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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
5章.騎士と勇者の物語
130/321

03. 開拓村の窮状

前話のあらすじ:


エルフの『若い』女性と遭遇。


シラン「……伯母様?」

女性「久しぶりだね」


主人公(シランの伯母か。ってことは、ケイの……え? 大伯母?)



エルフ怖い。


※大伯母:おばあちゃんの姉妹

   3



 予想もしない再会は、エルフの少女たちをいたく驚かせたようだった。

 特にケイなどは、目をまん丸にしていた。


 ともあれ、いつまでも驚いてばかりいても仕方がない。


 宿はすぐそこだ。

 積もる話もあるだろうと、おれたちは場所を移すことにした。


 手早く宿泊の手続きを済ませてしまうと、深津のところに顔を出すというサディアスと別れて、部屋に向かった。


「孝弘殿、真菜殿。こちらは、わたしの伯母のリアです」


 移動した部屋で、シランはおれたちに伯母を紹介した。


「あなたがリアさんですか。お話は聞いています」


 シランの故郷を訪ねるにあたり、おれは事前に彼女から、いろいろと話を聞いていた。


 リアという名前は、シランの故郷の開拓村から最寄りにある、別の開拓村を預かる村長の奥さんの名前だった。


 続柄としては、シランの母親の姉になる。


 ケイからすれば、大伯母だ。

 それなりの歳ではあるはずだが、エルフは人間に比べて長命なので、見た目も物腰も二十歳そこそこに見えた。


「そして、こちらは真島孝弘殿と、加藤真菜殿です」


 続いて、おれたちも紹介してもらった。


「伯母様も風の噂に聞いているかもしれませんが……いまを遡ること、数ヶ月前、過去に例のない多くの勇者様が、帝国のエベヌス砦に辿り着きました。おふたりは、そのときにこの世界にいらっしゃった勇者様です」


 これまで立ち寄った村では、面倒事を避けるために、おれたちは転移者としての身の上を伏せて、転移者の子孫である『恩寵の一族』のふりをしてきた。


 しかし、ここでシランは、転移者としておれたちを伯母に紹介した。


 これは、事前にシランと話し合って、決めておいたことだった。


 どうして身の上を明かしたのかといえば、ひとつには、少なくともしばらくの間、おれたちはシランの村に逗留する予定でいるからだ。


 ただ立ち寄るだけで、まともな交流をする機会がないのなら、『恩寵の一族』のふりをしてもボロを出さずにいられる。

 だが、逗留が長期に渡れば、それも難しい。


 また、それ以上に重要なのは、今後のことを考えるのなら、身分の偽称は信頼を得るための障害になりかねないということだった。


 竜淵の里で過去の勇者の話を聞いて、おれは、自分たちを受け入れてもらえる居場所をこの世界に作るべく、最大限の努力をしようと決意した。

 そのためには、信頼できる人間を味方に付ける必要がある。


 さすがに、初対面の相手にモンスター云々について話すことはできないにしろ、最低限、転移者としての身分を明かすくらいはしておかなければ、お話にならない。


 とはいえ、そのことによって、転移者がシランの故郷の開拓村に滞在しているという情報が広く拡散してしまうのはよろしくない。


 転移者というのは、この世界において本当に重要な存在だ。

 もしも面倒な異世界事情に巻き込まれてしまえば、その対処にかかり切りになって、目的どころではなくなってしまう懸念があった。


 ただ、シランと検討した結果、そのようなことになる可能性は、非常に低いだろうと結論が出ていた。


 まず、おれたちは自分が転移者であることを、無暗矢鱈と触れ回るつもりはない。

 その事実を明かすのは、滞在することになるシランの故郷の開拓村と、そこと非常に近しい関係を持つ隣村くらいにしておくつもりだった。


 そして、村人というのは、元来、外の世界との接触の機会をあまり持たないものだ。

 モンスターが跋扈するこの世界では、そうした傾向は顕著で、限られた機会を除けば、人々が生まれ育った集落の外に出ることはほとんどない。


 それでも町であれば、その規模に応じて、交易に訪れる人間がいるが、村ではそうした存在さえも非常に限られている。


 ましてや、世界最悪の危険地帯である樹海にある開拓村であれば、その傾向はいっそう強い。


 そこに、この国の敬愛される王族のひとりである団長さんが招いた勇者が、お忍びで滞在したいというのだから、まずその情報が外に漏れることはありえない。


 というのが、開拓村の出であるシランの意見であり、おれもそれは妥当なものだと思えた。


 これでもなおリスクを恐れるなら、もうなにもできないだろう。


「ああ、勇者様が大勢いらっしゃったという話は聞いているよ」


 シランに頷いてみせたリアさんが、こちらを振り返った。


「お会いできるとは、まさか思っておりませんでしたが。孝弘殿、真菜殿、お目にかかれて光栄です」

「こちらこそ」

「よろしくお願いしますね」


 おれと加藤さんは並んで挨拶をしてから、同行者の紹介に移った。


「こちらは、おれの従者をしてくれているローズです」

「お初にお目にかかります、リアさん」


 眷属たちはみんな、おれの従者ということにしておいた。

 本当のことを言うわけにもいかないから、このあたりが無難なところだろうと思うし、これなら嘘を吐くことにもならない。


 真実を話せる日がくればいいのだが……と考えながら、紹介を終えた。


「それにしても、アケルまで、転移者が現れたという話は伝わっているんですね。もう少しかかるかと思っていましたが」

「ええ。開拓村はまだですが、町には教会から正式な通達があったと聞いております。わたしは数日前に、村の者たちとこの町に来る用事がありまして、その話を聞きました」

「そうですか。それは、話が早い」


 おれは続いて、自分たちの事情について、話せることを話していった。

 どこまで話すべきかは事前に考えておいたので、説明はスムーズに行えた。


 転移してきたおれたちが、チリア砦に辿り着いたこと。


 とある事件があって、チリア砦が陥落したこと。

 シランやケイを含めた生き残りが、砦を放棄して樹海を出たこと。


 そのときの縁で、団長さんにアケルに招待されたこと。

 事情があって彼女の帰国が遅れるため、それまではシランの故郷の村にお忍びで滞在する予定であること。


 話せない事実は伏せたものの、シランと一緒にアケルにやってきた経緯については、おおよそを語って聞かせることができた。


「そうですか。そんなことが……」


 最後まで話を聞き終えると、リアさんは立ち上がった。

 ケイのもとまで歩み寄る。


「……伯母様?」

「あんたたちも、大変だったんだねえ」


 戸惑う様子を見せたケイの小柄な体を、リアさんは包むように抱き締めた。

 背中を優しく撫でながら、シランに顔を向ける。


 その視線が、シランの顔の半分を隠す眼帯をなぞった。


「よく生きて帰ってきたね」

「孝弘殿のお陰です」


 シランは親しみのこもった笑みを返した。


「特にわたしは、危ないところを助けられました」

「そうかい」


 頷いたリアさんが、おれに頭を下げた。


「孝弘殿、ありがとうございました。あなたのお陰で、わたしは姪たちの顔をもう一度見ることが叶いました」

「いえ、そんな。シランには、おれも助けてもらっていますから」


 シランから聞いた話では、リアさんは四人いた子供のうち三人を亡くしているのだという。


 開拓村の暮らしは、常に危険と隣り合わせだ。

 親類縁者の死は、彼女たちにとって縁遠い話ではない。


 それだけに、シランたちに再会できたことは、彼女にとって幸いだったのだろう。


 こちらに向けられた顔には、心の底からの安堵と感謝があって、それはおれの心を温かくしてくれた。


「ところで、伯母様」


 話が一段落して、リアさんが席に戻ったところで、シランが口を開いた。


「伯母様は、どうしてディオスピロに?」


 その顔には、疑問と懸念とが等分に浮かんでいた。


「まさか、村になにかあったのですか?」


 目尻を拭っていたリアさんは、姪のこの質問に居住まいを正した。


「そうだね。あんたには、それを話しに来たんだけど……」


 言いかけたところで、こちらを気にする素振りを見せる。


 加藤さんと視線を交わして、おれは口を開いた。


「おれたちのことは、気にせずともかまいません」

「ですが……」

「なにがあったんですか?」


 尋ねると、リアさんは気が引けた様子ながらも、事情を語り始めた。


「実は、現在、わたしの村は『群青兎』の脅威に晒されているのです」

「群青兎、ですか」


 おれは、眉をひそめた。


 その存在は、事前にシランから聞いた話のなかにあった。


 おれは記憶を掘り返した。


「確か、アケル南部の樹海に棲息するモンスターでしたか? それほど強力なモンスターではないものの、周期的に大繁殖するので、ときに大きな被害をもたらすとか」

「よくご存知で」

「ですが、伯母様。脅威に晒されているというのは、どういうことですか?」


 シランが、疑問の視線をリアさんに向けた。


「確かに、群青兎の繁殖は厄介です。しかし、その時期は予想されたもの。護国騎士団や軍が大規模に動員されることになっているはずですが」


 大繁殖による被害が周期的なものであるのなら、予想もできるし対策も立てられる。


 もっともなシランの疑問に、リアさんは深刻な口調で答えた。


「それがね、間の悪いことに、最近、それとは別件で『紅玉熊』の被害が大きくなっているんだよ」

「……それは、本当ですか?」

「ああ」


 深刻な顔で、リアさんは頷きを返した。


 表情を厳しいものに変えたシランに、おれは尋ねた。


「紅玉熊も、アケル南部の樹海に棲息するモンスターだったはずだよな?」

「はい。このあたりでは、かなり強力な力を持つモンスターになります」


 シランは重々しく頷いた。


「その被害が増加しているとなれば、騎士団や軍はそちらに対応せざるをえません」

「……そういえば、以前に軍を訪ねたとき、『近隣の村からモンスターの目撃情報が複数あがっている』という話を聞いたな」


 軍にいるシランの知り合いの、アドルフを訪ねたときのことだ。


 問題になっているモンスターの目撃情報のひとつとして、はぐれ竜であるロビビアの情報があったわけだが、今回話に出てきた紅玉熊もまた、軍を悩ませていた原因だったのだろう。


「あのときのアドルフは、まだ余裕がありそうな雰囲気だったが」

「想定していたよりも、状況が悪かったのかもしれません。あとで事情を尋ねてみる必要がありそうです」


 難しい顔をしたシランが、リアさんに目をやった。


「群青兎の繁殖時期だというのに、騎士団と軍はこちらに回せる手が足りていない。だから、伯母様はディオスピロまで陳情に来たというわけですね」

「そういうことだ。いまでも、すでに群青兎の姿を見かけている。村を出て森に立ち入り、木々の伐採ができる状態じゃない。村もいつ襲撃を受けることか。もはや猶予はないと、現状を伝えたんだ」

「返事はどうでしたか?」

「なるべく早く戦力を寄越すと約束してくれたよ。ただ、間に合うかどうかは微妙なところだろうね」


 視線を落とし、陰鬱な溜め息をつく。


 相当に状況は切羽詰まっているのだろう。

 表情は冴えないものだった。


「とはいえ、わたしらにはこれ以上どうしようもない。村に帰ろうとした、そんなときだよ。シラン。あんたがアケルに戻ってきたという話を耳に挟んだのはね」


 シランは以前に、この町の軍にいるアドルフに面談を申し込んでいる。

 ただでさえ同盟騎士団はアケルではちょっとした人気があるし、副長である彼女の訪問を知っている者は少なくない。


 そのあたりから、リアさんは話を聞くことができたのだそうだ。


 ただ、彼女が宿屋を訪ねたときには、もうおれたちは竜淵の里に向かって旅立ったあとだった。


 彼女はひどく落胆したが、そこに声をかけたのが、丁度、通りがかった深津だった。


 深津から、シランがまた町に戻ってくると聞いたリアさんは、同行した村の人間と、ここ数日、この町で待っていたのだという。


「なるほど。事情はわかりました」


 シランがこちらに視線を向けてきた。


 なにが言いたいのかはすぐにわかった。

 頷いて、おれはリアさんのほうに顔を向けた。


 彼女は迷うような顔をしていたが、おれと目が合うと、決心した様子で口を開いた。


「申し訳ありません、孝弘殿、真菜殿。お話が……」

「その前に、リアさん。おれからひとつ提案があるんですが、いいでしょうか」


 彼女の言葉を遮って、おれは伝えた。


「おれたちには、モンスターと戦うための力があります。それは、他の転移者に比べて、決して優れたものではないのですが……今回の事態においては、お役に立てると思います。微力ながら、力を貸したいと思っているのですが、いかがでしょうか?」


 こちらから切り出すと、リアさんは驚いた顔をした。


「よ、よろしいのですか?」

「ええ。おれたちも、シランの故郷の村に滞在する以上、他人事ではありませんから」


 返答は澱みない。

 これもまた、考えていたことだったからだ。


 しばらくの間、おれたちはシランの開拓村に滞在するつもりだが、その間、タダ飯喰らいでいるわけにもいかない。


 いや。この世界の常識として、勇者にはそれが許されるのかもしれないが、おれとしてはそうした待遇に非常に抵抗があった。


 それでは、おれたちになにができるだろうか?


 たとえば、ローズの魔法道具製作能力あたりは非常に有用だ。

 しかし、あれはこの世界では特殊なものなので、悪目立ちしかねないリスクがあった。

 ひとまずは伏せることにしたほうがいい。


 そうして考えてみると、『モンスターの討伐』という選択肢は、無難なもののように思えた。


 実際、一時期、行動をともにしていた『韋駄天』飯野優奈からは、探索隊はエベヌス砦に滞在中、周辺モンスターの討伐を請け負っていたと聞いている。


 それと同じことをしようというわけだ。


 ひょっとすると、探索隊のリーダーであり、それを決めた中嶋小次郎も、おれと似たような考えだったのかもしれない。

 そんなふうに考えると、少しシンパシーを感じないでもなかった。


 おれたちには探索隊ほどの強大な力はないが、それでも樹海深部で生き残り、現在まで力を付けてきた。

 樹海表層部のモンスター相手なら、十分に戦力になるはずだった。


 実は、おれが群青兎や紅玉熊のことを事前にシランから聞いて知っていたのも、モンスターの討伐や村の防衛の手助けをすることを考えていたからだった。

 思ったより事態は切迫しているようだが、予定に狂いはない。


 村の役に立つことは可能だろう。

 これでタダ飯喰らいになることもない。


 また、これは信頼の置ける味方を作ろうという、おれの目的にも沿った行為だった。


 おれは転移者であり、この世界で転移者は勇者として扱われている。

 信頼を得ることは難しくない。


 だが、問題は、それが揺らぐような事実が発覚したときだ。

 たとえば、おれがモンスターを引き連れていることが知られたとすれば、勇者というレッテル頼りの信頼なんて、どうなるかわからない。


 だから、そうなる前に、信頼を確たるものにしなければならないのだ。


 同じ村で暮らす一員として働くことは、そのために役立つはずだった。


「あ、ありがとうございます、孝弘殿」


 こちらの申し出を聞くと、リアさんは飛び上がらんばかりに喜んだ。


 こうして、おれたちは群青兎の討伐を引き受けることになったのだった。


   ***


 それから、ディオスピロの町に二日間滞在した。


 その間に、サディアスと別れた。


「わたしは一族の『探し人』として、万が一の事態に備えて、竜の一族が移り住むことのできる土地を探す旅に戻ることにする。……明虎も、わたしに同行してくれると言っているから、また会うこともあるかもしれないな」


 深津とも、ここでお別れだった。


 あまり話す機会もなかったが、最後のほうはそれほど敵意を向けられることもなくなっていた。

 加藤さんに話しかけようとして、避けられてショックを受けている様子だったのを、事情は伏せてフォローしてやったことがあったのだが、それがよかったのかもしれない。


「わたしはしばらく、アケルを含めた北域五国の周辺を歩き回るつもりだ。連絡を取る手段を教えておこう」


 長い放浪生活のなかで、世界各地にサディアスは繋がりを作っており、行商人などを統括する商会を介すれば、時間はかかるにせよ、連絡を取り合うことが可能なのだという。


 実際、ロビビアの件で竜淵の里からサディアスに連絡を取ったときには、そのラインを使ったらしい。


 そうした連絡方法ついて教えてもらったり、旅の準備を整えたりしているうちに、二日間はすぐに経ってしまった。


 その間、シランは別行動で、軍の施設に赴いていた。

 騎士団や軍の現状について詳しい話を聞くとともに、軍が把握しているモンスターの情報を手に入れるためだった。


 軍としても、現状には深い懸念を抱いているらしく、アドルフを訪ねたシランは歓迎されて、二日間、軍の施設に泊まり込みで打ち合わせをしていた。


 有用な情報を手に戻ってきたシランと合流し、おれたちはシランの伯母の開拓村へと出発したのだった。


◆エルフの開拓村編(仮)開始です。


◆個体差がありますが、エルフは二十歳前後で見た目が変わらなくなります。

シランはもうアンデッドになってしまったので、現状で維持ですが。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょっと作品全体で、『だった』を多用しすぎです。 『だった』は基本的に過去形。 又、現在進行時に『だった』を使って終わらすと過去形なこともあって、『だったが』を連想しやすく、変則的な否…
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