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6. 妖精の輪

前話のあらすじ


加藤さん、ちょっと勇気を出してみようと決意する。

   6



 飯野の訪問から二日後の昼。

 おれはリリィたちと一緒に、飯野と部屋で顔を突き合わせていた。


 これから来る人物を待つためだった。


「来たみたいね」


 飯野がそう言って、床に置いた魔法道具に目をやった。


 黒の混ざった紫色の宝玉が光を発している。

 転移の魔法道具。発動をこの目で見るのは初めてだった。


 その場に集まったみんなが見守るなか、甲高い音を立てて、宝玉が砕け散る。

 なかから黒い影が溢れ出した。


 影は人型を取ると、まるでシャワーで泥が流されるように消えていく。

 最後には、制服姿の少女が残った。


 少女はクールな表情で周りの様子を見回した。

 その視線が、テーブルにつく飯野のところで停まった。


「なに、優奈。お茶してるの」

「島津さんを待ってたんです」

「そう。じゃ、わたしももらえる? この移動方法、わたしのと少し違うから違和感があって。ちょっと休憩したいのよ。出発するのは、そのあとにしましょう」


 言うが早いが、あいている席に腰を下ろしてしまう。


 飯野が苦笑しつつ、お茶を淹れるために動いた。


 どうもマイペースな性質らしい。

 椅子に腰を落ち着けた少女が、こちらに視線を向けた。


「で、あなたが真島孝弘で合ってる?」


 唐突な問い掛けではあったが、事前に飯野からどういった人物であるかは聞いている。

 戸惑うことはなかった。


「そうです。初めまして、島津さん」

「初めまして」


 島津結衣――『妖精の輪』の二つ名で呼ばれる少女は、素っ気なさを感じさせる口調で応えた。


 もっとも、そうした態度は他意があってのことではないらしく、敵意の類は感じられない。

 むしろ、こちらに関心を惹かれているらしく、じろじろと見詰めてきた。


「にしても……ふうん。あなたがねえ」


 彼女がわざわざこんな遠くにまで来ることになった原因はおれだ。

 どんなやつなのかと、興味を持つのは当然だろう。


 気が済んだのか、数秒で視線は逸れた。


「あとは、そっちのあなたが加藤真菜ね」

「はい。島津先輩」

「それで、そっちは水島美穂……じゃ、ないんだっけ」


 最後だけ、少しペースが崩れた。


 視線を向けられた少女が、亜麻色の髪を揺らした。


「いえ。いまは水島美穂ですよ、結衣ちゃん先輩」

「え……?」


 意外そうな顔をする島津さんに、水島さんは悪戯っぽく笑ってみせた。


「結衣ちゃん先輩が来るってことだったので、今日は出てきてたんです。あ、わたしの状態は知ってますか」

「うん、それはまあ、知ってるけど。――ありがと」


 途中、飯野が淹れたお茶を受け取り、島津さんは続けた。


「ああ、えっと。元気だった? って、聞くのも変な話か。ごめん」

「ふふ。ややこしい感じにはなってますけど、わたしは元気ですよ」


 戸惑った様子ながら言葉を選んで喋る島津さんに対して、水島さんはあくまでにこやかだった。


「真島くんと、りーちゃんのお陰です」

「……ふうん」


 島津さんが目を細めた。


 リリィと水島さんの件については、微妙な問題を含んでいる。

 下手をすると、探索隊に対する印象を悪いものにしかねない。


 そのため、率先して水島さんはフォローをしてくれたのだった。


 島津さんもそのあたりは読み取ったらしく、軽く肩を竦めた。


「そういうことね。わかったよ」

「だったら、よかったです」


 水島さんはにこりとした。


「あとは、他の探索隊の人たちにも、それとなく伝えておいてもらえるとありがたいです。真島くんは、加藤真菜と水島美穂のふたりを保護しているって」

「いざこざの種はなるべくなくしておきたいってことでしょ。いいよ。わたしだって、面倒事はごめんだからね」

「ありがとうございます。結衣ちゃん先輩の、そういう話の早いとこ好きです」


 にっこりする水島さんに、島津さんは小さく息をついた。


 そうして一拍置くことで、ようやく自分のペースを取り戻したのかもしれない。

 片目を閉じて、口許を緩めてみせた。


「なにを言ってるんだか。好きなのは、真島でしょ。ちょっと見ない間に色気づいちゃって」

「んな……っ」


 からかわれた水島さんが、頬を林檎のように染めた。


 反射的になのか、視線がこちらを向いて、目が合った。

 彼女はますます赤くなってうつむいた。


 そんな様子を見て、島津さんは肩を揺らすと、自分のコップに口を付けた。


「とまあ、折角会えて話をしたいのはやまやまだけど、このへんにしとこっか。今日の用事はこっちじゃないしね」


 そういうと、おれと飯野に交互に視線を向けてくる。


「それで、どうなの? 聖堂教会に条件を提示するって話だったけど、まとまった?」


 先程の水島さんの会話のお陰か、多少なり砕けた調子だった。


 ……当の水島さんは赤くなって震えているが。


 尊い犠牲に感謝しつつ、おれは答えた。


「はい。飯野にはすでに書面にして渡してあります。島津さんに関わることもあるので、せっかくなので話しておきましょうか」

「そうね。折角、こうして時間もあることだし、お願いできる?」

「わかりました」


 おれはひとつ頷き、条件について話し始めた。


「ひとつめは同行するメンバーについてです。『妖精の輪』による移動は二十名ほどが上限だと、飯野からは聞いています」

「疲れるからね。長距離移動は消耗が激しいし、なるべく少ないと助かる……けど、そうもいかないか」

「すみません。おれの眷属は全員連れて行こうと考えています。あとは、交渉役としてアケルから何名かと、護衛ですね」

「二十人って上限を提示したのはわたしだから、あまり多くなりすぎなければいいよ。ただ……」


 島津さんは一度、言葉を切った。

 興味深そうに、こちらの顔を覗いてくる。


「アケルの人間はともかく、眷属を全員ね。それが教会への条件ってこと?」

「はい。聖堂教会には、おれたちのことをわかりやすいかたちで認めてもらいたいと考えています。眷属たちを帝都に同行させるということは、当然、聖堂教会がその存在を認めたということになります。おれの身の安全の確保の意味でも、同行させないというのはありえません」


 ちなみに、竜淵の里のドラゴンたちも何人かを選んで、おれの眷属ということにして同行してもらうことになっている。

 ロビビア以外はパスが繋がっていないものの、里を失ったドラゴンたちとは一蓮托生の関係にあるので、まったくの出鱈目というわけでもなかった。


「へえ。いろいろと考えているんだね」


 島津さんが飯野に顔を向けた。


「でも、いいの? 教会側としては、呼び寄せるのは真島ひとりのほうがやりやすいんじゃない?」

「大丈夫です。そのあたりは最低限の条件だろうって、ゲルトさんやハリスンさんも言っていましたから」

「ふぅん。覚悟はしているってことね」


 鼻を鳴らす島津さんに、おれは付け加えた。


「聖堂教会には、道中での宿などの手配もお願いするつもりです。帝都まで『妖精の輪』で移動したとしても一週間かかると聞いています。移動している最中に、現地の人間と思わぬトラブルになってはいけませんから」


 万が一にもなにも知らない人々にガーベラなどを見られたら大変なことになるので、『妖精の輪』で飛んでいく場所は準備が必要だ。

 また、その場所は外部との接触がないように、きちんと隔離されていなければならない。


 島津さんも納得したように頷いた。


「眷属を同行させるなら、そうなるでしょうね。わたしの『妖精の輪』で飛ぶ先の場所の確保、休憩所と宿泊地……全部に対応が必要と。まあ、教会側も、そこまで含めて覚悟はしているでしょうけど」

「あらかじめ計画を知らせてくれるようにも、お願いするつもりです」

「そこまで確認するんだ。慎重ね。いや、聖堂騎士団とのこれまでのいざこざを考えれば当然なのかな」


 島津さんもトラヴィスのことは知っているのだろう。


 一度、失った信用を取り戻すのは難しい。


 もっとも、そうでなくても、不備がないか確認するのは悪いことではない。

 念には念を入れておくに越したことはないのだから。


 そういう意味で、もうひとつ手を打ってもいた。


「それと、飯野の同行も条件に入れてあります」

「ああ、そうなんだ。優奈が護衛をするなら、なにかあっても安心ね」


 島津さんが言うと、飯野は苦笑した。


「できる限りのことはするつもりです」


 少しだけ、彼女らしくない言い方だった。


 以前に会ったときだったら、自分に任せておけくらいは言ったのではないだろうか。

 再会したときにも思ったが、やはりなにかあったのかもしれない。


 もっとも、本人の認識についてはともかくとして、おれにとって飯野の助力は頼もしいものだった。


 飯野は探索隊でも最強クラスの異能を備えており、その正義感は誰より強い。

 一度は勘違いで敵対したものの――いや、だからこそ、変な早とちりでおれに攻撃を仕掛けてくることもないだろう。


 そういう点では信頼していた。


「あとは、『聖堂教会が仲立ちをして、勇者である真島孝弘とマクロ―リン辺境伯の会談の席を設ける』ことを、あらかじめ大々的に公表してもらうつもりです。そうすれば、聖堂教会は威信にかけて会談を成功させなければいけなくなりますから」

「後戻りができないようにするということ?」

「まあ、そんなところです。おれたちを帝都に呼び寄せる以上、辺境伯を押さえる約束は確実に守ってもらわないと困りますから」


 あえて島津さんに伝えることはなかったが、これにはもうひとつ狙いもあった。


 考えられるなかで最悪なのは、聖堂教会が実はおれの命を狙っているというケースだ。


 疑い過ぎかもしれないが、あながちありえないとも言い切れない。

 聖堂教会の目的は現状の世界の混乱を鎮めることであり、その目的だけを考えるなら、おれを呼び寄せて『偽勇者』として殺すのが手っ取り早いからだ。


 とはいえ、探索隊がこちらを擁護している現状、おおっぴらにそんなことをしてしまえば、探索隊との関係に深刻な溝が生まれかねない。

 探索隊のひとりである飯野が同行しているなら尚更だ。


 現実的にありえる線としては、騙し討ちで『偽勇者として襲撃』するのではなく、自分たちのテリトリーで『何者かにより暗殺された』ことにするパターンだろう。


 しかし、そうなると当然、大々的に戦力を動かすことはできない。

 リリィたちや飯野の護衛を突破することは困難だ。


 加えて、たとえ暗殺が成功したところで、それはつまり、聖堂教会が呼び寄せた転移者を守れなかったことになる。


 暗殺の疑いも含めて、探索隊は聖堂教会に少なからぬ不信感を抱くだろう。

 結局、溝が生まれるのは変わらない。


 あらかじめ大々的に会談の話を世間に広めておけば、尚更だ。


 もしもおれの身になにかあった場合、聖堂教会が『勇者と認めた真島孝弘』を『わざわざ呼び寄せておきながら守れなかった』ことを『世界中に広める』ことになるのだ。


 聖堂教会の権威が大きな傷を負うことは想像にかたくない。


 世界の安定を目的に動いていながら、そんなことになっては本末転倒だ。

 そこまでのデメリットを呑み込んで暗殺を狙うくらいなら、会談で和解を成立させたほうがいいだろう。


 逆に、暗殺を狙っているわけではないのなら、このことを広く告知したところで、聖堂教会にさしたる不都合はない。

 というより、聖堂教会側の意図にも合うはずだった。


「そもそも、飯野の話では、この会談は一種の儀式、パフォーマンスのようなものだということでした。こちらから言い出さずとも、最初から広く公表するつもりなのではないかと思います」

「そう言われてみれば、確かにそうね。特に問題はなさそうか」

「あとは、被害を受けたアケルへの援助も聖堂教会に頼むことになっています。こちらも問題はないと思います。アケル側からは、適切と思われる額を提示してもらっていますので」

「そっか。なんというか、ここまで提示している条件は無難な感じだね。もっと無茶な条件を出すんじゃないかと心配してたんだけど」

「しませんよ、そんなこと」


 おれは苦笑して、島津さんの懸念を否定した。


「これがトラヴィスを抑え切れなかった聖堂教会側の不始末であるにせよ、おれたちとしても、会談が成立しないと困ります。要求するのは必要なことだけです。ただ、だからこそ、最後にあとひとつ条件を提示するつもりですが」

「あとひとつ? なにを?」

「オットマー=ヴァラハという人物についてのことです」


 島津さんが眉を顰めた。


「オットマー……誰?」

「オットマー=ヴァラハ。アケルでおれに襲い掛かってきた、聖堂騎士のひとりです。おれは二度、こいつと戦いました。最初が聖堂騎士団第四部隊の開拓村への襲撃、二度目が辺境伯領軍との戦闘です。最初は聖堂騎士団第四部隊のひとりかと思っていたのですが、そうではないことを当人が口にするのを、仲間のひとりが聞いています」


 オットマーは、力尽きたローズに対して『自分は第四部隊の人間ではない』と語ったのだという。


 あの場面、ローズは死の間際まで追い詰められていた。

 オットマーが嘘をつく理由はないだろう。


「辺境伯領軍との戦いのなかで、オットマーは行方をくらましました。壊滅した辺境伯領軍と運命をともにした可能性もありますが、生き延びているものとして警戒しています。おれが知りたいのは、オットマーの目的です」

「目的?」

「トラヴィスは手柄と栄誉を得るために動いていました。ですが、オットマーはトラヴィスの率いた聖堂騎士団第四部隊の人間ではありませんでした。ということは、そこにはトラヴィス以外の思惑が働いていた可能性があります」

「……それはつまり、たとえば、騎士団内部にトラヴィスとは別の利己的な派閥とか、マクロ―リン辺境伯と同じ過激派がいて、動いていたかもしれないってこと?」

「そういう可能性があるという話です」


 顔を顰めた島津さんに、おれは頷いてみせた。


「オットマーが個人的に動いていたのか、その上に誰かがいて指示を出していたのか……無論、単に第四部隊に援護を頼まれただけという可能性もあります。そのあたりを聖堂騎士団に調べてもらったうえで、必要があるなら対処してもらうというのが、最後の条件です。第四部隊の残党についても同様ですね」


 さいわい、オットマーは『天使人形』というわかりやすい能力を持っていた。

 所属を突き止めるのは難しいことではないはずだった。


「調査については、わたしから副長のゴードンさんに頼んでみるつもりです」


 これは飯野が言った。


「わたしは一時期、ゴードンさんと同行していました。あの人は信用できると思います。わたし自身も同行して、この目で確かめるつもりです」

「優奈も行くんだ? 働き者だね。ああ。それとも、真島のことだから?」


 からかう口調で島津さんが言うと、飯野はぴたりと動きをとめた。


「……変なことを言わないでください」


 固いところのある飯野のことだから、こうした冗談は嫌いなのだろう。

 眉間に深い皺が寄った。


「わたしはただ、正しくないことが許せないだけです」


 ふんと飯野は鼻を鳴らす。

 ついでに、なぜかおれが睨まれた。


 理不尽だが、いちいち取り合っていては話が進まない。


 流すことにして、おれは話を締めくくった。


「島津さん。こちらから提示する条件は以上になります。あとはよろしくお願いします」

「わかったよ。任せてくれていい」


 そう島津さんは請け負い、飯野もこればかりは反発することなく頷いた。


 あとはもう、聖堂教会の対応を待つばかりというわけだ。


 気を抜くわけではないが、少し肩の荷が下りた気持ちがした。


 話を聞いていた島津さんも似たところがあったのか、ほっと息をついていた。

 姿勢もわずかに崩れて、内心をこぼすように言う。


「それにしても、安心したよ。聖堂教会から今回の話があったときには、どうなることかと思ってたからね」


 島津さんは自分のコップを傾けると、改めて口を開いた。


「理不尽に殺されかけた真島が、聖堂教会の話を冷静に聞いてくれるかどうかわからなかったし、下手すると無駄足なんじゃないかって心配してたんだ。だから、いまの話を聞けて安心した。これからも協力して、事態の収拾を進めていきたいところだね」

「そうですね。こちらとしても、探索隊の協力は助かっています」

「わたしたちは聖堂教会に頼まれて、事態を収拾するために動いているだけだよ。それに……これは、わたしたち転移者の問題でもあるからね」

「転移者の、ですか?」

「うん。あなたが受けた理不尽な扱いは、ひょっとしたら、わたしたちのものだったかもしれないからね」


 少しだけ、声のトーンが落ちた。


「なにかがちょっと変わっていたら、そうした可能性もあったかもしれない。ううん。これから先もないって保証はないよね。だから、理不尽な扱いについては断固抗議しなくちゃいけないんだよ。次がないようにね。わたしはそう思ってる」

「……」


 島津さんはただ探索隊の方針に従って行動しているというだけではなく、彼女なりに考えがあって行動しているらしい。


 これから先、聖堂教会が提示した条件を満たした場合、帝都で探索隊と接触するだろうことを考えれば、こうして探索隊のメンバーから意見を聞ける機会は貴重だった。


「それじゃあ、探索隊のリーダーも、そうした判断で今回のことを?」

「さあ、それはどうだろうね」


 踏み込んでみると、島津さんは首を傾げた。


「あいつは頭がいいから、わたしの思い付くことくらい気付いてるとは思うけど。ほら。自分たちには勇者の立場以外に後ろ盾がないことをわかっていたからこそ、文句言いながらも、地盤固めをこれまで地道にやってきたんだろうし。とはいえ、わたしみたいに、それが理由で動いたのかどうかはわからないかな。あいつは、あなたみたいなのを応援したくなるタイプだから」


 このあたりは飯野と同じ意見のようだ。


 頑張る人間が好きなのだと、飯野は言っていたか。

 面倒見の良いタイプなのだろう。だからこそ、転移直後の混乱を押さえて、一ヶ月の間、コロニーを維持することができたし、いまでも百人のチート持ちをまとめている。


「まあ、リーダーはともかくとして、探索隊には他にもわたしみたいに考えてるのが何人かいるよ」

「逆に言えば――」


 そこで、加藤さんが口を挟んだ。


「――島津さんのような考え方をしているのは、何人かしかいないということですよね」

「まあ、そういうことになるね。わたしが知る限りは、メンバーの七割くらいは、ただ辺境伯の行動は理不尽だって怒ってたり、リーダーの意見だから支持してる感じだと思う」

「じゃあ、残りの三割はどうですか」

「……探索隊も、全員意見が一緒ってわけじゃないからね」


 島津さんは苦笑をこぼした。

 同じく探索隊の実情を知っているはずの飯野は目を伏せていた。


 これだけで、答えはわかったようなものだった。


「それはまあ、不満に思っているやつもいるよ。自分たちと関係のないごたごたのために、この世界で一番に権威がある聖堂教会に、どうして抗議しなくちゃいけないんだって。まあ、大きな声で反対するとまではいかないけどね」


 それは、仕方のないことだろう。


 探索隊のメンバーには、正義感の強い者が多い。

 そもそも、彼らの大多数が力を得た理由は『英雄願望』だからだ。


 ただし、その正義感は、飯野のような『なにがあっても悪を討つ』という類のものではない。


 圧倒的な力を持つからこそ、彼らは正義感に従って英雄のように振る舞える。

 まず力ありきなのだ。


 もっとも、それ自体は彼らが基本的に善意の人間であることの表れであり、非難されるようなことではない。


 力を得たことで好き勝手悪いことをしようとする人間だって、少なくはないだろう。

 それを思えば、手に入れた力を正しく使おうと考えた彼らは立派だ。

 たとえ、その理由が英雄願望であったとしても。


 だが、そうした願望が動機である以上、頼りにしている『力』が通用しないかもしれないと気付いたとき、飯野のように正義を貫けるかといえば難しいだろう。


 というか、この場合は、むしろ飯野のほうが異常なのだ。


 だからこそ彼女は『韋駄天』の異能を得たし、並みいる探索隊メンバーのなかでも単騎白兵戦で最強クラスの力を持っているのだから。


 普通の人間には、そこまでの強度はない。


「……?」


 そんなことを考えていると、ふと島津さんがこちらをじっと見ていることに気が付いた。


 不審に思って、おれは彼女を見返した。


「どうかしましたか」

「真島。あなた、探索隊に合流するつもりはないって本当?」

「――」


 話の流れを無視したように思われる質問に、おれは虚を突かれて息を詰めた。


 島津さんは、そんなおれに不思議そうな目を向けた。


「わたしはてっきり、真島はこのまま探索隊に合流するんだと思ってたんだよね。けど、優奈から話を聞いてみたら、そういうつもりはないと思うって。実際のところ、どうなの?」


 飯野に合流の話をしてみたら、そのつもりはないと言われて驚いたということらしい。


 それはまあ、探索隊メンバーにしてみれば、合流するのは当然のことだろう。

 ただ、おれにとってはそうではない。


「飯野のいう通りです。おれは探索隊に合流するつもりはありません」

「どうして? ひょっとして、『天からの声』を警戒してるとか? だったら、もう探索隊にいないことは確認されてるし、探索隊に入るのを拒否する理由はないと思うけど」


 確かにそこは理由のひとつではあった。

 ただ、それだけが理由でもなかった。


 こういうとき、どうしても思い出されるのは、かつて目の当たりにしたコロニー崩壊の光景だった。

 他の転移者への不信感は、いまだにおれの心に深く根を張っていた。


 ただ、それをそのまま伝えるのもはばかられた。


 以前に、襲い掛かってきた飯野に話したときとは、状況が違う。

 現状の探索隊は事態の収拾に協力し合う関係だ。


 あなたのことを信用していません、なんていうことはさすがにできない。


「いまの生活に不満はありません。アケルには知人もいます。探索隊に合流する理由がありません」


 合流するつもりのない大きな理由は伏せたが、これもまた理由のひとつではあった。


 実際、遠征隊に参加したメンバーの半分は、すでに探索隊を離れているわけで、合流する必要があるわけでもないのだ。


「それに、おれが探索隊に入るのは難しいんじゃないですか。探索隊が今回の件に関与することに反対したメンバーあたりは、おれを仲間として受け入れることを快く思わないでしょう」

「そうね。多少の反対意見は出るかもしれない」


 島津さんは否定しなかった。


 ただ、引き下がりもしなかった。


「だけど、積極的に賛成するメンバーのほうが多いと思うよ。わたしも含めてね」

「島津さんが、ですか?」

「そう」


 クールな印象の視線が、おれを真面目に見詰めていた。


「これはさっきも言ったけど、あなたとは協力していければいいと思ってる。だけど、一緒に仲間としてやっていけるなら、もっといいとも思ってる。お互いにね」

「……どうしてそこまで?」

「自己評価が低いのね」


 怪訝に思って尋ねると、島津さんはおかしそうに肩を揺らした。


「エルフを守り抜いた真島の働きは、いまや世界中が知っているのよ。それを良いものと取るか、悪いものと取るか、世界が割れてしまうくらいにね。自覚がないようだけど、わたしたちのなかで、この世界に来て、あなたほどなにかを成し遂げた者はいない。わたしはそう思ってる。要するに、それくらいあなたを評価しているってことよ。ま。別にこれは、わたしだけじゃないけどね」

「島津さんの言ってることは本当よ」


 飯野もぶっきらぼうな調子ながら口を添えた。


「探索隊でも、いまの真島を評価する人間は多いわ」

「そうなのか」


 意外な情報は、ただ戸惑いを生むばかりだった。


 とはいえ、あの飯野がこう言うのだから、事実ではあるのだろう。

 そのために、島津さんはおれを探索隊に誘っているのだった。


「真島にとっても悪いことじゃないと思うんだけどね」


 戸惑うおれに、島津さんは続けた。


「いまはとても世情が不安定になっているでしょ。以前は別に探索隊を離れていてもよかったし、実際に離れていったメンバーもいたけど、いまはなるべく集まっておくべきだと思う。そうすれば、変なトラブルに巻き込まれることもないしね」


 島津さんの言い分には一理あった。


「それに、今回の件に関わることに反対しているメンバーだって、真島が合流さえすれば、自分たちとは無関係だなんて反対意見は言わなくなる。逆に、いまのままでもしも次になにかあったら、反対する人数がどうなるかはわからない」

「それは……確かに、そうかもしれませんが」

「もちろん、無理にとは言わないけどね」


 島津さんは肩をすくめた。

 意見を押し付けるつもりはなく、そのほうが良いと思ったから言っただけなのだろう。


「ただ、そういう選択肢もあることだけ、覚えておいて」


 そう言うと、島津さんは席を立った。


「さてと。それじゃ、そろそろ行こうかな」


 途端、その身の魔力が励起された。


 探索隊の二つ名持ちにふさわしい魔力量。

 固有能力である『妖精の輪』を発動するための魔力が渦を巻いた。


 魔力を高めつつ島津さんは飯野のところまで歩いていくと、その肩に手を置いた。

 とんとんと、踵が独特のステップを踏んだ。


 魔力が高まる。

 そして――


「それじゃあ、また会いましょう」


 ――その言葉を最後に、島津さんと飯野の姿は消えていたのだった。



※なろうのバグが原因で、予約分(一応、完成。最終チェックがまだ)が投稿されていたので、修正。 9/5

修正終わりました。 9/6


修正前を読んでいたかたも、内容は変わりません。



◆書籍版『モンスターのご主人様⑩』が発売されました。

店頭にて並んでおりますので、よろしくお願いいたします。


また、書籍版をご覧になった方はご存知と思いますが、

コミカライズ版の情報を活動報告にて載せておりますので、ご覧ください。


(※次回更新時にも同様の内容を告知します。申し訳ありません。)

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