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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
156/321

29. 騎士と勇者

(注意)本日2回目の投稿です。(8/21)














   29



 鬼たる身の全身全霊を込めた、振り払いの一撃がくる。


 対応は不可能。

 胴を真っ二つにされた自身の死が見えて――不意に、おれの左腕が跳ねあがった。


「ぁ、お!?」


 眼前に割り込んだ盾が、視界を塞いだ。


 理解は及ばず、ただ反射的に全身に力を込める。

 直後、鬼の剣が振り払われた。


「ぐっ!?」


 重い一撃が叩き付けられた。

 衝撃を支えきれない。足が地面を離れた。


 自分が吹き飛ばされたという事実だけを脳が認識する。

 なにかに激突して、突き抜けた。


「……」


 気付いたとき、視界にあったのは木造家屋の廊下だった。


 どこかの部屋で悲鳴があがるのが聞こえた。

 背後に庇っていた家屋の扉をぶち破って、内部に転がり込んでしまったのだと悟った。


 まずい、と思った。

 いま追い掛けてこられたら、対応ができない。


 しかし、追撃はなかった。


 それを許さない者たちがいたからだ。


「あやめちゃん!」

「ぎゃおっ!」


 どどどどっと、家屋の外で爆発音が立て続けにあがった。


 辛うじて生きていた空間把握能力が、家屋の屋根から数多の火球で爆撃を敢行したあやめと、それに合わせて第二階梯の火魔法を撃ち放つケイの姿を捉えた。


「小賢しい!」


 不意打ちだったが、エドガールはこれに対応してきた。

 直撃コースだった火球は大剣で切り裂かれて、足元を狙ったケイの魔法は跳び退って躱された。


 しかし、最低限の時間稼ぎは、これで十分だった。


「……よくやった」


 彼女たちの援護を得て、おれは体内で魔力を練った。


「……魔、法……『霧の仮宿』」


 サルビアの具現化に回していた魔力も霧の発現に回して、濃霧で家屋を包み込んだ。


 これでエドガールたちの視覚は潰した。

 あとは……。


「ぎゃお! ぎゃお! ぎゃおっ!」


 すべてを閉ざす白い世界のなか、断続的に火炎が立ち昇る。


 ここで霧を使ったおれの意図を汲んで、あやめは間髪入れずに火球を吐き出し続ける。


 最近はお留守番が多かったあやめだが、彼女は決してただのマスコットというわけではない。

 幼くとも樹海深部のモンスター。侮れない力を持つ。


 腹のなかで練り上げられた炎は、威力だけでも第三階梯の魔法にも匹敵するだろう。

 なにより魔法とは違って、溜めの時間は文字通りの一息で済む。


 まったく衰える様子のない火力は、いつの間にこれほどの魔力を蓄えたのかとおれを驚かせるほどでもあった。


「くそが……!」


 手をこまねいたエドガールが罵声を吐いた。


 さすがの『戦鬼』も、この霧のなかで遠距離攻撃をかけてくる相手に反撃はできないようだ。


 あやめも相手の姿が見えていないのは同じだが、彼女の場合は家屋に敵を近付けさせないのが目的だから目晦撃ちでも問題はない。


 範囲が狭い分、『霧』の魔法の持続時間も多少は長い。

 これでしばらくは時間が稼げるだろう。


「サマー?」


 左手から伸びたアサリナが、床に転がるおれの目の前に飛び出てきた。

 心配そうに、首を傾げるような仕草をする。


「……ありがとう、アサリナ。助かった」


 先程の盾による防御は、アサリナのお手柄だった。

 左腕に巻き付いていた彼女が、咄嗟に腕を跳ね上げてくれたのだ。


 結果として、無理矢理アサリナが動かしたうえに、エドガールの攻撃を受けとめた左腕はへし折れてしまっていた。

 指先からぽたぽたと血が流れ落ちている。


 けれど……。


「……凌いだぞ」


 おれは小さくつぶやいた。


 無意識のうちに、声には熱がこもっていた。


 この胸の奥で燃え盛る炎が、口から零れ出たかのように。



 ――甘いと言われた。

 このままガーベラやリリィが来るまでの間、攻撃を凌ぎ続けようなんて甘いのだと。



 しかし、おれは生きている。

 左腕は動かないが、まだ戦える。


 アサリナに身を任せた防御も、控えさせておいたあやめたちの奇襲も、ここまであえて伏せておいた手札だ。

 こうして敵の切り札をやり過ごすことができたのは、いざというときのための備えが活きた結果だった。



 ――甘いと言われた。

 お説教をすることで、自分たちが悔い改めるとでも思ったのなら甘いのだと。



 しかし、おれはそんなことは考えていない。


 どうして村人に剣を向けたのかと尋ねたのに、咎める意図はなかった。

 そのようなことをしたところで、彼らのような人種が悔い改めるなんて思っていない。


 ただ、胸の奥にあるなにかが、問いを投げずにはいられなくしただけ。

 それは、なにかを確かめるような行為でもあった。



 ――甘いと言われた。

 騎士に対して幻想を抱いた、その考えが甘いのだと。



 ……そうなのかもしれない、と思った。


 騎士と呼ばれる彼らの現実を、おれは知らない。


 だから、否定はできない。


 騎士というのは『露払いのための駒』でしかなく、失われてはならない勇者の代わりに削れる『消耗品』なのかもしれない。


 少なくとも、そのように考える者が、世界に大きな影響を与える聖堂教会の関係者のなかにいるのは確かなのだ。

 ならば、それこそがこの世界の真実ではないと誰が言い切れるだろうか。


 勇者と騎士というのは、この世界にとって、替えの利く利かないの別はあれ、単なる駒でしかないのかもしれない。


 ああ、それは否定しない。


 けれど……そこに尊いものがなにもないという言葉だけは、別だった。


 それは、絶対に違う。

 おれはそう言い切れたのだ。


 なぜならあのチリア砦で、おれはそれに触れたからだ。


 シランも、団長さんも、肩を並べて戦った同盟騎士たちも。

 みんなが命を懸けて、誰かを守るために戦っていた。


 彼らは懸命で、ひたむきで、高潔だった。


 それを尊いものだと、おれは感じたのだ。


 だったら、それが、おれにとっての真実だ。


 誰がなんと言おうとも、この目で見て、触れて、感じたものこそが、自分にとっての真実であることに違いない。

 たとえ世界にとって、騎士という存在が駒に過ぎないとしても、そんなのは関係なかった。


「だから、おれは……」


 引き摺るようにして、おれは上半身を起こした。


 そのときだった。


「……孝弘殿?」


 掠れた声が聞こえた。


 いまにも消えてしまいそうなくらいに弱り切った、それでも、強さを失うことのない少女の声だった。


 顔をあげた。

 廊下の角を曲がって、こちらにやってきたエルフの少女の姿が目に映った。


「……シラン?」


 呆然と、その名を口にした。


 これ以上なく衰弱してしまって、部屋で寝込んでいるはずの彼女がそこにいた。

 実際、立つことさえ難しいのか、廊下の床に膝を突いている。


 重病人のように窶れた表情を見れば、出歩いて良いような状態ではないことは、誰の目にも明らかだった。


 けれど、どうしてこんなところにいるのか、とはおれは思わなかった。


 驚きはあっても、疑問はなかった。

 シランの手には、彼女の剣がしっかりと握られていたからだ。


「……そうか」


 それだけで、この状況を理解するには十分過ぎる。

 おれは納得の吐息をついた。


 ――あいつは騎士です。どうしようもなく。そこは、なにがあろうと変わりません。


 ヘレナから聞かされた言葉が、耳の奥に蘇った。


 ――あれは騎士です。それをどうか、孝弘殿には覚えていていただきたいのです。


 団長さんから受け取った言葉もまた、自然と思い返された。



 自分はなぜシランを託されて、なにをしてやれるのか。


 おれは血に濡れた拳を握った。

◆感想欄で何人もの方に指摘されてましたが、あやめちゃんはお留守番でした。

みなさん、よく見てますね。


今回はただのお留守番で終わらなかったようです。


◆シランが出てきたところで、本日、あともう一回更新します。

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