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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
4章.モンスターと寄り添う者
103/321

14. ありえない会話

前話のあらすじ:


アサリナ「ド、シタ……ノ? ゴシュ、サマ?」

主人公「少しの間、そっとしておいてください」

   14



 宿屋に逗留して、三日目の朝。


 おれはひとり、宿の裏手に出ていた。


 腰の剣を引き抜くと、シランに教わったことを思い出しながら剣を振るい始める。


 最近、体を巡る魔力の量が増えたような気がする。

 理由はよくわからないが、まあ、悪いことではない。


 とはいえ、いいことばかりでもない。

 たとえば、魔力による身体能力の強化をするにしても、きちんと魔力が制御できていなければ、ちぐはぐに筋力を増強させてしまって、まともに体を動かすことさえできなくなってしまいかねない。


 また、身体能力が上がると、剣を振るう感覚も当然変わってくる。

 これは剣術に影響を与えかねないため、そうならないために、体の感覚を少しずつ慣らさなければならなかった。


 もちろん、剣術自体の向上も必須だ。


 と言っても、おれのやることが特に変わるわけではない。

 日々、鍛錬を欠かさないことが重要だった。


 無心に剣を振るうこと、二十分ほど。

 おれは、くたびれてしまわないうちに切り上げることにした。


 湿気が多いせいか、けっこう汗を掻いてしまった。


 おれは上の服を脱いで、上半身だけ裸になった。

 宿の裏手にある井戸から水を汲んで、それを頭からかぶる。


 井戸の水は冷たく、火照った体に気持ちよかった。


「……ふう」


 何度か繰り返し水を浴びてから、額に張り付いて鬱陶しい前髪を掻き上げる。

 いまだにあたりを覆っている霧のせいで狭い視界のなか、他に仲間たちの姿はない。


 誰にも声をかけることなく素振りなんてしていたのは、ひとりで体を動かすことで、頭をすっきりさせたかったからだ。


 人間なんて単純なもので、三日目になってもなくならない違和感に悩まされていた頭は、これだけでも幾分、楽になっていた。


 それで問題が解決するわけではないが、心を落ち着けることはできる。


 今回の一件については、違和感を共有できないリリィたちの助けは望めない。

 そのために、こうして意識して精神状態を落ち着けることは大事だった。


「あら、旦那様。稽古は終わったのかしら」


 振り返ると、宿の女主人が裏口から出てきていた。

 おっとりとした笑みを浮かべて、こちらに歩いてくる。


 歳の近い彼女とは、滞在中にそれなりに打ち解けている。

 おれも特に身構えることはなかった。


「ずいぶんと熱心なのね」

「ああ。旅をしていると、物騒な出来事に巻き込まれることも多々あるからな」

「すごかったわ。こう、びゅんびゅんって」


 おれが剣を振っている間、彼女は一度、宿の裏手にある小さな畑の世話をするために外に出てきていた。


 そのときに、おれが素振りをする姿を目にしていたらしい。

 彼女はおれが剣を振る真似をしてみせた。


 見た目は落ち着いた雰囲気があるのに、そうした仕草は意外と子供っぽい。


 あまり運動神経はよくないのか、変な踊りみたいになってしまっているのも、子供っぽさを感じた理由かもしれない。


「……失礼しました」


 手をとめた彼女は、少し恥ずかしげにはにかんだ。


「そうだ。肝心なことを忘れていたわ。朝食の準備ができたけれど、どうする?」

「いつも通り、他の仲間たちと一緒に摂るよ。声をかけてくるから、少し待っていてもらえるか?」

「承りました」


 にこやかに頷いた彼女に、おれは尋ねた。


「そういえば、さっきはなにか考え込んでいる様子だったが、どうかしたのか?」


 おれが剣を振るっている間の話だ。

 素振りをしながらも、おれは周囲の警戒を怠るようなことはしていなかった。


 当然、彼女の存在も認識していたし、ある程度は動向を把握していた。


「あら。見られていたの? 恥ずかしいわね」


 頬に片手を当てて、宿の主人は照れ笑いをした。


「なかなか思った通りにはいかないものね。少し想定外のことが起こってしまって、どうしようかと考えていたところなの」

「なにか困っていることがあるなら、手を貸そうか?」

「ありがとう。でも、かまわないわ。なるようになるでしょうしね」


 達観したようなことを言った彼女は「それじゃあ、またあとで声をかけてくださいな」と言い残して去っていった。


「なるようになる……か」


 残されたおれは、小さくつぶやいた。

 それで済ませてしまえればいいのだが、おれの場合は、仲間たちのこともある。


 ただ流されるままでいるわけにはいかなかった。


「ゴシュ、サマ。ドウス、ノ?」


 唯一、おれと違和感を共有しているアサリナが、にょろんと手の甲から飛び出してくる。


「……そうだな」


 現状、おれたちは恐らく幻惑の術か、それに類する攻撃を受けているものと考えられる。


 厄介なのは、なにかおかしいのはわかっていても、なにがおかしいのかわからないことだ。

 おかしいと感じているおれでさえ、なにがおかしいのかわからない。


 おかしいことを、おかしいとは思えない。

 矛盾を認識できない。


 きっとそれは、この場のルールだ。

 どういうわけか、おれとアサリナだけが、そこから少し外れている。


 もちろん、おかしいと感じた初日のうちに、自分とアサリナが共有している違和感については、仲間たちに話をしてあった。


 警戒をしておいてほしいと伝えると、みんな戸惑いつつも頷いてくれた。

 最低限は、これでいい。


 ただ、危機感を持てないというのは、やはり大きい。

 なにを警戒すればいいのかわからない、となればなおさらだ。


 おれ自身が最大限警戒して、みんなを見守るしかなかった。


「……とりあえず、みんなの様子を見てこよう」


 おれとアサリナしか異常を感知できないのは困りものだが、逆に考えれば、おれたちだけは備えることができるということでもある。


 おれたちの存在は、幻惑を仕掛けてきている『敵』からすれば、想定外であるはずだ。

 そこをうまく利用しなければならなかった。


   ***


 みんなで食事を終えたところで、おれは加藤さんと一緒に、宿の表に出てきた。


 そこには、切り倒して運んできた木材を加工するローズの姿と、大体のところが作り終わった幌馬車のような乗り物があった。


「ご主人様。朝食は摂られたのですね」


 おれたちが姿を現すと、作業をしていたローズは顔を上げて微笑んだ。

 最近、ローズはとても機嫌がいい。


 普段も別に不機嫌そうな顔をしているわけではないが、いまは、はっきりと上機嫌であることがわかるのだ。

 そんな彼女を見ていると、おれも自然と笑顔になれた。


「進捗はどうだ?」

「昨日もお話をしました通り、順調です。明日には作り終わるでしょう」


 詳しい話を聞いてみると、魔石を動力源として動く車は、今朝、最低限のフレームを組み立てた状態で、試運転を行ったところらしい。

 ディオスピロで手に入れた魔石がきちんと作動することは、確認済みだということだった。


 明日には、出発できるというわけだ。


 とはいえ、それで安心というわけにはいかないが。


 現在、おれたちを襲っている異変の原因がなんなのかわからない以上、この場を離れることで事態が解決するという保証はない。


 悪化する可能性もあるし、なにも変わらないかもしれない。


 解決するとしても、それまでに何事もないとも限らない。


 むしろ、いっそうの警戒が必要だろう。


 おれが気を引き締め直したそのとき、背後で宿の扉が開いた。


「あれ? リリィさん、どうしたんですか?」


 おれがローズから話を聞いている間、ローズの作業の途中で出てしまった木材の削り屑をせっせと箒で集めていた加藤さんが、不思議そうな声をあげた。


 宿の玄関から出てきたリリィは、きょろきょろとあたりを見回してから、こちらにやってきた。


「ねえ、美穂見なかった?」

「水島さん? いや。見ていないが」


 加藤さんとローズも首を横に振る。


「どうかしたのか?」

「んっとね。話があったんだけど、捕まえ損ねちゃって」


 おれが尋ねると、リリィはちょっと難しげな顔を見せた。


「なんの話だ?」

「将来的には美穂も、擬態能力を使って外に出ることを考えてもいいんじゃないかと思って。その説得をしてるの」


 リリィは豊かな胸の下で腕を組んだ。


「美穂は現状で満足しちゃってるみたいだし、そんなのルール違反だって言って、本人にはあんまりその気もないみたいだけどさ……そんなこと言わずに、たまには外に出てもいいとは思わない?」

「まあ、引きこもりは困るな」


 なにげなく相槌を打ってから、おれは疑問に思って尋ねた。


「だが、そんなことできるのか?」

「できるよ。というか、いまでも数十秒程度でいいならいけるし。実際、転移者としての美穂の素質で目覚めた『部分擬態』は、わたしひとりじゃできない複数の擬態の制御を、一部美穂に任せてるしね」

「そうなのか?」

「うん。あくまで補助だけどね。そっちの練習はしてくれてるから、いずれは擬態にも慣れるとは思うの。そしたら、美穂も外に出てくることができるようになるはず……なんだけど」


 リリィは小さく肩を落とした。


「それだって、当人にそのつもりがないと駄目じゃない? 最低限、自分がここにいるってことくらいは、ご主人様たちに伝えておいてもいいんじゃないかと思うんだけどねえ」

「そうだな」


 頷きつつ、おれはこめかみに手をやった。

 わずかな頭痛。


 多分、なにかおかしなことがあるのだろう。


 それがなにかはわからない。

 ひょっとしたら、この会話自体が明らかに全部おかしなものなのかもしれない。


「わたしは美穂に助けられたからね、少しでも恩返ししたいかなって。それとも、こんなの迷惑なのかな」

「そんなことないと思いますよ」


 気落ちした様子のリリィに、加藤さんが言った。


「水島先輩は、あれでけっこう、ものぐさなところもありますから」

「そうなの?」

「ええ。好奇心を刺激されたことについては、フットワーク軽いんですけどね。向こうの世界にいたときには、いろんな本を読んでましたし、部活も熱心にやっていました。ただ、気が乗らないことに関してはどうも腰が重くて。快楽主義者、というほど享楽的ではないんですけど……まあ、子供っぽいところがあるんですよ。おまけに、男女関係は割と鬼門というか、初心で不器用な人ですし。お尻を叩いてあげるのは、いいことですよ」

「……なんだか、すごく実感がこもってるね」

「わたし、あの人と仲良かったですから」

「ああ。そういえば、そうだったっけね。……本当だ。世話を焼かれてる記憶がある」


 両手でこめかみに触れて、リリィは宙に視線を彷徨わせた。


 記憶を探っているらしい。

 口元には、好意的な苦笑が浮かんでいた。


「ふふ。なんだか、加藤さんがローズにいろいろ世話焼いてたのが理解できた気がする」

「ローズさんとはまた少しタイプが違いますけどね」


 リリィと加藤さんが視線を向けると、きょとんとした顔でローズが首を傾げた。


 そんなローズに微笑ましげな視線を送ってから、加藤さんはリリィに向き直った。


「まあ、あんまり言い過ぎると逃げちゃいますから、また機会を待ってでいいんじゃないですか」

「ん、わかった。そうする」


 と、頷いたリリィは水島さんを探すのをやめて、このままローズと一緒にいるということだった。


 おれは部屋に戻ることにした。


 リリィたちの様子は確認できた。

 次は、先に部屋に戻ったはずの、ガーベラの様子を見ておこう。


   ***


「あ、真島くん。お帰りー」

「……なんでだ」


 なぜか部屋でおれのことを出迎えたのは、水島さんだった。

 持ち込んだらしい小さなテーブルに掛けて、おれたちがディオスピロで買ってきた本を広げている。


 おれは、最近悩まされている違和感とは関係なしに、眉間を指で押さえた。


「……水島さん。なんで、ここにいるんだ」


 ここは、おれとガーベラの部屋だ。

 水島さんはリリィと同室だった。部屋はふたつ隣にある。


「ガーベラさんに入れてもらったんだよ。あ、ガーベラさんは、山菜を取りに行くっていう宿のご主人とご一緒するって言っていたよ」

「いや。そういうことじゃなくてな……」

「まあまあ、いいじゃない」


 愛想良く笑う水島さんの顔を眺めて、おれは半目になった。


「……ひょっとして、水島さん、リリィから逃げてきたのか?」


 うぐ、と水島さんは変な声をあげた。


「り、りーちゃんは関係ないよ?」

「声が上擦ってるが」

「うぐー」


 おれが溜め息混じりに言うと、水島さんはテーブルに上体を倒した。

 同時に足を投げ出したせいで、スカートが少し乱れる。


 その姿はリリィと似ているが、リリィではない。

 同級生の女の子の無防備な姿を、あまりじろじろ見るのも失礼だろう。


 おれは不自然じゃない程度に目を逸らした。


 すると、くるりと水島さんはこちらに顔を向けた。


「……いま、こんな体勢なのにおっぱい潰れてないなって思ったでしょう?」

「思ってない」


 目を逸らしたのは、決してそういう意図ではない。

 見るに堪えないとか、そういうことではない。


 だが、水島さんは信じなかったようだった。


「いいんだよ。どうせりーちゃんとは違うもの。真島くんの巨乳好き」

「違う、誤解だ。というか、別におれは、巨乳好きじゃない」

「あ。それは確かにそうだね。りーちゃん、小さくもできるし。いろいろ楽しめるもんね。小さい状態でだって、十分に真島くんは……」

「やめてくれ」

「だけど、ガーベラさんは同じくらいおっぱい大きいよね。とすると、やっぱり傾向としては……」

「そんなに話を逸らしたいのか?」


 これも図星だったのか、水島さんは顔を逸らした。


 むうと唇を尖らせている。

 苦笑して、おれは自分の使っているベッドに腰を落とした。


 もう一方の、ガーベラの使っているベッドには、あやめとベルタが丸くなって眠っていた。

 おなかがいっぱいになって眠くなったのかもしれない。

 おれも少し眠気を誘われる。


 欠伸を噛み殺したおれに、水島さんが尋ねてきた。


「りーちゃん、どうしてる?」

「リリィか? いまはローズと加藤さんのところにいるよ」

「……怒ってなかった?」

「そんな様子はなかったな」

「そっか」


 吐息を付いた水島さんに、おれは言った。


「リリィも悪気があるわけじゃないんだ。嫌わないでやってくれ」

「それはわかってるから大丈夫」


 水島さんは片手をあげて、ひらひらと振った。


「気遣ってもらえてるのは嬉しいし。あの子の言っていることもわかるんだ。ただね」

「なんだ」

「もうちょっと時間がほしいんだよぅ……」


 弱った声で、水島さんはぼやいた。


 そんな反応を、おれは不思議に思った。


「なにか問題があるのか?」


 さっきは本気で話を逸らそうとしていたようだし、嫌がっているのとは少し違うようだが、困っているのは確からしい。


 おれの疑問の視線に対して、水島さんは口元をもごもごとさせたあとで、観念したように口を開いた。


「りーちゃんとわたしって、かなりの部分、お互いの記憶を持ってるんだよ。知ってた?」

「リリィのほうは。水島さんも、そうなのか?」

「そうなのです。ただ、違いもあるんだけど」

「違い?」

「ほら、りーちゃんはわたしを食べたから、わたしの記憶を得たわけだけど、別にわたしの人生をわたしの肉体で経験したわけじゃないでしょ? だけど、わたしがりーちゃんの記憶を持っているのは、あの子のなかにいて、あの子と肉体を共有していたからなんだよね」


 水島さんは、手慰みにテーブルに指先でぐるぐる円を描きながら、説明を続けた。


「だから、りーちゃんはわたしの記憶をあくまで知識として保持しているだけなんだけど、わたしはりーちゃんの体験を実感として持ってるんだよ。まあ、実際にりーちゃんの肉体に同居して体験しているんだから、当然のことなんだけどね」

「それが、なにか問題なのか?」


 水島さんは少し言葉を選んだあとで、視線をテーブルの木目に彷徨わせた。


「……ちょっといいなって思ってた男の子が頑張ってる姿を、一番近くで見ていたら、まあ、なんというか、ぐらっときちゃうものじゃない?」


 その頬は、赤く染まっていた。


「まあ、実際見ていたのはりーちゃんなんだけどね。でも、いつだってわたしも一緒にいたようなものだったわけでね。ああ、つまりね、なにが言いたいかって言うと……」


 水島さんは頭を抱えた。


「好きになっちゃった男の子と、付き合うどころか告白すらしていないのに、あまあまにいちゃついたり、熱烈に愛を囁き合ったり、あまつさえ同衾した記憶さえあるわたしは、どういう顔して彼に会えばいいんだと思う?」

「……」


 これ以上ないくらい、答えづらい質問だった。


 というか、こんなのどう答えろというのだ。


 おれは曖昧に笑うことで、返答を避けるしかなかった。


「ぅうー」


 人類が通常、経験するはずのない悩みに直面した水島さんは、しばらく頭を抱えていた。


 やがて、閉じていた目がぱちりと開いた。


「まあ、真島くんにこんなこと言っても困っちゃうよね」


 気持ちを切り替えることに成功したらしい。

 水島さんは、テーブルから身を起こした。


 にこりとして、おれの顔を見る。


「……あれ?」


 きょとんとした顔になった。


「真島くん?」

「なんだ」

「真島くんだよね?」

「それはもちろん、おれは真島だが……これまで、誰に話しているつもりだったんだ?」

「あ、うん。そうだよね」


 おれが怪訝に思って尋ね返すと、水島さんはこくこくと頷いた。


「おかしいな。なんかいま、わたし大変なことを話しちゃった気がしたんだけど……」

「……」


 口には出さなかったが、おれもそんな気がした。

 だが、なにが大変だったのかはわからない。


 ――矛盾は、認識できない。


 わからないということは、なにか矛盾があったのか。

 それとも、ここで水島さんがそれをおれに告げること自体がありえないことだったのかもしれない。


「気のせい、かな?」


 しきりに首を傾げていた水島さんは、答えの出ない疑問に割り切りを付けることにしたようだった。


「あ。ごめんね、真島くん。なんだか、わたしばっかり話しちゃったね」


 口元を押さえると、決まり悪そうに眉尻を下げる。


「どうもりーちゃんの感覚に引きずられてるとこがあるみたい。思い返すと、無防備な姿を見せちゃったような……」

「そんなのは、別にかまわないが」

「だけど、真島くんも困ってることあるでしょ? それなのに、甘えちゃってごめんね」

「……」


 どうやら水島さんは、どうしておれがこうして宿屋をうろついているのか察していたようだった。


「違和感、だっけ? わたしはそれを感じられないから、どうもぴんとこないんだけどさ」


 水島さんは、ゆっくりと首を傾げた。


「それが本当なんだとしたら、なんのためにどういう人が、そうしているのかな?」

「なんのために、どういう人が……?」


 おれは、かすかに眉をひそめた。

 そんなおれの姿を見て、水島さんは慌てたように両手を振った。


「あっ、ごめんね。思い付いたことを言っただけ。無責任なこと言っちゃったかも……」

「いや。別の視点からの意見はありがたいよ」


 ひとりで考えていると、どうしても思考が単調になってしまいがちだ。

 現状のなにがおかしいのか、どうすればいいのかに気を取られて、そこまで考えていなかった。


「おれも、そのあたりをちょっと考えてみる。助かった」

「そ、そう……? 話を聞いてもらってばっかりだったから、役に立てたなら嬉しいけど……」


 おれの言葉に、水島さんは照れた様子ではにかんだ。

 そうした彼女の姿は、たいそう可愛らしいものだった。


「それじゃ、邪魔しても悪いし、わたしはちょっと外の空気でも吸ってこようかな」


 くるくると亜麻色の前髪を指先に巻き付けていた水島さんは、ぴょんと跳ねるように立ち上がった。

 床を叩いた靴音に、あやめやベルタも気付いて目を覚ました。


 彼女たちには、なるべく水島さんか加藤さんの傍についているように頼んであった。

 きちんと覚えていた二匹は、水島さんが開けた扉から先に廊下に出ていく。


「ああ、そうだった。この機会を逃したら、次がいつになるかわからないから言っておかないと」


 続いて部屋を出ようとした水島さんが声を上げた。

 こちらを振り返って、口元をほころばせる。


「あそこで終わるはずだったわたしがここにいられるのは、真島くんのお陰だよ。だから、ありがとう」


 そう言って見せた水島さんの笑顔は、奇跡みたいに魅力的なものだった。

◆水島さん回です。

割と需要があるみたいなので、しっかり書いてみました。


ちなみに、いまの水島さんはリリィの影響で身内相手の無防備モードになってるだけで、学校では(仲の良い加藤さんなんかを除いて)もうちょっとしっかりしてました。


ちなみに、部活は一巻の書き下ろし番外でちらっと触れてたりします。


◆切りのいいところで分割投稿です。

もう一回投稿します。

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