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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
6章.人形少女の恋路
170/321

08. 日暮れ

前話のあらすじ:


ローズはもっとがーっと行くべき(リリィ談)。

   8



 村の周辺地域のモンスター討伐から帰り、汚れを落としたあとで、おれは外の空気を吸いに家を出た。

 空は綺麗なオレンジ色に染まり、夕日は半分沈みかけている。


「お、主殿」


 丁度、帰ってきたところだったガーベラに声をかけられた。

 真っ白い体が、夕焼け色に染まっていた。


「そろそろ夕飯であろ。どこかに行くのかの」

「いや。ちょっと外の空気を吸いに出てきただけだ。ガーベラはどうした?」

「妾は村の警備が終わったところだ。シランと交代して戻ってきた」

「そうか。お疲れ様」

「うむ」


 ガーベラが近付いてくる。

 手が伸びてきた。


「……なんだ?」


 頭を触られた。

 撫でるとかではなく、子供が玩具に触れるようにぺたぺた触れられる。


「湿っておるな」

「風呂に入ったからな」


 正確に言えば、大きな桶に溜めたお湯に浸かったのだ。


 模造魔石を利用したもので、ひとつ村にも提供したところ、とても喜ばれている。


「むぅ。そうか、風呂に」


 ガーベラが唇を尖らせた。


「だったら、もう少し早く帰ってくればよかったかの」

「どういう意味だ」

「そういう意味だ」


 蜘蛛脚がきちりと鳴った。


「体を洗うのを、主殿に手伝ってほしかったのだがの」

「……いや。お前の体洗うの、けっこう大変だからな?」


 おれは半眼になった。


 蜘蛛の体には汗を掻くわけでもないので、たいていガーベラは上半身を拭うだけで済ませている。

 ただ、少しずつ汚れるので、たまには風呂に入る。


 ガーベラの蜘蛛の体は、人に比べて大きい。

 そのうえ、長い毛が生えている。


 大型犬のシャンプーの何倍も大変だと言えばわかるだろうか。

 乾かすところまで入れれば何時間もかかる。


「下が面倒なら、上だけでも良いぞ」

「おれが上を洗う意味はあんまりないだろ……」

「あるぞ。妾が嬉しい」


 むふふ、とガーベラはにやけた笑みを浮かべた。


「主殿は嬉しくないのかの」

「……ノー・コメントで」

「主殿は奥ゆかしいな」


 話をしている間もぺたぺた触れていた手が、頬にまで降りてくる。


 その手が不意に引っ込められた。


「む?」


 ガーベラがこうべを巡らせた。

 そこに、通りがかったふたり組の村人の姿があった。


「あ! おかえりなさい、孝弘様!」

「討伐お疲れ様です」


 一方は村のエルフで、もう一方は隣村からの出向組だった。

 ふたりでひとつの大きな木箱を運んでいる。


「それに、ガーベラさんも。村の周囲の見張り、お疲れ様です」

「うむ」


 特に怯えた様子もなく、ガーベラにも声をかけてくる。


 ガーベラが鷹揚に頷くのに続けて、おれは尋ねた。


「お疲れ様です。なにを運んでいるんですか」

「隣の村からの物資です!」


 なにやら気合いの入った返答があった。

 答えたのは、この村に元から住んでいるエルフのほうだ。嬉しそうに報告してくれる。


「孝弘様たちがお帰りになる前に届きましたので、その運搬をしております!」

「ああ……」


 そういえば、村に帰ってきたときにそんな報告を受けたことを思い出した。


 この間の会合で、フィリップさんからは、物資の支援の約束を取り付けてある。

 現状で足りない分については、隣村から借りておいて、支援が出た時点で返す予定にしていた。


「確かケイが、隣村から借りた物資のリストを作っていましたっけ。そちらは終わったんですね」

「あ、いえ。それはまだです」


 引き続き、村のエルフが答えてくれた。


「ただ、もう暗くなってきましたので、記録が終わったものから運ぼうという話になりまして」

「そうでしたか。お疲れ様です。おれになにか手伝えることはありますか?」

「え? いえ! そんな! 孝弘様に手伝っていただくなんて!」


 とんでもないとばかりに、首を横に振られた。


「孝弘様は樹海に出ていらしたのです、お疲れでしょう。体を休めていただかなければ……おっと!?」


 答えていたエルフが慌てた声を出した。

 しゃちほこばった様子で答えた拍子に、木箱を持っていたバランスを崩したのだ。


「危ないな。気を付けよ」


 おれが手を出す前に、ひょいっと飛び込んだガーベラが蜘蛛脚を突き出していた。


 長く伸びた蜘蛛脚が、倒れ込んできた木箱を器用に支える。


 その間に、ふたりはバランスを取り直した。


「あ、ありがとうございます」

「ったく、お前は」


 もうひとりのエルフが呆れたように言って、蜘蛛脚を引っ込めるガーベラに礼を言った。


「ありがとうございます、ガーベラさん」


 おれに向かっても、頭を下げる。


「孝弘様も。お見苦しいところをお見せしました」


 相方ほど大袈裟ではないものの、親しみと敬意のこもった態度だった。


「それでは失礼します」


 今度こそ慎重に箱を抱え直して、ふたりは去っていく。


 見送ったガーベラが、ふむと鼻を鳴らした。


「なにか変な気分だの」


 子供のように首を傾げる。


「妾がこのように、人の集落で普通に接される日が来ようとは」

「そうだな。おれもちょっと変な感じがするよ」


 人の世界に足を踏み入れてから、ガーベラはずっと人目を避けてきた。

 おれも彼女や他の眷属が見付からないように、注意を払ってきた。


 こうして受け入れられた事実は嬉しいが、同時に違和感も覚えてしまう。


「しかし、きっとこれが普通になるのであろうな」


 強い言葉に視線を向ければ、ガーベラもまたこちらを見詰めていた。


「否。これを普通にするために努めるのだ。であろ?」

「……そうだな」


 おれも笑みを返した。


 そこで、ふとガーベラがおれの背後に視線を向けた。


 背後で扉が開く音がした。


 振り返ると、扉を押し開けたローズと目が合った。


「ぁ……」


 ローズは小さな声あげた。

 どきりとした。


 そのせいで、声をかけるタイミングを失ってしまう。

 ローズは扉を中途半端に開いたまま、動きを停めていた。


 そんなおれたちの様子を見て、ガーベラがきょとんとした。


「ふむ?」


 おれとローズとを見比べる。


「……ふむ」


 鼻を鳴らしたガーベラが、なにやら頷いた。


 こちらに視線を向けてくる。


「さてと。妾はそろそろ戻ろうかの。主殿はまだ残るのだろ」


 ガーベラの行動は素早かった。

 ローズと入れ替わりに家のなかに入ると、扉を閉めてしまう。


「ガーベラ……」

「ではの。ご飯までには戻ってくるのだぞ」


 ぱたりと扉が鳴って、ふたりだけが残された。


 気を遣われたのだということは、すぐにわかった。


 おれはローズと顔を見合わせた。

 途端に落ち着かない気持ちになり、視線を逸らした。


「えっと……ローズはどうしたんだ」

「その、ご主人様が……いえ。散歩でもしようかと思いまして」

「そうか」

「はい」


 ……どうしたものかな、とおれは眉を下げた。


 なんともぎこちないやりとりだった。


 どうしてこんなふうになっているのか。

 なにか明確な切っ掛けがあったわけではなかった。


 この村に落ち着いてから、ローズと一緒にいる時間をよく取れるようになり、気が付けばこんなふうになっていた。


 おかしな話だった。

 むしろ、これまでおれは、ローズと一緒にいると、いつだって穏やかで落ち着いた気持ちになっていた。


 それは、半ば刷り込みめいたものだったかもしれない。


 生きるか死ぬか。明日のことさえわからなかった樹海での生活のなか、おれを守るとローズは言ってくれた。


 その献身が、どれだけ救いだったことか。


 たとえば、いつかローズを抱き締めて眠った夜。

 あの穏やかさを、おれは生涯忘れることはないだろう。


 彼女が一緒にいてくれるだけで、おれは安心できたのだ。


 いまだって、それは変わらない。


 ただ、それだけでは済まなくなったというだけのことで。


 出会った頃から時は流れて、ローズは変わった。

 女の子になった。


 可憐で、健気で、一途で。


 ふとした瞬間に、あれ? と思う。


 眼差しとか。

 態度とか。


 なんとなく伝わってくるものがあったからだ。


 もっとも、リリィやガーベラとは違い、ローズはなにも言ってこない。

 態度から推し量ろうにも、もともと、ローズはおれにとても好意的で、判別が付けがたい。


 確かなことは、そうしたローズの態度に、女の子として意識させられてしまう自分がいることだけ。


 ローズといると、どきどきする。


 この感情はなんなのか。

 もうほとんど答えは出ているようなものだ。


 ……けれど、そこでブレーキがかかる。


 元の世界での常識が邪魔をする――というのもあるが、それだけではない。

 それだけならば、まだ良かった。


 もうひとつ、大きな原因があった。


 それは、これまでのおれとローズの関係性だ。


 ローズは忠誠心が高く、奉仕することに喜びを感じる性分だ。


 仮にそういった関係をおれが求めれば、ローズはきっと受け入れてしまうだろう。

 たとえ、彼女がおれにそうした感情を抱いていなかったとしてもだ。


 それは駄目だ。


 そう思うから、おれはどうしても踏み出すことを躊躇してしまう。


 ある意味、これまで大事にしてきた主従としての関係性が、ここにきて邪魔をしていた。


 結果、ぎこちなくなってしまったこの空気に、ローズが気付いていないはずもない。


「その……ご主人様。わたしはなにかしてしまいましたでしょうか」


 不安そうな声で尋ねてくる。

 白い長手袋に包まれた手が、エプロンの裾を握っていた。


「そうじゃないよ」


 おれはかぶりを振った。


「ですが……」

「違うんだ、ローズ。これはおれの側の問題というか……うまく言えないんだが、とにかく、不快とかじゃない」


 これだけじゃ足りないかなと思って、付け足した。


「ローズと一緒にいられるのは嬉しいよ」

「ご主人様……」


 ローズが目を丸くする。


 気恥ずかしさを覚えたが、目を逸らさないように努めた。


「本当ですか」

「ああ、本当だ」

「そう……ですか」


 おれが強く言い切ると、ローズは信じてくれたようだった。

 心の底から、ほっとした様子を見せる。


「それなら良かったです」


 曇り空から晴れ間が覗くように、たちまち明るい表情になった。


 こんなちょっとしたことでも、胸のなかで動くものがあることを自覚する。

 これはもう確定だなと、内心で苦笑いをするほかなかった。


「ローズは散歩に出てきたんだったか。夕飯まではまだ少しあるだろう。ちょっと歩くか」

「はい。ご主人様」


 おれが歩き出すと、半歩うしろをローズが付いてくる。

 足取りは軽く、嬉しそうに口元をほころばせて。


 話をしているうちに日は暮れていた。

 夕日は姿を消し、空は墨を流したように暗くなりつつある。


 へばりついたような残照が村の景色を黒ずんだ朱色に染めて――行く先の道に、一匹の鬼の姿を照らし出した。



「……え?」



 逢魔が時という言葉がある。


 日が沈み、昼と夜が移り変わり、人は魔物に出会う。


 暗がりに溶け込む黒い肌。不吉な赤い髪。

 見る者を頭から喰らい尽くすような凶悪な笑みには、殺意と敵意が込められている。


「よぉ、真島」


 聖堂騎士団のひとり、『戦鬼』エドガール=ギヴァルシュがそこにいた。


「借りを返しにきたぜ」

◆ガーベラ回&じれじれローズ回でした。


それと、不意打ち。


◆業務報告です。

書籍版『モンスターのご主人様』の8巻は、12月末に発売の予定です。


あと1ヶ月ほどですね。

また、活動報告等で報告はしていく予定です。お楽しみに!

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