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21. 彼女への想い

(注意)本日4回目の投稿です。(2/4)














   21



 用意された部屋のリビングで、おれはソファに身を沈めていた。


「……寝たか」


 つぶやき、視線を落とす。

 その先には、おれの太腿のあたりに崩れ込むようにして寝息を立てる、ロビビアの姿があった。


 眠る彼女は口元に手をやって、指の第二関節あたりを食んでいる。


 逆側に座ったリリィが、その顔を覗き込んだ。


「今日はいろいろあったもんね」

「そうだな」


 ロビビアの横顔は、実年齢より幼く見えた。

 ストレスがやや彼女の振る舞いを幼くしているのかもしれない。


 今日の探索隊との接触の際にあった出来事を思い出す――まさか、あんな爆弾が探索隊にあるとは思わなかった。


 危なかったとも思う。


 いまは非常に微妙な情勢だ。


 大きな影響力を持つ探索隊と仲違いをすることは、良い方向には働かない。

 亀裂が決定的なものにならなかったのはさいわいだった。


 中嶋さんが思いのほか、おれに好意的だったのもあるが、ロビビアの理性的な対応にも助けられた。


 赤い髪を撫でてやると、寝入ったロビビアの表情が少し緩んだ。


 別室の扉を開けてローズが姿を現したのは、そうして時間を過ごしているときだった。


「ご主人様。その、少しよろしいでしょうか」

「どうした」


 どこか迷うような口ぶりを不審に思いつつ言葉を返すと、ローズは意を決したように切り出した。


「その、真菜のことなのですが」

「加藤さん? なにかあったか?」

「はい。ずいぶんと落ち込んでしまっているようなのです」

「……ああ。御手洗さんの件か」


 当然、最初に思い当たるのはそれだった。


 御手洗さんは加藤さんのために行動を起こした。


 加藤さんがなにかやったわけではないけれど、当人としては思うところはあるだろう。


「そうですね。それもあります」


 ローズも頷いた。

 ただ、少し含みのある様子でもあった。


「それだけでもないのでしょうが……」

「なに?」

「……いえ。なんでもありません」


 その返答にはどことなく腑に落ちないものを感じはしたものの、続けられた言葉のほうにおれは気を取られた。


「とにかく、真菜は落ち込んでおりまして、正直、見ていられません。ご主人様から話をしてやってはいただけないでしょうか」

「……おれが?」

「それが一番いいと思いますので」


 そんなものだろうか。

 疑問には思ったが、加藤さんの親友であるローズが言うことだ。


 探索隊との接触のあとすぐ、御手洗さんの件について加藤さんからは謝罪されたので、気にする必要はないと伝えはしたのだが、それでは足りていなかったのかもしれない。


「わかった。話をしてみよう」


 おれは頷きを返したのだった。


   ***


 夕食のあと、加藤さんはローズと別室で過ごしていた。


 お茶を準備すると言って、ローズは部屋を出てきたらしい。

 彼女が準備したお茶をお盆に載せて、おれは別室に移動した。


「どうぞ、ご主人様」


 手の空いていないおれの代わりに、ローズが扉を開けてくれる。


 そして、ふたりで部屋に足を踏み入れる――と思ったところで、ローズが足をとめた。


「それでは、ご主人様。よろしくお願いします」


 おれが「え?」と思ったところで、背後で扉が閉まった。


 てっきりローズも一緒だと思っていたのだが、どうやら彼女はおれひとりで加藤さんと話すように頼んだつもりだったらしい。


 ちょっとした行き違いだった。


 普段ならそう気にすることではない。

 だが、いまこのときに限っては、少し困った気持ちになった。


 嫌なわけでは、もちろん、ない。

 ただ、ちょっとだけ気まずい思いがあったのだ。


 その理由は……少々、情けないものなので考えないようにして、ついでに気持ちも切り替える。


 思い切って、部屋のほうに振り返った。


「……あれ?」


 そして、疑問の声が漏れた。


 振り返ってすぐに、加藤さんの姿が見付からなかったからだ。


 もっとも、その疑問はすぐに晴れた。


 部屋に入ってすぐだと死角になっている備え付けの机の前に、加藤さんは座っていたのだ。

 それも机に突っ伏していたために、余計に視界に入りづらかった。


 机に上半身を預けて、彼女は静かな寝息を立てていたのだった。


 どうやらローズが部屋を出てきてからの短い間に、眠ってしまったらしい。


 腕を枕にした加藤さんの寝顔が、こちらを向いていた。


「……」


 眠りに落ちた彼女の姿は、とても無防備に見えた。

 なんだか妙な罪悪感を感じてしまうくらいに。


 加藤さんの印象には、どこか危うさや儚さが付きまとう。


 そうした面を見るたびに、守りたいという想いが湧く。

 けれど、自分のなかにある思いがただそれだけではないことも、いまのおれは正しく認識していた。


 そうした感情の揺れのために、少し手元がおろそかになったのかもしれない。

 お盆の上に載せたカップが音を立てた。


「……あ。先輩」


 眠りは浅かったらしい。

 物音を聞いた加藤さんが、目を覚ました。


「悪い。起こしたな」


 こちらを認識して身を起こす彼女に、おれは声をかけた。


「だけど、眠るなら、ちゃんとベッドで寝たほうがいい」

「いえ。ちょっと、うたた寝をしてしまっただけですので……」


 そう答える加藤さんの表情は、一見、いつも通りのようではあった。


 とはいえ、彼女の性格を考えると安心してしまうわけにもいかないが。


「あれ? ローズさんは?」


 加藤さんは一拍遅れて、ふと気付いた様子で尋ねてきた。


 おれは手にしたお盆を示しながら答えた。


「ちょっと用事があったみたいだ。それで、これを持って行ってくれって言われた」

「……」


 なにか考えるような間があった。


 加藤さんのことだ。

 ローズの気遣いに気付いたのかもしれない。


 もっとも、口に出してそれを指摘するようなことはしなかった。


「ありがとうございます。それじゃあ、いただきましょうか」


 加藤さんは立ち上がって、おれからお盆を受け取った。


「わたしが淹れますから、先輩は座っていてください」

「ああ」


 と答えたものの、この部屋は狭くて、加藤さんの座っていた椅子以外に座る場所はない。


 少し迷ったが、おれはベッドに腰を下ろした。


 そう待たされることなく、良い香りが鼻をくすぐった。


 加藤さんがふたりぶんのコップを持ってこちらにやってきた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 お礼を言って受け取る。


「失礼しますね」


 そのまま椅子に戻るかと思ったのだが、加藤さんはベッドの隣に腰を下ろした。


 隙間は拳ひとつぶんもない。

 腕が触れ合う距離だった。


 そんなことがなんとなく気になったのは、別にそれが珍しいことだからではない。


 これくらいの距離は、いまのおれたちにとって普通のことだった。

 あえて意識しないくらいに――本当にいつの間にか、これが当たり前になっていた。


 出会ったばかりの頃、疑いに塗れた視線を向けてしまっていたことを思えば、なんとも不思議な心持ちになるが、これがいまのおれたちにとっての自然な距離だった。


 もっとも、それはおれたちの間でのことだ。


 まったくの他人の目には、どのように映るのだろうか。

 そんなことを、ふと思ったのだ。


 普通ではないだろう。

 特別なものに見えてもおかしくない。


 無論、それは男女の特別ではなくて、信頼し合った仲間としての特別だ。

 だけど、そんなことが仲間たち以外にわかるはずもない。


 男女の仲に見えていても、決しておかしくないのだ。


 御手洗さんも、そのように考えたのかもしれない。


 だとすれば、ああした行動に出たのも頷ける。


 これはごく一般的な、高校に通う女の子の感性としての話だが……複数人と交際しているような男性と、親しい友人が良い仲になろうとしていたら、それはとめるだろう。


 もっとも、今回は誤解だったわけだが。


 そう。誤解。

 ……そのはずだ。


 おれはコップを一度傾けて喉を湿らせてから口を開いた。


「ローズから聞いたよ。御手洗さんのこと、まだ気にしてるのか」


 こちらから話を切り出すと、加藤さんは素直に頷いた。


「……そうですね。気にしていないと言えば嘘になります」


 みるみるうちに、表情が翳った。


「わたしは、自分の葵ちゃんとの関係が、先輩と探索隊との関係の助けになればいいなって思っていました。探索隊で交流があるのは、島津さんや飯野さんくらいのものでしたから」

「……そうだったのか」

「はい。馬鹿な話です。実際には、それどころではありませんでした」


 そんな想いがあったのであれば、あの展開は余計に衝撃が大きかっただろう。


 加藤さんは悄然と溜め息をついた。


「探索隊との合流はあれで流れてしまいました。それどころか、関係自体も悪くなってしまったかもしれません」


 ローズの言っていた通り、ひどく落ち込んでいるようだ。


 これは、確かに話をしに来て正解だった。

 フォローが必要だろう。


「別に。気にしてないよ」


 おれが声をかけると、加藤さんはこちらを見上げてきた。


「ですけど、先輩……」

「どっちにしろ、竜淵の里と岡崎の一件があったから、合流はできなかっただろうしな」

「結果としては、そうですけれど」

「それに、合流は断ることになるかもしれないと思っていたからな」


 おれが告げると、加藤さんは短く息を呑んだ。


「……そうなんですか?」

「なんとなくだけどな。頭のどこかでそう思ってた」


 だから、ああなったことにさほど驚きはない。


 思うとしたら『やっぱり』だ。


「今日の探索隊との接触には、そのあたりをはっきりさせようというのもあったんだ」


 無論のこと、最初から選択肢を切り捨てるのは、可能性を狭めることに繋がる。


 それに、ひょっとしたらという思いはあった。

 それも断たれてしまったが。


「考えようによっては、御手洗さんのお陰で探索隊の考えがわかった面もある。リリィを死者蘇生の道具として使おうって話が出てるあたりは、教えてもらえて助かったくらいだしな。だから、加藤さんが気に病むようなことはなにもないよ」

「……そう、ですか」


 おれの言葉に嘘はないとわかったのだろう。

 加藤さんは頷いて、手にしたカップのなかの液面に視線を落とした。


 ただ、その表情はまだ冴えなかった。


 おれの言葉が通じなかった、とも思えない。

 理解もしてくれたし、納得もしたと感じられた。


 どちらかといえば……他にもまだ、気持ちを塞がせているものがあるという感じだろうか。


 それがなにかはわからなかったが、こちらから尋ねる前に、今度は加藤さんが口を開いていた。


「あの、先輩。もうひとつ、謝りたいことがあるんです」

「謝りたいこと?」

「はい」


 カップに注がれていた視線が、こちらを向いた。


 おずおずと。

 それはまるで、こちらの反応に怯えるような仕草だった。


「葵ちゃんに、言ったことです。先輩を、その……好きじゃないって」

「……」


 瞬間、おれは体が硬くなるのを自覚した。


 ――わたしは先輩のことを好きなんかじゃありません。

 ――勘違いをされるのは迷惑です。


 あの言葉は、耳の奥にこびりつくように残っていた。


「あれは、違うんです」


 加藤さんは、慌てた様子で言葉を継いだ。


「なんだかあれじゃあ、先輩のことを嫌いみたいな感じで。でもそうじゃなくて。葵ちゃんがああだったから、そう言っただけのことで。わたしは先輩のこと……尊敬、してますし。大事、というか。嫌いなんてことは、絶対になくて」


 紡がれる言葉はたどたどしかった。


 うまく言葉が出てこない。

 それでも、どうにかして伝えたい。


 そんな気持ちが感じられた。


「……」


 大丈夫だ、わかっている――と、すぐに返すべき場面ではあっただろう。


 大事な仲間だとお互いに思っていることは確信しているし、そもそも、そんなこと疑ってなんていない。


 けれど、おれは即座に言葉を返すことができなかった。


 あのときのことを話題にされたために、ひとつ気付いてしまったことがあったからだ。

 いや。気付いたというよりは、改めて自覚せずにはいられなくなったというべきか。


 ――話を切り出された途端に硬直してしまったこと。

 ――そもそも、ふたりきりになることを少し気まずく感じた理由。


 それはつまり、加藤さんのあの発言を気にしていたからにほかならなかったのだ。


 その事実については、もともと自覚はあった。

 ただ、こうしてふたりきりで、加藤さん本人の口からあのときのことを聞かされると、改めてその事実を強く感じずにはいられなかった。


 もちろん、あれが御手洗さんがいたから口にされたものであることなんて、百も承知だ。

 それでも、どうしても気になってしまっていた。


 馬鹿な話だった。


 自分でもそう思うのだ。

 けれど、くだらないとは思わなかった。


 理性では御し切れない。

 理屈なんて通用しない。


 目の前にいる少女に向けた感情はそうした類のものだと知っていたからだ。


 その感情は、いつの間にか、こんなにも大きくなっていた。


 押さえつけておくことなんて不可能なくらいに。


「……先輩?」


 手を回せば抱き締められる距離で、加藤さんは不思議そうな声をあげた。


 耳朶に触れるその声が、近い距離で感じる体温が、小柄で華奢でどこか危うい彼女の存在そのものが、どうしようもなく大切なものに感じられてならない。


 その感情は炎に似ていた。


 おれはこれまで、加藤さんに対して一線を引こうとしてきた。

 けれど、胸のなかに燃え広がった感情の炎は、この瞬間、これまで自分を押さえつけてきたものを燃やし尽くしていた。


 こうなった切っ掛けを思えば、御手洗さんにとっては皮肉な結果だったかもしれない。


「加藤さん」


 呼び掛けて、その肩に触れて向き直る。


 少しでも嫌がる素振りがあれば、すぐに手を離していた。

 けれど、彼女はびくりと硬直こそしたものの、嫌がることはなかった。


「せ、先輩……?」


 あっという間に、その頬が紅潮した。

 濡れたような瞳がこちらを見上げてきた。


「加藤さん。おれは――」


 決定的な言葉を口にする。


 しようとした、そのときだった。



 なにかが砕け、穿たれ、破壊される凄まじい音が、ふたりの時間を打ち破った。



「なっ!?」

「きゃっ」


 咄嗟に加藤さんを引き寄せたのは、反射的な行動だった。


 手にしていたカップが、床に落ちて割れた。


「いまのは……!?」


 音は近かった。

 近くの部屋のどこかだ。


 なにかをうっかり落としたとか、倒したとか、そういった次元の物音ではなかった。


 緊急事態……それも、リリィたちとすぐさま合流する必要がある類の。


 けれど、そう思ったときには、もう遅かったのだ。


「う、お……!?」


 間髪入れずに、感じ取れたのは濃密な魔力の気配。


 そのときには、体を異様な感覚が襲っていた。


「これは……!?」


 浮遊感。ずれる感覚。

 世界が移り変わる。


 その感覚には、覚えがあった。


「これは『妖精の――」


 ――そうして口にした言葉が、一瞬で遠く置き去りにされる。


 誰も、なにも、できないままに。


 警戒を怠っていたわけでもなければ、警護を疎かにしていたわけでもなかった。

 けれど、異変はそれらをすべて呑み込んだ。


 あまりにも唐突過ぎて、まともに対応することすらできなかった。


 だから、できることはひとつだけ。

 おれはただ、腕のなかの加藤さんを手放さないように強く抱き締めていた。

◆4回連続更新でした。


探索隊との接触からの、加藤さん回でした。

と、新展開です。


ここから先は、次回をお待ちください。



◆ご報告です。

みなさまの応援のお陰でコミカライズ進行中の『モンスターのご主人様』ですが、

1巻が今月末、2月28日の発売になります。ガーベラ登場あたりまでになると思います。


現在、発売中の書籍11巻に引き続き、応援いただければさいわいです!

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