07. 長姉からみた次妹の恋路
前話のあらすじ:
韋駄天さんの惚れた腫れt「違うわよ!」
7 ~リリィ視点~
現状、村には人手が足りていない。
小さいとはいえ村ひとつ、子供を除けば十名そこそこの人数で維持するのには無理がある。
どうしようかと村では頭を悩ませていたのだけれど、数日前、問題に解決の兆しが見えた。
隣村のメルヴィンさんが人手を寄越してくれたのだ。
ご主人様がフィリップさんから援助を確約してもらったため、村を復興させる方向で動き出せるようになったお陰だった。
もちろん、これには多少の懸念があった。
なにしろ、この村ではわたしたちの抱える事情を隠していない。
いずれは避けられないこととはいえ、外からの人手を入れるのにはリスクがあった。
もっとも、そのあたりは人を寄越してくれたメルヴィンさんも考慮してくれていたのだろう。やってきたエルフたちは、少なくともガーベラやロビビアのような、見た目にモンスターらしい特徴を持つ子たちにも嫌悪の目を向けることはなかった。
族長であるメルヴィンさんがよく言い含めてくれていたのだろうし、その妻であるリアさんが率先して、モンスターであるわたしたちに親身な態度を取ってくれていることも大きいのだろう。
また、やってきたエルフたちは、群青兎討伐で一緒になったり、村での模擬戦でご主人様と剣を交えた顔ばかりだったあたり、人選にも気を遣ってくれたことが伺えた。
この分なら、問題は起こらないだろう。
新しくやってきたエルフたちの指示はリアさんがすることになり、しばらく水をやるだけに任せていた畑の世話などをしてもらっている。
ただ、それでも人手不足なのは変わらないので、たとえば、村の防衛はわたしたちが引き続き担当することになっていた。
もっとも、わたしたちにしたところで人数が少ないので、継続的に村を守るのは限界があった。
さいわい、ご主人様やシランさんなど広域の感知能力持ちが何人かいるので、村の人たちに被害は出ないようにはできるだろうが、村の施設などまで守り切れるかといえば微妙なところだ。
今後のことを考えるなら、なるべくなら損害は避けたい。
とすれば、モンスターの襲撃を受ける前の予防策が重要になってくる。
具体的にいえば、周辺地域のモンスターの討伐だ。
いま、わたしが森のなかを歩いているのは、そうした事情があってのことだった。
わたしは狼の嗅覚を擬態して、あたりを警戒しながら歩いていく。
先導するのはご主人様だ。
森のなかは薄暗いのでほとんど目立たないが、あたりには感知魔法である『霧の仮宿』が展開されている。
ご主人様の『霧の仮宿』はそれなりに広域をカバーでき、わたしの嗅覚は風向きによっては、より遠くの異常も感知可能だ。
村に残した戦力との兼ね合いも考えて、ロビビアもついてきているので、戦力的にも不安のない布陣になっている。
それに加えて、今日はサルビアさんが顔を出していた。
「旦那様はもうすっかりこの魔法に慣れたわね」
上機嫌で言うサルビアさんは、歩を進めるご主人様の斜め上をふよふよと移動している。
なんとなく、紐のついた風船を思わせる光景だった。
「まあ、ずいぶんと持続時間は長くなったな」
「習熟して無駄がなくなった証拠ね。これほど早いとは思わなかったわ。才能ね」
「というより、相性が良かったんだろうな」
称賛の言葉に、さらりとご主人様は返した。
謙遜というより、本当にそう思っている口調だった。
実際、ご主人様はあまり魔法に適性のあるほうではない。
というより、私情を挟まず評価すれば、戦闘全般の才能が平凡だった。
才能がないわけではないが、取り立てて特筆するような輝きがあるわけではない。
割と早いうちに魔力を扱えるようになったのも、才能があったからというよりは、命懸けの状況を何度も潜り抜けた経験が大きい。
たとえば、魔力を早く扱えるようになったのは、風船狐と鉄砲蔓に殺されかけたときにガーベラから受けた魔力供給の副作用だ。
現状の切り札である白い蜘蛛の力の再現だって、狂獣との戦いで火事場の馬鹿力的に目覚めた力で、オマケに記憶を失うリスクを負っている。
そもそも、それなりに戦えるようになったのだって、事情を知らなければ正気とは思えないような過酷な訓練あってのことだ。
誰だって、あれだけやればそれなりには使い物になる。
もちろん、それだけの鍛錬に堪えられるかどうかは、また別の問題だ。
わたしたちのことを想って歯を食いしばって堪えてくれる事実は、他の誰にも真似できないものだし、これまで辿ってきた道があればこそ、ご主人様はアサリナの戦闘補助を確立し、サルビアさんの『霧の仮宿』の魔法を習得できた。
とはいえ、それらはご主人様の才能が平凡なものである事実を否定できるものではない。
そうして考えてみると、こと『霧の仮宿』についての習得具合は飛び抜けている。
「うふふ。わたしと旦那様はとっても相性が良いのね」
嬉しそうにサルビアさんが笑った。
「確かに、そうかもしれないわね。旦那様のなかは、とても居心地が良いもの。ねえ、アサリナちゃん」
「サーマー」
同意するようにアサリナが鳴いて、蔓の体をぐねぐねと揺らす。
わたしも話の輪に加わった。
「いいな、ふたりとも。わたしもご主人様のなかに入ってみたい」
「なにを言っているんだか」
「えー。だって、どんな感じなのか気になるよ? ねえ、ロビビア?」
ご主人様は困ったような顔をして、わたしはロビビアに話を振る。
「うぇ!? ……お、おれは、別に」
ロビビアが動揺したのは、ひょっとすると、わたしと同じことを考えていたからか。
ご主人様は苦笑をこぼした。
「まあ、いくら相性が良くても、そろそろ打ち止めだけどな」
森を歩き始めて小一時間は経っている。
効率よく展開したところで、長時間経てば魔力も枯渇する。
「そうだねー。良い時間だし、帰ろっか」
モンスターとも何度か遭遇して、討伐できた。
結果は上々と言えるだろう。
わたしたちは帰路に就くことにした。
村に足を向ける。
ロビビアがご主人様の服の裾を引いた。
「なあ、孝弘。魔力が足らないって話だけど、体力はどうなんだよ」
似たような質問は、これで今日何度目だったか。
「お前、貧弱なんだから、なにかあれば早く言えよ」
生まれつき強靭な体を持つドラゴンのロビビアからは、余程、人間であるご主人様は弱く見えるらしい。
口調はぶっきらぼうで言い方には遠慮がないが、実質、口にされたのは気遣いの言葉だ。
意外と心配性な彼女に、ご主人様は優しい笑みを返した。
「大丈夫だよ。ただ……返り血を浴びたから、ちょっと体を洗いたいな」
今日は実戦訓練も兼ねて、ご主人様がモンスターとの戦闘を行った。
戦闘自体はつつがなく終えたのだが、かなりの返り血を浴びてしまっていた。
拭いはしたものの、臭いが残っているし、かぴかぴしていて気持ちが悪いのだろう。
眉を顰めたご主人様に、ロビビアがぶっきらぼうな態度で言った。
「自業自得だ。おれならあんなの一口なのに」
「譲ってもらってありがとうな」
「別に。おれはなんにもしてねえし」
「そんなことはない。万が一のことがあったら困るし、そのために呼んだんだ。来てくれて助かったよ」
「……ふん」
鼻を鳴らしたロビビアは、ご主人様の服の裾を引っ張ると、二の腕のあたりにぐいぐい頭を押し付けた。
懐いているのか反発しているのかわかりづらい仕草だが、機嫌は悪くなさそうだった。
折角、仕事を頼まれてこうして出てきたのに暇で、ちょっと拗ねていたのだろう。
かまってもらえて機嫌を直したらしい。
素直にそれを表情には出さないあたりがロビビアらしいが。
そんな彼女の姿を見ていて、ふとわたしは口を開いた。
「そういえば、ご主人様。最近、たまに村の子供の相手をしているけど、どんな感じ?」
「ん? そうだな、良い子ばかりだよ」
ご主人様はロビビアに向けていた目をこちらに向けた。
「リリィも行ってみたらどうだ。この間はガーベラが顔を出してたぞ」
「んー。そうだね。重体だった人たちの体調も落ち着いたし、顔を出してみるのも良いかな。あ、ロビビアも行く?」
「お、おれ!?」
話を振られたロビビアがびくっとした。
とんでもないことを言われたとでもいうように、赤い髪を振り回すようにして首を振る。
「お、おれはいい。要らない」
「えー。たまにはいいんじゃない」
反応が可愛らしくて、くすくすと笑みが出た。
「そこでは、ロビビアだってお姉ちゃんだよ。ねえ、ご主人様?」
わたしはご主人様に水を向けた。
けれど、返答がなくて首を傾げた。
「どしたの、ご主人様」
「……え?」
別のことに気を取られてでもいたのだろうか。
遅れてご主人様は首を横に振った。
「あー。いや、なんでもない」
「ふぅん?」
少し気になる反応だった。
なにか考え事でもしている風情だったけれど。
「それで、なんだ?」
「あ。うん」
ご主人様が尋ねてくるので、とりあえず流すことにして、わたしは答える。
「さっきの、子供たちのところに顔を出すって話。ロビビアも一緒に行ったらどうかと思ったの」
「ああ、そういう話か。良いんじゃないか」
「だよねー。あ。でも、あまり大勢で押しかけるのもなんだったりするのかな。わたしとロビビアが行って、もともと加藤さんは子供たちの世話をしてくれてるし、ご主人様に一緒してもらって――」
指折り数えつつ、続ける。
「――あとはローズも一緒なんでしょ」
「……あー、まあ。そうだな」
相槌を打ったご主人様が、そこで視線を逸らした。
どことなく、引っ掛かる反応だった。
「ねえ、ご主人様」
わたしはご主人様の横顔をまじまじと眺めた。
「ローズとなにかあった?」
「……なにもないけど」
なにもなかったらしい。
その割に、視線は合わないけれど。
「ふぅん?」
わたしが首を傾げたところで、ロビビアがご主人様の手を引いた。
「なあ、孝弘。村の子供の相手してるとこって、孝弘もいるんだよな」
彼女にしてみれば、ご主人様の変な反応よりも、こちらのほうが気になったらしい。
ご主人様が少しほっとした顔をした。
「ああ、たまに顔を出すくらいだけどな。ロビビアが行くなら、時間を合わせるけど。来るか?」
「……み、見るだけなら」
「なんだそれ」
人見知りをするロビビアに、ご主人様が肩を揺らす。
彼はそのままロビビアと話を始めた。
その間に、わたしは少し歩調を緩めた。
こちらに気付いたサルビアさんを手招きする。
「ローズの話、実際のところはどうなの?」
こっそりと尋ねた。
魔力温存のために普段は引っ込んでいるサルビアさんだが、数日に一度は外に出てくる。
わたしはまだ、ローズと一緒に子供の相手をするご主人様をこの目で見る機会がないけれど、サルビアさんならひょっとしてと思ったのだ。
「そうねえ」
サルビアさんは苦笑すると、抑えた声で答えてくれた。
「旦那様、ローズさんのこと、少し意識しているみたいだったわ」
「……なるほど」
それであの反応かと、わたしは納得した。
詳しいことは知らないが、今回の件についても、ローズを応援する加藤さんあたりが動いているのだろう。
とすれば、これは彼女の作戦が実を結びつつあるということだ。
そこまで考えて、わたしは小さく眉を寄せた。
「……それだけ?」
「いまのところは」
「そっか」
つまり、わたしの可愛い妹の恋愛模様は、前進はしているけれど、まだ決定的なところまでは進んでいないらしい。
むーっとわたしは唇を尖らせる。
正直なところ、じれったかった。
そもそも、ローズはわたしよりは数日遅れたとはいえ、最初期からご主人様の傍にいたのだ。
あの子は、ご主人様の一番辛かった時期を、わたしと一緒に支えていた。
はっきり言えば、ローズに対するご主人様の信頼と好意は、もうずっと前から、わたしに対するものとほとんど変わらない。
それが証拠に、思い返してみればいい。
無味乾燥な木製人形から、可愛らしい少女のお人形さんへ。
ローズがちょっとずつ変化を見せるたびに、ご主人様は動揺した様子だった。
ローズが努力し、加藤さんが手を貸した恋愛攻勢は、ほぼすべてがクリティカル・ヒットだったと言って良い。
ご主人様にとって、それくらいにローズは特別なのだ。
それがいまだに恋愛感情に進展していない大きな原因は、想いを寄せるローズ自身が、自分の感情に確信を持てていないところにあるのだろう。
自分がご主人様のことを好きかどうかわからない。
薄々そうかもしれないと思ってはいるのだろうけれど、確信が持てていない。
そんなところだろう。
律儀なローズのことだ。
そんな状態では、ご主人様に好意を告げることなんてできなくても仕方なかった。
ご主人様はご主人様で、元の世界の感覚をいまだに引き摺っているところがあるので、自分の気持ちにブレーキをかけてしまっている部分があるのだろう。
結果、お互いにどきどきしながらも、好意を告げられずにいるのだ。
「あー、もどかしいなぁ。もっとこう、がーっと行っちゃえばいいのに」
「……あらまあ。なんだか、とても実感がこもった言葉」
サルビアさんは頬を少し染めて、口元を押さえた。
「まあ、気持ちはわかるけれどね。人にはそれぞれのペースがあるものよ。リリィさんだって、それがわかっているから見守っているんでしょう?」
「……そうなんだけどね」
ふたりの気持ちは最大限尊重したい。
このあたりは、加藤さんも同じ気持ちだろう。
そうでなければ、彼女のことだ。もっと効率良くことを進めているに違いないのだ。
見ているとじれったいが、それでも時計の針は前に進んでいる。
ゆっくりとでも前進を続けているローズが自分の気持ちに確信を持てるのが早いか。
それとも、ガタつきつつあるご主人様の心のブレーキが外れてしまうのが先なのか。
ロビビアの相手をしながら前を行くご主人様の背中を見ながら、わたしはその日のことを想った。
◆リリィさん視点のローズの恋路でした。
じれったいなーってずっと思いながら見てる感じ。






