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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
162/321

35. ふたりだけの特別な関係

(注意)本日2回目の投稿です。(9/11)














   35



「孝弘殿。少しよろしいでしょうか」

「シランか。いいよ。入ってくれ」


 ベッドで横になっていたおれは、上体を起こして、部屋を訪れたシランを迎えた。


 部屋に足を踏み入れたシランは、特別な親しさを滲ませた笑顔を向けた。


「お体のご加減はどうですか」

「大丈夫だ。みんなして、おれを病人扱いしてるだけだよ」

「いかんぞ、主殿。体調が悪いのは事実であろうが」


 苦笑をこぼしながら返すと、ベッドの脇に座り込んで話し相手をしてくれていたガーベラが唇を尖らせた。


「体調不良って……ちょっと血が足りなくて、魔力をぎりぎりまで使ってしまったってだけだろう?」

「使ったというか、吸われたのだがな」

「その、ご迷惑をおかけしています……」


 恥じらうシランが身を小さくした。


 ガーベラが首を傾げる。


「別にお主が謝るようなことではないと思うがの。飢え死に寸前で目の前にご馳走を広げられたのだから、襲い掛かっても当然と言えよう」

「い、いえ。別に襲い掛かってはいないのですが……少なくとも、食べるところまでは」


 最後のほうは蚊の鳴くような声で言って、シランはますます身を縮めた。


 なにかを思い出してしまったのかもしれない。

 女の子としての経験値の低いシランは、基本、とても初心だ。


 こちらまで恥ずかしくなってしまうくらいに。


「おお、そういえば、そうだったの」


 ガーベラがこくりと頷いた。


「感心したぞ。妾なら我慢できる自信がないからの。いまも割と我慢しとる」

「我慢する対象が変わってないか?」


 なんの話をしているのか。


 おれが半眼を向けると、ガーベラは目を逸らした。


「と、ともかくだ。人の身は限界まで酷使したあとはそう簡単には回復せん。きちんと養生せねばならんぞ、主殿。今日一日は大人しくしておれ」

「……わかったよ」

「というか、目を離さぬようにと加藤殿から言い含められておるのだ。叱られかねんから勘弁してくれ……」


 頭を抱えて、ぷるぷるするガーベラ。

 相変わらずの関係のようだが、これで意外と仲が良いのだからわからない。


「ともあれ、シラン殿はなにをしに来たのかの?」


 ぱっと顔を上げて、ガーベラが尋ねた。


「ああ、はい。それはですね、孝弘殿に……」

「あ! わかったぞ。そういうことか!」


 ぴこんっと音がしそうな様子で、ガーベラの顔に理解の色が浮かんだ。


 その理解が正しいものかどうかは、この際、関係ない。


「妾、ちょっと席を外しておるな!」


 そう言うと、ガーベラは畳んでいた蜘蛛足を広げた。


 彼女にとっては狭い廊下へと、意外な器用さを発揮して出ていく。

 ああした姿を見ていると、蜘蛛なんだなと改めて思ったりした。


「なにか勘違いをしているみたいだな」


 というか、おれのことを見ているように加藤さんに言われたのではなかったのだろうか。


 おれは溜め息をついて、シランに顔を向けた。


「まあいい。それで、シランはなんの用で来たんだ」

「はい。村の状況をお伝えしに来たのです。お時間よろしいですか」

「見ての通り、時間はあるよ。詳しく聞かせてくれるか」


 おれはシランに椅子を勧めると、村の現状について話を聞いた。


 まずは村人たちについて。


 保護した重体の村人たちは、そのうち四名が命を繋いでいた。

 いまはリリィが付いている。


 もともと無事だったデニスほか二名、子供たち九名と合わせて、これで十六名の村人を助けられたことになる。


 とはいえ、これは村を維持できる水準ではない。


 というか、普通ならモンスターが現れた時点で全滅してしまうレベルだ。

 危険を承知で、即座に別の村に移住を検討するところだった。


 しかし、いま村にはおれたちがいる。

 ノーマル・モンスターレベルならなんなく撃退できるし、早急に村を離れる必要はなかった。


 場合によっては、移住する必要もあるだろうが、そこはリアさんの隣村と相談しつつということになるだろう。


 現在は、リリィが怪我人の傍につき、ロビビアとあやめは村の外の警備を、ローズと加藤さんは必要な補修をして、シランとケイは生き残った村人たちと話し合いをしているところだった。


「ここに来る前にひと回りしてきましたが、どこも順調なようです」

「それはよかった。聖堂騎士団が来る様子もないし、ひとまずは安心できそうだな……」


 ……ただ、多少、気になることもあった。


 戦いが終わってほどなくして、ガーベラにかかっていた『聖眼』の呪縛が解けたことだ。


 ロビビアは『聖眼』のトラヴィスを取り逃がしたと言っていた。

 少なくとも、おれたちは奴を仕留めきれなかったわけで、ここでガーベラの呪縛が解けるのは予想していなかった。


 悪いことではないのだが、なにがあったのかと気にはなった。


 無論、トラヴィスが制限付きの能力を自分から切ったのかもしれないし、距離に制限があった可能性もある。

 これについては、あまり考えていても仕方がないだろう。


 聖堂騎士団について考えるなら、戦力の大半を失ったトラヴィスのことより、本隊と和解するほうが重要だった。


 ただし、これにはどのように聖堂騎士団の上層部に連絡を取り付けるかという問題がある。

 ひとつの方策として、おれはアケル王家にまず連絡を取ることを考えていた。


 実際、被害者と言えるのはアケルの国民なので、そういう意味では関係者でもある。

 トラヴィスの暴走で傷付いた彼らへの補償も含めて、話し合いの場を設けるべきだろう。


 それまでは、しばしの休息のときだった。


「あの、孝弘殿?」


 そんなことをつらつら考えていると、シランが声をかけてきた。


「なんだ」


 思考を打ち切って、おれは尋ね返した。


 すると、なぜか視線を逸らされた。


「どうした?」

「いえ。その……言いづらいことなのですが」


 いかにも歯切れの悪い口調だった。


 なんだろうかと首を傾げていると、ぽつぽつとした口調でシランは続けた。


「昨日の戦闘で、わたしはエドガールと剣を交えました。全力を出さなければならない、容易ならざる敵でした」

「ああ。そうだな。見事な戦いだった」

「ありがとうございます。……あ、いえ。そういうことではなくて、ですね」


 言葉を交わす間も、シランはきゅっと眉を寄せていた。

 目は終始、泳ぎっぱなしだった。


 挙動不審であり、その表情には恥じらいがあった。


「言いたいのは、全力で……というところでして。それはつまり、魔力をそれなりに使ってしまったということになるわけで、ですね」

「……つまり、なんだ」


 およそ状況が掴めて、おれもまた恥ずかしさを覚えた。

 昨日の行為は、おれにとっても鮮烈なものだったからだ。


 ガーベラの気遣いは、意外と的を射たものだったのかもしれない。


「お腹が空いたってことか?」

「……はい」


 消え入りそうな様子だった。


「た、ただお腹が空いたというだけではなくて、ですね……それだけなら良かったのですが、戦力的な意味でも、いまは魔力不足でいてはならないとも考えまして……わたしも悩んだのですが」


 女の子の部分が大きく表に出ている一方で、生真面目な騎士としての判断も共存しているのがシランらしかった。


「いや。別に、お腹が空いただけでも来てくれていいんだが……」

「で、ですが、孝弘殿の体調も完調とはいきません。現状を考えると、やはり孝弘殿の体調もなるべく万全に保っていなければならないでしょう」

「ああ、うん。それもそう……だな。なにがあるかわからないのは、確かに」

「昨日の今日では、血もまだ足りてはいないでしょう。ですから……その、別の方法で当座をしのぐ、と言いますか……そうすれば、血ほどではないにせよ、剣を振るえる程度にはなるのではないかと……」


 戻ってきたシランの目が、おれの唇をちらりと見る。

 すぐに逸らされた。


 それが限界だったのか、口元を手で隠すようにしてシランは黙り込んでしまう。


 とはいえ、ここまで言われれば、なにをしようと言いたいのかは明らかだった。


「……」


 落ち着かない沈黙が部屋に落ちた。


 たとえばこれがリリィなら、さらりとおねだりしてしまうところなのだろうが、立場の違いを差し引いても、シランにそれは性格的に難しかったのだろう。

 それでいて、下手に真面目な性格をしているものだから、このままだといけないと思ったら、どれだけ恥ずかしくても行動せずにいることはできなかったに違いない。


 おれも似たような性格だから、そのあたりはよくわかった。


 ……まあ、お互いに似たような性格だから、こうしてぎこちない感じにもなってしまっているのだが。


 リリィにしろ、ガーベラにせよ、積極的な性格だから、こういうのは初めてだった。


 けれど、シランはリリィでもガーベラでもない。

 シランとの関係は、おれたちふたりで築き上げなければならないものだ。


 昨日、おれは騎士としてのシランの気持ちには応えた。

 けれど、女の子としての気持ちにはまだ答えを返していない。


 これでは片手落ちだ。


 昨日はそれどころではなかったけれど、いつまでも返事を保留しているのも不誠実だろう。


 おれはベッドから抜け出すと、その端に座り直した。


「孝弘殿……」


 潤んだ目を向けてくる彼女の頬に手を添えた。


 冷たくも滑らかな頬を撫でると、嬉しそうにシランは目を細める。

 ひとつきりの蒼い瞳を見詰めて、おれは告げた。


「聞いてくれ、シラン。おれは――」




 これまで何度もすれ違った。


 気付かないこともあった。

 勘違いしたこともあった。


 だからこそ、もうそんなことがないように。


 はっきりと、おれたちは想いと気持ちを伝え合った。

◆これにて第5章、シラン編は完結となります。

第6章も引き続き、お楽しみください。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

お気に入り登録、評価してくださった方には重ねてお礼申し上げます。



◆書籍版は今月末に発売です。

こちらも併せて、応援いただければ幸いです。

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