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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
160/321

33. 寄り添い合って

(注意)本日3回目の投稿です。(9/4)














   33



「ぉおおお!」


 吠えるエドガールが、シランに迫る。


 鬼の異能を発揮して、その体はいまや筋肉の塊と言っていい。

 人のカタチをしてはいても、肉の密度が、生み出される力が違っていた。


「ふん!」


 手に持った剣を振り回す。

 この異世界においても常識を外れた膂力による斬撃は、木の枝でも振り回すかのようだった。


 少し距離があるのに、その破壊力を肌で感じ取れてしまって、おれは息を呑んだ。


 こと膂力だけに限るならば、確実にエドガールは過去の、それも異能持ちの勇者に迫っている。


 しかし、対するのは、かつての『樹海北域最高の騎士』だ。


 相手が過去の勇者に互する力を持つというのなら、彼女はすでに一度、本物を相手取って正面からやり合ったことがあった。


「はぁあっ!」


 息もつかせぬ連続攻撃を、シランはことごとく撃墜する。


 その様は電光石火。

 ただ速いだけでなく、滑らかでいて無駄がない。


 膂力で負けているのはわかり切ったこと。

 ならば、足りない部分は技術で補おう。


 と、口で言うのは簡単だが、実行するのは生半可なことではない。


 エドガールの動きも決して力任せではないし、無駄が多いわけでもないのだ。

 彼もまた間違いなく、戦士として成熟の域にある。


 ゆえに、それを凌駕して一歩も退かない技量こそが、『樹海北域最高の騎士』の真骨頂。

 死に物狂いの鍛錬と、余人には想像さえできないような死線を何度も越えた実戦経験が磨き上げたものだ。


 かつての『樹海北域最高の騎士』は、ここに完全なる復活を遂げていた。


「はぁあ!」


 打ち合う角度。

 踏み込みと打突のタイミング。


 暴力の嵐を掻い潜り、針に糸を通すような精密さでシランは迎撃を続ける。


 余人には真似のできない極限の綱渡り。

 その末に、ついに反撃の一撃が繰り出された。


「……ッ!?」


 しかし、その剣先は弾かれる。


 防御が間に合ったわけではない。

 戦鬼の全身を覆う黒色の肌が、金属めいた音を立てて、シランの振るう剣の切っ先を拒絶したのだ。


 鬼が嗤う。


「ぬるいんだよォ!」


 戦鬼の能力は、防御においても発揮されるということか。

 鎧に身を包んでいるだけでなく、その下の皮膚までもが、金属の硬度を帯びていた。


 対するシランは、鎧どころか盾すら持っていない。


「……なるほど、硬いですね」

「そういうお前はやわいな。気を付けろ、触れれば飛ぶぞ」


 自身の有利を確信したのだろう。

 戦鬼の攻撃は、ますます激しさを増した。


 防御が間に合わない攻撃をシランは回避するが、そのすべてを躱しきれるものではない。


「……んっ」


 なおも攻撃を弾き続けるシランの頬が裂けた。


 手に、足に。

 皮膚に掠めるだけでも、戦鬼の剛剣は肉まで持っていく。


「このまま削り殺してやるよ」


 エドガールは凶悪な笑顔を浮かべて宣言した。


 傍で見ているだけでも、怖気の走るような笑み。

 しかし、シランはその身を削られながらも、表情ひとつ変えなかった。


「いいえ。このままなら、それは不可能です」


 静かな表情は、まるで波ひとつ立たない水面のよう。

 怒涛のごとき攻撃に対処しながら、ただ指摘する。


「なにを……」


 言いかけたエドガールが、軽く目を見開いた。


「怪我が……」


 シランの頬の傷は、すでになくなっていたのだ。


 それだけではない。

 他の傷もみるみる塞がっていく。


 アンデッド・モンスターとしての彼女の性質、損傷を復元させる力だった。


「……化け物め」

「なにを今更。あなたがたは、グールを追ってきたのではないのですか」


 エドガールの罵声を聞いて、シランは涼しい顔で言ってのけた。


 化け物と言われたことにも、特になにを感じた様子もない。

 もはや、そこを思い悩む段階は過ぎているのだろう。


 たとえその身がなんであろうとも、彼女が騎士であることは揺るがないのだから。


 その揺るがぬ在り方が、彼女になにをもたらしたのか。

 それをもっともよく理解できたのは、ひょっとすると、敵対しているエドガールだったのかもしれない。


「それで勝ったつもりか!」


 顔を歪めて剣を打ち込んだ。


「戦鬼を舐めるな! その澄ました顔、粉々にしてやる!」


 それが、まるで悪い予感を振り払おうとするような仕草に見えたのは、果たして気のせいだろうか。


「おれを傷付けられない以上、お前に勝機はねえ!」

「いいえ。それも違います」


 シランは断言する。


「戦いはこれからです」

「ほざけ!」


 再び両者は激突した。


 傷付くことのない鬼と、傷付いても復元するアンデッド。

 これで状況は互角となった。


 鎬を削る熾烈な争いに、他者の介在する余地はない。


 ここに至れば、おれにできるのはシランを信じることだけだ。


 そう思っていた。


「……真島孝弘」 


 そのときだった。

 戦いに見入っていたおれに、声をかける者があったのだ。


 視線をそちらに向ければ、そこに血塗れのゾルターンが立っていた。


「……生きていたのか」


 正直、驚いた。

 シランの一撃を受けてなお、ぎりぎりのところで命を繋いでいたらしい。


 それが、こうして接触してきたということは……。


「まだやり合うつもりか?」


 おれは腰の剣に手をやった。


 シランは戦鬼を相手にしていて、他のことには手が回らない。

 こちらはこちらでどうにかする必要があった。


 正直なところ、魔力と血液が不足しているせいで、おれはまともに戦える状態ではない。


 けれど、それはゾルターンも同じことだ。


 というより、彼のほうがより深刻な状態と言える。


 右腕は半ば断たれており、肩から胸にかけては深々とした傷があった。

 無事な左手で傷口を押さえているものの、血がとまる気配はない。


 剣を振るうどころか、握ることさえできないだろう。


 これなら、いまのおれでも、十分に対処できるはずだ。


 油断なくおれは身構えた。


「安心してください。これ以上、争うつもりはありません」


 しかし、予想に反してゾルターンはかぶりを振った。


「その理由がありません。……なくなってしまいました」

「なんだと……?」


 おれは少し戸惑った。

 こちらに向けられた目には、思いのほか穏やかな光が宿っていたからだ。


 敵意もなく、戦意も感じられない。

 争うつもりはないという言葉に、嘘はないように思えた。


 しかし、だったらどうして、立ち上がるのも辛いはずの怪我を負いながら、こうして話し掛けてきたのか。


 おれの向けた疑惑の眼差しを、ゾルターンは正面から見返した。


「人生というのは、なにが起こるかわからないものです。まさかこの目で、本物の勇者を見られるとは思いませんでした」

「殺しにかかってきて、今更、なにを……」


 状況にそぐわない言葉に、眉を顰めた。


「それにおれは、お前たちの言うところの勇者なんかじゃない。勘違いをするな」


 おれはシランの勇者だ。

 そのようにあると心に誓った。


 けれど、それはおれたちの間でだけ価値のある誓いだ。


 そこに余人の関与する余地はなかった。


「勇者が見たかったのなら、探索隊のほうを訪ねるべきだったな。そちらになら、いくらでも華々しい勇者たちがいただろうに」


 おれは素っ気なく言ったが、それを聞いたゾルターンは不思議な表情を浮かべた。


「いいえ。あなたは勇者です。少なくとも、わたしはそう感じました」


 どこか苦みの混じった、満ち足りた微笑だった。


「恐れ。疑い。妬み。わたしの周りにあるのは、そんな汚い感情ばかりでした。勇者とともにある聖堂騎士団のなかにいても、それは変わることはなく……勇者も騎士も、都合よく作られた伝説のなかだけの存在だと思っていました。ですが、そうではなかったのですね」


 憑き物が落ちたような表情で紡がれるのは、おれたちを認める言葉だった。


「お互いになくてはならないものと求め合えるなら、騎士は替えの利く駒ではなく、勇者もまた駒ではない。尊いものは確かにあるのだと、わたしは知ることができました。……叶うなら、もっと早くに、あなたに会いたかった」

「お前……」


 おれは当惑を隠せなかった。


 目の前の男の意図するところがわからない。


 無論、それは当然のことだ。

 ゾルターン=ミハーレクという男はこの場で会ったばかりの敵であり、彼の歩んできた人生をおれは知らず、その胸の裡を推し量ることなどできようはずもないのだから。


 とはいえ、彼が本心からおれたちの在り方を称賛していることだけは伝わってきた。


 どうもこの男は、トラヴィスの他の部下とは毛色が違うらしい。


 そう感じたからこそ、疑問に思った。


「お前、どうしてトラヴィスなんかのもとで働いているんだ?」


 トラヴィスの部下として、ゾルターンがどれだけの汚いものを見てきたのかはわからない。

 けれど、この分だとゾルターンは、それを唾棄すべきものだと感じていたらしい。


 それなのに、どうして騎士をやめてしまわなかったのか、不思議に思ったのだ。


「そうですね。わたしもそれが疑問だったのですが」


 問い掛けられて、ゾルターンは笑った。


「もっと早くにあなた方に会いたかったという言葉は本当です。しかし、実際にわたしが最初に出会ったのは、恐ろしい鬼でした。それもまた、事実なのです」


 まるで長年探していた答えを見つけたような表情でゾルターンが言った、そのときだった。


「がぁああ……!?」


 エドガールの悲鳴があたりに轟いたのだ。


 おれは視線を戦場に戻した。


 わずかに目を離している間に、戦況は大きく変わっていた。


 一気呵成に攻め立てていたはずのエドガールが、その場を後退っていたのだ。


「てめぇ……」


 警戒するように距離を取ったエドガールは、二の腕を押さえていた。

 その手を、流れた血が汚している。


 それは、鉄壁であったはずの鬼の防御が破れたことを意味していた。


「切っ先を弾く鋼の肌。その防御力、確かに厄介です。……が、いまのわたしに貫けないほどではありません」


 シランが剣を振るい、付着した血液を払った。


「自身を強化する術が、自分だけのものとは思わぬことです」


 その言葉に応えるように、シランの従える小精霊が宙を舞った。


 楽しげに、契約者の新生を祝うように、くるくると踊る。

 展開するのは、身体能力強化の補助魔法だ。


 逆に言えば、これまでシランは精霊の支援なしに戦鬼と渡り合っていたということでもある。


「手加減を……していたってのかよ」

「いいえ。そういうわけでは。ただ、感覚を掴むのに時間がかかりました」


 シランの返答に、エドガールは絶句した。


 それも無理のないことだろう。


 この世界の住人が、能力に覚醒した転移者や、それに類する存在と正面からやり合うことは難しい。

 ほとんど不可能と言ってもいい。


 いくらその身に技術を修めようと、それで埋められる身体能力の差というのは限界があるからだ。


 戦いの土台に上がるためには、まずは技術でどうにかなる程度まで、自身の身体能力を向上させる必要がある。

 そのために、十文字達也との戦いで、シランは精霊使いとしての力を全開にしなければならなかった。


 けれど、いまは違う。


 シランの体は、すでにアンデッド・モンスターのものだ。

 その事実を否定することのなくなったいま、彼女は十全にその力を引き出すことが可能になった。


 身体能力は、以前より大きく上昇している。


 それでもなお、戦鬼と比べてしまえば大きく劣っていることは変わらないが……彼女の卓越した剣腕を以ってすれば、どうにか食い下がれる程度にその差は縮まっている。


 ならば、ここに精霊の補助を加えればどうなるか。


 その答えが、目の前の光景だった。


「ぐうう……おぉおおおお!」


 現実を否定するかのごとく、エドガールが吠え声をあげて前に出た。


 激しく鋼を打ち合う音が連なった。


 怒涛の連撃。

 攻め立てているのは、エドガールのほうだ。


 あくまでシランは守勢。

 襲い掛かる重い剣を幾度となく防ぎ、隙を突いては反撃を放つ。


「はぁあっ!」

「ぐ……っ」


 そのたびに血飛沫があがり、鬼の苦鳴が漏れた。

 先程、あえなく弾かれた騎士の斬撃は、いまや鬼の肉を裂くのに十分な威力を持っていた。


 ――騎士として、精霊使いとして、その身に修めた戦闘技術。

 ――アンデッド・モンスターとしての身体能力。


 これまで両立しえなかったものが、煩悶を乗り越えたことで、ついにシランの身の裡で統合されたのだ。


 いま、ここにあるものこそが、その結実。

 おれと誓いを交わした騎士、シランの真価だった。


 志も持たない鬼一匹、敵う道理はない。


「が……ぁああ」


 呻き声をあげて、エドガールが地面に膝を突いた。


 金属質な黒い肌には、数えきれないほどの傷が刻まれていた。


「ぐ、うぅ……くそが」


 もはや勝敗は決した。


 それでも、エドガールは剣を握っていた。

 殺気は衰えておらず、むしろ気配の凶悪さは増してさえいた。


「降参する気はありませんか」

「くそ喰らえ」


 誠実にシランは問い、エドガールは吐き捨てた。


「おれは鬼だ。おれが、最強だ。だから……」


 立ち上がり、踏み込む。


「お前は、死ね!」


 最後の力を振り絞ったのだろう一撃。


 その剣が弾かれた。


「あ……」


 とっくに、戦鬼の本来の力は失われていたのだ。


「残念です」


 鬼の一撃を払った剣を、シランは斬り返した。

 もはやエドガールに反撃の術はない。


 騎士の剣が、鬼の形をした災厄を斬り伏せる。


 それが、この戦いの終結。


 誰もがそう思った。


 ――その寸前に、割り込むものを見るまでは。


「な……っ!?」

「ぐぅ、が……ぐぶっ」


 シランが短く驚きの声をあげ、剣を受けた人影は血の塊を吐き出した。


 尻餅をついたエドガールが、大きく目を見開いた。


「ゾルターン!?」


 エドガールの代わりにシランの剣を受けたのは、深手を負っていたはずのゾルターンだったのだ。


 この場にあった誰もが、彼の接近に気付かなかった。

 他人の意識を縫うようなその動きこそが、彼の得意とするところだったからだ。


 結果として割り込みは成功し、エドガールは危機を免れ、代わりにゾルターンは肩口から胸の半ばまでを深々と切り裂かれることになった。


 切っ先は背中まで抜けている。

 致命傷だった。


「なんのつもりだ……!?」


 これに激高したのは、守られたエドガールだった。


 歯を剥き出しにした彼の怒鳴り声を聞いて、ゾルターンが口元を緩めた。


「……さて。なぜでしょうね。きっと、強い光に目が眩んだのでしょう」


 彼は眩しいものを見るような目で、自分を斬ったシランを見詰めていた。


 その表情に恨みも怒りも後悔もなく、ただ、決意だけがあった。


「誰もがわたしを恐れ、疎んだ。そんななか、自分を恐れぬ存在は救いだった。たとえ、それが自分のことをどうとも思っていなかったからだとしても、そう感じていたことは事実でした。だから、こうせずにはいられなかったのです」


 おれたちにはわからない言葉を口にして、背後に庇ったエドガールに、後ろ手になにかを投げた。


 黒が混ざった紫の宝玉。

 それがなにか、エドガールにはわかったらしい。


「てめぇ……!」


 宝玉が砕け、黒い影が溢れ出した。

 なにか言おうとしたエドガールの姿が、宝玉から溢れ出した影に覆われた。


 影が消え去ると、そこに鬼の姿はなかった。


 張り詰めていた糸がそれで切れたのか、ゾルターンが倒れた。


「……き、消えた?」


 予想しない事態に、おれは唖然とした。


「影に食われた……いや。移動したのか?」


 どうやら先程の紫の玉は、緊急脱出のための魔法道具かなにかだったらしい。


 ふと気づいたことがあった。


「……そういえば、トラヴィスたちは村に突然現れたな。あれはひょっとすると、あの宝玉の力によるものだったのか?」

「かもしれません」


 シランが同意した。


「とはいえ、瞬間移動を可能にする魔法など聞いたことがありません。あるいは、過去の勇者様に所縁のある魔法道具かもしれませんね」

「魔法道具……とすれば、これがひとつとも限らないか」

「はい」


 予想できた展開があって、おれは眉を寄せた。


「だとすれば……」

「孝弘!」


 言いかけたところで、名を呼ばれた。


 こちらに走ってきたのは、トラヴィスと戦っていたはずのロビビアだった。


 余程、慌てていたのか、乱暴に帯で纏めただけの服が乱れて、少しあられもないことになっている。


「無事だったか、孝弘!?」

「ロビビアこそ」


 体当たりするように抱きついてきた小さな体を受け止めた。


「元気そうで良かった」

「ふんっ、当たり前だろ」


 頭を撫でてやると、子供扱いに拗ねたように唇を曲げる。


 しかし、その表情が不意に歪んだ。


「悪い、孝弘。トラヴィスの奴は逃がしちまった」

「……そうか」

「あの野郎、なんか妙なモン使いやがった。影みたいなのに覆われたと思ったら、いなくなってたんだ」


 やはりトラヴィスもまた、同種の物品を所持していたらしい。


 自分の身が危ないと感じて、それを使って逃げ出したのだろう。


 ロビビアはとても悔しそうな顔をしていた。

 頭を撫でる手をいつものように振り払わないのは、無意識に甘えているのかもしれない。


「いいさ。気にするな」

「孝弘……」

「別におれたちは、トラヴィスたちを殺したかったわけじゃないからな」


 おれたちの目的は、誰ひとり欠けずにこの危難を乗り越えることだ。

 そこを違えてはならなかった。


 パスの感覚を辿れば、リリィとガーベラの気配が近くにあった。


 別動隊をきっちり壊滅させて、ローズと合流したらしい。

 一緒にこちらにやってきているようだから、本隊のほうも片付けたのだろう。


 トラヴィスが生き残ったところで、配下はほぼ全滅。

 生き残った者もまともに戦えない。


 これ以上、襲撃など考えられる状態ではないだろう。


 トラヴィスたち聖堂騎士団第四部隊の襲撃を、おれたちは退けることができたのだ。


 無論、聖堂騎士団本隊との関係など、あとのことはまた考えなければならないが、当面の時間稼ぎはできたと考えていいだろう。


 そう判断したところで、地面に倒れていたゾルターンが身じろぎしたのに気付いた。


「真……島、孝弘。それと、騎士シラン」


 その口元が動き、くぐもった声が響いた。


「わっ、こいつ、生きてやがったのか!?」


 ロビビアが驚きに目を見開いた。

 それくらいに、ゾルターンは死に体だった。


「いいんだ、ロビビア。警戒する必要はない」


 身構えたロビビアに言って、おれはゾルターンを見下ろした。


 エドガールを逃がしたのは彼の仕業だが、とどめを刺す気にはなれなかった。


 そもそも、彼にはもはやまともな意識もないようだった。


「本物の、勇者と騎士よ。気を付け……なさい。この世、には、闇……がある。どう、しようも……ない、現実という名の、闇が……」


 うわ言のように、ゾルターンは言った。


「団長の……ハリスン様も、副団長……ゴードン様も、良い方です。しかし、それでも……世界を守……ためには……ですが、あなたたちなら……打ち勝て……ると……」


 紡ぐ言葉は、どんどん不明瞭なものになっていき、よく聞き取れない。


 最後は独り言のようだった。


「繋、がる心……重なる、魂……ああ。そんな、在り方も……ありえた……のですね」


 視線はおれたちに直接向けられることはなく、虚ろな目は彼にしか見えないなにかを見詰めていた。


「それ、だけで……わた……しは……救……れ……」


 声が途切れて、息がとまった。


 おれは膝を突いて、こと切れたゾルターンの目を閉じさせた。


「……」


 彼は刃を交えた敵だった。

 これまでなにをしてきたかわからない男だった。


 けれど、いまわの際の言葉に嘘はないだろう。

 本心から彼は、おれたちのことを心配していたように感じられた。


「闇か……」


 ゾルターンはなにを知っていたのだろうか。

 気になるが、意図を探る手掛かりはもはやない。


 ひとつはっきりしていることは、もしもそれが襲い掛かってきたとしても、おれたちなら打ち勝てると彼は信じていたということだけだった。


「孝弘殿。あれを」


 シランがおれを呼び、視線を遠くに向けた。


「ご主人様ー!」


 その視線の先、こちらにやってくるリリィたちの姿があった。


 ガーベラがぶんぶん両手を振っている。


 うしろからはどたばたと階段を降りてこちらにやってこようとするケイの足音とあやめの鳴き声がした。


 誰ひとり欠けていない。

 いまはその事実を喜ぶべきだろう。


「……孝弘殿」


 ロビビアと手を繋いで待っていると、シランが身を寄せてきた。

 これまでになく距離が近い。


「誓いを覚えていますか」


 少し恥ずかしげに微笑しながらも、シランは強く告げた。


「たとえ、どのような災厄が現れようと、わたしがこの剣で斬り伏せます」

「……ああ。信じてるよ」


 向けられた視線に込められた感情に気恥ずかしさを覚えつつ、おれも応えた。


 おれたちは肩の触れ合う距離感で、仲間たちが無事合流するのを待ったのだった。

◆3話目のタイミングで、長時間のなろうサーバー接続障害にまともに巻き込まれました。

大変だった……。 orz


お待たせしました。なんとか更新です。



◆5章はシランが主役。


ということで、ずっと温めていたシランのエピソードでしたが、

いかがでしたでしょうか。


一部キャラクターとの因縁は繰り越しになりましたが、そのあたりは次回更新で。


次回、ひとつ、エピソードを挟んで、5章のエピローグになります。

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