2. 考える少女
(注意)本日2回目の投稿です。(8/6)
2 ~加藤真菜視点~
マクローリン辺境伯領軍の手を逃れて、もう一ヶ月以上が経った。
現在、わたしたちは協力関係にあるアケルの王宮に滞在している。
フィリップさんをはじめとした、アケル王家の方との関係は良好だ。
自国の人々を助けた真島先輩を、彼らは高く評価している。
先輩が認められるのは、わたしにとっても嬉しいことだ。
帰る場所を失った開拓村のみなさんも、しばらくの間は一緒に滞在を許してもらった。
怪我人は別にしても、動ける人たちは城下町での仕事を斡旋してもらい、元気に働き始めている。
聞くところによると、辺境伯領軍を退けた『英雄』に保護されている彼らは、非常に好意的な扱いを受けているらしい。
この話を聞いたとき、先輩はとても微妙な顔をしていた。
口に出してはなにも言わなかったけれど、顔には勘弁してほしいと書いてあった。
もっとも、そうした風評がエルフたちにとって良い影響を及ぼすのであれば、それは悪いことではないとも考えているのだろう。
あの人は、そういう性質だ。
そういうところも、わたしは――話が逸れた。
ともあれ、アケルでの生活はひとまずの安定を確保できた。
けれど、それで安心するわけにはいかない。
マクローリン辺境伯の敵意は収まっていないだろう。
聖堂騎士団も出方が読めない。
今後どうなるかはまだわからない。
良い方向に進むかもしれないし、悪い方向に転がるかもしれない。
守るための力は、どれだけあっても足りるということはない。
真島先輩たちは、みんなとても強くなった。
ひるがえって、自分はどうか。
考えると、少し気分が暗くなる。
マクローリン辺境伯領軍からの逃避行で、わたしはあまり役に立てなかった。
いや。もちろん、『霊薬』に侵された先輩の治療の一端を担ってはいた。
ただ、それはあくまでリリィさんの手伝いであって、貢献としては大きなものではなかった。
これまでだって、そうだ。
本質的に、わたしができることは誰かを手伝うことだけだ。
ありとあらゆる事態を想定して、助けになれるような意見を捻り出してきたけれど、それはやはり手助けでしかない。
力がありさえすれば、もっと直接的に先輩たちを守ることもできた。
わたしは弱い。
敵を真っ向から迎え撃って戦うどころか、ひとりでは満足に町を出歩くことさえできない。
これが、この世界の一般人の話であれば、仕方がないことで済ませるしかなかっただろう。
けれど、わたしは転移者だ。
本来なら強い力を得られるはずの存在だ。
それにもかかわらず、わたしは無力だ。
無力であり続けている。
どうしてなのか。
前々から疑問だった。
わたしたち転移者の力は、心の底からの望みによって発現する。
とはいえ、全員ではない。
望みがないか、あったとしても相当の強さで願っていなければ、力を発現させることはできないのだ。
だからこそ、おかしい。
望みがない?
あっても、願う重みが足りていない?
ありえない。
実のところ、もうずっと前から、わたしは自分の望みに気付いている。
気付かないはずがない。
狂おしいほどに、わたしはそれを願っている。
その望みの重みは、他の誰かの願いに劣るものではないと確信している。
それなのに――わたしは力を発現できずにいる。
本当に、どうしてなのだろうか。
どうしてわたしは。
……いいや、よそう。
疑問を抱いても、現実は変わらない。
解決のきざしがあるのならともかく、これまでずっとその糸口さえ掴めなかったことだ。
いたずらに考えたところで、答えに辿り着くとも思えない。
そもそも、わたしたちのこの力にしたところで、まだわからないことは多いのだ。
そうだ。この力にも疑問がある。
チート能力。
あるいは、恩寵の力。
どうしてわたしたちはこのような力を手に入れられるのかと、この世界に転移してきた当初、疑問を抱いた人たちは多かったはずだ。
ただ、時間が経つにつれて、そういうものなのだろうとみんな納得していった。
わたしもそうだし、実際にあとになって、それはこの世界の法則だと知ることにもなった。
――この世界では、強い願いが叶う。
それがこの世界の法則であるのならかまわない。
世界がそういうものだというのなら、そこに疑問を挟む余地はない。
どれだけ不思議に思ったところで、林檎が地面に引かれる現実は変わらないのだ。
法則とは、そういうものだ。
ただ、法則に疑問はなくとも、目の前の現実には違和感がある。
一言でいえば――この世界の現実は、法則に沿っていないように思えるのだ。
多分だけれど、これには意味がある。
なにか意味が。
けれど、わたしの頭では、疑問に辿り着くことはできても答えは出せない。
視点をちょっと変えればわかる気がするのだけれど、どこがおかしいのかわからない。
これがわたしの限界だ。
ローズさんあたりは本気で勘違いをしているけれど、わたしは考えに考えて結論を導き出しているというだけのことで、殊更に優秀というわけではないのだ。
こんなあやふやなことでは、誰かに助言を求めることさえできない。
困惑させてしまうだけだ。
ああ、もどかしい。
考えがまとまらない。
違和感がある。
おかしい。
この世界は、そもそも、なにかおかしい気がする。
だけど、なにが?
勇者を讃える聖堂教会。
勇者の末裔によって成る聖堂騎士団。
勇者の力を再現する恩寵の愛し子。
勇者を心の支えにする人々。
勇者がいなければ成り立たない世界。
これまで見聞してきた限り、それはどうやら事実らしい。
けれど、そうだとすれば、どうして――
***
「――真菜?」
声をかけられて、はっとわたしは我に返った。
目の前の机には、紐で閉じた紙束。
握り締めたペン。
途中から乱れがちになったメモ書き。
顔を上げれば、作業の手をとめたローズさんが、こちらを見詰めていた。
「どうかしましたか。怖い顔をしていました」
心配そうな顔で尋ねてくる。
「先程からなにか作業をしているようでしたが」
「あ。いえ。作業というほどのことじゃないです」
慌てて、首を横に振った。
「日記というか、雑記帳みたいなものです。ちょっと考えを書き出して、纏めていたんですけど……集中し過ぎたみたいですね」
頬に触れると、ローズさんのいう通り、返ってくる感触は硬いものだった。
これはいけない。
わたしは固くなった筋肉をほぐすようにぐりぐりこねた。
気持ちのほうも、そのうちに落ち着いてくる。
そうしていると、ローズさんがなにやら感心したような様子で言った。
「真菜は賢い。わたしにはわからないことにも気付くのでしょうね」
うんうんと頷き、続ける。
「ですが、あまり考え込み過ぎるのはいけません。真菜は体がそう強くないのですから」
気遣う様子で言って、ローズさんは立ち上がった。
「ちょっと休憩にしましょうか。ご主人様もそろそろ帰ってくる頃ですし、お茶の準備をしましょう」
「待ってください、ローズさん。手伝いますよ」
気遣われてばかりもいられない。
わたしも椅子から腰を浮かせた。
ローズさんのあとについていこうとして、ふと思い出して振り返る。
「……」
広げたままの雑記帳。
結局、些細な違和感の正体は掴めないまま。
これは、ただの気のせいか。
あるいは、いつかなにかに辿り着く日が来るのだろうか。
なんにしても、いまはどうすることもできない。
雑記帳を閉じて、わたしはローズさんに続いた。
◆加藤さん回でした。
あと一話更新する予定だったのですが、
風邪をひいていて、うまく進まなかったので短めです。
また早いうちに更新したいところです。






