33. 竜の一族
前話のあらすじ:
『大地の怒り』と対面。
33
「遠路はるばる、よく来たね。まあ、座りな」
労いの言葉とともに、甲殻竜マルヴィナが目で示した地面には、ござと敷物が用意されていた。
いまマルヴィナの傍に控えているレックスが準備したとは思えないから、これはさっきの女性あたりの仕事だろう。
おれは、こちらを見下ろす眼球の正面に座り込んだ。
そうしてみると、ますます目の前にあるのは、切り立った岸壁のように見えた。
ここまで大きいと、怪物というより怪獣だ。
ファンタジーの世界の住人のはずなのに、SF寄りの存在にも感じられる。
国民的な特撮映画に出てくる、黒い怪獣を思い出した。
翼があるから、どちらかといえば、金色の敵役のほうだろうか。
いや、あれは首が三つあるから、だいぶイメージとは違ってくるか。
「聞き取り辛いだろうが、悪いね。人化の術は苦手なんだ」
「……いや。それは別にかまわないが」
マルヴィナの言葉に、おれはかぶりを振った。
確かに、彼女の声はやや不明瞭だが、話が聞き取れないほどではない。
というか、サディアスたちは人の姿でないと言葉を操れないことを考えれば、むしろ器用とさえ言えるだろう。
そんなことを考えていると、ガーベラが口を開いた。
「ふむ。これは驚いた」
「どうした」
「いやなに。このマルヴィナとやらだがな」
どことなく楽しげに、ガーベラは言う。
「単純な魔力の量だけで測るなら、妾よりも強いぞ」
「……」
「実際に戦えば、まあ、勝敗はわからんがな。分が悪いことは違いない。蜘蛛糸を操る妾との相性の問題もあるが……ふふ。まさか妾よりも強いモンスターが、この世におるとは思わなんだ」
「ふん。なにをお言いだい。それはわたしの台詞だよ」
しみじみとガーベラが言えば、マルヴィナは鼻を鳴らした。
「わたしは古き時代を生きた竜。『霧の仮宿』ほどではないにせよ、長い時間を生きてきた。だというのに、差というのはせいぜいのところ、六対四程度といったところじゃないか。このガタイの差でそれでは、どちらが強いというべきかわかったもんじゃない」
ドラゴン自体がもともと強大な力を持つモンスターであることを考えれば、やはり樹海の白き蜘蛛の存在は図抜けていると言うべきだろう。
とはいえ、目の前の古竜がそれを超える力を持っているのは、ひとつの事実なのだった。
「……世界は広いな」
「ああ。まったくその通りだよ」
おれのつぶやきに、マルヴィナが相槌を打った。
「あんたみたいな、わたしのことをまるで恐れない人間にまた会えるとはね。長生きはするもんだ」
「……」
口調には、どこか懐かしさを噛み締めるふうがあった。
マルヴィナは、『また』と言った。
彼女はきっと、おれよりも前にいたという『誰か』のことを思い浮かべているのだろう。
姿見の鏡みたいに大きな竜の眼球が、おれのことをまじまじと見詰めている。
深い理性を湛えた瞳だった。
人間などでは思いも及ばぬほど長く、時の流れを見てきた目だった。
軽率な人間などより、余程に信用できる知性が感じられた。
どれだけ大きかろうと、鋭い牙と爪を持っていようとも、彼女を恐れる理由はなかった。
「……少なくとも、話をするだけの価値はありそうだね」
真っ直ぐに見返すおれの姿を見て、マルヴィナは喉の奥で笑ったようだった。
身じろぎをすると、眼を細めて尋ねてくる。
「さて。こんな辺鄙なところまで、わざわざやって来た要件を聞こうかね」
「おれがここに来た用はふたつだ」
言いながら、おれは隣に座り込むロビビアの小さな肩に手を置いた。
「ひとつは、ここにいるロビビア……パトリシアのことだ。彼女はこの里を出たいと言っている。その件について、里の長であるあんたに許可をもらいに来た」
「ふむ」
マルヴィナは相槌を打っただけだったが、その傍に立つレックスは表情を恐くしていた。
まあ、彼としてはそういう反応にもなるだろう。
おれは続けた。
「……もちろん、そっちの言い分もあるだろう。迂闊に出入りをすれば、隠れ里の存在が露呈するんじゃないか、というそちらの危惧も理解はしているつもりだ。里には定期的に顔を出させるにせよ、取り決めは必要だろう。そのあたりも含めて、話し合いで妥協点を探れたらいいと思っている」
「なるほどね。もうひとつの要件というのは?」
「おれの前に『モンスターと心通わせた存在』がいたと聞いている。マルヴィナ。あんたがそいつについてよく知っている『歴史を知る者』であるとも。おれは、その話を聞きに来た」
「なぜそれを知っている……とは、訊くまでもないか。『霧の』の仕業だね」
ふーっと、巨大な竜の鼻から息が噴き出された。
「あのお節介焼きめ」
「彼女はあんたたちのことを、ずいぶんと好いているようだったよ」
「やめとくれ。全身が痒くなる。下手に身をよじって、この島が沈んじまったらどうするつもりだい」
冗談を飛ばしたのは、彼女なりの照れ隠しだったのかもしれない。
「それで、その『霧の』はどこにいるんだい。顔も出さないなんて水臭いじゃあないか」
「――あらまあ。それは、ごめんなさいね」
声とともに、マルヴィナの目前に渦を巻く霧が生まれた。
霧は女性の姿を取り、穏やかに微笑む。
「お久しぶりね、マルヴィナ」
宙に浮かんで微笑むのは、『霧の仮宿』サルビアだった。
胸に流した濃い金褐色の髪を撫でながら、彼女は垂れ気味の目を懐かしそうに細めていた。
「ふん。何百年ぶりかね、『霧の』」
気安い口調でマルヴィナは返した。
「カールが討伐されて十年くらいした頃に来て、それ以来ね。それと、いまはサルビアという名があるから覚えておいて。もっとも、今更、あなたにその名で呼べとは言わないけれど」
「ああ、そういえば、名を贈られたんだってね。契約したことと言い、ずいぶんとこの坊やに惚れこんでいるじゃあないか」
「そうね。眷属の子たちも含めて、可愛い子たちだと思っているわ」
マルヴィナの口調は気安く、ころころと笑うサルビアの態度も普段より砕けている。
積み重ねた時間が感じられるやりとりだった。
お互いに長い年月を生きる存在同士、様々な出来事があったのだろう。
積もる話もあるに違いない。
とはいえ、この場は彼女たちのために設けられたものではない。
「さてと。久闊を叙すのもこれくらいにしておきましょうか」
短いやり取りのあとで、サルビアは話を切り上げた。
「あまり話し込んでしまっては申し訳ないわ。今日の主役は、わたしではないのだから」
「あんたはいつだって主役を張ったことなどないだろうに。吹かれて揺蕩う、霧の傍観者。……まあ、それが、あんたの望んだことではないのは知ってるがね」
最後は同情するふうに言ってから、マルヴィナは改めておれに目を向けてきた。
「すまないね、待たせてしまって。それでは……まずは、うちの小さいのの処遇について話すこととしようか」
おおらかだった物腰が、そこで、厳粛なものに切り替わった。
途端、岸壁のような目の前の存在が、更に重量感を増したように思えた。
威圧されたわけでもないのに、腹の奥に圧を感じる。
竜の里の統治者として、マルヴィナはおれたちに向かい合っていた。
「ロビビア」
名前を呼び、おれは少女の肩を軽く押した。
「ここは、お前自身の口で言うべきだ」
「……うん」
少し心配ではあったが、おれの手を掴んだロビビアは、思ったよりもしっかりとした声で答えた。
「おれは、里を出る。だから、その許可がほしい」
「里を出て、それであんたはどうするつもりだい?」
マルヴィナから返ってきたのは、やや突き放したような言葉だった。
「野良のドラゴンとして、人里離れた場所で生きていくつもりかい?」
「いや。孝弘たちと一緒に行く、つもりだ」
途中、一瞬だけこちらを向いたので、頷いてやる。
ほんのかすかに口元をほころばせたロビビアは、続くマルヴィナの詰問にも動揺を見せることはなかった。
「そんなにこの里にいるのが嫌かい? だから、他人様に迷惑をかけると?」
「違う」
はっとするような、輪郭の明瞭な口調だった。
「確かに、この里にはいたくない。だけど、理由はそれだけじゃない」
ぎゅっと、握ったままのおれの手に力を込めて。
「おれは、孝弘たちと一緒に行きたいんだ」
「行きたい?」
「ああ。里から逃げたいから、孝弘のところに行くんじゃない。孝弘たちと一緒に行きたいから、おれは里を出る」
はっきりと、ロビビアは言ってのけたのだ。
正直、ここにいたくないと自分の意見を言うだけでも十分だと思っていただけに、彼女がここまでしっかりと自分の希望を口にできたことに、おれは驚いた。
いまの彼女は、ただ怯えて、暴れ回ることしかできなかった頃の彼女ではない。
そんな彼女に一緒に行きたいと言ってもらえたことは、おれにとっても嬉しく、喜ばしいことだった。
けれど、驚き喜ぶだけでは済まない者もいた。
「馬鹿なことを言うな!」
我慢が利かなくなったのか、レックスが怒鳴った。
「里を出るだけでなく、人間と一緒に行く? 自分がなにを言っているのか、わかっているのか!?」
「うるせえ! おれはもう決めたんだ、脇からごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」
噛み付くように、ふたりは怒鳴り合う。
それに対して、話を聞かされていた当人であるマルヴィナは、すぐには反応をしなかった。
古き竜は、ただ静かな目でロビビアのことを見ていた。
「マルヴィナ……?」
怪訝そうな様子で、サルビアが声をあげた。
気のせいだろうか。
そこには、なにかを危惧するような色があった。
だが、古い友人がそれ以上なにか言う前に、マルヴィナは言葉を放っていた。
「あんたの言いたいことはわかったよ」
振り仰いだロビビアに、あっさりとマルヴィナは言葉を落とした。
「好きにしたらいい」
「な……っ!?」
レックスが絶句し、ロビビアは表情を輝かせた。
「本当か!?」
「ああ」
肯定の返事をして、やはりあっさりとマルヴィナは続けた。
「ただし、もう二度とこの里に戻ることは許さない」
「……え?」
その瞬間、ロビビアの表情が凍り付いた。
「里の者との交流も、金輪際認めない」
「な……」
「なにを驚いているんだい。外界との交流を許さない。それが、わたしが敷いたこの里の絶対の掟だ。その里を出て行こうというんだ。これくらい、当然だろう?」
「だ、だけど……」
ロビビアはなにか言おうとして、ぱくぱくと口を開けた。
マルヴィナの言っていることは正しい。
だが、それだけに容赦がなかった。
ロビビアにとって、一族の竜は恐怖の対象ではあるものの、それでも身内なのだ。
いずれは和解できるかもしれない。
どこかに、そんな希望……あるいは、甘えもあったはずだ。
「里を出るというのなら、お前さんは他人だよ、『ロビビア』」
ここまで明確な拒絶を叩きつけられるとは、まさか思ってもみなかったのだろう。
ロビビアの顔が、すうっと蒼白になり、次の瞬間、危ういほどに紅潮した。
「ああ。そうかよ……!」
勢いよく、ロビビアは立ち上がった。
ここで即座に噛みつけることが、彼女の強さでもあり、欠点でもあったかもしれない。
「せいせいしたよ、クソババア! てめえの顔なんて、二度と見るもんか!」
もはや一顧だにすることなく、ロビビアは駆け出した。
「……リリィ!」
「うん」
いまのロビビアを、ひとりにしてはいけない。
おれは咄嗟に指示を出し、リリィがロビビアを追った。
ふたり分の足音が遠ざかる。
「キャス。あんたは行くんじゃないよ」
そのあとを追おうとしたキャスは、マルヴィナに制止される。
「いまのはどういうことだ!?」
そこでようやく、レックスが抗議の声をあげた。
出遅れたのは、あまりの衝撃に思考が硬直していたからだろうか。
一方の当事者であるロビビアがいなくなったことで、状況が呑み込めたのだろう。
人の枠を超えて大柄な彼の背丈からしても、なお高い位置にある竜の眼球を見上げるその顔は、真っ赤だった。
「どうもこうもないよ」
マルヴィナは素っ気なかった。
取り合う気はないとでも言うかのように、瞼を落としてしまう。
「パトリシアが不幸になってもいいのか!?」
対するレックスは、激怒していた。
ロビビアのために怒っていた。
ロビビアが里の外に出て、幸せになれるはずがない――それは、レックスのなかで疑いようもない事実なのだろう。
だからこそ、おれにあれだけ敵愾心を向けていた。
頭は固いかもしれないが、その感情に嘘はないことがわかった。
そうまでするのは、なぜかといえば――……。
「しつこいねえ。あいつはもう赤の他人だよ」
「他人なものか!」
レックスは業を煮やしたように、大きな拳を震えさせた。
そして、吠える。
「パトリシアは、血の繋がった末の妹だ! そうだろう、お袋!」
家族だから。
それは、極々ありふれた感情の発露に他ならなかった。
「レックス」
マルヴィナが、閉じていた瞼をあげた。
冷厳な瞳だった。
あまりにも冷た過ぎて、かえって嘘くさいくらいに。
「わたしの方針に文句があるなら、あんたも里を出ていきな」
「なっ……」
じろりと睨みつけられると、レックスは顔色を青くした。
そうして顔色に出やすい直情的なところは、確かにロビビアとよく似ていたかもしれない。
「おれは……」
ただ、レックスはロビビアのように癇癪を起こすことはなかった。
危うかったのかもしれないが、ぎりぎりで歯を噛み締めて彼は堪えた。
「……頭を冷やしてくる」
踵を返して、どすどすと音を立てて去っていく。
自分のことを『里の守護者』と言っていた彼には、他の選択肢なんてなかったのだろう。
激情の嵐が去って、最初に口を開いたのは、竜の古い友人だった。
「……マルヴィナ。もう少し、他に言いようがあったんじゃないの?」
「これでいいのさ。できれば、レックスにも里の外に出てほしかったくらいだけどね」
どこか疲れたような口調だった。
「……説明は、してもらえるんだろうな?」
おれは口を開いた。
まさかこんなことになると思っていなかった……という時点で、おれも事態を甘く見ていた部分があったのだろう。
であればこそ、きちんと事情を把握しておく責任がおれにはあった。
マルヴィナがこちらに視線を落とした。
「単純な話だよ。あれが一番いいと思ったからさ」
精強なはずの古竜は、これまでの時間が押し寄せたかのように、一気に歳老いて見えた。
「あんたは、定期的にあの子を里に連れてくるつもりだったようだがね、外に出るなら戻らせるわけにはいかないんだよ。わたしには、この里を閉じることでしか守れないんだから」
「……解せんな」
硬い声を出したのは、ガーベラだった。
「お主は十二分に強かろう。ここにいる彼らも十分に強い」
サディアスとキャスを見て、続ける。
「なにをそれほど恐れる? いったい、お主らになにがあった? それを聞かねば、妾としては納得がいかんぞ」
美しい顔を険しくしているのは、ロビビアのことを思えばこそだろう。
そんな彼女の反応を見て、むしろマルヴィナは少しほっとしたように、目を細めた。
「まあ、話をするのが筋ってもんだろうね。そもそも、あんたたちはそのために来たのだし」
マルヴィナは返した。
「最初から話をしようかね。遠い昔の話だ」
そして、語り始めた。
彼女自身と、おれの前の『彼』の話を。
「あるとき、この地に『モンスターと心通わせる能力』を持った人間が現れた。彼は坊主と同じ転移者だった。ああ、そうさ。『霧の』とは違って、わたしは自分ひとりで自我を得たモンスターじゃない。彼の眷属さ。……このあたりは、あんたたちも予想はしていただろうね」
「まあ、順当なところではあるな」
おれは頷いた。
「おれの前の……か。そいつは、どんなやつだったんだ?」
「いい男だったよ。あんたに、ちょっと似ていたかもしれないねえ。たくましく、雄々しい男だった」
おれは顔をしかめた。
「……あまり似ていなくないか」
「まあ、外見はね。ただ、わたしを大切にしてくれたよ。もともと、あの人は勇者としてわたしを討伐に来たんだけどね。偶然が重なったんだ。わたしは運がよかった」
「その方は、どういった能力を持っていたんですか?」
これは加藤さんが尋ねた。
「転移者なら、固有能力を持っていてもおかしくないはずです。モンスターと心を通わせるような……真島先輩とは違う能力だったんでしょう?」
「どうしてそう言えるのですか、真菜?」
ローズが首を傾げる。
「さっきマルヴィナさんは、その方が『最初は勇者として自分を討伐に来た』と言っていました。真島先輩と同タイプの能力なら、この世界で勇者として活動できません。少なくとも、モンスター使いの勇者の存在は、教会の伝える伝説には残っていないわけですしね」
「頭の回る子だね」
マルヴィナは感心したように言って、さっきの質問の答えを口にした。
「あんたの言う通りだよ。あの人の能力は坊主のとは違う。『竜に姿を変える』というものだった」
「とすると、高屋くんと同タイプの……」
加藤さんが口にしたのは、狂獣と化した同級生の名前だった。
自分の姿も、在り方さえも変えてしまう能力がありえることを、おれたちはこの目で見て知っている。
だから、そこはすんなりと受け入れられた。
「納得しました。だとすれば、確かにマルヴィナさんは幸運でしたね」
「どういうことですか?」
ローズが尋ねる。
「その方は、真島先輩と違って、竜以外のモンスターとは意思疎通できなかったはずですから」
「なるほど。そういうことですか」
竜になれる人間と、知性を持つ竜。
この巡り合わせは、確かに幸運としか言いようがない。
マルヴィナの口から『たくましく、雄々しい男』という形容が出たのも、『竜に姿を変える』という力があればこそだったのだろう。
なにせ、マルヴィナの目からすれば、普通の人間なんてどれも変わらず一寸法師だ。
たくましいとか雄々しいとか、そういった単語はなかなか出てこないはずだった。
「竜に変化する力を持つ勇者の伝説は、確かにあります」
と言ったのはシランだった。
「ただ、彼と心通わせた竜がいたという話は聞いたことがありませんが……」
「教えているのは聖堂教会だろう? 不都合な事実は伏せるさ。もっとも、竜に変化する勇者の存在自体は、すでに知れ渡っていた以上、消せなかったようだがね」
どこか忌々しげな口調で、マルヴィナは言った。
作られた勇者像。
綺麗に纏まった伝説。
それはおれも、以前に感じていたことだから、特に疑問は差し挟まない。
シランは少し引っ掛かった様子だったが、口に出してはなにも言わなかった。
「竜に変化する能力者。そやつと心通わせる竜……なるほど、それでここにおるのはみな、竜なのか」
ガーベラが腑に落ちた様子でつぶやいた。
「他の竜たち……サディアスらも、そのときに眷属になったということだな」
「いいや。それは違うよ」
だが、ガーベラのこの言葉は否定された。
「む。それでは、もっとあとになってからということか」
「それも違うね。厳密に言うのなら、この子らは眷属であって眷属じゃあないんだよ」
謎かけめいた言葉に、ガーベラが眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「なに、簡単なことさ」
マルヴィナは答えた。
なんでもないことのように……口にされた言葉は、あるいは爆弾であったかもしれない。
「わたしの旦那がその転移者で、サディアスたちはみんなわたしらの子供だというだけのことだよ」
「……」
ガーベラは、赤い目を丸くした。
「いまなんと?」
「だから、旦那なんだよ。サディアスたちの父親は転移者だと言っている」
固まってしまったガーベラから、マルヴィナの視線がこちらに移った。
「坊主のほうは、あまり驚いていないようだね」
「……まあ、考えてはいたからな」
サディアスたちがどのような存在なのか、おれは薄々と目星を付けていた。
マルヴィナと、彼女の旦那の関係は、リリィたちとおれとの関係と似ている。
だったら、そういう関係になることもありうるだろう。
それに以前、おれはサディアスに『お前はただのモンスターなのか』と尋ねたことがあった。
サディアスはそれにいたく感じ入っていた様子だった。
おれの言葉が、真実の一端を突いていたからだ。
加えていうなら、彼自身の言葉にも引っ掛かるものが含まれていた。
人間社会にモンスターが紛れることなんて、普通はできないのではないか、と。
確かに、言う通りではあるのだが、そう言っている彼自身が人間社会に紛れていることを考えると、少し不自然だ。
これはつまり、彼自身は普通のモンスターではないからこそ、出てきた台詞なのだった。
まあ、もともと半分は人間なのだ。
人間の姿を取ることはできないほうがおかしいくらいだし、人間社会に紛れ込むことも難しくない。
こうしたサディアスの正体については、ガーベラはともかくとして、リリィあたりは予想していたかもしれない。
いや。根拠があっての『予想』と言うより、それは、そうであればいいという『期待』だったかもしれないが。
だからこそ、リリィは――おれ自身も――サディアスやロビビアに、感情移入していた。
そうせずにはいられなかった。
なぜなら、ある意味、彼らはおれたちの未来そのものだったからだ。
「……しかし、その。できるのか?」
ガーベラも、そこに思い至ったらしい。
期待を含んだ直球な質問に、マルヴィナは苦笑の気配を漏らした。
「なんてことを訊くんだい……と、言いたいところだが、まあこの場合は無理もないか。できちまったんだから仕方ないねえ」
「……」
「言っとくが、あんたらがどうかは知らないよ」
赤い目をぐるぐるさせているガーベラを見れば、考えていることなんてお見通しだったのだろう。
「まあでも、前例があるということは知って損はなかろうね」
古き竜は目を細めて、視線を遠くに飛ばした。
「……幸せな日々だったよ。ああ。なにを引き換えにしてでも、守りたいと思えるほどに」
穏やかな眼差しだった。
その目に映るのは、過ぎ去った日々なのだろう。
その眼差しに、影が落ちた。
「だが、もはやそれも過去の話だ」
聞いていたサディアスたちも、表情を暗くした。
そう。おれはすでにサルビアからほのめかされている。
彼らの物語は、悲劇で終わったということを。
だからこそ、サルビアはこの地におれを導こうとした。
彼らから話を聞き、その経験を糧にすることで、悲劇で終わった彼らの歩みを無駄にしないために。
そして、おれもまた話を聞きたいと思っていた。
彼らは、おれたちの未来のひとつのかたちだから。
話を聞くことは、絶対に必要なことだったのだ。
「……なにがあったんだ?」
誠意を持って、おれは尋ねる。
マルヴィナは、暗い、地の底から響くような声で答えた。
「うちの旦那はね、人間に殺されたんだ。ドラゴンとしてね」
◆お待たせしました。
二話更新です。






