表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
4章.モンスターと寄り添う者
120/321

31. 霧の結界

(注意)本日2回目の投稿です。













   31



 ローズたちと合流して、二日後。

 ディオスピロで過ごすおれたちのもとに、竜淵の里から連絡がきた。


 里の長は、おれたちの訪問に許可を出したということだった。


「思ったよりも早いな。もう少しかかるかと思っていたが」

「閉鎖的な里だ。意見は割れたことだろう。だが、長がそうと決めたなら、反対はできない」


 サディアスとはこんなやりとりをした。


 それはつまり、里の者のみんながみんな、おれたちの訪問に賛成しているわけではない、ということでもあった。


「付け加えると、はぐれ竜の追跡部隊は、彼女に割と同情的な面々で構成されていた。あれで、リーダーのキャスは優しい……見る者によっては、甘いとも思えるところがあるからな。彼女の裁量の範囲で気遣いはなされていた。けれど、里に人間を招くとなれば、話はまた変わってくる」

「はぐれ竜ひとりのために、里を守るための掟を緩めることをよしとしないやつも出てくる?」

「そういうことだ」


 サディアスは少し寂しげに笑った。


「勘違いしてほしくないんだが、彼らはただ里を守りたいだけなんだ。少なくとも、ここ数百年、隠れ里の日常は安定していた。そうした環境にあると、変化というのは、それがどんな種類のものであれ、恐怖をもたらすものになってしまう」


 それは理解できる話だったので、おれはただ頷いた。


 これは、気を引き締めてかからなければならない。

 そう内心でつぶやいたところで、サディアスが口を開いた。


「ただ、これは里の者たちの心情だ。わたし自身の意見としては、ちょっと違う」

「ん? どう違うんだ?」


 尋ねるおれに、サディアスは真っ直ぐな視線を向けた。


「きみの存在は、ある種の希望でもあるのではないかと、わたしは考えているんだ」


 穏やかな眼差しだった。


「孝弘。きみはロビビアに自我を与えた。それは我らにとって、とても大きいことなんだ。それをどうか、覚えていてほしい」


   ***


 ガーベラたちと合流したあと、おれたちは案内人と合流することになった。


「おい。もうひとりの王よ」


 その前に、ベルタから話があった。


「わたしはここから先には同行しない。理由は言わずともわかるな?」


 突然の話ではあったが、理由についてはすぐに思い当たった。


 竜淵の里は、隠れ里だ。部外者の立ち入りは最小限でなければならない。


 実際、同じ理由で深津は町に残っていた。


 ましてや、ベルタは工藤陸の配下だ。

 自分の立場と、それがもたらす危険性を、彼女は十二分に理解していた。


「わたしは、竜淵の里には行かない。よって、その場所を知ることもない。なにもかも、我が王の感知するところではないということだ」


 ベルタさえなにも知らなければ、工藤陸がその情報をもとに、なにかをどうにかしてしまうこともありえない。


 これが絶対服従の主に対する背信行為かどうかといえば、ぎりぎりといったところだろうか。

 ベルタはあくまで出向してきた護衛であって、情報収集を命じられているわけではないからだ。


「無論、わたしが貴様らのあとを追っていかない……というわたしの言葉を、貴様らが信じるならば、だがな」

「この期に及んで、お前はそんなことはしないだろう」


 皮肉っぽいベルタの台詞を、おれは否定した。


 単純に、時間を共有したことで知ることができたベルタの人柄を信用しているというのもあるし、面と向かって嘘をつけるような性質ではないという判断もあった。


 ベルタは鼻を鳴らした。

 ひょっとしたらそれは、照れ隠しの仕草だったかもしれない。


「……まあ、安心しろ。そもそも、貴様の不興を買うようなことが、わたしにできるはずがない。我が王が許しはせんからな」


 ゆったりと尾が振られた。


「丁度いい機会だ。わたしは王のもとに一度帰る。まだ向こうから連絡は来ないが、こちらから連絡を取れないか試みてみるつもりだ」


 ベルタは少しだけ声のトーンを落とした。


「王の意向次第では、こちらに戻ってくることはないだろう」

「……そうか」


 それがどういう意味なのか、わからないほどに鈍くはなかった。


 工藤陸がなにか事件を起こしてしまえば、成り行き次第では、次に会ったときは敵同士だ。


 とはいえ、ベルタ自身に関しては、単純におれの護衛をしてくれていただけだ。

 ここで礼をいうことに問題はなかった。


「世話になったな」

「ふん。あまりわたしがこちらにいた意味はなかったがな」


 鼻を鳴らすベルタだったが、おれは静かに首を横に振った。


「そんなことはない。少なくとも、お前みたいなやつが工藤の下にいることがわかったのは収穫だった」

「どういう意味だ」

「わからないのか?」


 こちらから尋ね返すと、ベルタは視線を逸らした。


 その先に、あやめがいた。


 くぅーっと鼻を鳴らして、あやめがすりよる。


 ベルタはそれを拒絶しなかった。


 だから、おれは話を切り出すことを躊躇わなかった。


「なあ、ベルタ」

「なんだ」

「もしもこっちに戻ることがあれば、工藤がなにをしているか……あいつに不都合のない範囲でいい。教えてもらえないか?」


 ベルタがこちらを向いた。


「わたしにスパイをやれというのか?」

「そうじゃない。なんなら、これは、あいつにも話してくれてかまわない。スパイではなくて、パイプになってほしいんだよ」


 しばらく考える間があった。


「……わかっているのか? それは、お互いに危険に身を晒す行為だぞ。こちらとしては、貴様から情報が漏れる可能性があるし、貴様は貴様で、我が王と繋がりを持っていることは不利に働きかねん」

「それでもだ。おれは工藤のことを放ってはおけない」


 これは、ベルタが信頼できると知ったいまだからこそ、可能な申し出だった。


 ベルタは義理堅い。

 絶対の忠誠を誓う王に対してだけではなく、交友を持ってしまったおれに対しても、もはや不義理はできなくなっているだろう。


 場合によってはベルタは酷く難しい立場に立たされてしまうことにもなりかねないが、おれは彼女がこの申し出を受けるだろうと確信していた。


「……話だけはしてみよう」


 結局、ベルタは低い声で応じた。


 その日のうちに、彼女はおれたちのもとを去っていったのだった。


   ***


 合流した案内人は、以前にはぐれ竜の追跡部隊を率いていたキャスと呼ばれていた女性だった。


 今回は、特に急ぐ旅でもないので、ドラゴンでいく空の旅はお預けだ。

 ゆったりと動く車に乗って、おれたちはアケルの国内を移動した。


 向かった方角は、北だった。


「孝弘も知っているだろうが、アケルとその北にある帝国のロング伯爵領とを隔てる境界線上には、大河アラリアの支流が走り、昏き森が広がっている」


 夕刻。

 焚き火を囲んでいると、サディアスが口を開いた。


「我らの里はそこにある。予想はしていたかもしれないが」

「それはまあな」


 以前にサルビアからは、アケル北部にある昏き森を訪れ、『歴史を知る者』に会ってほしいと言われていた。


 そこにいる、森の主の名前もまた、以前に聞いたことがあった。


「アケル北部にある昏き森の主のモンスターは、『大地の怒り』という名で呼ばれていたはずだな。とすると……」

「ああ。そうだ。『大地の怒り』というのは、我らの長の、人間世界における通称だ」


 サディアスはおれの言葉を肯定した。


「無論、長の名前自体は、別にあるが」

「隠れ里があるというのは聞いたことはなかったけどな。もっとも、昏き森である以上、人間は足を踏み入れられないわけで、隠れ里を作る場所としては悪くない……」


 言いかけて、おれはふと眉を寄せた。

 同じことを考えたのか、リリィが口を開いた。


「だけど、それってどうなのかな? 少なくとも、昏き森である以上、そこに強力なモンスターがいることは知られているわけだよね? 言い換えるなら、人間の攻略対象でもあるわけで……いずれは、軍隊が差し向けられてしまうんじゃないの?」

「きみの言い分はもっともだ。だが、ふたつの理由からそれは火急の問題にはならない」

「というと?」

「基本的に、勇者がいなければ昏き森は攻略が不可能だ。そして、ここはアケルだ。帝国ではない」


 リリィは、ぴんときた様子を見せた。


「優先順位の問題ってこと?」

「そういうことだ。帝国南部には、まだまだ昏き森がたくさん残っているし、最も安全とされている北部だって、程度こそ違えど昏き森はまだ残っている。また、アケル北の昏き森は、あまりモンスターの被害が出ないことで知られていて……まあ、これはわたしたちが森の周辺部にいるモンスターを間引いているからなのだが、とにかく、余計に優先順位は低くなっている」

「それが、アケルの北に隠れ里を作った理由ってこと?」

「半分はそうだ」


 首を傾げたリリィに、サディアスは意味ありげに笑った。


「そのあたりは二番目の理由にも関わってくるんだが……まあ、明日になればわかる。楽しみにしておくといい」


   ***


 次の日、ついに昏き森に辿り着いたおれたちは、前日のサディアスの言葉を理解することになった。


「……霧が出てきた?」

「アケル北部の昏き森には、年中、深い霧がかかっていることで有名です。このあたりはまだ周辺部ですが、多少は霧が出ているようですね」

「視界が悪いので、迷わないように気をつけないとなんですよ。地元の人間は、このあたりの地域に足を向けないらしいです」


 アケル出身のシランやケイは、このあたりの地域の出身ではないものの、この霧のことは知っていたらしい。

 知っていることを教えてくれた。


 だが、彼女たちも知らないだろうことがあった。


 これは、ただの霧ではなかったのだ。


「どういうことだ? この霧、『霧の仮宿』の気配があるぞ」

「え?」


 おれ以外の同行者が、驚きの声をあげた。


「本当? ご主人様?」

「ああ。これは、魔法の霧だ」


 御者台の隣に座ったリリィが尋ねてきて、おれは頷く。


「それはおかしいぞ、主殿」


 車のなかから顔を出したガーベラが言った。


「妾ですら、これが魔法によって生み出されたものだとは感じられん。本当に魔法なのか?」


 あのガーベラにこう言われてしまうと、おれも自信がなくなってくる。


「確かに、これは魔法の霧のはずなんだが……」

「いいえ。孝弘様の言葉であっております」


 言葉を濁したおれに言葉をかけたのは、案内人のキャスだった。

 サディアスと肩を並べて先頭に立ち、きびきびと歩く彼女は、肩越しにこちらを振り返る。


「これは通常の霧ではございません。厳密には魔法ではないので比較はできませんが、物差しとして使えば、第五階梯の幻惑魔法に相当することでしょう」

「第五……!?」


 おれは言葉を失った。

 それは、この世界で最高位の魔法だ。


「もっと上かもしれません」


 だが、キャスは更にこんなふうに加えた。


「孝弘様のお察しの通り、これは『霧の仮宿』様の手によるもの。我らはこれを『霧の結界』と呼んでおります」


 それは、どこか誇らしげな声色だった。


 そして、彼女のこの台詞を聞いたことで、おれは気付いた。


「もしかして、これは『霧の仮宿』の霧の異界なんじゃないか?」

「さすが『霧の仮宿』様の契約者。お察しの通りです。この場は半ば異界化しているのです。『霧の結界』は、侵入した者を迷わせます。何人たりとも、この霧を抜けることあたいません。例外は、竜である我らのみです」


 以前、『霧の仮宿』に迷い込んだときには、ガーベラでさえ取り込まれた。


 しかも『霧の仮宿』での幻惑の効果が、あくまで補助的なものに留まっていたのに対して、こちらは迷わせることを目的として設定された防衛機構だ。

 その効力も、強度も、比較にならないだろう。


 おれがこの場の異常を感じ取ることができたのは、それこそ、この世界を創造した『霧の仮宿』と繋がりがあるからでしかない。


「だけど、いったい、どうやって……『霧の仮宿』の魔法は、世界をひとつ創り上げるとてつもない魔法だが、その効力はせいぜい数日程度のものに過ぎないはずだ」

「そのあたりが、昨晩の話で言いかけたところだよ」


 サディアスが笑みを向けてきた。


「『霧の結界』によって隠れ里が見付からないこと。それが、昏き森にある隠れ里に住んでいても、人間たちの侵攻を恐れずともよい二番目の理由だ。森を切り拓くこと自体、霧のせいで不可能に近いし、昨日も言った通りメリットは少ない。たとえ切り拓けたとしても、この霧が邪魔をしてどうしても時間がかかるから、逃げる時間はいくらでもある」


 サディアスは周囲の薄らとした霧を見回した。


「そして、隠れ里を作るのがここでなければならなかった理由にも、この霧が関係している。というのも、『霧の結界』は『霧の仮宿』様が与えてくださった魔法道具によって維持されているんだ」

「魔法道具?」

「『世界の礎石』という魔法道具だ。これには、限定的なかたちではあるものの、『霧の仮宿』の世界を固定する力がある」

「それは……また、すごい魔法道具があるもんだな」


 なるほど。それで先程、キャスはこれを『厳密には魔法ではない』と言っていたわけだ。


 この霧は、魔法道具を用いた結界なのだ。


「ああ、竜淵の里の秘宝である『世界の礎石』は、とてつもない力を持っている。ただし、強力な反面、使える場所が非常に限定されてしまっているのが問題でね。なにを隠そう、ここがそのひとつなんだ」

「それで、ここに隠れ里を作ったのか……」


 限定された場所でしか使えない魔法道具。

 どこかで聞いた話だった。


 数秒考えて、おれが思い出したのは、樹海深部の山小屋を守っていた『結界の魔石』のことだった。


 あれも、樹海深部でしか使えないものだったはずだ。

 同じように、『世界の礎石』もまた、樹海と同じ魔力を帯びた昏き森でしか使えないというのは、ちょっと興味をそそられる話だった。


 恐らく、土地の魔力が影響しているのだろう。

 もっとも、聞く限りでは『世界の礎石』のほうが条件は厳しいようだが。


 そんなことを考えていると、こちらを振り返って、キャスが注意を促した。


「そろそろ、霧が濃くなってまいります。お気を付けください。昏き森は、ここから数時間ほどの場所にあります。今日はそこまで行ってしまいましょう」


 それからすぐに、視界はミルクを垂らしたような霧で真っ白に染まった。


 同時に、じめじめとした湿地帯に入った。

 この霧の影響で陽光が遮られるからだろうか。木々もまばらになる。


「孝弘様。そろそろ、お車から降りたほうがいいかもしれません。このあたりは……」

「うおっ」

「……遅かったようですね」


 地面は緩く、車輪が埋まってしまった。


 引き上げることはできるが、ここから先、まともに車を走らせられるところはほとんどなさそうだった。


 このあたりはもう人間が滅多に足を踏み入れず、また、視界もほぼ利かないとなれば、ガーベラたちの姿を隠すために車を利用する必要性も薄い。


 あとで里の人間を寄越すというキャスの言葉に甘えて、おれたちは移動を歩きに切り変えた。


「我ら竜の一族にとっては、この霧こそが里の方角を教えてくれます。視界が悪いですから、はぐれないようにお気をつけください。もうすぐにでも、昏き森の範囲に入ります。稀にモンスターに出会うことがありますから、不測の事態への心構えだけは忘れないでいてください」


 その言葉を聞いて、みんなお互いに視線を向け合った。

 隣にいる人間の姿さえ見えなくなりそうな視界を塗り潰された景色のなか、移動は続いた。


 黙々と歩くうちに、再び木々が見られ始めた。

 木立は密度を増していき、おれたちは森に入った。


「――」


 ざわりとした鳥肌が立った。

 この感覚には覚えがある。


「先輩」

「ああ。樹海と同じだな」


 加藤さんも同じものを感じていたようだった。


 数か月前、樹海から出たときと同じ感覚。

 昏き森に入ったに違いなかった。


 太陽の光は相変わらず弱いのに、そんなことおかまいなしに樹木が幹を伸ばしているのは、ここが尋常な森ではないことの表れだろう。


 ただでさえ、こんな霧のなかでは、まともに移動することは難しい。

 そこに森という地形、強力な幻惑効果まで伴うのだから、もはやこの土地は難攻不落の要塞にも等しかった。


「ずいぶんと慎重なことだな」

「ええ。だからこそ、我らは安心して暮らすことができるのです」


 これまで聞いたことのない柔らかな声で、キャスは言った。


「ここは、モンスターであるわたしたちが安寧を得ることができる小さな世界。我らは『霧の仮宿』様にお返しできないほどに大きな御恩があるのですよ」


 おれたちは、異界と化した森を進む。

 竜淵の里に着いたのは、次の日のことだった。

◆きりのいいところまでいかなくて、ちょっとお待たせしてしまいました。


二回分の更新になります。



◆書籍版『モンスターのご主人様』5巻、発売しました!

お手に取っていただければ幸いです。


みなさんの応援のお陰で、Web版ともども続けていられています。

今後とも、どうかよろしくお願いいたします。


◆活動報告にて、以前に行ったキャラクター人気投票の結果を公表しています。


興味のおありな方は、是非、ご覧ください。

(下記URL か、下の『人気投票結果』のリンク)

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/316835/blogkey/1314460/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ