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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
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28. 人形の秘策

(注意)本日4回目の投稿です。(4/16)














   28   ~ローズ視点~



 さほど時間はかからずに、リリィ姉様は戻ってきた。


 キャスさんは一命を取り留めたということで、そちらについてはひとまず安心した。

 いまは意識を失っており、ご主人様と同じ車に運び込まれることになった。


 引き続いて、姉様はご主人様の治療に戻った。


 わたしは入れ替わりに、車の外に出た。

 ロビビアも一緒だった。


「大丈夫ですか」

「……うん」


 頷きはするものの、表情は暗い。


 そこに、シランさんが駆け寄ってきた。


「少しよろしいですか、ローズ殿」


 厳しい顔をしていた。


「敵の動きについて、リリィ殿からお聞きになりましたか」

「はい。湿地帯の向こうから、敵がやってきているとか」


 意識を失う前の、キャスさんからの情報だった。


「しかし、敵は樹海を進む我々を追い掛けてきていたはずですが……」

「現状、敵戦力には大いに余裕があります。確実にここで仕留められるように、ふたつに軍を分けたのかもしれません」

「まんまと挟み撃ちにされるところだったというわけですか」

「ええ。キャスさんが伝えてくれて助かりました。竜淵の里のことについては、残念ですが……」


 シランさんは表情を曇らせる。


 竜淵の里であった出来事については、キャスさんからロビビアに伝えられていた。


 マルヴィナさんは、襲来した勇者たちと正面からぶつかり合って玉砕。

 頑固だったあのレックスも、戦死したと聞いている。


 キャスさんは他の兄弟と一緒に里を逃げ出したところ、待ち伏せていた勇者のひとりと遭遇してしまい、大怪我を負いながらも命からがら逃げだしたのだという。

 その際に、他の兄弟たちとは逸れてしまったため、そちらの安否は不明だった。


 家族を一度に喪ってしまったロビビアの心情は、察するに余りあった。


「ロビビア。あなたはキャスさんのもとに付いていてもかまわないのですよ」

「……いや」


 わたしが声をかけると、ロビビアはゆるく首を振った。


「おれは、戦わないといけないから」


 頑なな言葉だった。

 泣いてうずくまっていてもおかしくないのに、彼女はそうあることを拒絶する。


「そもそも、手が足りてねえだろ」


 事実だった。


 ここでロビビアが抜けてしまえば、守りの手は確実に足りなくなる。


「申し訳ありません。わたしたちがもっと強ければ、負担をかけなくて済むのですが」

「気にすんな。きついのは、みんな一緒だろ」


 ロビビアは青い顔をしながらも、唇の端を吊り上げて強がった。


 シランさんに水を向ける。


「それよか、これからどうするつもりだ?」

「……これまでわたしたちは、アケル北部の『霧の結界』を目指してきました。しかし、『霧の結界』はすでにありません。恐らく、敵はこの状況を知っていたのでしょう。情報源は同行している聖堂騎士団だと思われますが、このまま湿地帯を進めば、回り込んだ敵と鉢合わせになります。敵はうしろからも追ってきていますから、戻ることもできません」


 現在位置からすると、おおまかに北か東に進めば湿地帯、南か西に行けば樹海だ。


 湿地帯は危険、戻るのも無理となると、行き先は限られている。


「とすると、残りは西の方角か」

「はい。一度、樹海に戻って、今度は西に向かいます」


 ロビビアに頷いてみせるシランさんに、わたしも尋ねる。


「しかし、ただ逃げても、追い付かれてしまうのでは?」

「そうですね。ですが、少なくとも、立ち止まっていては呑み込まれるだけです」


 もっともな話だった。


「こうなった以上は、逃げながら打開策を練るほかありません。わたしはみなに声をかけてきます。ローズ殿たちも準備はしておいてください」


 そう言うと、シランさんはエルフたちに声をかけ始めた。


 この期に及んでも、彼女はまだ諦めていない。


 状況がまずいことは百も承知だ。

 それでも、どうにかして活路を見出さなければならない。


 そのために必要なことをするシランさんの姿勢は、たくましいものを感じさせた。


 ……問題があるとすれば、その時間稼ぎさえできるかどうかわからないところだった。


「ロビビア。わたしはガーベラたちに、さっきの話を伝えてきます。あなたはリリィ姉様に声をかけてきてください」

「わかった」


 いまのロビビアは少しでもキャスさんのもとにいたいだろうと判断して、わたし自身は他のみんなに話を通しに行くことにした。


 その途中に、エルフたちの様子を確認した。


 エルフたちはへたり込んでいるものが大半だった。


 もはや体力も気力も限界なのだった。

 なにより、精神的な面が心配だった。


 ここまで来ればどうにかなると信じたからこそ、彼らはぎりぎりのところで踏ん張ってきたのだ。

 しかし、辿り着いた先は安全地帯ではなかった。


 心がへし折れてしまっても仕方のない展開だった。


 シランさんと一緒に、リアさんとヘレナさんも、みんなに声をかけていた。

 ふたりとも酷くやつれていた。


 声をかけられたエルフたちも、疲労した様子ながらも動き出していた。


 けれど、心というのはそう簡単なものではない。


 これでは、逃げ切ることができるかどうか。


 やるせなさに、わたしは拳を握り締めた。


 シランさんは自由にならない体を引き摺ってでも、諦めずに道を探している。

 ロビビアは家族を失った現状でも、戦う意思を見せた。


 エルフたちだって頑張っている。


 それでも、どうしようもない現実があるとすれば――。


「――ローズさん」

「真菜?」


 呼び掛けに振り返ると、真菜がいた。


 ひどい顔色をしている。

 魔法の使い過ぎと、逃避行が体に大きな負担をかけているせいだった。


「どうしたのですか。眠っていなくても……」

「お話があります。ちょっとこちらへ」


 こちらの質問を遮ると、真菜はわたしの手を引いた。


 そのまま車の影にまで連れていかれる。

 内緒話がしたいということだろうか。


 なんとなく……本当になんとなくだが、嫌な予感がした。


「状況は聞きました」


 開口一番、真菜は言った。


 その表情は硬い。

 思い詰めたような顔をしていた。


 このような状況なのだから当然といえば当然だが、しかし、これは……。


「考えがあります」


 ……駄目だ。


 直観的に、そう悟った。


「状況は確かに最悪です。しかし、手がないわけではありません。いいえ。これまでだって、やろうと思えば、反撃の手段はあったんです」

「真菜。いけません」


 言わせてはいけない。


 そう思うが、真菜はとまらなかった。


「ローズさんも、他のみんなもどこかでわかっているはずです。『エルフたちを連れているから駄目』なんだってことは」


 言ってしまう。


 かさかさに乾いた声だった。


「ローズさんたちだけなら、たとえば、群青兎が大繁殖している地帯の近くをすり抜けていくこともできました。大軍にそんな器用なことはできませんから、足留めは十分にできたはずです」


 早口で言葉を紡ぐ。

 語尾が震えていた。


 まるでそうすることを強いられているかのようだった。


「移動だって、もっと速くできました。あるいは、最悪、樹海の奥地に逃げたってかまいません。選択肢はいくらだってあるんです。だから簡単なことなんです。ここで、エルフたちを……」

「真菜!」


 わたしは声を強くして遮った。


 これ以上は、聞いていられなかったのだ。


 残酷な提案をする真菜の顔色は、いまや真っ白だった。

 すぐにでも倒れてしまいそうに強張っていた。


「いいのです、真菜。あなたが悪役をする必要はありません」


 知っている。


 わたしの親友は、とても優しいのだ。

 のっぺらぼうの木製人形でしかなかったわたしに、あれこれと世話を焼いてくれたくらいに。


 村で子供たちと接しているときには、本当に楽しそうにしていた。


 敵には容赦がないけれど、簡単に味方を切り捨てて、平然としているような精神をしていない。


 なにより、もしもそんな選択をするとすれば、真菜は責任を取ってしまうだろう。

 切り捨てたエルフたちのもとに、ひとりだけ残るに違いない。


 そんなこと許すわけにはいかなかった。


「あなたは疲れているのです、真菜」


 肩に手を置いて、額を突き合わせる。


「眠って落ち着けば、もっと良いアイディアも思い付きます。真菜はわたしの自慢の親友なのですから」

「ローズさん……」

「それまでの時間稼ぎは任せてください。わたしに考えがあります」

「考えですか?」

「はい。少し危険な作戦ですが、多少の時間稼ぎはできるでしょう」


 とても近くにある真菜に目を合わせて、微笑みかけてみせる。


 わたしは手早く、説明をし始めた。


   ***


 真菜に聞かせた作戦は、シランさんに話を通したあとで採用された。


 すぐに行動は開始された。


 もっとも、わたしが思いつく程度のものだ。


 大したものではない。


「すみません、ベルタ。残ってもらって」

「……かまわない」


 やりとりをしつつ、わたしは手を動かした。


 作戦は単純だ。


 ぎりぎりまでわたしが残って、軍を足止めできるような罠を設置する。

 その間に、足の遅いエルフたちはなるべく遠くまで逃げる。


 罠が設置でき次第、わたしはこの場を離れる。


 それだけだと、わたしが逃げ遅れてしまう危険性があるので、ベルタにも残ってもらう。


 これだけだ。


 無論、リスクは大きい。

 まずわたし自身、逃げきれない可能性があった。


 また、一時的にエルフたちの防御が薄くなるので、そちらを以前のように追跡部隊に攻撃されてしまえば、甚大な被害が出てしまうだろう。


 そこまでしても、有効な罠を仕掛けるだけの時間があるかどうかは未知数だ。


 しかし、このような運に身を委ねた手段を使わなければいけないくらいに、わたしたちは追い詰められているのだ。


 そう主張した。


 結果、この作戦は受け入れられた。


 決め手は、いくつか開発していた魔法道具のひとつに、敵軍に大きなダメージを与えられそうなものがあると話したことだった。


 いや。そうでなくても、他に手なんてなかったのだ。


 だからわたしはここにいた。


「早く済ませろ」


 ベルタが急かしてくる。


「敵が来てからでは遅い」

「わかっています」


 応じつつ、魔法の道具袋の中身を取り出していった。


 中身は把握しているつもりだが、管理をしてくれている真菜ほどではない。


「なんだ、それは」


 わたしが取り出して地面に並べたもののひとつを見て、ベルタが尋ねてくる。


「マトリョーシカという名前の人形です。モデルは姉様で、ここで割れると、なかから小さな姉様が出てきます。さらになかには、あやめの人形が入っていてですね……」

「なにかの役に立つのか?」

「いえ。ただのおもちゃです」

「罠の設置はどうした」

「とりあえず、全部出しているのです」


 話をしながらも、手はとめていない。


「手伝ってもらえますか」

「護衛だけではなかったのか」


 口ではこのように言ったものの、ベルタはすぐに触手を伸ばすと、魔法の道具袋を漁り始めた。


 言葉の割には、丁寧な作業だった。


「……多いな」


 おおよそ取り出してしまうと、ベルタはぼそりとつぶやいた。

 少しだけ呆れた様子だった。


「大袈裟に言えば、これまでのわたしの歩みそのものですからね」


 取り出した品々は、山のようになっていた。


 そのひとつひとつが、想いを込めた品だった。

 胸に去来するものがあったが、いまは感慨に耽っている時間はない。


「さてと」


 わたしは必要なものを見繕い始めた。


 そのままで使えるものはいい。

 そうでないものは組み立てなければならない。


 さいわい『部品』は潤沢だ。

 ご主人様のために、ついつい作り過ぎてしまっていたのが、思わぬ形で役に立った。


「今更だが、全部出す必要はあったのか」


 ベルタが尋ねてくる。


「ええ。ありますよ」


 部品を組み立てつつ、答えた。


「ここからは、わたしのすべてを費やさなければなりませんから」

「……費やす?」


 作業を見ていたベルタが、巨大な狼の鼻筋に皺を寄せた。


 その目が細められた。


「おい。人形」


 低い唸り声があがった。


「貴様、なにを組み立てている?」


 酷く訝しげな問い掛けだった。


 もっとも、これは予想できたものではあった。


「『それ』が罠だというのか? ……いや。そんなはずがない。なにを考えているのだ?」


 作業の手をとめて、わたしは顔をあげた。


 こちらを見詰める狼の目を見返して、告げた。


「ベルタ。あなたにひとつ、頼みがあります」


◆あと一回更新です。

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