14. 思いがけない再会
(注意)本日2回目の投稿です。(12/31)
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「……驚いた」
なんの前触れもない、幹彦の訪問だった。
「はは。悪い悪い。孝弘が来てるって聞いたら、いてもたってもいられなくってさ」
幹彦はへらりと笑う。
もうずいぶんと会っていないというのに、時間を感じさせない笑顔だった。
「突然来ちゃったけど、大丈夫だった? 用があるようなら出直すけど」
「……ああいや。大丈夫だ」
突然の驚きからようやく回復し、おれは言葉を返した。
ようやく、再会の喜びが湧いてくる。
「本当に久しぶりだ。まだ帝都にいたのか。会えたらいいと思ってはいたんだ」
衝動に逆らうことなく席を立って、おれは幹彦に歩み寄った。
「まあ、入ってくれ」
「それじゃ、遠慮なくお邪魔します……って言いたいとこだけど、ちょっと待って」
幹彦は親指で、肩越しにうしろを示した。
「その前に、ちょっと紹介しなくちゃいけないやつらがいてさ」
「紹介?」
なんだろうかと幹彦が示した先に視線を向ければ、数人の騎士が立っていた。
聖堂騎士団の装いだが、おれたちの警護をしてくれている騎士とは違った。
「お初にお目にかかります、真島様」
そのうちのひとり、女性の騎士が前に出た。
「仲間を代表して、ご挨拶させていただきます。わたしは聖堂騎士団第一部隊所属のエリナーと申します」
「第一部隊の……というと、ハリスンさんの部下の方ですか」
「はい」
戸惑いつつも尋ねると、エリナーさんは首肯を返した。
と、そのとき、背後から声があがった。
「え? エリナーさん?」
振り返ると、飯野がびっくりした様子でいた。
「なんだ、飯野。知り合いか?」
「ええ。前にちょっと。偽勇者の件で動いていたときに、顔を合わせる機会があって」
聖堂騎士団は、第一部隊と第二部隊がそれぞれ人員を出して、偽勇者事件に対処していたと聞いている。
同じく偽勇者を追っていた飯野は、どちらの部隊とも接点があったのだという。
そのときの知り合いだということは、すぐに察しを付けることができた。
「わたしに、偽勇者が本当は本物の転移者だって教えてくれたのがエリナーさんだったのよ」
「飯野様にはお世話になりました」
エリナーさんが言葉を添えると、飯野は苦い感じに笑った。
「……いや。たいしたことはできなかったと思いますけどね」
口にされた言葉は、どこか歯切れの悪いものだった。
いつもはきはきした受け答えをする飯野にしては珍しい。
あまり思い出したくないような類の出来事でもあったのか。
偽勇者の件は、飯野にとって樹海を一緒に旅した仲間の犯した失敗だから、当然といえば当然だが……。
それ以上話をすることを避けるように、飯野はこちらに話を振ってきた。
「それで、真島。いつまでこんなとこで立ち話をしているつもり?」
もっとも、そう言ったときには、いつもの飯野だった。
要するに、喧嘩腰ということだ。
とはいえ、言っていることはもっともではあった。
「それもそうだな。幹彦。それに、エレナ―さんたちも。まずは入ってくれ」
「はいはい。それじゃあ遠慮なく。お邪魔しますよっと」
「お邪魔いたします」
おれは幹彦たちを部屋に招き入れた。
この人数だと大部屋でも手狭だ。
幹彦と会ったことのないロビビアを簡単に紹介したあとで――サルビアのほうは出てこなかった――おれは幹彦たちを奥の部屋に通すことにした。
リリィとシラン、あとは飯野が同席することになった。
そこで、幹彦が不思議そうな顔をした。
「そういや、リリィさんとシランはともかく、なんで飯野さんがここにいんの?」
問い掛けられて、飯野がむっとした顔になった。
「同席したら駄目なの?」
「いや。そういう意味じゃなくて」
ぞんざいに手を振って、幹彦が言う。
「そもそも、なんでこんな時間に孝弘の部屋にって話」
もっともな疑問だった。
「飯野はおれたちの護衛をしてくれてるんだよ。ここにいるのも、そういうことだ」
「ああ。なるほど、そういう」
おれが答えると、幹彦は納得した声をあげた。
そこで、ふと気付いた。
「そういえば、幹彦は飯野と知り合いなんだな」
「顔は前から知ってたよ。言葉を交わしたのは、こっちに来てから一言二言かな。エベヌス砦から来た飯野さんたち三人に、団長が挨拶しにいったときも、おれ傍にいたしね」
そんな話をしながらも、幹彦は席に着いた。
エリナーさんたちがその両脇に座り、おれたちは対面に腰を降ろした。
早速、幹彦が話し掛けてくる。
「それにしても、元気そうで安心した」
懐かしそうに、目元がほころんでいた。
「アケルでのことは聞いてるよ。こうして無事に会えて、本当によかった」
「そういう幹彦も元気そうでなによりだ」
セラッタ近郊の町で別れた頃はまだ、幹彦は樹海を彷徨ったことで少し痩せていた。
見た感じ、その影響はすっかりとなくなっている。
むしろ体つきは、一回り大きくなったようだった。
「なんだかたくましくなったな」
「たはは。まあ鍛えたからね。そういう孝弘こそ、前より精悍になってんじゃん」
お互いに、相手の変化を指摘し合う。
それはつまり、この世界で精いっぱい生きてきたということだった。
もっとも、離れていた間におれの身に起きた出来事を、幹彦は噂話に聞いているようだが、おれは幹彦がどうしてきたのかを知らない。
「なあ、幹彦。団長さんの査問は、やっぱりまだ終わっていないのか」
幹彦が帝都にいるのなら、そういうことになる。
確認してみると、頷きが返ってきた。
「うん。残念ながら。だから団長は、ここには来れなかったんだよね。ほら。チリア砦陥落の責任を追及されているわけで、さすがに自由には出歩けなくて」
「そうか」
「って言っても、元気にはしてるけどね。あれでアケルのお姫様だから、それなりの待遇は受けているし」
幹彦は明るい声で言った。
団長さんの査問という愉快なものではない話題に関して、必要以上に暗くなることを避けたのだろう。
実際、同席しているシランは、胸を撫で下ろす様子を見せていた。
目敏く気付いて、幹彦が笑みを向けた。
「シランさんのことも気にかけてたから、元気そうだったって伝えとくよ」
「ありがとうございます」
「いいっていいって」
律儀に頭を下げるシランに、幹彦は手を振ってみせた。
「ちなみに、同盟騎士団のみんなも似たような感じかな。さすがに退屈はしてるみたいだけどね」
「元気にしているならよかったよ」
おれも少しほっとする。
同盟騎士団とは、チリア砦で共闘した仲だ。
その後のセラッタまでの旅路ではお世話になったし、気になってはいたのだった。
「それにしても、時間はやっぱりかかるんだな」
「そうだね」
おれが言うと、うんざりした様子を隠さずに幹彦は顔を顰めた。
「帝都までおれたちを連れてきた辺境伯は、すぐに自分の領地に戻っていったから、その後は王城での査問になったんだけど、責任の所在がどうのこうのと面倒でさ。あとはまあ、最近は、査問どころじゃなくなったっていうのもあるんだけど」
「どういうことだ?」
「いやほら。孝弘と辺境伯の件。あれで各方面忙しくなっててさ」
「……」
「団長の査問の日程が遅れがちになってるんだよね」
明かされた事実に、おれは思わず無言になった。
辺境伯との関係が世界に大きな影響を与えていることは知っていたが、思わぬところに影響が出ていたようだ。
「なんというか、悪いことをしたな」
「はは。別に謝る必要なんてないっしょ。孝弘が悪いわけじゃないしね」
とはいうものの、当事者のひとりとしては、なにも感じないでいるというわけにもいかない。
そんなこちらの心情を察したのか、幹彦は軽い口調で話を進めた。
「まあ、そんなわけでおれは帝都に足留め喰らってるんだよね。んでまあ、ぼうっとしてるのもなんだろ? このままじゃ完全にニートだし。だから考えたんだよ。自分にできることはないかってね」
「できること?」
「そ。おれにもできるお仕事だね」
ぴんと指を立ててみせる。
「具体的に言うと、モンスターの討伐をしてたんだよ」
「幹彦が?」
ちょっと驚く。
おれの知っている幹彦は、まだモンスターとまともに戦えるレベルではなかったからだ。
だが、考えてもみれば、驚くほどのことでもないのかもしれない。
おれたちが別れてから、かなりの時間が経過している。
樹海の深部でおれがリリィたちに出会い、チリア砦でモンスターと戦えるようになるまでの、何倍もの時間だ。
幹彦だって『エアリアルナイト』という固有能力を持っているのだし、戦えるようになっていても不思議ではなかった。
「言ったろ。おれも鍛えたんだって。といっても、モンスターと一対一で戦える程度だけどさ」
幹彦はさらりと言ったが、相当の努力をしたに違いない。
そうするだけの理由と熱意が幹彦にはあった。
そして、基本的には集団戦でモンスターに対抗するほかないこの世界、ひとりで対抗できるだけの戦力は貴重なものだ。
きちんと準備さえすれば、十分に活躍は可能だろう。
「帝都の近くは当然として、そこそこ遠くまで足を延ばしたりもしてたんだぜ。ほら。団長の査問に関しておれが口を挟むにしても、実績があるとないとじゃあ、やっぱ話が違ってくるからさ」
「なるほどな」
幹彦は幹彦で、いろいろと考えて動いていたようだ。
団長さんが査問を受けている間、なにもできずにいるのが我慢できなかったのだろう。
想い人のために、自分にできることをしようというのは、まったく幹彦らしい話だった。
「それで、エリナーさんたちと一緒だったんだな」
「そーゆーこと。モンスター討伐は勇者と騎士がセットでやるってのがデフォだかんね。そこを外すつもりはないよ。そのへんわかってない元探索隊の一部の馬鹿が偽勇者騒ぎを引き起こしたらしいけど、同じ轍を踏むつもりはないしね」
相変わらず、探索隊に対しては手厳しい。
まあ、おれとしても彼らのせいでマクローリン辺境伯の偽勇者討伐の名目が立ってしまったところがあるので、擁護する気にはならないのだが。
もっとも、それはおれの場合だ。
幹彦の目が、ふと他所を向いた。
「えーと、なに?」
「……別に」
なにか言いたそうな顔をした飯野が、不愛想に返した。
幹彦が眉を寄せる。
「睨まれても困るんだけど。事実じゃん?」
「……だからなにも言ってないでしょ」
飯野も弁えてはいるようだった。
だからといって、仲間意識までが消えるわけでもないのは仕方ないことではあった。
どうやらおれと同じで、幹彦もあまり飯野とはそりが合わないようだ。
もっとも、おれと気が合う友人という時点で、飯野と会わないのは予想できた話ではあったが。
気を取り直した様子で、幹彦がこちらを向いた。
「おれのほうはだいたい、こんなところかな」
「ああ。おおよそは把握できたよ」
団長さんの査問が長引いていることを除けば特に問題はなく、幹彦は自分にできることをやっているということだ。
離れていた親しい友人の頑張りを知ることができるのは、嬉しいものだった。
「頑張ってるんだな」
「へへ。まあね」
照れくさそうに幹彦は鼻の下をこすった。
もっとも、ここで黙っていられないのが幹彦なのだが。
「一度討伐に出ちゃうと、団長に会えなくなるのは寂しいんだけどね。だけどそこは、ほら、たとえて言えば家族のための出稼ぎ生活みたいな? ……おお、団長と家族って、なんか素敵な響き!」
「いや。それはちょっと違うけどな」
「あれ!? 冷静に返された!?」
「というか、そもそもなんだが、団長さんとはいい感じになれたのか?」
「なってないけど! 気持ちだけね! キモチダイジ!」
「ああ。やっぱり」
「くそぅ、納得された! わかってるけど畜生!」
大袈裟に悔しがってみせる。
そんな馬鹿なやりとりも、なんだか心を落ち着かせてくれるから不思議だった。
それから、おれたちも自分たちの身に起こったことを簡単に伝えて、話はアケルでの生活のことに移った。
幹彦にしてみれば、団長さんの査問が終われば行く予定の土地になる。
興味は尽きない様子だった。
そうして、一時間くらいは話をしていただろうか。
「幹彦様。もうそろそろ……」
話がひと段落付いたところで、エリナーさんが言った。
「ああ。言われてみれば、ずいぶんと話し込んじゃったね」
幹彦が窓の外を見て言う。
名残惜しそうに、眼鏡の向こうの目が細められて、不意にこちらを向いた。
「そういえば、孝弘は今後はどんな予定なん?」
「三日後に辺境伯との会談だ。明後日はそのための準備にあてるつもりで……あと、明日の昼からは、探索隊のほうに寄る予定だ」
「探索隊のとこに? へえ、大変だね」
「そういえば、幹彦は探索隊とは没交渉なんだな」
ふと気になって尋ねてみる。
飯野も島津さんも帝都に幹彦がいることは知らなかったわけだし、当然、そういうことになる。
「まあ関係ないしね」
興味の薄い口調で幹彦は返した。
こうしたところ、こいつはドライなのだ。
別に間違ったことを言っているわけでもない。
「海外で日本人同士絶対つるまなくちゃいけないみたいなルールはないっしょ。孝弘だって、そっちの飯野さんと仲良くならなかったら、探索隊とのかかわりはなかったんじゃないの?」
「……は?」
と、これは飯野の口から漏れた声だった。
「わたしは別に、真島と仲良くなんてないけど」
「あれ? そうなの?」
抗議した飯野を、幹彦はおれと見比べた。
なにやら不思議そうだった。
「どうかしたか?」
「あー、いや」
一拍置いてから、幹彦は頬を掻いた。
「ほら。だって、こんな時間まで一緒にいるからてっきり」
「それは護衛だからって、さっき言っただろ」
「ああ。そうだね。そうだった」
幹彦は頷いた。
「ともあれ、明日の午前中は時間があるんだね」
「そうだな」
あまり気を張り詰めていても、本番の前に疲れてしまう。
実感はないが長旅をして環境は激変しているし、体調を崩すことのないように、明日は休みにするつもりだった。
「なにもなければ、リリィやローズあたりに相手をしてもらって、ちょっと体を動かそうかと思っていたくらいだ」
「そっか。それならむしろ都合がいいかな」
幹彦が嬉しそうに笑うので、おれは首を傾げた。
「なんだそれ」
「いや。こっちの話」
首を振って、幹彦は言った。
「なあ、孝弘。お願いがあるんだけどさ、その時間、あけておいてもらえない?」
「別にいいが、なにか用でもあるのか」
「いや。遊びに来たいだけなんだけど」
照れくさそうに、幹彦は頬を掻いた。
「ほら。折角、こうして再会できたんだし。駄目だったらいいんだけどさ」
もちろん、駄目なんてことはなかった。
おれだって、ようやく再会できた親友ともっと話したいと思っていたのだ。
「やった。それじゃあ、孝弘。また明日ね」
「ああ。また明日な」
転移なんてものに巻き込まれる前は当たり前だった挨拶を交わして、笑顔で幹彦は帰っていった。
思いがけない再会だったが、気になっていた団長さんの現状を知り、幹彦の元気な姿を見ることもできた。
三日後の和平会談に向けて、気持ちを明るくしてくれるひと時だった。
◆これにて、本年の最後の更新になります。
本当は、あと2話ほど更新したかったのですが、さすがに無理でした。残念。
◆今月で連載開始より4年が経過しました。
樹海の奥地から始まった本作ですが、今回の更新で、主人公たちはついに人間世界の中心都市を訪れることになりました。
物語も佳境に入ろうとしていますが、来年も本作を楽しんでいただければと思います。
良いお年を!






