの氷の矢が降り注いだ。
***
「なっ!?」
氷の矢――魔法による攻撃だ。
それも不意打ちの。
ただ、おれが対処をする必要はなかった。
その攻撃は、おれを狙ったものではなかったからだ。
こちらに襲い掛かってこようとしていた妖狐だけが、射抜かれて悲鳴をあげた。
それを為した人間は、丁度、進路の先にあった曲がり角から姿を現した。
「そんな勇ましいところを見せられたら、手を出さずにいられないじゃないですか」
こつこつと音を立てて通路を歩いてくる。
その背中には、四色に輝く無機質な羽を広げていた。
「お前は……」
線の細い少年だった。
穏やかな笑みは好意に満ちているのに、どこか見る者に不安を抱かせる。
こんな人間が、そう何人もいるはずがなかった。
「……工藤? どうしてお前が、ここにいる?」
おれが尋ねると『魔軍の王』工藤陸は、にこりと笑みを深めた。
「その質問に答えるのはやぶさかではありませんが、とりあえず、まずはこの状況をどうにかしませんか」
さっきの魔法は強力なものだったが、それでもあの一回では倒せた数は知れている。
だが、状況は大きく変化していた。
「いまがチャンスです。どうぞこちらへ、先輩」
「……っ! 助かる!」
おれは工藤のもとへと走り寄った。
怯んでいた妖狐が、我に返って追い掛けてこようとする。
そこに、工藤が手を向けた。
「フリードリヒ、射出」
それが、工藤の背中で羽を伸ばす無機質なモンスターの名前なのだろうか。
再び魔法攻撃が降り注ぎ、妖狐たちが悲鳴をあげた。
工藤がすっと笑みを薄れさせた。
「さすがに抑え切れませんか」
その言葉通り、妖狐たちの一部は、魔法の雨が途切れるのを見計らって突進を開始する。
ただ、工藤が焦ることはなかった。
「やりなさい、ドーラ」
「御意に」
命令に従い、工藤の影から白黒の少女が現れる。
ナイトメア・ストーカーのドーラだ。
彼女は両腕を剣に変えると、襲い掛かってきた一匹を切り捨てた。
「雑魚どもが、我らの王に盾突くとは片腹痛い」
さすがに、工藤陸の配下のなかでも強力な一体を前にしては、脅威を感じずにはいられなかったのだろう。妖狐たちは足をとめて、遠巻きに唸り声をあげた。
そんな状況を見て、工藤が首を傾けた。
「この数は少し面倒ですね。全部を魔法で倒し切るには消耗が激しいですし、かといって、ドーラを突っ込ませれば、ぼくの防衛が疎かになります。この程度の相手に膠着状態に陥るのも嫌なものですが、さて、どうしたものか」
思案するように言って、視線をこちらに寄越してくる。
口元に無邪気とも思える笑みが浮かんだ。
「ああ、そうだ。いいことを思い付きました。どうですか、真島先輩。ここはひとつ、共闘というのは」
「共闘?」
「ええ。共闘です。ぼくも実はいま、戦力が乏しいものでして」
なんとも楽しげな申し出だった。
本当だろうかと、疑わしい気持ちにもなるが……。
「ドーラが前衛、ぼくが後衛として戦うと、防御の手が少し足りないのですよね。そこで、先輩は加藤さんをぼくの近くに置いて、彼女ごと後衛の守りについてください。これなら先輩も自由に戦えるでしょう?」
「……」
疑問はたくさんあった。
だが、提案自体は悪いものではなかった。
「わかった、乗ろう」
確かに、現状を打破するのが最優先ではあるのだ。
こんなふうに、また工藤と一緒に戦うことになるとは思わなかったが、お互いに戦力が足りていないというなら是非もなかった。
なにより、加藤さんのことがあった。
彼女の身の安全を考えるなら、ここで共闘を断る選択肢はなかった。
「ただ、あとでちゃんと話はしてくれるか」
「それはもちろん」
「それじゃあ、共闘成立だ。加藤さんは、ここにいてくれ」
おれは抱えていた加藤さんを地面に降ろした。
「先輩……」
不安そうな表情で見上げられた。
ただ、加藤さんは引きとめるようなことはしなかった。
彼女はこちらの手を握ると、ほんの一瞬、頬に摺り寄せるようにした。
「気を付けてください」
柔らかで滑らかな感触を残して、手が離れる。
おれはその手で、腰の剣を抜いた。
振り返った。
「やるぞ」
「ふん。王の命令だからな」
ドーラが肩を並べてきた。
彼女とこうして話をするのは初めてだが、ベルタとは違って、こちらに向ける態度には警戒心が色濃い。
とはいえ、工藤の命令があるので共闘はしてくれるようだ。
「わたしが突っ込んで、あいつらを倒してくる。あんな雑魚ども、わたしの敵ではない。だが、全部がわたしのほうには来ないだろう。こちらに来るものは、王がフリードリヒの魔法で迎撃される。お前は――」
「工藤が撃ち漏らしたものを仕留める。後衛の護衛だな」
「……そういうことだ」
つまらなそうにドーラは認め、対照的に楽しそうな工藤の声があがった。
「それでは、殲滅と行きましょう」
「御意に、王よ」
前言通りに、ドーラが妖狐に向けて突っ込んでいった。
強大なモンスターの攻撃に狐たちが動揺する。
そのうちのいくらかが、こちらに向かってきて、工藤の背中に展開された羽から射出された魔法に打ち倒された。
そこを突破してきた妖狐に対して、おれは剣を振りかぶった。
◆神出鬼没の魔王様。
実は以前の共闘はベルタメインだったので、
きちんと共闘、行動をともにするのは、これが初ですね。






