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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
149/321

22. AND/OR

前話のあらすじ:


近くを通りかかったロビビア「……なにしてんだ、サルビア?」

扉に耳を付けるサルビア「しっ、聞こえないわ。旦那様とシランちゃんが良い感じなの」

ロビビア「……?」

   22



 昼を過ぎた頃、おれは、とある建物の一室にいた。


 焼き討ちのあとで残った村の家屋のなかで、ここは最も頑丈な建物だ。


 なかには、生き残りのエルフたちを集めてある。

 衰弱したシランも、別の部屋で寝ていた。


 言うなれば、ここが最終防衛線というわけだ。


 そう考えると、胸の奥に重いものを感じた。


 考えられる手は打ってあるが、すべてがうまくいく保証はない。


「あとは、リリィたちを信じるほかないか。……ん?」


 テーブルの上で拳を握り締めたところで、おれはふと視線を扉に向けた。


 数秒後、ノックの音が部屋に響いた。


「どうぞ」

「失礼します」


 現れたのはヘレナだった。

 先程まで、祖母であるリアさんと一緒に村人たちの看護をしていたはずだが、いまの彼女は革の鎧を身に纏い、腰に剣を下げている。


 村のエルフたちのいるところまで敵を通すつもりはないにせよ、状況を考えれば、万が一に備えて戦闘の準備を整えるのは悪いことではない。


 ただ、おれはどうにも彼女の表情が気になった。


「どうした、ヘレナ。なにかあったか」

「そういうわけではないんですけど」


 硬い顔をして、ヘレナが答える。

 内心、首を傾げつつ、おれは尋ねた。


「ならいいんだが。村の人たちはどんな様子だ?」

「落ち着いていますよ。ケイが声をかけてましたから」

「ケイが?」


 ……そういえば、シランが倒れてしまった現状、この村のエルフの一族を束ねる一家のなかで、動けるのはケイだけなのか。


 おれとここまで同行してきたという事実もある。

 歳の割にしっかりしている彼女のことだ、自分のできることを探してくれたのだろう。


 どうしてもおれの手の回らなくなるところを助けてくれるのは、率直にありがたかった。


「リリィさんたちはどうしたんですか?」


 今度はヘレナが尋ねてきた。

 少し勝気な瞳が部屋を見渡して、何度か瞬きをする。


「自分たちの仕事をしてもらってるよ」


 できることをしているという意味では、リリィたちも同じだ。


 ただ、時間に余裕がなかったので、村人たちには、この家屋に閉じこもっていてもらうよう指示する以外、話はできていなかった。


「そうですか。みなさん、村を守りに行ってくれてるんですね」


 答えを聞いたヘレナは、踏ん切りをつけるように唇を引き結んだ。


 こちらに向けられた視線には、決意を感じさせるものがあった。


「孝弘様。わたしも、一緒に戦わせてください」

「……」


 おれは溜め息をついた。

 なんとなく、こうきそうな気はしていたからだ。


「駄目だ」

「どうしてですか!」

「おれは、無駄な犠牲を出すつもりはないよ」


 ヘレナの剣の腕はなかなかのものだ。

 帝国の正規兵を相手取っても、一歩も引かない戦いができるだろう。


 しかし、聖堂騎士団と戦えるレベルではまったくない。

 ひとり倒せればまだ良いほうで、なにもできずに死ぬ可能性のほうが高いくらいだった。


「覚悟はできてます」


 反対されることは予想していたのか、ヘレナは簡単には引き下がらなかった。


「腕の一本、目のひとつでも、削ってやります」


 尚武の気風が強いアケルの人間らしい言葉だった。


 思えば、シランも似たようなことを言っていたか。

 そんなことを思い出しながら、おれは首を横に振った。


「駄目なものは駄目だ」


 まだなにか言おうとするヘレナに、重ねて告げた。


「ヘレナが死ねば、多分、いまのシランは駄目になる。そんなことを許すわけにはいかないし、ヘレナだって望んでいないだろう?」


 うぐっと、ヘレナが詰まった声を出した。


「で、ですけど……」

「それに、いまのヘレナがまともに戦えるとも思えないな」


 抗弁しようとしたヘレナに、おれは指摘した。


 この部屋を訪れたそのときから、彼女の拳が震えていることには気付いていた。

 顔色も悪い。


 これでは、まともな戦いになどならないだろう。


 もちろん、だからと言って、ヘレナの覚悟を侮ったりはしない。


 ヘレナの震えは、戦って傷付くことに対する恐れの表れではない。

 彼女の覚悟は本物だった。


 ただ、聖堂騎士団と、この世界の人間が戦うことは不可能に近いというだけの話だ。


 悲痛なまでに追い詰められていた、デニスの姿をおれは脳裏に思い出した。

 見る限り、他の村人たちも、似たり寄ったりの状態にある。


 この世界の人間にとって、勇者とは希望の光であり、生きるための心の支えだ。

 彼らは勇者という存在を信仰している。


 その勇者を祭り上げているのが聖堂教会であり、その傍に寄り添うのが聖堂騎士団だ。

 結果として、それらの組織は勇者の威光を代行し、正義の象徴となり、生を肯定する存在となっているのだろう。


 現状のヘレナたちの状況は、たとえるなら、素朴で敬虔な神の信徒が破門を喰らい、神の名のもとに罪人として裁かれようとしているようなものだ。


 それは、大袈裟ではなく、自身が生きる意味の否定に等しい。

 その衝撃は、信仰のもとにない人間には絶対に理解できない類のものだろう。


 できるのは弁明しようとすることくらいで、剣を向けることなどできようはずもない。

 実際のところ、ここでヘレナが戦うと口に出したこと自体、相当な葛藤があったはずなのだ。


 トラヴィスがどんな人間で、第四部隊がどのような集まりであるかを言い聞かせても効果は薄い。


 自分が悪いのではないか。生きていてはいけないのではないか。

 そんな思いを無意識に抱いていれば、戦いになどなるわけがないのだ。


 もしも、この状況で聖堂騎士団と戦える者がいるとすれば――。


 余程の覚悟か、確信か。

 あるいは、己のなかに正義を抱いている者くらいだろう。


 おれの言い分は正しいものだと理解したのか、ヘレナはそれ以上、無理を言うことはなかった。


 代わりに、どうしようもない震えを帯びた声で言った。


「……勝ち目はあるんですか」


 それはきっと、この村の生き残りの全員が抱いている不安だった。


 そうとわかったから、おれは頷いてみせた。


「ある」


 先程、緊張を覚えていたことは棚上げにする。

 そうしなければならないと感じた。


 シランと一緒に、丸ごと彼女らの命も背負うとおれは決めたのだ。

 なら、こうすることはおれの義務だ。


 加藤さんは、『ここは退いてはならない場面だ』と言った。

 その通りだと、おれも思う。


 おれは、この世界に自分たちを受け入れてくれる場所を作ると決心したが、それは一方的な関係を意味するものではない。


 守りたいものは増えていく。

 抱えた責任は大きくなる。


 生きていくとは、きっとそういうことで、おれは逃げるつもりはなかった。


「考えている手段はある」


 そして、彼女を安心させるための言葉は、決して口から出任せではなかった。


「あいつらは『大きな勘違い』をしている。そこを突けば、勝機はある」


 なにひとつ失わないために。

 これまでに培ったすべてを、ここに費やそう。


「……」


 こくりとヘレナは喉を鳴らした。


 数秒して、詰めていた息が吐き出される。


「……わかりました」


 おれの言葉が、彼女にとって十分なものだったのかどうかはわからない。

 ただ、強張っていた表情は少し緩んだように見えた。


「やっぱり孝弘様は、シランが認めた方なんですね」


 とても嬉しそうに、少女は言った。


「押しかけちゃって、ごめんなさい。みんなにも、孝弘様の言葉は伝えときます」


 ぺこりと頭を下げて、踵を返す。

 おれはその背中に声をかけた。


「待ってくれ、ヘレナ。おれからも訊きたいことがあったんだ」


 振り返った彼女に尋ねる。


「あの村の夜、倉庫でシランのおかしな行動に気付いたときのことだ。どうして、ああもあっさりとおれにすべてを任せてくれたんだ?」


 ヘレナはあのとき、ろくな説明もなかったというのに、シランのことをおれに任せて、後始末に回ってくれた。


 それはずっと気になっていたけれど、時期を逸して聞かず仕舞いでいた問いだった。


「孝弘様が、あのシランが認めた方だからです」


 ヘレナは即答した。


「あいつは自分が騎士だって思っているから、苦しくてもなにも言いません。あいつだって、苦しくないはずがないのに、そんなことはないんだって顔をするんです」


 どこかもどかしげな様子で、ヘレナは胸の前で拳を握った。


「だから、村に帰ってきたときには驚いたんです。あのシランが、孝弘様には自分を預けているように見えましたから。ほら、わたしとの決闘を孝弘殿に代理で頼んだときだって、そうです。わたしの知っているあいつは、自分の都合で他人を煩わせるのを嫌うのに、あのときのあいつは、自然と孝弘様を頼っていました。だから……」

「……ヘレナは、シランのことをよくわかっているんだな」


 おれは、ほうと吐息をついた。


 ヘレナは視線を逸らした。


「べ、別にそんなんじゃないです。わたしは、苦しいときでもなにも言わないあいつの澄まし顔が、昔から気に喰わなかっただけで……」


 ヘレナは否定したが、どうなのだろうか。


 なぜ、そうしたシランの態度を、気に喰わないと思うのか。

 そのあたりを考えてみると、少女の態度はわかりやすい。


 作ったような仏頂面で悪態をつくヘレナに、おれは苦笑を零した。


「たいしたもんだよ、実際」


 苦笑の種類が変わった。


「おれがそこに気付けたのは、ついこの間だからな」


 騎士としてのシランの外見ばかりを見ていて、内側にいた女の子でしかないシランの存在に気付かなかった。


 ヘレナは、さすがにシランの幼馴染だけあると思う。


「シランだって、騎士である前に、女の子なのにな」


 自嘲する。


 けれど、そんなおれを見て、ヘレナは目を丸くした。


「違いますよ?」

「……え?」


 おれも目を丸くした。


 そんなおれに、ヘレナが告げた。


「あいつは騎士です。どうしようもなく。そこは、なにがあろうと変わりません」

「……」


 それは、思いもしない言葉だった。


 けれど、同時に、なにかがカチリと嵌ったように、しっくりとした感触を与えてくれる言葉でもあった。


 ……言われてみれば、そうだ。


 おれはシランを騎士だと思い込んできて、女の子の一面を見ずにきたけれど。

 女の子としての一面があるからといって、それでシランが騎士でなくなるわけではないだろう。


 どちらが本質なのか、という議論は的を外している。


 騎士の一面があり、女の子の一面があった。

 シランという名の少女の真実が、ただそれだけのことであったのだとしたら。


 ――あれは騎士です。それをどうか、孝弘殿には覚えていていただきたいのです。


 いつかかけられた言葉が、耳の奥に蘇った。


「……団長さん。ひょっとして、あれはそういう意味だったのか」

「孝弘様?」


 あの開拓村での夜。

 どうして、自分がシランを託されたのか、その意味におれはようやく辿り着く――そのときだった。


「孝弘様!」


 扉を開けて、部屋にリアさんが飛び込んできた。


 切羽詰まった顔をした彼女のうしろでは、精霊が短い手足をじたばたさせて激しく警告を鳴らしている。

 そうでなくても、いまのリアさんの様子を見れば、なにがあったのかを悟るには十分だった。


「騎士団がきました!」

◆もう一回、更新です。

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