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4. メッセンジャー

前話のあらすじ



飯野「走ってきたわ!」


いつもの韋駄天。

   4



「なんでこんなところにいるんだ」


 咄嗟に口に出たのは、疑問の言葉だった。


 まさかこんなところで顔を見るとは思わない。

 不審も露わに尋ねると、飯野はむっとした顔をした。


「ご挨拶ね、真島。わたしがここにいたら悪いのかしら」

「そういうわけじゃないが……」


 これが仲の良い友人であれば、思わぬ再会に喜び合う場面かもしれないが、おれたちは別にそんな関係ではない。


 とはいえ、さっきのは少しぶしつけな言い方だったかもしれない。


「悪かった。他意はない。それで? 探索隊に戻ったんじゃなかったのか?」

「戻ったわ。だからここにきたのよ」


 飯野はまだ少し機嫌を損ねた様子だった。

 つんけんしている。


 ……いや。思い返してみれば、いつもこんなものだったか。


 だったら、こちらとしても気を遣う必要はない。


「よくわからないな。どういうことだ?」

「ご主人様。とりあえず、座って話をしたら?」


 尋ねたところで、リリィが口を挟んだ。


「立ち話もなんでしょ。飯野さんのこと、他の人にも紹介しなくちゃだし」


 おれと飯野は顔を見合わせた。


「それもそうだな。座れよ」

「そうさせてもらうわ」

「それでは、こちらに」


 おれの正面に座っていたエラさんが席を譲る。


「すみません、エラさん」

「えっと、ありがとうございます」


 おれと飯野がお礼を言うと、エラさんは無表情のまま一礼して別の席に移った。


 そうする間に、飯野を連れてきた兵士に、フィリップさんが追加でひとつカップを準備するよう手配を命じる。

 普段は気さくだが、こうしたところは実に慣れていて王族らしい。


 飯野は譲られた席に着く。

 そして、怪訝そうに瞬きをした。


「えっと、なにかな?」


 おれに抱きついたままのロビビアに向けた言葉だった。


 視線を向けてみると、妙に無表情なロビビアの顔があった。


「……なあ、孝弘。そいつなんだ?」


 飯野を見詰める目はかすかに見開かれている。


 尻尾がゆらりと揺れる。


 おれに寄り添い、服を掴んだ指先が硬い。

 なにがあってもいいように、少しだけ竜化しているのだった。


 それ自体は用心ということでかまわないのだが、いまのロビビアの雰囲気はちょっと危うい。

 下手をすると、こちらから襲い掛かりそうな感じだった。


 最近の出来事のせいでちょっと神経質になっているところに、飯野が不機嫌そうにしているのを見て、必要以上に警戒心を呼び起こされてしまったのだろう。


 飯野とのやりとりは普通のことで、ぞんざいな態度はお互い様だ。

 気にするようなことではなかったのだが、そのあたりを知らなければ無理もなかった。


「大丈夫ですよ、ロビビアちゃん」


 おれが状況を把握し、なにか言おうとしたところで、先んじて加藤さんが口を開いていた。


 こういうところは、やはり如才ない。


「この人は飯野優奈。わたしや先輩と同じ世界からきた転移者です。前にいろいろあって、先輩とは仲が良いんだか悪いんだかわからない関係というだけで、敵じゃありません」

「仲良くなんてないわよ。変なこと言わないで」


 飯野が即座に一部の発言を修正する。


 ロビビアは迷うような顔をして、こちらを見上げた。


「……敵じゃないのか?」

「ああ。大丈夫だ」


 おれは頷いてやり、加藤さんも笑顔を向けた。


「ほら。真島先輩もこう言っているでしょう」


 その目がちらりと飯野に向けられる。


「少なくとも、いきなり攻撃を仕掛けてきたりは……しないですよね?」

「……しないわよ」


 ちくりと言われると、前科のある飯野は弱った顔をした。

 あるいは、加藤さんが苦手というだけかもしれないが。


 そんな飯野の様子を見て、ロビビアも納得してくれたらしく、こくりと頷いた。


 もっとも、おれの傍から離れることはなかったが。


 そこで、先程フィリップさんが命じた飯野の分のカップが届いた。


 話し合う準備が整ったところで、改めておれは飯野に水を向けた。


「それで、飯野。わざわざこんなところに来たんだ。なにか用事があるんだろう。聞かせてもらえるか」

「……ええ、そうね」


 さっきのやりとりで気勢を削がれたのか、飯野は素直に応じた。


 ただ、口から飛び出したのは、刺激的な単語だったが。


「わたしがここに来たのは、聖堂教会に頼まれたからよ」

「……聖堂教会に?」


 部屋の空気が張り詰めた。


 先程まで、どう対応をするべきか話し合っていた組織の名が出てきたのだから、この反応も当然だった。


 飯野もまた真剣な表情で頷いた。


「ええ。あんたを説得するように頼まれたのよ」

「……飯野が?」

「なにか文句あるの?」

「いや。別に。確認しただけだ」


 むっとこちらを睨んでくる飯野。


 正直、人選ミスではないだろうかと思っていると、加藤さんが「ひょっとして」とつぶやいた。


「どうした、加藤さん?」

「……どうして探索隊が辺境伯に抗議する声明を出してくれたのか、不思議に思っていたんですけど」


 口元に折った指を当てつつ、加藤さんは尋ねる。


「探索隊を動かしたのは、飯野さんですか?」

「なに?」

「だって、そうした経緯があるなら、飯野さんがここにやってくるのもわかりますし」


 おれが視線を向けると、飯野はかすかに笑った。


「半分正解よ。探索隊に情報を伝えたのはわたしだけど、動くと決めたのはリーダーね。……わたしはなにもできなかったもの」


 最後は、ぽつりと言う。


「飯野?」


 おれは怪訝に思って飯野の顔を見詰めた。

 彼女の浮かべている笑みが、らしくもなく苦いものを含んでいるように見えたからだ。


「どうかしたのか?」

「……なんでもないわ」


 飯野はかぶりを振った。

 なにかあったのかもしれないが、それをここで語るつもりはないらしい。


「とにかく、リーダーに感謝することね」


 すぐに調子を取り戻して、彼女は素っ気なく告げた。


「真島のことを知ったら、すぐに動くと決めてくれたのよ。あの人は他の転移者を見捨てたりする人じゃないし、真島のことは前から気にしてたみたいでね」

「リーダー……っていうと、中嶋小次郎か?」


 おれは少し戸惑った。

 探索隊のリーダーが、自分を気に掛ける理由に心当たりがなかったからだ。


「おれのことを、どうして?」

「さあ? ただ、あの人は頑張っている人間が好きだから、そのあたりが理由だと思うけれどね。そういう人なのよ。みんなを信じて、前に向かっていくような」


 飯野はどことなく誇らしげな様子だった。


 曲がりなりにも千人という大所帯を、異世界転移なんてトラブルのなかでまとめ上げていた人物なのだ。

 おれは当時、その他大勢のひとりだったから面識はないが、直属の探索隊メンバーには慕われているのだろう。


「まあ、確かに辺境伯に抗議をしてくれたことはありがたかったけどな」

「そうそう。リーダーに感謝なさい。あとは、あなたの危機を知らせてくれた『謎の男』にもね」

「なんだそれは」


 尋ねると、飯野は肩をすくめた。


「わたしもわからないわよ。バン子爵領の村で会って、あなたが辺境伯領軍に狙われてるって教えてくれた人がいたの。あなたの知り合いなんじゃないの」

「……そんな少ない情報じゃなんとも言えない。そもそも、バン子爵領ってどこだ?」

「東のほうにある小貴族領のひとつよ。それに、情報もなにもね。あいつ、顔も見せなかったし。ああ。そういえば、槍を使っていたわね」

「それだけじゃな」

「あとは、いけ好かない感じだったわね」


 だったら、嫌われている者同士、おれとはウマが合うかもしれない。


 というのは冗談だが、なんにしてもよくわからない話だった。


 飯野はそのあたりとっくに割り切っているのか、気にせずに続ける。


「とにかく、わたしはそのあたりに関わっていたから、あんたを説得する役目を頼まれたというわけね」

「だいたい事情はわかった」


 おれはひとまず頷き、疑問を口にした。


「しかし、頼まれたって、具体的にはどこの誰にだ。聖堂教会と言っても、いろいろあるだろう」

「聖堂教会大神官のゲルト=キューゲラーさんと、聖堂騎士団の団長のハリスン=アディントンさんのふたりよ。帝都に呼ばれて、わたしはこのふたりに会ったの」

「……これはまた、ずいぶんと大物の名前が出たな」


 どちらもこの世界の地位ある人間であれば、知らない者がいないほどの人物だった。


 聖堂教会には、六人の大神官がいるが、その筆頭がゲルト=キューゲラーだと聞いている。

 また、ハリスン=アディントンについては言うまでもない。


 この世界の最高の『権威』と、最高の『武力』の象徴が、このふたりなのだった。


 そのふたりが動いているということは、本気で事態を収拾しにきていると考えてよいのだろう。


 問題は、それがどういうかたちであるかということだが……。


「トラヴィスのことは聞いたわ。あんたが聖堂騎士団を信じられないのも無理ないと思う」


 飯野はこちらの事情に理解を示してみせた。


 その表情は悔しげだ。

 トラヴィスに騙されるようなかたちで、おれを襲撃させられたことを思い出しているのかもしれない。


 引き結ばれた唇が言葉を紡いだ。


「ただ、ゲルトさんとハリスンさんは違うわ。この状況をどうにかしないといけないと考えている。だから、今回の会談の席を設けるように動いたのよ」

「ありがたい話だ……と言いたいところだが、わからないな」


 おれは眉を顰めた。


「聖堂教会なら、マクローリン辺境伯に戦いをやめるように命令できるんじゃないのか。どうしてそんな回りくどい手段を取る?」

「いうことを聞かせることはできると言っていたわ。ただ、聖堂教会が問題視しているのは、そこではないの」


 飯野は静かに首を振った。


「辺境伯の主張には、たくさんの人間が賛同している。事態はもう辺境伯だけの問題じゃなくなっているのよ。そのうえ、ややこしいのは、そうした人たちが探索隊の……勇者の抗議があるにもかかわらず辺境伯を支持しているのは、そこに正義があると考えているからだってことね」

「……トラヴィスの件か」

「そういうこと。あれが独断かどうかなんて、みんなわからない。辺境伯軍の主張は、聖堂騎士団に支持されていたと考えられているわ。そこに探索隊が抗議をしたことで、現状は『勇者と聖堂教会とのいがみ合い』の形になってしまっているのよ。だから、ゲルトさんたちは会談の場での和解を望んでる。『真島孝弘とマクロ―リン辺境伯の和解』は『勇者と聖堂教会の和解』でもあるわけね」


 意外なくらいにすらすらと飯野は答えた。


 恐らく、こうした問答は想定していたのだろう。

 長い時間をかけて、きちんと答えられるよう準備していたに違いなかった。


「なるほどな。話はわかった。しかし、辺境伯がそれを呑むか?」

「さっき『いうことを聞かせることはできる』って言ったでしょう。ゲルトさんたちは、辺境伯に停戦を呑ませると約束したわ。あとは、見た目だけでも和解の形に持っていく。それで十分だわ」

「んーっと、それってさ」


 と、発言したのはリリィだった。


「聖堂教会は辺境伯を抑えてくれるけど、その代わりに、会談っていうパフォーマンスに付き合えってこと? そのために、帝都に来てほしいと」

「そういうことになるわね。この場合、会談はある種の儀式でもあるから、帝都で行うのが一番効果が高い。だから真島を帝都に招待したわけね。その代わりに、交渉の場を設けるだけじゃなく、停戦についても聖堂教会が責任を持って請け負う。悪い話ではないと思うのだけれど」

「んー。物は言いようというか、そもそも、こんなややこしいことになったのは聖堂騎士団の不始末だよね。後始末に付き合わせてるとも言えるんじゃないかな」


 リリィの口調には、試すようなものが含まれていた。


 責任の所在をはっきりさせることは重要だ。

 下手をすれば、恩を着せられて不利な条件を呑むことにもなりかねない。


 言い換えれば、これは『今回の一件について聖堂教会がどういうスタンスでいるか』と尋ねているのだった。


「……そうした側面もあることは、ゲルトさんたちも認識しているわ」


 さいわい、聖堂教会側はここで恩を着せるつもりはないらしかった。


 飯野にも言い含めておいたようで、あっさりとリリィの言い分を認めた。


「だから、会談をするにあたって条件があれば伝えてほしいとも言われているわ。もちろん、持ち帰って検討はするにしても、余程の無理難題でなければ呑むつもりでいるみたい」

「ふーん。聖堂教会はそういうスタンスなんだね」


 相槌を打って、リリィがこちらを見る。


 どうするの? とその目が尋ねていた。


 正直なところ、聖堂教会の対応は思った以上に誠実だ。

 こちらの足元を見たり、高圧的に出たりすることなく、損なった信頼を回復させようとしているように思える。


 こちらとしても、いつまでもマクロ―リン辺境伯と敵対関係ではいられないのは、先程も話し合った通りだ。

 信頼できると判断さえできれば、応じるにやぶさかではなかった。


「話はわかった、飯野。こちらの提示する条件が整えば、帝都へ向かってもいい」

「そう。それはよかった」


 応じる言葉には、安堵の色が濃かった。

 飯野もこちらが話を呑むかどうか、気が気ではなかったのだろう。


 一口、お茶を飲んでから、彼女は改めて口を開いた。


「それじゃあ、これから先の予定を話すわね」


 携帯していた道具袋から、紫色の宝玉のようなものを取り出した。


 ころころと三個の球体が転がり出る。


「……瞬間移動の魔法道具か?」

「あら。知ってたの?」

「トラヴィスたちが使っていたからな。ただ、詳細は知らない」

「これは過去の勇者の遺物で、聖堂教会が所蔵している貴重な魔法道具よ。ふたつでひとつの魔法道具で、片一方からもう一方へと人ひとりを飛ばす力があるの。一度使ったら終わりの消耗品だけど、今回は緊急ということで教会が提供してくれたわ」


 魔法道具の効果は、大体は予想していた通りのようだ。


 もっとも、一度は痛い目を見せられた道具だけに、その詳細が知れたことはありがたい。


「で、それをどうするんだ?」

「明後日にはこれを使って、島津さんが来てくれることになってるわ」

「島津……というと、『妖精の輪』の島津結衣、探索隊の瞬間移動能力持ちか」

「そうよ。島津さんの能力は、自分の行ったことのない場所には飛べないから、ここまでは魔法道具の力を使って来てもらうわけね。そうすれば、戻る道は『妖精の輪』で飛べる。実際、セラッタまではこの力で連れてきてもらったのよ。そこからは走ったけど」


 それにしたところで、普通なら一ヶ月以上かかる道程なのだが、飯野に関しては今更だった。

 彼女が説得役に選ばれたのには、『韋駄天』の圧倒的な移動力も理由のひとつなのだろう。


 ただし、限定条件付きでは『妖精の輪』は『韋駄天』の移動力を凌駕する。


「『妖精の輪』はセラッタにいるのか。それじゃあ、この魔法道具はセラッタからここまで飛べるってことか?」

「ううん。それは無理。飛べる距離には限界があるから。聖堂教会からもらった魔法道具は五対あってね、わたしはこれを、ここに来るまでのポイントポイントに預けておいたの。一対は念のための予備だったから、四対分ね。ここにあるひとつをAとすれば、Aの対が前のポイントに。そこには別のBが一緒に預けてあって、その対のBはそのまた前のポイントにって具合にね」

「四対も。貴重な魔法道具じゃなかったのか」

「それだけ聖堂教会も本気だってことよ」


 現状を危惧しているとも言い換えられるかもしれない。


 実際、時間が経てばたつほど、世情は不安定になる。

 たとえば、どこかの貴族が独自に挙兵してしまったりすれば、混沌はさらに深まる羽目にもなるだろう。


 事態の収拾は早ければ早いほうがよかった。


「島津さんの能力にしたところで限界はあるけど、魔法道具と違ってひとりじゃないし、何度でも飛べるわ。もちろん、人が増えたり距離が延びれば、消耗は激しくなるけどね。ただ、それでも普通よりずっと早い。二十人くらいで飛ぶとして、帝都まで七日で着く計算になるわね」


 ちなみに、アケルから帝都までは、通常なら四ヶ月以上かかる距離だ。


 まったく冗談のような性能だが、固有能力持ちに言っても仕方ないことだった。


「予定としては、島津さんが来たら、まずはわたしひとりを連れて帝都まで戻ってもらって、真島の要求を伝えるわ。それならあんまり時間はかからない。片道三日くらいね。いま聖堂教会は辺境伯を帝都に呼び出しているところで、到着には一ヶ月くらいかかるわ。その間に、聖堂教会はあんたの提示した条件に応じる。その結果を持って、改めてわたしと島津さんはアケルに戻ってきて、あんたを帝都に移動させる。帝都への移動中には、聖堂騎士団から護衛も出す手筈になっているわ。どう?」

「やり方については理解した。特に文句もない」

「ならよかった」


 言い終えると、飯野はうーんと伸びをした。


「とりあえず、わたしの話はここまでね。質問がなければ、今夜の宿を取りにいかなくちゃだから失礼するけど」

「ひとつだけ。提示する条件については、相談したあとでかまわないか」

「ええ。どうせ島津さんが来るのは明後日だもの。ゆっくりと考えて頂戴」


 飯野がひと仕事終えた様子で肩の力を抜いたところで、フィリップさんが口を開いた。


「宿をお探しとのことでしたが、よければ、滞在中は王宮にお泊りになりませんか。部屋を手配いたしますので」

「本当ですか。助かります。ここまで走り詰めでへとへとだったので」


 その言葉は嘘ではないらしく、飯野は疲れた顔をしていた。


 珍しい。

 人目のあるところでは気を張っているタイプのはずだが、相当に疲労が溜まっているのだろうか。


 表情にも覇気がなかった。


「それでは、滞在用の部屋に案内させましょう」

「よろしくお願いします」


 フィリップさんが腰をあげ、飯野はそれに続いた。


「飯野」


 その背中を呼びとめた。

 振り返った彼女に告げる。


「ありがとうな。正直、助かった。わざわざ探索隊におれの危険を伝えて、こんなところにまで来てくれて」

「……別に。礼なんて要らないわよ」


 そういう飯野の目には、鋭さが戻っていた。


「わたしはただ、正しくないことが許せないだけ。それだけよ」

「知ってるよ。お前は誰にだって公平だ。嫌ってるおれにさえな。今回のは、そういうことだ」


 苦笑する。


 ここにいるのがおれでなくても、飯野は同じように力を尽くして助けようとしただろう。


 おれのためにやったわけではない。

 彼女はただ、いつものようにしただけなのだ。


 それが、おれの知っている『韋駄天』飯野優奈だった。


 そこには自分が諦めたなにもかもがあって、だから羨ましくて、気に喰わなくて、認めずにはいられないのだ。


「わかってる。だけど、助かったことには違いない。礼を言っておきたかったんだよ」

「……」


 数秒の沈黙のあとで、飯野はふんと鼻を鳴らした。


 嫌われたものだが、いつもの調子に戻ったことは、どこかほっとした。


 あとはもうなにも言わず、飯野はフィリップさんに連れられて部屋を出て行った。


◆メッセンジャー飯野。

本文中でも言及されていますが、別に危なかったのが真島じゃなくても飯野は同じように動いていました。


ただ、そうした行為に伴う感情が同じであったかどうかは、また別の話ですが。

そのあたり自覚がないから、彼女はヒロインになれません。少なくとも、いまのところは。


◆あと一回更新します。

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