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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
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07. 村人との交流

前話のあらすじ:


群青兎の討伐が無事完了。

なんの憂いもなく、村でのほのぼのとした生活が始まります。

   7



「勝負しなさい! 腕試しよ!」


 リリィと一緒に村を散歩していると、威勢の良い啖呵が聞こえた。


 聞き覚えのある声だった。

 足を向けると、ヘレナに捕まっているシランの姿があった。


 シランは、ほんのりと困り顔だ。

 対するヘレナには、どことなく必死なふうがあった。


「孝弘さん」


 彼女たちの傍にいたケイが、目敏く気付いて、こちらに駆け寄ってきた。


「なにかご用ですか?」

「いや。特にそういうわけじゃない。散歩をしていたら騒ぎが聞こえたんで、来てみたんだが……あれは、どうしたんだ?」

「聞いての通りです」


 ケイは苦笑いを零した。


「ヘレナさんが、姉様にかまってもらいたがっていて」

「ああ。やっぱりあれは、そういうことなんだな……」

「討伐にも連れて行ってもらえなかったですし、わたしたちは、明日には村を出る予定じゃないですか。いましかないと思ったんだと思います。ヘレナさんは、姉様に認めてもらいたがっていますから」


 ケイから簡単に説明をしてもらっている間に、困り顔のシランと目が合った。


 眼帯で半分隠れた顔に、なにか思い付いたふうな表情が浮かんだ。 


「わかりました、ヘレナ。では、こうしましょう」


 シランがヘレナに向き直った。


「先程から言っているように、いまのわたしは、あまり無理が利きません。なので、わたしが推挙する方と、代わりに模擬戦をしてみませんか」

「代理を立てるってこと?」

「はい。その方に勝てば、わたしは負けを認めましょう。負ければ、アドバイスをしてあげます」

「……」


 ヘレナは黙り込んだ。


 少し考えたあとで、頷く。


「わかった」


 意外と聞き分けがいい。

 ひょっとすると、本人も退くに退けなかっただけのことで、さっきから自分が無理を言っていることは、わかっていたのかもしれない。


「それで、誰が相手になるの?」


 挑戦的な物腰はそのままに、彼女は尋ねた。


 にこりと笑ったシランが、もう一度こちらを向いた。


「孝弘殿、お願いできませんか?」

「かまわないが」


 そう来そうな気はしていたので、おれは特に驚きなく頷いた。


 少しシランの考えが読めないが……悪いことにはならないのだけは確かだろうから、そこは心配していない。


 驚愕したのは、当事者であるヘレナだった。


「わ、わたしに勇者様とやれって言うの!?」


 完全に蒼褪めてしまっていた。


 というか、いまのいままで、おれがここにいること自体、気付いていなかったらしい。

 狼狽具合が半端ではなかった。


「怪我でもさせてしまえば、大変なことじゃないの。シ、シラン。あなた、ひょっとして、わたしを無礼打ちにさせるつもりなんじゃ……?」

「いえ。そんなつもりは」


 かぶりを振ったシランが、首を傾げた。


「と言いますか、孝弘殿はお強いですよ。怪我をさせられるとは、強気ですね」

「そ、そそそ、そういう意味じゃないってば!」


 これもまた、無礼に当たりかねない発言だと思ったのか、ヘレナはますます表情を引き攣らせる。


 シランには、まったく悪気はないのだが、ひとりで追い詰められているかたちだった。


 さすがに、ちょっと可哀想になってくる。


「大丈夫ですよ、ヘレナさん。孝弘さんは、無礼打ちなんてしません」


 見かねたのか、ケイがフォローを入れた。


「というか、わたしも孝弘さんとは訓練していますし」


 しかし、割と本気で余裕がなかったらしく、これを聞いたヘレナは、振り返ると叫び返した。


「それは、あなたが孝弘様のお妾さんだからでしょう!?」

「お、おめ……っ!?」


 瞬く間に、ケイの頬が薔薇のように染まった。


 どこかで見たような光景だった。


 ここでも、そういう誤解になっているらしい。

 これは、おれも初耳だった。


「だ、誰がそんなことを……!?」

「みんな! みんな、そんな話をしてるもの! わたし、聞いたんだから!」

「い、いつの間に、そんなことに……」


 赤い顔のままケイが周りを見回すと、周囲のエルフたちは一斉に視線を逸らした。


「いえ。その……ケイ様があんまりに親しげに接してるもので」

「勇者様とそんなふうになるなんてめでたいことだって、みんなで話をしてたんですが、違うんですかね?」


 考えてもみれば、同じ転移者である加藤さんや、人前にあまり出ないロビビアあたりを除けば、おれのことを「孝弘さん」呼びするケイの距離は、傍目にも近い。


 少なくとも、勇者と従者という雰囲気ではない。


 村人たちの願望込みで、そうした誤解が生まれるのは、仕方のないことなのかもしれなかった。


 ぱたぱたとケイは手を振った。


「ち、違います! わたしは、孝弘様のお妾さんなんかじゃないです!」


 言ってから、はっとした様子でこちらを振り返る。


「あ。いえ。いまのは、孝弘さんのお妾さんが嫌というわけじゃなくてですね……」

「そんなのどうでもいいのよ!」


 ヘレナが癇癪を起こした。


 涙目で「どうでもよくないですー……」と、ぼやくケイを無視して、シランに告げる。


「とにかく、シランは孝弘様と模擬戦をしてみろっていうのね」

「ええ。孝弘殿なら適任ですから。それに、彼はわたしの剣の弟子でもあります」


 むむっとヘレナは唇を曲げた。


 明らかに、『剣の弟子』という台詞に反応した様子だった。

 それがきっと、決め手だったのだろう。


「わ、わかった。やればいいんでしょ」


 まだ気後れした様子ではあったものの、ヘレナは頷いた。


 それを見て、シランは満足そうに笑みを深めた。


「納得してもらえてよかったです」

「……ふ、ふん。余裕ぶっちゃって」


 微笑むシランを見て、少しヘレナが調子を取り戻した。


 これはこれで、良い友人関係なのかもしれない。


 笑うシランに人差し指を突きつけて、ヘレナは宣言した。


「見てなさい、吠え面かかせてやるんだから!」

「それは、直接戦う孝弘殿に言ってください」

「言えるわけないでしょー!」


   ***


 結論から言えば、ヘレナはかなり強かった。


 軽戦士とでも言えばいいのだろうか。

 剣筋は鋭く、踏み込みは速く、足運びは軽い。


 速度だけなら、おれよりも少し上なくらいだった


 その分、軽い彼女はおれの攻撃を受け止めるだけの腕力を持たなかったが、それでもかなり喰い下がってみせた。


 最後には、体力の消耗から降参することになったものの、おれとしても満足のいく訓練内容だった。


 ……大変だったのは、そのあとだった。


 見物をしていたエルフたちのなかから、訓練への参加を希望する者が現れたのだ。


 顔に見覚えがあった。

 群青兎の討伐に参加していた村人たちだった。


 どうしたものかとシランに目をやったところで、おれは硬直した。


 他にも頼もうかどうか迷っている村人たちに対して、「折角の機会なのだから」と、その背を押しているシランの姿があったのだ。


 気づけば、順番待ちができていた。


 ……予想以上に、大変な状況になってしまった。

 しかし、今更、断れる雰囲気でもない。


 そうして、その後は延々と、希望者と模擬戦を繰り返すことになった。


 最初は、一緒に群青兎討伐に参加したエルフたちが。

 その後は、それ以外の者たちも希望し始めて、順番待ちの列は長くなるばかりだった。


 数というのは、それだけで力だ。


 相手をするのがひとりふたりならともかく、十、二十ともなれば、体力も消耗する。


 魔力での身体能力や身体強度の底上げは、凄まじい効果をもたらすが、それも万能ではない。


「大丈夫ですか。孝弘様」


 訓練用の木剣を手にして、進み出てきた青年が尋ねてくる。


「ずいぶんと息が切れていますが……」

「……平気だ。始めよう」


 これは、かなりきつい。


 けれど、だからこそ、これはこれでいい訓練なのかもしれないと、おれは思い始めていた。


 普段のガーベラとの訓練が四百メートル走なら、これはマラソンだ。


 踏み出した足が重い。剣を握る手の感覚が鈍い。

 あったはずの実力差が、徐々に小さなものになっていく。


 このままでは、いずれ打ち倒されるときがくる。

 漠然と見える未来を避けるためには、どうすればよいのか。


 必要なのは、より効率のよい動きだ。


 息は苦しく、体は重く……けれど、むしろそのお陰で、自分の動きのなかにある、これまで気付かなかった無駄な部分が、邪魔なものとして浮かび上がってくる。


 ――ほら、いまも。


 突き出された木剣を捌く、その動きに無駄を見付けた。


 そうした部分を削っていく。

 丁寧にひとつひとつ、これまでに培ったものを思い出しながら。


 おれはあまり、戦いに関して才能があるほうではない。

 無駄に気付くたびに、一個、一個、自分の動きを修正していくことしかできない。


 じれったくはある。

 だが、苦痛ではなかった。


 それはつまり、一歩、一歩、自分が進んでいるということでもあるのだから。


「次!」


 途中からは、どちらが頼んで訓練をしているのかなんてこと、頭から抜け落ちていた。

 幸いなことに、エルフたちの熱意は冷めることはなく、熱気はむしろ時間の経過とともに高まってすらいて、何巡もする者も含めて訓練の相手には困らなかった。


 水分の補給を行いつつ、ぶっ通しで続けた訓練は、日が暮れてしまう寸前まで続いた。


 へとへとに疲れてしまったが、実りある時間だった。

 そして、結果という実りは、それだけにとどまらなかった。


 訓練のあと、その場を去ろうとして、エルフたちに礼を言われたときのことだ。


「孝弘様。ありがとうございました」


 ふと、彼らの態度に意識が向いた。

 変に硬くなることなく、そこにはただ、素直な敬意と感謝の念が表れていた。


 迂闊にも、そこでようやく、おれはシランの意図に気付いたのだった。


「……ありがとう、シラン」


 村人たちと別れたあとで、シラン、リリィのふたりと一緒に、割り当てられた家に戻る道すがら、おれは礼の言葉を口にした。


「なんの話でしょうか?」

「お陰で、村のエルフたちとの距離が、少し縮まった」


 畏れ多いと取られていた距離が、剣を交わすことで、いつの間にか縮まっていた。


 あの訓練の場は、言ってしまえば、村人との交流の場でもあったのだ。


「気付いていましたか」


 少しバツが悪そうに、シランは眉を下げた笑みを作った。


「先にお話をできなかったのは、申し訳ありません。あの場で思い付いたものですから。それに……孝弘殿なら、あらかじめなにも言わずにおくほうが、かえってうまくいくのではないかという考えもありました」


 いろいろと気を回してもいてくれたようだ。


 実際、成果はあったわけで、おれとしては、文句を言うつもりはなかった。


「村のみなにとっても、良い時間になったように思います」


 訓練の光景を思い出しているのか、嬉しげな様子で、シランは赤くなった空を見上げた。


「単に実のある訓練ができたというだけではありません。これで彼らは、勇者という幻想ではなく、孝弘殿という個人を知りました。そのうえで、感謝をすることができるようになったのです。恩を受けた者として、これは大事なことだとわたしは思います」


 そこまで語ったところで、シランは声に、わずかに苦笑の気配を過ぎらせた。


「もっとも、あれほど人が集まるのは、わたしも少し予想外だったのですが」

「ああ。引きも切らずって感じだったねえ」


 シランと一緒に、訓練の様子をずっと見ていたリリィが、同意の言葉を口にした。


「確かにそうだな」


 おれも頷いた。


 熱心なエルフたちの様子を思い返す。


「勇者っていうのは、やっぱり大きな存在なんだろうな」

「いえ。それは、どうなのでしょうか」


 しかし、おれのこの言葉に、シランは異を唱えた。


「わたしには、それだけが理由ではないように思えましたが」

「というと……それはつまり、おれが群青兎の脅威を退けたからってことか?」

「それもあります」


 含みのある返答だった。


「付け加えていうなら、群青兎の危機から解放された安堵が、気分を高揚させていたというのも。しかし、それらはすべて、切っ掛けでしかなかったように思います」


 シランには、おれに見えないものが見えているらしい。


 片方だけの碧眼を細めて、彼女は言った。


「孝弘殿の剣には、惹かれるものがあるのですよ。わたしはそれを感じていますし、きっと、他のみなもそうなのだと思います。彼らが孝弘殿との訓練をああも熱心に望んだのは、そのあたりが理由なのではないでしょうか」

「それは……なんというか、ちょっと褒め過ぎじゃないか」


 シランの言葉は、おれを困惑させるものだった。


「確かに、おれも強くはなったし、悪戯にそれを否定するつもりはないが……それにしたって、他人を惹きつけるなんてのは言い過ぎだろう。実際、他のチート持ちに比べてしまえば、おれの力なんて、泥臭いものでしかない」

「いいえ。だからこそですよ、孝弘殿」


 結った金色の髪を揺らして、シランはおれの言葉を否定した。


「孝弘殿の剣は、地道に積み上げてきたものです。足手纏いにならないために、大切ななにかを失わないために、泥に塗れて、苦痛に堪えて、壮絶な死線を幾度もくぐり抜けることで、ようやく得たものです。そうしたものは、見ていれば伝わるものなのですよ」


 柔らかな微笑みで、言葉は紡がれる。


「確かに、それは煌びやかなものではないかもしれません。飾り気のない、武骨なものなのかもしれません。ですが、我らにとっては、それは共感を覚えるものなのです。ケイだって、孝弘殿に憧れているところがあります。孝弘殿は、あの子のそんな感情を否定するのですか?」

「その言い方は……少しずるくないか」

「申し訳ありません」


 シランは、くすりと笑った。


「ですが、許していただきたい。わたしにとっては、孝弘殿に剣を教える機会を得られたことは、とても誇らしく思えることなのですから」

「大袈裟だな」


 苦笑したおれに、シランはかぶりを振ってみせた。


「そんなことはありません」


 静かな口調で言う。


「ただそれだけでも、わたしがここにいる価値はあったのですから……」


 それは、おれにとっては少し仰々しくも感じられてしまう、生真面目な物言いだった。

 シランらしい台詞と言い換えてもいい。


 おれの苦笑を、ますます深める類の……。


「……」


 そのはずなのに、なぜだかおれは、返す言葉に詰まってしまった。


 ごろりとなにか大きな塊が、胸の奥を転がったような……そんな錯覚があったのだ。


 これはいったい、なんなのだろうか。


 胸の奥を探ってみるが、心当たりはない。


 まるで分厚い布越しに物を触っているかのように、自分の感じているものの正体が掴めなかった。


 気のせい……なのだろうか。


「着きましたね」


 気付くと、借りている家の前に着いていた。


「それでは、わたしは伯父様たちのところに行ってまいります」


 足をとめて、シランが言った。


 そんな彼女に、おれは声をかけた。


「なあ、シラン」

「なんですか」

「……いや」


 口を開いたが、適切な言葉が見付からない。


 なにか声をかけなければという思いだけが先走って、言葉を紡がせた。


「なにかあったら、すぐに言ってくれよ?」


 聞いたシランは珍しく、普段の謹厳さを解いて、きょとんとした顔をした。


 そうした表情をすると、彼女はケイによく似ていた。


「……なんですか、それ?」


 くすりと笑われた。


「ひょっとして、昼間の件でしょうか? あのときも言いましたが、あれは、血の臭いで気分を悪くしただけのことですから、心配は要りません。孝弘殿は、相変わらず心配性ですね」


 好ましげな口調で、言われてしまう。


 ……確かに。


 今日の昼に倒れかけた彼女の様子が気になるのは当然のことだし、そのせいで彼女の一挙一動に過敏になってしまっているのではないかと言われれば、まったく否定はできなかった。


「いえ。勘違いはなさらないでください。気遣っていただけるのは、嬉しいのです。ありがとうございます、孝弘殿。ですが、大丈夫ですよ」


 頭を下げたシランは、笑って言った。


「わたしは、大丈夫です」

「……そうか」

「ええ、そうです」


 嬉しいというのは本当なのだろう。シランは笑顔で続けた。


「孝弘殿は、汗を流してからいらっしゃるのですよね」

「ああ」

「承知しました。それでは、伯父たちにはそのように伝えてまいります」


 気遣いのできる彼女の振る舞いを見て……やはり、さっきのは自分の気にし過ぎだったのだろうと、おれは思った。


 群青兎の討伐。

 村のエルフたちとの交流。


 どれもあまりにうまく行っているから、途中であった小さなトラブルに、過敏になってしまっているのだろうと。


「のちほど、また、お会いしましょう」


 にこりと笑みを残して、シランは去っていく。


 メルヴィンさんたちを待たせるわけにはいかない。

 おれも、家に戻った。

◆もう一回更新します。

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