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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
180/321

18. 韋駄天と謎の男

(注意)本日2回目の投稿です。(2/5)














   18   ~飯野優奈視点~



「たった三人で、昏き森を攻略しようとした……?」


 わたしは愕然としてつぶやいた。


 場所は村の家屋。

 河津くんと再会してから、小一時間ほどが経過していた。


 テーブルを挟んだ向かいでは、エレナーさんがこちらに静かな視線を向けている。


 いまは、河津くんから聞き出したという事件のあらましを話してもらっているところだった。


「そ、そんな馬鹿な……」


 予想もしていなかった事実を知って、頭がぐらぐらした。


 今回の件はすべて河津くんたち三人が原因だったというのだ。


 偽勇者は実在しなかった。

 あえていえば、その正体は、本物の勇者である離脱組のメンバーだったのだ。


「信じられませんか」

「正直、信じがたいです」


 わたしは瞼を落として、大きく肩で息をした。


「ですけど……事実なんでしょうね」

「冷静でいらっしゃるのですね。信じていただけるのは助かります」

「いえ。こちらこそ、話してもらえてありがたいです」


 こうして事情を明かされてから考えてみれば、確かに偽勇者という存在は酷く曖昧なものではあったかもしれない。


 そもそも、なにをもって偽者と判断されたのか。


 別に、当人が偽者だと喧伝するわけでもない。

 勇者を名乗った人間が偽者とされたのは、ただ『大きな被害が出たから』だ。


 本物であるのなら、そんなことがあるはずがないと考えられた。


 逆に言えば、そこにいたのがたとえ本物だとしても、被害さえ出てしまえば、偽者だと思われてしまうということになる。


 わたしは『工藤陸が村に滞在した勇者を偽勇者だということにした』のだと考えたが、これは半分だけ当たっていたということになる。

 ただ、『河津くんたちを偽勇者にした』のは『彼ら自身の行い』だった。


 確かに、本人の言っていた通り、工藤陸は偽勇者そのものにはまったくの無関係だったわけだ。


「どうして、そんな無茶苦茶なことを……」


 と、言いかけて気付いた。


「……いや。そっか。河津くんたちは、それが滅茶苦茶だってわからなかったんだ。これまで負けたことなんてなかったから」


 わたしは探索隊でも最高クラスの戦闘能力を持っていると自負しているものの、実のところ、この異世界に来てから三度の敗北や失敗を経験している。


 今回の一件がひとつ。


 その前が真島とのいざこざ。


 最初の一回は、この異世界に転移してきた直後のことだ。


 特に、最初の一回は、河津くんたちが引き起こしてしまったものにかなり近い状況だった。


 転移した場所がどのようなところなのか、てんでばらばらに周辺の探索を始めた結果、モンスターに遭遇してしまい、その喧騒がモンスターを呼ぶ連鎖が起こり、危うく全滅しかけたのだ。


 その際には、リーダーが先頭に立ってみんなを纏めて、結果的にその出来事が探索隊結成のきっかけにもなったのだが……。


 そのときにいた初期メンバーなら、今回のようなことはしなかっただろう。

 彼らは自分の力が及ばない事態がありえることを知っているからだ。


 しかし、運が悪いことに、河津くんたちはそうではなかった。


 いいや。これも違うか。


 転移直後のあの危地を乗り越えた初期メンバーは、探索隊への帰属意識が強い傾向がある。

 それは多分、あの出来事があったからこそだ。


 逆に言えば、探索隊を離れたメンバーには、あとになってから探索隊に入った人間が多い。


 そのために、離脱組の大半は、本当に危険な場面を経験したことがなかったのだ。


 たとえば、第一次遠征隊としての旅だってそうだ。

 曲がりなりにもモンスターが跋扈する樹海を横断し、エベヌス砦まで辿り着くのに苦労がなかったわけではない。


 けれど、死を覚悟するほどの困難に突き当たったことがあったかと言われれば、首を横に振らざるをえないだろう。


 もちろん、それは悪いことではない。

 あるはずがない。


 ただ、事実として河津くんたちは順調に走り続けたということだ。


 なんの障害もなく、失敗もせず、立ち止まって考えることなどなく。


 走るうちに速度はあがり、転んだときには致命傷だった。


「だけど、そんなのってない。それじゃあ、誰も……救われない」


 河津くんたちも、村の人々も。


 悪意を持っている人間なんて、ひとりもいなかった。


 それだけに、より一層、現実は無残だ。


 耳を塞いでしまいたくなるくらいに。

 無論、そんなことはできないのだけれど。


「……エレナーさん」


 確かめなければいけないことがあった。


「今回のような事件、これが初めてというわけでは……」

「ありません」


 きゅっと心臓を握り締められたような気持ちになった。


「同様の事例は四件確認されております。もちろん、すべてが昏き森を攻略しようとした結果というわけではありませんが」

「四件も……」


 気が遠くなった。


 確認されただけで四件ということは、実際にはもっと多い可能性もあるのだ。

 さすがに昏き森に挑んだ者はそう数はいなかったようだが、不用意にモンスター討伐に向かった結果であれば同じことだ。


 わたしはさっきからずっと痛んでいるこめかみを強く押さえた。


「……それじゃあ、エレナーさんたちは、みんなを保護してくれていたんですね」

「そんな大層なことではありません。実際に河津様をお救いになったのは、あくまでも蛇岩様たちです。わたしたちにできることはただ、勇者様がたにお力添えをすることだけですので」


 エレナーさんは静かに首を振った。


「それに、この地を訪れた勇者様がたを全員保護できたわけではありません」

「……やっぱり、そうなんですね」


 今回で言えば、樹佑汰と籾井義広のふたりが命を落としている。


 彼らは工藤陸の手にかかったようだが、モンスターによって殺された者もいただろう。


 その点で言えば、河津くんは運が良かった。

 少なくとも、命だけは助かった。


 心は別だったけれど。


 昏き森から命からがら逃げ出した河津くんは、村の近辺まで戻ると、ぎりぎりまでモンスターと戦っていたそうだ。


 しかし、多勢に無勢で力尽きた。


 そこで、聖堂騎士団を伴って村に現れた蛇岩くんたちに気付き、逃げ出した。


 モンスターからではない。

 人々の目から逃げたのだ。


 ――おれは勇者じゃない! 勇者なんかじゃないんだ……!


 あの言葉は別に、自分は偽勇者だと言いたかったわけではなかった。


 ただ言葉の通りに、自分は人々を救う勇者なんかではないと否定した。


 きっと堪えられなかったのだろう。

 錯乱の様を見れば、彼の心が粉々に砕けてしまったことは明らかだった。


「河津くんをどうするつもりですか」

「帝都に護送する予定です。他の勇者様がたも同様の措置を取っておりまして、現在、心と体の治療を受けております。どなたも先程の河津様と大差ない状態でしたので」

「体はともかく、心もどうにかなるものなんですか? というか、魔法でどうにかなるなら、探索隊には魔法が得意な子がいっぱいいます。合流させたほうが……」

「心の傷を、魔法で完治させることはできません。いえ。厳密に言えば、心を落ち着けたり、眠りを導入したりして治療に魔法を用いることはありますが、魔法そのものに心を癒すものはありません」

「ええと……魔法はあくまで道具でしかないってことですか。だとすれば、なるほど。確かに、わたしたちにはどうしようもないですね」


 魔法という超常の手段が使えない以上、わたしたちはただの学生だ。

 専門家に任せるしかないだろう。


「お話はわかりました」


 わたしは頷き、眉を寄せた。


「ですが、ひとつだけ質問させてください。どうしてあなたたちは、秘密裏にみんなを保護していたんですか。ゴードンさんも知らなかったみたいですけど」


 エレナーさんたち事情を知っている人間が隠していたために、わたしは偽勇者のことについてあれこれと頭を悩ませなければならなかった。

 ゴードンさんも同じだった。


 ……はずだ。

 知っていて黙っていたのだとすれば、ちょっとショックだった。


「はい。騎士ゴードンにも知らされてはおりません」


 さいわいなことに……なのかどうか、エレナーさんはこの件について否定しなかった。


「蛇岩様たちや、彼らと行動をともにしている騎士たちも、この一件については知りません。この一件は、わたしたち、聖堂騎士団第一部隊のごく一部の者で処理することが決められております。なるべく、真実は伏せる必要がありましたので」

「というと?」

「失礼ながら、今回の一件はあまりにも外聞が悪過ぎると、上層部は判断したようです」

「あの子たちのために、ということですか」

「もちろん、それもあります。しかし、なにより人心に与える影響が無視できません。勇者様がたがモンスターに敗北し、あまつさえ集落がいくつも消え去る事態に陥った、などということが知れ渡れば、社会不安が醸成される危険性が高いのです」

「え、ええ? 社会不安ですか。そこまでのことは……」

「あるのです」


 ぎょっとしたわたしに、エレナーさんはあくまで真面目な顔で告げた。


「ぎりぎりのところで、わたしたちの生活は成立しております。特に前線の戦力は、勇者様がご不在の間は摩耗し続けるばかりです。士気の崩壊は、前線の後退に繋がりかねません」

「そ、そこまでですか……」


 話が大き過ぎて、どうにも大袈裟なようにしか感じられなかった。


 とはいえ、確かに。わたしたちのせいで少しでも悪影響があるというのなら、対策は取るべきだろう。

 実際に失われるのは、前線で戦っている兵士の命なのだから。


 エレナーさんは淡々と説明を続けた。


「勇者様のご威光には、翳りがあってはならないのです。ただ、実際に村が壊滅した事実を隠すことはできませんでした。そこで、すでに流れていた偽勇者の噂話が利用されました。あれは勇者様ではなく、勇者様の偽者の仕業だということにしたのです」

「そういうことだったんですか」


 わたしは深く溜め息をついた。


 ……やっていることは、事実の隠蔽だ。

 正直なところ、眉を顰める気持ちがないでもない。


 とはいえ、事実をつまびらかにしたところで、事態が悪化するだけで得られるものはなにもない。


 これは河津くんたちのためでもある。

 わたしからなにか言えることではなかった。


「ご理解くださったのでしたら、さいわいです」


 エレナーさんが静かに頭を下げる。


 こうしてわたしは偽勇者にまつわる真実を知ったのだった。


   ***


 その日は、村に逗留することになった。


 エレナーさんたちは河津くんを連れて、すでに村を出ている。


 遅れてゴードンさんたちと合流したけれど、わたしは体調不良を理由に部屋に引きこもった。


 実際、昼間の戦いで酷く消耗していたので、まるきりの嘘というわけでもない。

 ただ、どちらかといえば、ひとりになりたいというほうが理由としては大きかった。


 知らされた事実を自分のなかで消化するのに、少し時間が必要だったのだ。


 偽勇者の噂話について確かめる旅は終わった。

 わたしは真実に辿り着いた。


 もうこの地に用はない。

 明日には、村を出るつもりだった。


 向かう先は、マクロ―リン辺境伯領。

 そこで探索隊と合流して、この地で得られた事実をリーダーに伝えなければならない。


 とはいえ、今夜くらいはゆっくりしても良いだろう。


 わたしは夜の明かりを消すと、開けた窓の傍に椅子を持ってきて座った。


 窓枠に頬杖をついて、空を見上げた。


 そうしていると、益体のない想いが浮かんでしまう。


 どうして河津くんたちは、あんなことになってしまったのだろうか。


 今回の事件には、人の悪意なんてどこにもなかった。

 むしろ善意が悲劇を招いたのだ。


 その事実をどのように受け止めてよいのかわからず、わたしは胸を押さえた。

 ひどく動揺している自分がいた。


 悪意ならば潰せば良いと思っていた。

 わたしの身に宿っているのは、そのための力なのだから。


 だが、そうでないものをどうすれば良いのだろうか。


 なんだかひどく不安定な感じがした。


 わたしは溜め息をつき――そこで、ふと目を細めた。


 ほんの一瞬のうちに、意識が非常時のものに切り替わっていた。


「……見られてる?」


 視線を感じたのだ。


 あたりを見回してみても人影はない。


 夜の村の光景が広がっているだけだ。

 深夜営業の店が当たり前のようにある現代日本でもあるまいし、こんな時間に外を出歩いている者なんていないのだ。


 逆に言えば、この視線の主は姿を隠してわたしの様子を窺っているということでもあり……。


「……あそこね」


 多少時間はかかったが、少し離れた茂みのなかに人の気配を感じた。


 不審者だ。

 普通の女の子なら怖気付いてしまう場面だろう。


 けれど、わたしは即断で窓枠に足をかけた。


 引きずり出して、取っ捕まえる。

 即座にそう決めていた。


 こちらの行動を見て、茂みのなかの気配が揺れた。


 だが、遅い。


「はっ」


 わたしは一足に距離を詰めた。


 次の瞬間だった。


「わっ」


 月明かりを跳ね返した輝きにぎょっとした。


 槍の穂先が、茂みから飛び出してきたのだ。


 鋭い一撃だった。


 無論、そうやすやすと喰らったりはしない。

 わたしは咄嗟に槍を蹴り飛ばして、茂みのなかの人物を突き飛ばした。


 眉を顰めた。


 手加減しつつもそれなりの力で突き飛ばしたつもりだったのだが、どうも手ごたえがない。

 どうやら受け流されたらしい。


 茂みを追い出された人影は、受け身を取ってすぐに立ち上がった。


 やや小柄だが、恐らくは男性だろう。


 恐らくは、というのは、頭まですっぽりとかぶさったフード付きの外套で顔が隠されていたからだ。

 おまけに口元を布で覆っている。


 見た目にしろ、先程の動きにしろ、ただの村人ではないことは明らかだった。


 もっとも、戦いの心得があるなら、それなりの対応をするまでのことだ。


 わたしは腰の剣を抜いた。


 昼間あれだけ無茶をしたので体調は悪いが、そうそうおくれを取るつもりはない。

 しかし、飛び掛かろうとしたところで制止が入った。


「待て」


 フードの人物が、掌をこちらに向けていたのだ。


「おれは敵じゃない。話をしに来ただけだ」

「不審者がなにを」


 言いながら、少し妙だと思った。


「落ち着いてくれ」


 そういう男の声は、不自然なくらいに低かった。


 どうやら声を作っているらしい。


 顔を隠していることといい、正体を隠しているのだろう。


 あるいは……ひょっとすると、知り合いなのかもしれないとも思った。


 根拠があったわけではない。

 なんとなく、そう考えると声に聞き覚えがあるような気がしただけだ。


 気のせいかもしれない。


 親しい相手であればさすがにわかるだろうから、せいぜい会ったことがある程度だろう。


 顔を見ればわかることだが。


「話をしに来ただけ、ね。顔も見せない人間を信用しろと?」

「事情があるんだ」

「それが通用すると思ったら……」

「敵意はない。なんなら、武器は捨てよう」


 言うが早いが、フードの男はあっさりと槍を手放した。


 両手をあげる。


「おれは話をしたいだけだ」

「む……」


 さすがに、武装解除した相手を一方的に攻撃するのは気が引けた。


 こうなることがわかっていて武器を捨てたのなら、やはりわたしを知っている人物だろうか。


「聞きたくないなら、それでも良い。ただ、これはお前と同じ転移者に関することだ」


 躊躇うわたしの隙を突くように、フードの男は言った。


「わたしたちに関わる話……?」


 その言葉もまた、わたしに攻撃を思いとどまらせるものだった。


「そうだ。興味があるなら、手をとめてくれ」

「……」


 不審なところはおおいにあるものの、フードの男は理性的だ。

 事情があるとも言っている。


 あるいは、以前にあった真島とのいざこざが脳裏を過ぎったせいもあったかもしれない。


 対話は大事だ。


 警戒は解かなかったものの、わたしは剣を引いた。


「ありがとう」

「話を聞くだけよ。信用をしたわけじゃないわ」

「それだけで良い」


 ぴしゃりと言ってやったのだが、男は悪びれることもなかった。


 なんとなくだが、気に喰わないタイプだ。

 わたしは鼻を鳴らした。


「それで、なにを話そうっていうの?」

「その前に、ひとつ確認をさせてくれ。お前は偽勇者の正体を知っているか?」

「……」


 ぴくりと眉が跳ねあがるのを感じた。


 話すと言っておきながら、まずはこちらに尋ねてくるとは、良い神経をしている。

 とはいえ、ここでもめても話が進まない。


「知ってるわ。あなたこそ、知っているの?」

「偽勇者なんてものはいない。自然発生した噂話だ。その一部は聖堂騎士団が本物の勇者の失態を隠すために利用している」


 言い返した甲斐もない。


 さらりと答えられてしまった。


 本当に、何者だろうか。


 わたしがようやく知ることができた事実を当たり前のように話すなんて。


 正直言えば、胡散臭い。

 そうした疑念は表情に出ていたかもしれないけれど、男は気にした様子もなかった。


「お前もここまでは知っているな?」

「ええ。それがどうかしたの」

「なら話が早い。実は、お前と同じ転移者のひとりがまずい状況に陥っている」

「まずい状況?」


 どうにも穏やかではない言いようだった。

 聞き逃せるような情報ではない。


「それに、わたしと同じ転移者って?」


 尋ねたわたしに返ってきたのは、思わぬ名前だった。


「真島孝弘という。知っているな?」

「は? 真島?」


 きょとんとしてから、一拍遅れで言葉の意味を理解した。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! あいつがどうかしたっていうの!?」


 その瞬間、わたしは目の前の男に抱いていた疑念を忘れていた。


 前のめりに尋ねるわたしを見て、初めて男は面食らった様子を見せた。


「あ、ああ。とてもまずい状況にある、んだが……」


 相変わらずフードで顔は見えないが、声には驚きの色が濃い。


「なんだ。お前、真島孝弘とは親しいのか?」

「し、親しくなんてないわよ。あんなやつ」

「……そうか」


 ほんのわずかな時間、考えるような間があった。


 が、男はすぐに思考を打ち切って口を利いた。


「まあいい。そんなことより、いまは話さなければならないことがあるからな」


 その言い方には引っ掛かるものがあったけれど、確かに言っていることは正しい。

 わたしは先を促した。


「真島になにがあったの?」

「マクロ―リン辺境伯の名は知っているな。帝国南部最大の貴族だ。その辺境伯が、偽勇者討伐を掲げて、真島孝弘に軍を差し向けた。もう一ヶ月以上も前のことになる」

「な……なにそれ。真島は転移者よ。偽者なんかじゃないわ」

「ああ。そうだ。しかし、お前はもうそうしたことがありうると知っているはずだ」

「それは……」


 なにを言っているのかはすぐわかった。


 偽勇者の実態は、本物の勇者だった。


 だとすれば、真島のやつが偽勇者と間違えられてしまうことだってありうるだろう。


 というより、あいつは偽勇者騒動のとばっちりを喰らったのかもしれない。

 誤解を受けやすい立場にあることは知っていた。


 聖堂騎士団が偽勇者の噂話を積極的に利用していたのも、結果的には悪い方向に影響したことになるのだろう。


「話はわかったわ。ありがとう、わざわざ伝えてくれて」


 話を聞くことにしたのは、正解だったようだ。


 真島は嫌なやつだが、あれでも一緒にこの世界にやってきた仲間だ。

 放っておくわけにはいかない。


「辺境伯はいま、自領にいる。領軍をとめたければ、命令を下した当人と話をすると良い。お前の足なら間に合うだろう」


 男は最後にそう言うと、槍を拾って夜闇に消えていった。


 結局、正体は不明のままだ。

 なにを考えているのかも最後までわからなかった。


 それでも、伝えてくれた事実がなくなるわけではない。


 単なる善意の第三者であったにせよ、なにか意図があるにせよ、わたしのやることは変わらない。


 不幸な誤解とすれ違い。

 それを解けるのは、真実を知る人間だけだ。


 わたしは拳を握り締めた。

 相変わらず体調は悪かったけれど、芯のところに力が戻ってきていた。


 翌日の朝早く、わたしは辺境伯領に向かって、全速力で移動を開始した。


◆偽勇者騒動の真相が明かされました。


加えて、謎の人物からの情報により、飯野は主人公の危機を知りました。

探索隊への合流を目指します。

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