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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
133/321

06. アクシデント

(注意)本日3回目の投稿です。













   6



 折角、シランが見付けてきてくれた標的だが、あまりもたもたしていると、最悪、いなくなってしまいかねない。


 おれたちは、シランの先導に従って、速やかに移動した。


 幸いなことに、標的はシランが見付けた場所から、さほど移動していなかった。


「リリィ殿、あとはお願いいたします」

「オッケー」


 リリィが頷いて、先頭を代わった。

 エルフたちのもとを離れて歩き出した彼女のあとに、おれとローズが続いた。


 そうして、遠目に三匹の群青兎を確認する。


 先程よりも少ない。

 攻撃をしかけるのに、特に問題もなさそうだった。


 これまでと同じように、リリィがこちらに顔を向けた。


 これまでと同じように、おれは頷いて、ローズと一緒に駆け出した。


 これまでと同じように……ここまで、討伐は順調だったのだ。


 けれど、ここは樹海だ。

 魔境と呼ぶべき土地であり、なにが起こるかわからない。


 事が起こったのは、駆け出したおれの背後でリリィの魔力の気配が高まり、群青兎がこちらに気付いた直後のことだった。


「……これは!?」


 動揺も露なリアさんの声が、耳朶を打った。


 おれは、反射的に振り返った。


 森のなかは見通しが利かない。

 数人のエルフの姿は見えたものの、リアさんの姿は見えなかった。


 ただ、声だけが届いた。


「べ、別のモンスターの気配が……!?」

「……っ!」


 状況を理解するには、それだけで十分だった。


 リアさんには、精霊による索敵能力が備わっている。

 標的にしていた以外のモンスターがこちらに近付いてきていることを、感知したのだろう。


 エルフたちの間に、動揺が広がるのが見て取れた。

 突発的な事態に浮き足立ってしまったのだ。


 事前の作戦会議では、モンスターとの不意の遭遇は、可能な限り回避することになっていた。


 これがなんでもないタイミングであれば、おれたちは速やかにこの場を去っただろう。

 実際、そういう場面は、ここ四日で何度となくあった。


 だが、今回はそうはいかなかった。


 標的にしていた群青兎は、すでにおれたちの存在に気付いている。

 逃げようとすれば、当然、追い縋ってくるだろう。

 戦闘は避けられないし、足留めを喰らうのは必至だった。


 そうなれば、こちらに近付いてきているという別の気配の主も、同時に相手にすることになりかねない。


 殲滅は可能だろうが、エルフたちの間に被害が出る可能性があった。


 と、おれがそこまでをこの一瞬で考えられたのは、こうした事態もありえると考えていたからだった。


 心構えはしていた。

 だから、それに対処することも可能だった。


「そのままやれ、リリィ!」

「うろたえるな、弓を構えろ!」


 おれとシランの声が交錯した。


 指示を下した相手は別だったが、判断は同じだとわかった。


 主力は可能な限り速やかに標的を倒す。

 その間、エルフたちが新手を抑える。

 そして、すぐに主力が取って返す。


 この程度のアクシデントは、想定内だ。

 動揺さえしなければ、対処は十分に可能だった。


 そして、少なくともリリィたちに動揺はなかった。


「了解!」


 指示に従い、リリィが速やかに風魔法を発動させた。


 吹き荒れる風が、群青兎の自由を奪った。

 そこに突入したおれとローズは、焦ることなく一匹ずつ、着実に敵を倒した。


 そして、残った一匹が、魔法を発動させた。


 狙われたのは、ローズだった。


 それを確認した時点で、おれは踵を返していた。


 ローズなら、確実に残った群青兎を倒してくれる。

 だったら、おれはエルフたちのフォローに回るべきだと判断してのことだった。


 リリィもすでに、同じ判断を下していた。

 エルフたちのもとに駆ける背中が見えた。


 この間、十秒もかかっていない。


 だが、すでに敵は姿を現していた。


 エルフたちの見詰める先、茂みを突き破って現れたのは、傷付いた群青兎。

 そして、逃げる兎のあとを追う、赤い毛並みの大熊だった。


「グァアォオオ!」


 咆哮とともに、熊の全身から紅の炎が吹き出した。


 この大熊こそが、近辺で被害が増えていると話に聞く『紅玉熊』に違いなかった。


 どうやらおれたちは、逃げる群青兎を紅玉熊が追い掛けている場面に行き遭ってしまったらしい。


 どれだけ慎重にやっていても、アクシデントは起こりうる、ということだ。


 けれど、慎重にやっていればこそ、そうした際に対処もできる。


「放て!」


 シランの号令に従って、エルフたちがつがえた矢を一斉に放った。


 放たれた矢が、先行していた三匹の群青兎に降りかかり、走る速度を鈍らせる。


 さらに一拍遅れて、ケイが魔法陣を展開した。


「……行きます」


 冷静に狙いを定めて、生成した氷の槍を撃ち出す。


 先頭を走っていて、矢傷を一番多く受けていた個体。

 その胸を、魔法の氷槍は見事に貫いて、とどめを刺した。


 その間に、リリィがエルフたちのもとに辿り着いた。


「あとは頼みました、リリィ殿!」


 それを待って、シランが敵に突っ込んだ。


 彼女の狙いは、後続の紅玉熊だった。

 この辺りの地域では手強いモンスターとして知られる紅玉熊に接近されてしまえば、村のエルフたちに被害が出かねないと判断したのだろう。


 水魔法をぶつけて突進する熊の勢いを殺すと、シランは正面からその巨体と対峙した。


 その一方で、矢傷を負った群青兎は、矢を放ったエルフたちを標的に定めていた。


 水魔法の弾丸が放たれる。


「やぁあ!」


 それを、リリィの黒槍が迎撃した。


 風の魔法を纏わせた穂先が、危うげなく二発の水の弾丸を砕いた。


「ここは通さないよ」


 啖呵を切ったリリィは、ひゅんひゅんと音を立てて、愛用の槍を振り回してみせる。


 なにを言っているのか理解したわけでもないだろうが、ここは抜けないと、群青兎のほうも気付いたのかもしれない。


 一端、距離を取ろうとする。


 そこに、おれは突っ込んだ。


「おおおっ!」


 依然として、あまり時間をかけていられない状況に変わりはない。

 可及的速やかに、敵を排除する必要があった。


 幸いなことに、リリィが守ってくれている以上、エルフたちの安全を気にする必要はまったくない。

 おれは、目の前の敵に集中することができた。


 脇から突っ込んだおれに気付いて、近い側にいた群青兎が、攻撃から逃れようと地面を蹴った。


 だが、これなら届く。

 深く踏み込み身を低くして、掬い上げるようにして剣を斬り払った。


 切っ先が胴を裂いた。


 これで、一匹。


「――っ!?」


 直後、もう一匹が襲い掛かってきた。


 こちらの攻撃の隙を突いた反撃だった。

 体に埋まった蒼い石が光を宿し、至近距離で水の弾丸が生成される。


 振り払った直後の剣を戻すだけの時間はない。

 タイミング的に、防御するほかなかった。


 この至近距離では、盾で防御したところで、大きく体勢を崩されるだろう。

 そして、追撃を喰らったかもしれない。


 普通なら。


「おぉおお!」


 おれは、むしろこちらから前に出た。

 同時に、盾を装備した左腕を払う。


 その、ほんの一瞬。

 わずかな間だけ、魔力を全開で駆動させた。


 そうして自分の奥底から汲み上げるのは――かつて狂獣との死力を尽くした戦いで得た力だ。


 本来ならおれ程度には許されない勢いで、魔力が奔流のように左腕を駆け巡る。


 そうすることで再現されるのは、樹海深部最強の白い蜘蛛の暴虐の力。


「ああぁあッ!」


 ともすれば、内側から弾けてしまいそうな力を無理矢理捻じ伏せるようにして、眼前の敵にぶつけた。


 結果は、至極順当なものだった。


 盾にぶつかった水の弾丸が、単なる水の塊のように砕けた。

 その向こうにいた群青兎の肉体もまた、ほとんど抵抗なく砕けた。


 鎧袖一触。

 軌道にあったものをすべて砕いて、『白い蜘蛛の暴虐』の力が宿った左腕は停止する。


「っ、はぁー……」


 そうして、おれは大きく息をついた。


 一撃の勢いで崩れた体勢を整えながら、自分の状態を確認する。


 以前にこの力を使ったときには、体力と魔力のほぼすべてを持っていかれたものだが、今回の消耗は大したことなかった。

 訓練の結果、『白い蜘蛛の暴虐』の力を、ほんの一瞬だけ再現することができるようになったためだ。


 これなら、十分に戦闘でも使い物になるだろう。


 ただ、そうした判断とは別に、おれはかすかに眉を顰めていた。


 ガーベラの怪力の再現率は、これで三割と言ったところだろう。

 アサリナの補助ありなら六割はいくか。


 それが、現状での限界だった。


 また、じくじくとした痛みが、左腕から這い上がってきていた。


 戦っている最中に、そう何度も使えるものではない。

 単発ではなくなっただけマシだが、使いどころをよく考える必要があった。


 ともあれ、手早く自身の状態を把握したおれは、残る戦いに視線を向けた。


 シランと紅玉熊との戦いが、丁度、終わるところだった。


「ガァアア!」


 少し目を離していた間に、紅玉熊は満身創痍になっていた。


「はぁああ!」


 対するシランは、無傷でいた。


 いまも、咆哮とともに繰り出された剛腕の振り下ろしを、危うげなく盾で防いでみせる。


 シランには、熊の一撃を正面に立って受け流すだけの技量と胆力があった。

 紅玉熊の怪力は、本来ならそんな小手先の技術ごと敵を破壊できるはずだが、契約精霊による身体能力強化の魔法を受けたシランの膂力は、そんな理不尽を許しはしない。


 ただし、紅玉熊の攻撃手段はそれだけではない。

 毛皮から漏れる炎で近くにいる敵に火傷を負わせるのが、紅玉熊の厄介なところなのだ。


 しかし、現在、その能力はまともに機能していなかった。

 紅玉熊の毛皮が発する炎を、その身に纏わりつく水のヴェールが抑えていたからだ。


 それは、火属性のモンスターに対する、弱体化の魔法だった。


 話に聞いたことはあったのだが、見るのはこれが初めてだった。


 というのも、こうした弱体化の魔法というのは、効力を及ぼしている間、他の魔法を使えないものなのだ。


 魔法使いが魔法を使えなくなれば、たとえ敵を弱体化させたところで、どうしようもない。

 魔法戦士タイプであれば、選択肢としてなくはないが、これもまた、目の前の戦い以外の余計なところに注意を割く必要が出てきてしまう。

 また、彼我の魔力量に差があると、この手の魔法は通用しないことも多い。


 よって、弱体化の魔法が使えるような場面は、前衛と後衛にきっちり分かれての集団戦闘に限定されてしまうというわけだった。


 そもそも、魔法自体使える人間がそれほど多くはないのに、使い道が限られているとなれば、弱体化の魔法を習得するような人間というのは、輪をかけて少なくなってしまう。


 実際、紅玉熊に弱体化の魔法を使っているのは、リアさんの契約精霊だった。


 だが、こうした場面では、そんな使い道の限られる魔法も、十分に威力を発揮するようだった。


「はぁあ!」


 抵抗の術を失った紅玉熊の喉元に、シランの剣が吸い込まれた。


 太い頸に深々と突き刺さった剣が、獣の命を断ち切る。

 げぼっと吐き出された血液が、懐に入り込んだシランに、頭から降りかかった。

 それが、紅玉熊にできる最後の抵抗だった。


 血を撒き散らしながら、熊の巨体がどうと倒れた。


 エルフたちの間で、歓声があがった。


 必要があれば加勢しようと身構えていたおれも、見届けて剣を降ろした。


 ほっと胸を撫で下ろした。


 少しひやりとした場面はあったものの、終わってみれば被害もない。

 無事に乗り切ることができたようだ。


「ご主人様!」


 もはや危険はないと判断したのだろう。

 エルフたちの守りを離れたリリィが、小走りにこちらにやってきた。

 そのうしろには、ローズの姿もあった。


「怪我はない?」

「ああ」


 気が緩みそうになるが、ここは樹海だ。

 警戒心を維持するように心掛けながら、おれは答えた。


「大丈夫だ。ちょっと腕が痛むくらいで……いや。治療はあとでいい」


 回復魔法をかけようとしてくれたリリィの気遣いを断って、おれは指示を出した。


「ふたりも怪我はないな? よし。撤収だ」


 今回は戦闘にこれまでの倍近い時間をかけてしまったし、交戦そのものの喧騒も大きかった。

 この場に長くいれば、敵が群がってきてしまう可能性があった。


 これまで大した危険もなく討伐を行ってこれたのは、こちらに有利な条件で、余力を持って行動してきたからだ。

 さっきのような不測の事態に対処できたのも、そのためだ。


 あくまでも慎重に。

 それを忘れてはならない。


「紅玉熊の死骸は持って帰れそうにないから……ふたりとも、群青兎の回収を頼む」

「りょーかい」

「承知しました」


 これで、リリィたちについてはいいだろう。


 あとは、エルフたちのほうだ。


 そちらに指示を出すのは、おれよりシランからやってもらったほうがいいだろう。


 そう思って、おれはシランのほうに向いた。


 そして、眉を寄せた。

 紅玉熊を見事、討ち果たした彼女が、その場で立ち尽くしたままでいたからだ。


「……シラン?」


 どうかしたのだろうか、と疑問に思った。

 白い鎧姿は血で真っ赤に染まっているものの、あれは紅玉熊の吐き出した血を浴びただけのことで、怪我をしたわけではないはずだ。


 だが、シランは動かない。

 剣を握った自分の赤い手を見下ろして、まんじりともせずにいた。


 エルフたちも、なにか変だと気付き始める。


 その視線の先で、ふらりと頼りなく少女の体が揺れた。


「シラン!?」


 騎士の剣が地面に転がる。

 シランはその場に膝をついた。


「ど、どうした?」


 エルフたちから悲鳴があがるなか、おれは慌ててシランのもとに駆けつけた。


 血に濡れた地面が、足の下でびちゃりと粘着質な音を立てた。

 吐き気がするほど濃密な血の臭いと、獣の臭いとが鼻を突いた。


 かまわず、おれはシランの肩を支えた。


「孝弘殿……」


 返ってきた声には、うわ言めいた響きがあった。

 とはいえ、それだけではなにもわからない。


 とにかく、状態を確認しなければならなかった。


 おれは、シランの顔を覗き込んだ。


 そして、ぞくりとした。


「たか、ひろ……どの……」


 別に、なにかがあったわけでもなかった。


 ひとつ残ったシランの碧眼が、おれの姿を映し出していただけだ。

 睨まれたわけでもなく、むしろ、こちらを見返す目は、どことなくぼんやりとしていた。


 それなのに、まるでありうべからざるものを目の当たりにでもしたように、おれは凍り付いていた。


 理由はわからない。

 ただ、本能的に体が反応したとしか、言いようがなかった。


 おれが凍り付いていたのは、数秒のことだっただろう。


「……いえ。なんでもありません、孝弘殿」


 シランの声が耳朶を叩いた。


 はっとするおれを、凛とした眼差しが見返した。


「ご心配をおかけしました」


 その声には、彼女特有の芯が戻っていた。


 そこにいるのは、普段のシランだった。

 先程の奇妙な感覚は、もはやない。


 最初からそんなものなかったかのように、消え去ってしまっていた。


「ああ、これは……さすがに、少し不快ですね」


 獣の血で汚れた自分の姿を見下ろして、シランがつぶやいた。


「少し下がってくださいますか、孝弘殿。濡れてしまいますから」


 そう断ったうえで、シランは手元に魔法陣を展開させた。


 直後、頭の上に水の球が生成された。


 呆けていたおれは、一拍遅れて、その場から一歩下がった。

 同時に、水の塊が重力に引かれて落ちた。


 ばしゃりと音を立ててシランの頭に落ちた水が、彼女の体を伝って地面に広がった。 


 服に染みた血液は別として、鎧に付着した血液は、それで大方が洗い流される。


 濃厚だった血の臭いが、少し薄れた。


「……これでよし、と」


 軽く頭を振って水を払い、シランは立ち上がった。


 そうした動作も、しっかりしていた。


 おれは狐につままれたような気持ちで、そんな彼女の姿を見詰めた。


「だ、大丈夫なのかい、シラン」

「姉様!」


 そこに、少しおろおろとした様子のリアさんと、顔色を悪くしたケイが駆け付けた。


「伯母様。それに、ケイも……ええ。問題はありません」


 振り返ったシランは、ふたりに苦笑を返した。


「血の臭いに、少し気分が悪くなってしまいました」

「そ、そうなの?」

「ああ。なるほど。それも仕方ないね」


 戸惑った様子でケイが尋ね、リアさんは獣と血の臭いを意識したのか、鼻筋に皺を寄せた。


「ご心配をおかけしました」

「いや。そんなのはいいんだよ」


 リアさんが相好を崩した。


「ああ、よかった。わたしはもう、心臓が停まるかと思ったよ」


 胸を撫で下ろした様子だった。


 けれど、おれはどうにもリアさんのように、安心する気にはなれなかった。


 地面に転がった剣に手を伸ばすシランの姿を、注意深く見詰める。

 無理をしている様子はなさそうだった。


「……本当に大丈夫なのか?」

「ええ。先程、言った通りです」


 その返事もまた、普段となんら変わりない。


「移動しましょう、孝弘殿。次に備えなければ」


 提案する物腰にも、不審な点はなかった。


 だが……。


「いや。今日はここまでにしておこう」


 おれは首を横に振って、シランの提案を拒んだ。


 シランが眉を寄せた。


「孝弘殿? わたしの体調のことなら、大丈夫ですが」

「駄目だ」


 と返してから、付け加えるように言った。


「不安が少しでもあるのなら、中止したほうがいい」


 おれは、リアさんに視線を向けた。


「当初の目的は、かなりの部分、すでに達成されているはずです。無理をすることはないと思いますが、どうでしょうか?」

「それは……そうですね」


 強い口調でおれが言うと、戸惑った様子ではあったものの、リアさんは頷いた。


 村側の代表者の同意を得て、おれはシランに視線を戻した。


「孝弘殿……」


 抗議の視線が向けられる。


 おれは、首を横に振った。


「さっきみたいなことがあったんだ。自覚していないだけで、疲れがあるのかもしれない。今日はここまでにしておこう」


 おれにひくつもりがないとわかったのだろう。

 シランは視線を伏せた。


「……わかりました」


   ***


「ちょっと強引だったかな」


 村での滞在のために融通してもらった家屋で、おれは小さくつぶやいた。


 予定より早く村に帰り、なにかあったのかと訝るガーベラたちに、事情を簡単に説明したあとの出来事だった。


 あぐらを掻いたおれの足の上では、あやめが満足げに寝息を立てている。

 外では窮屈な思いをさせていたアサリナも、彼女なりに自由を満喫している様子だった。


 かまってほしいのか、左腕に緩く巻き付いてハエトリグサ状の頭を押し付けてくるアサリナをあやしていると、ちらちらとあやめとアサリナを気にしながら話を聞いていたロビビアが、不思議そうに口を開いた。


「だけど、孝弘。シランは体調悪そうだったんだよな」


 ひょいと手が伸びてきて、おれの服の裾を引っ張った。


「別に、孝弘は間違ってねえだろ」

「妾も同じ意見だがの、主殿」


 蜘蛛脚をおれの背もたれにして、寄り添うガーベラが口を挟んだ。


「ちょっと前に、リリィ殿から相談があったと思うが……ほら、深夜の見回りの件だ。あの娘には、ちょっと無理をするところがある。多少強引にしてやることも、ときには必要なのではないかの」


 そこまで言ってから、ガーベラは不審そうな顔つきになった。


「というか、主殿もそう思ったから、切り上げて帰ってきたのであろ?」

「……そうだな」


 おれは曖昧に頷いた。


 ガーベラたちの言っていることは、正しかった。


 団長さんに頼まれたものの、シランのためにおれがしてやれることはそう多くない。


 彼女は高潔な騎士で、しっかりとした芯を持っている。

 頑張り過ぎてしまうことは、そんなシランの持つ数々の美点の裏返しであり、唯一の欠点と言っていい。


 そこを気遣ってやるくらいしか、おれにはできない。


 これまでもそうしてきたし、今日もそうした。


 そういうことなのだと、思う。


 だけど、なぜだろうか。

 おれは胸の奥底に、奇妙なしこりのようなものを感じていた。


 膝をついたシランの顔を覗き込んだときに感じた、正体不明の感覚を思い出す。

 あれが、どうにも引っ掛かっていたのだ。


 自分のなかに、なにかを取り違えているような気持ちの悪さがあった。


 そもそも、どうしておれは、今日の討伐を切り上げたのか?


 それは、シランが無理していると考えたから……ではなかった。


 そんなことを考える前に、おれは口を出していたからだ。


 そうしなければならないと感じて、衝動的に動いた。

 ちょっと強引になってしまったのは、そのためだ。


 あのときに感じていたのは、気遣いよりも、むしろ危機感であったようにも思う。


 だけど、その正体がおれにはどうにも見当が付かない。

 もやもやとしたものを抱え込むしかなかった。



 ……それがいったい、なんだったのか。

 わかったのは、家を抜け出すシランの姿を見付けた、その夜のことだった。

◆討伐終了。

ですが、不穏な気配……というところで、次回です。


◆ご報告です。

1ヶ月後、4月の末に『モンスターのご主人様』の6巻が発売となります。

Amazon等の通販では、もう予約が始まっているようです。


今回も書き下ろしが二編入ってますので、お楽しみに。

その他の情報については、4月半ばくらいから公開していく予定です。

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