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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
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34. わたしの望みは叶わない

(注意)本日2回目の投稿です。(5/28)














   34   ~ローズ視点~



 天地が滅茶苦茶に掻き混ぜられた。

 砕かれた体からこぼれた破片が、土煙とともにパラパラ舞い上がった。


「あ……ぅ」


 気付けば、仰向けに倒れていた。


 そこでようやく、撃ち込まれた弾丸に吹き飛ばされたのだと理解が追い付いた。


 わたしは咄嗟に立ち上がろうとした。


 立ち上がれるなら戦える。

 大事なものを守ることができる。


 しかし、身を起こそうとしたところで気付いた。


「……ああ」


 腰から下がなくなっていた。


 喰らった弾丸は二発。

 そのうち一発が、腰に撃ち込まれていたのだった。


 亀裂が入って脆くなっていた腰は完全に砕けてしまい、下半身はどこかに飛んでいってしまっていた。

 即座の修復は不可能な、深刻な損傷だった。


 なら、せめて片腕だけでも。


 そう思って意識した右腕は動かなかった。

 弾丸のもう一発は、右の上半身に激突し、肩も含めた周辺をまとめて粉砕していたのだ。


 もはや身じろぎひとつまともにできない。


 状況を理解したわたしのもとに、終わりを告げる足音が近付いてきていた。


「驚いた。それでまだ生きているのだな」


 オットマーだった。


 他の騎士たちの姿は近くになく、人形だけを引き連れていた。


 先程、壊したはずの人形ではなく、より大きな一体だけが付き従っていた。

 また新しく人形を作り出したのだろう。


 オットマーは小さく溜め息をついた。


「素直に賞賛しよう。まさかここまで消耗させられるとは思わなかった」


 心なし顔色が悪い。

 どうやら酷く消耗しているらしかった。


 人形を作るのには、それなりの魔力を必要とするのかもしれない。


「だが、これで終わりだ」


 かがみ込んだ人形が、わたしの服の襟ぐりを掴んだ。


 重量の半分以上を失った体は、やすやすと持ち上げられてしまう。

 抵抗のすべもない。


 そうして、ぼろぼろになったわたしの姿を高々と衆目に晒すと、オットマーは抜き身の剣を天に掲げた。


「見ろ! 邪悪な敵は打ち倒された!」


 堂々と胸を張り、己の功績を誇るように告げる。


「我々の正義の勝利だ!」


 わっと歓声があがった。


「聖堂騎士様が敵を討たれたぞ!」


 苦しい戦いを強いられていただけに、勝利の味は格別のものだったに違いない。


 爆発した喜びは、波紋のように辺境伯領軍に広がっていった。


「聖堂騎士団万歳!」

「辺境伯領に栄光あれ!」


 快哉が響いた。


 吊るしあげられたわたしは、そんな敵の様子を高いところから眺めていた。


「……正義ですか」


 静かにつぶやく。


 その声が届いたのは、この場ではオットマーだけだっただろう。

 こちらに目を向けてきた。


「なにか言ったか」

「いいえ。大したことではありません。ただ、やはりわたしはモンスターなのだなと思っただけです」


 そんな当たり前のことを改めて思わずにはいられなかったのは、わからないからだ。

 自分たちの正義に湧く人々が、わたしには理解できなかった。


「あなた方と違って、わたしには正義なんてものはありません。わたしはただ、大事な人たちと静かに暮らしたいだけです」


 あれだけ多くの人間たちが、正義を掲げて誇らしげにしているのだ。

 モンスターであるわたしには理解できないというだけで、きっと、彼らは彼らなりに正しいのだろう。


 だから、わたしは彼らを悪だと弾劾するつもりはない。


 ……そもそも、そうすることに意味が見出せないのだ。


「どっちが正しいとか、正しくないとか、そんなことはどうだっていいのです。だって、もしもそれが絶対の悪なのだとしても、わたしがご主人様を守りたい気持ちは変わらないのですから」


 そこに正義も、大義もない。

 わたしにとって大事なのは、自分たちの平穏な生活が脅かされないかどうか、大切な人を奪われないかどうか、ただそれだけなのだ。


「トラヴィスは手柄と名誉のために、わたしたちに襲い掛かってきました。彼の部下であるあなたが、同じ動機で戦っているのかどうかはわかりません。あるいは、辺境伯領軍のように、心の底から自分の正義を信じて行動しているのかもしれません。ですが、そんなことはどうだっていいのです。だって、それはそちら側の都合です。奪われる側にしてみれば、そんなのどちらでも同じなのですから」


 これがわたしの本音だった。


「あなたがたは、ただの侵略者です。それ以上でも、それ以下でもありません。大義も正義も知りはしません。所詮はモンスターと、笑うのならば笑うがいいでしょう」


 はっきりと言って、わたしは男の顔を睨み付けた。

 たとえ両腕を失い、腰から下がなくなって、顔面は半面が砕けた悲惨な状態であろうとも、最期まで屈するつもりはなかった。


「絶対に、ご主人様には手を出させません」


 宣言する。


「姉様たちも、気持ちはひとつです。わたしはここで終わりですが、その意志は途切れません。必ずや、逃げ延びてくれることでしょう。そう信じているから、これは敗北などではないのです」

「……それが、お前たちの在り方というわけか」


 黙って聞いていたオットマーは、溜め息をついた。


 なにを戯言をと思ったに違いなかった。


 それでもかまわない。

 どれだけ侮られて、嘲られて、嗤われたとしてもいい。


 そう思っていた。


 ……だから、次の言葉は意外だったのだ。


「笑いはしない」

「え?」

「お前は正しい。誰かを守りたいという想いが、間違いであるはずがないのだから」


 思いもしない言葉に、わたしは思考を硬直させた。


「そして、わたしは奪う者だ。そういう意味では、非人間的なのはわたしのほうだ」


 オットマーは淡々と続けた。


 しかし、聞けば聞くほど、わたしは混乱させられてしまった。


「どうしてそのようなことを? だって、あなたはトラヴィスの……」

「部下だというのに、か?」


 言葉尻を引き取って、オットマーは頷く。


「疑問はもっともだ。しかし、同時に的外れでもある。お前は勘違いをしている」

「勘違い……?」


 オットマーは周りの人形を目で示した。


「わたしはこの通り、『恩寵の愛し子』の力を持っている。聖堂騎士団には、他にも『恩寵の愛し子』が何人か所属している。だが、その全員が実戦レベルに達しているわけではない。貴重な実戦レベルの『恩寵の愛し子』は、聖堂騎士団でもっとも小さな第四部隊にそう何人も配属されはしなかった。所属していたのは三人だけだ」

「……三人だけ」


 わたしは眉を寄せた。


「それでは数が合いません」


 聖堂騎士団第四部隊との戦いで、特に強敵だったのが『恩寵の愛し子』たちであり、わたしも彼らの情報は聞いていた。


 隊長である『聖眼』のトライヴィス=モーティマー。

 のちにご主人様を奇襲した『戦鬼』エドガール=ギヴァルシュ。

 そして、『見通す瞳』のゾルターン=ミハーレク。


 この三名が確認されている。


 これに目の前の彼を合わせると、四人になってしまう。

 それでは数が合わない。


 いや。そういえば、勘違いと言っていたか。

 だとすれば……。


「あなたは第四部隊の人間ではないのですか?」

「そうだ」


 わたしの辿り着いた答えに首肯を返し、オットマーは続けた。


「村への再襲撃の際、わたしの姿を見かけなかったとも言っていたな。当然だ。わたしは襲撃に参加していなかった」

「……しかし、村で遭遇したときは、トラヴィスの命令に従って、彼を守ったと聞きました」

「あの時点では、あの男の指示に従うことがわたしの任務だった。それだけのことだ。いまここにいることもな」


 嘘をついている様子はない。

 この状況で、わたしに出鱈目を吹き込む理由もないだろう。


 オットマーの口調からは、ただ義務感だけが感じ取れた。


 その事実に、奇妙な胸騒ぎがした。


「ということは、なんですか。あの場には、聖堂騎士団の第四部隊以外の人間がいたというのですか」


 与えられた情報に、思考が混乱しかかる。


 落ち着けと自分に言い聞かせて、改めて考える。


 わたしたちにトラヴィスが襲い掛かってきたのは、利己心と功名心の暴走だった。

 そのはずだ。


 しかし、そこには彼の部下ではない人間が混ざっていた。


 だとすれば、そこにはひとつの可能性が浮上する。


 ――トラヴィスたち聖堂騎士団第四部隊以外の思惑があった、という可能性が。


 その彼が、正義のために侵攻してきた辺境伯領軍とも行動をともにしていたという事実。


 それがなにを意味するのかまではわからないけれど、とんでもない事実を聞かされたような気がした。


 ご主人様に伝えなければいけない。

 そう感じた。


 けれど、そのための手段がわたしにはなく、そもそも時間が残されていなかった。


「……来たか」


 オットマーが視線を巡らせたのだ。


 その先に、馬に乗ってこちらにやってくる男の姿があった。


「オットマー様!」


 部下を引き連れてやってきた男は、馬から降りるとオットマーに駆け寄った。


「敵を討たれたと聞きましたが」

「ルイス殿。これが奇襲の犯人だ」


 人形に吊り下げられたわたしを示して、オットマーが応える。


 どうやら現れたこの男が、敵軍を率いているルイス=バードらしい。


 ぱっと見た限りでは、誠実そうな男性だった。

 人々をモンスターの脅威から守る領軍の指揮官として、必要な素養のすべてを備えたような男に見えた。


 たとえば、これが町で見かけただけだったなら、きっとわたしも好感を持ったはずだろう。


 しかし、わたしの姿を見ると、その目は酷く冷たいものに変化した。


「これがモンスターですか。人の姿を模すとは、汚らわしい。なぜ殺していないのですか」

「……その必要があったからだ」


 吐き捨てるような侮蔑のニュアンスには反応せず、オットマーはあくまで事務的な口調で告げた。


「辺境伯領軍は疲弊している。領軍を率いるルイス殿が敵を処刑することで、士気をあげる必要があると判断した」


 先程、任務だと言っていたが、確かにオットマーの態度からは、それ以上のものは感じられなかった。


 功名心もなければ、正義感もない。

 非人間的なようであり、とても人間らしいようにも感じられた。


「なるほど。そういうことでしたか」


 ルイスは頷いた。


「でしたら、ただちに行ってしまいましょう」


 言うが早いか、剣を抜いた。


 一秒でも早く、目の前の汚物を処分したい。

 そんな気持ちが透けて見えた。


 その言葉に応じて、オットマーの天使人形が、片手で吊り上げたわたしをルイスの前に突き出した。


 ルイスが剣をかまえた。


 戦士としても一流なのだろう。

 隙の少ない構えだった。


 ここまで弱っていれば、一撃で壊されてしまうに違いない。


「刮目して見よ! この一刀にて、世界を侵す害悪を雪ぐ!」


 全軍に響き渡れとばかりに、ルイスは宣言した。


 世界を侵す害悪。

 ずいぶんな言われようだと笑おうとして、不格好に口の端が引き攣った。


 ……ああ、そうなのだ。

 こうなることは覚悟していたけれど、だからといって、なにも感じずにいるわけにはいかなかった。


 周囲の兵士たちの視線が集まるのが意識された。


 彼らの期待が高まるのが感じられた。

 この場の全員が、わたしの死を望んでいた。


 酷く寒々しい感覚がした。

 世界でまるでひとりぼっちのように思えた。


 ご主人様に会いたい気持ちはますます膨らんで、心の軋む音が聞こえた。


 寂寥の念は、まるで魂を抉るかのように感じられた。


 ご主人様。

 ご主人様。


 会いたいです。

 お顔を見たいです。


 触れたいです。

 抱き締められたいのです。


 恋しくて、愛おしくて、この想いが届かないのがつらすぎて。


「……ご主人様」


 出さないようにしようと思っていた泣き言が、最後の最後に漏れてしまう。


 ただただ敵意しかないこの場所では、その声に応える者などありえない。


 ――はず、だったのだ。


「なんだ」


 ルイスが声をあげた。


 それは決して、悪を断罪する直前の男の出すようなものではなく、困惑に満ちたものだった。


 多分、きっと、他の誰もが同じだった。


 ただひとり、このわたしを除いては。


 これは別に、わたしが特別だったというわけではない。


 わたしは知っていただけだった。

 信じていたし、恐れてもいた。


 わかるのは当然だった。



 だって、これは恋しいあの人のことなのだから。



「……『霧』だと?」


 呆然とルイスがつぶやいた。

 その姿さえ、すでに白く塗り潰されていた。


 見世物にするために、天使人形に吊り下げられていたわたしの視界さえ、すべて白い。

 見渡す限りにひしめいていた辺境伯領軍を、白く重い霧のヴェールが覆い尽くしていた。


「ああ……」


 自分が犠牲になってご主人様を守りたいという、わたしの望みは叶わなかった。


 この事態を防げなかった自分に絶望と失望を覚える。

 それらすべてを塗り潰してしまうくらいに喜びは強く、罪深い。


「ご主人様……!」



 大事なものを取り戻すために、わたしの主がやってきたのだ。



◆もう一回更新します。

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