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モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
4章.モンスターと寄り添う者
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12. 五里霧中

前話のあらすじ:

もふもふ、あやめ視点!

   12



 ディオスピロを発ってから、早くも三日が経過していた。

 おれたちは、昨日の夜のうちに山道の入り口近くまで辿り着き、いまは山道を進んでいるところだった。


 昨日今日と、道を急いだお陰で、予定よりも半日早い行程となっている。


 急いでいるのには、もちろん、理由があった。


 というのも、本当なら昨日のうちに合流する手筈だったベルタが、姿を現さなかったのだ。


 なにかトラブルがあったのではないか……。


 心配になったおれは、加藤さんやケイにも無理のない程度に先を急ぐことにした。


 しかし、山道に入ってからは、移動速度を落とさざるをえなかった。

 深い霧が、山道を覆っていたからだ。


「全然、前が見えないですね」


 と、つぶやいた加藤さんは、ローズに背負われて移動していた。

 これだけ視界の悪い状況で、万が一にもモンスターに遭遇したら、戦う力のない加藤さんでは即応できない場面もありえる。それを避けるための措置だった。


「まるで雲のなかにいるみたいです」

「ああ。以前に警告は受けていたが、これほどとはな……」


 頷いたおれは、苦々しい思いで呻いた。


 まだ帝国領にいたとき、キトルス山脈に入る前の開拓村で、山道にはたまに霧が出ると聞いたことがあった。


 整備が万全とは言えないこの山道で深い霧が出れば、足を踏み外して斜面を転がり落ちる危険性がある。

 どうしても慎重にならざるをえなかった。


 霧は晴れるどころか、歩いているうちにどんどん濃くなっていった。

 慎重に行動すればいいだけのことなので、普段ならなんてことはないのだが、早くリリィたちの無事を確認したい現状では焦りが募った。


「先輩。少し休憩しませんか」


 そんなおれを見かねてか、加藤さんが声をかけてきた。


「みなさん、朝からずっと歩き通しですし、疲れも溜まっているでしょう。それに一度、気持ちをリセットしたほうがいいと思います」

「……わかった」


 焦っている自覚はあったので、おれは素直にその提案を受け入れた。

 適当に拓けた場所を見付けて座り込むと、腰に下げていたポーチから水筒を取り出す。


 これらはいずれも、ローズが模造魔石を用いて製作した品だった。


 ポーチは、例の魔法の道具袋の機能を再現して、容積の増量と物品の保全の魔法がかかっている。

 ベルトが付いているので、どこにでも装着できるようになっていた。


 また、水、火、土、風の属性魔法については、どれも、ある程度の強度での再現が可能になっており、水筒についてはそちらを利用していた。

 仕組みは簡単で、内部に水属性の魔法を再現する模造魔石が仕込まれており、必要に応じて魔力を流せば水が生成されるようになっている。


 各々休憩をし、喉を潤し、必要がある者は干し肉を齧って小腹を満たしていると、ふとケイが口を開いた。


「どうしたの、シラン姉様?」


 問い掛けられたシランは、眉の間に皺を寄せてなにか考え込んでいる様子だった。


「……さっきから、なにかを忘れているような気がするのです」

「忘れてる?」

「ええ。こうした状況を、以前にどこかで……」


 言いかけたシランが、はっと青い目を見開いた。


 常に傍らに浮いている精霊に目をやる。

 普段のんびり宙に浮かんでいる精霊は、丸い体をボールみたいにぐるぐると回していた。


 途端、空気が張り詰めた。


「……敵か?」


 精霊には、索敵能力がある。

 状況を察したおれたちは、即座に立ち上がって武器に手を伸ばした。


 しかし、精霊の助けによって、接近する存在に最初に気付いたシランだけは、武器に手をかけなかった。

 代わりに、すっと腕を持ち上げる。


「……いえ。どうやら敵ではないようです」


 シランが指さす先、分厚い霧のベールの向こうに影が見えた。

 おれが振り向いたときには、影は身を翻して、来たほうへと戻っていくところだった。


 視界の遮られる霧のなか、ほんの一瞬だけだったのでシルエットしかわからなかったが、どうもそれは四つ足の獣のようだった。


「……犬、か?」

「いいえ。孝弘殿。違います」


 シルエットからおれはそう判断したが、それはシランに否定された。

 精霊を通じて、こちらに接近してくる存在に初めに気付いたシランには、その正体を見極めるだけの時間があったらしかった。


「あれはベルタです」

「っ!? 本当か!?」


 それは、昨日のうちに合流するはずだった同行者の名前だった。

 思わず声を上擦らせてしまったおれに、シランは安心した様子で笑みを向けた。


「恐らく、他のみんなを呼びに行ったのではありませんか。怪我をしている様子もありませんでしたよ」


 シランの言葉が正しいことは、すぐにわかった。

 とりあえずベルタがいなくなったほうに歩き出して一分もしないうちに、気配が近付いてきたからだ。


 さっきの影よりも小さな影が、わふわふと一目散にこちらへ走ってくる。

 それがおれたちの可愛い仔狐のものであることは、すぐにわかった。


「あやめ!」

「くー!」


 飛びついてくるあやめを抱きとめる。


「あやめ、無事だったか?」

「くぅー?」


 こちらに近付こうと空中でばたばた足を動かす彼女には悪いが、両手で顔の高さまで持ち上げて、ひとまず鼻先から尻尾の先まで確認させてもらう。


 怪我はないし、切羽詰まった様子もない。

 つぶらな瞳にあるのは、ただ再会の喜びだけだ。


 そこまで確認して、ようやくおれは彼女の小さな体を胸に抱きかかえた。

 口元をぺろぺろ舐められるくすぐったさを感じながら、胸を撫で下ろす。


 心配していたようなことは、どうやらなにもなかったようだった。


「……おれの心配し過ぎだったみたいだな」

「よかったですね、先輩」


 ローズに背負われた加藤さんが微笑む。

 おれも口元を緩めた。


「ああ、こうして合流できたんだから、もう大丈夫……」


 口にした言葉が、途中でとまった。

 自然と、眉が寄った。


「ご主人様? どうかしましたか?」


 気付いたローズが、不思議そうな様子で尋ねてきた。

 おれはローズに顔を向けた。


「……いま、なにか変じゃなかったか?」

「と言われますと?」

「いや、はっきりとは言えないんだが……」


 多分、さっきまでのやりとりだ。

 なにかがおかしかった気がした。


 だが、なにが変だった?


「……」


 おれは数秒脳裏を探った。

 ……駄目だ、思い付かない。


 ただの気のせいで済ませてしまってもよかったかもしれない。

 おれがそうできなかったのは、まるでこの霧のなかの光景のように、思考の輪郭がぼやけているように感じられたからだった。


 そうした気持ちが、パスを介して伝わってしまったのかもしれない。


「……よくわかりませんが、なにかご懸念があるのですね」


 片手で額を押さえたおれのことを見て、ローズが表情を凛々しいものに変えた。

 背負った加藤さんと一緒に、こちらに歩み寄ってくる。


「大丈夫です。ご主人様のことは、この身に代えても、必ずや我らがお守りいたしますから」


 誠実で、力強い宣言だった。

 こちらに向けられた顔には、おれのことを気遣うなかにも、覚悟を秘めた表情が浮かんでいた。


「ローズ……」


 樹海にいた頃のことを、ふと思い出した。

 初めて会ったときからすれば、見違えるほどに変化したローズだが、それでも変わらないものもある。


 体に入っていた余計な力が抜けるのが感じられた。

 おれは、小さく吐息をついた。


 そうだ、考え事をするのなら、もっと冷静でなければならない。


「ありがとう」


 ふっと笑って、おれは感謝を伝えた。

 ローズもにこりと笑みを返して……――。


「――」


 おれは、その顔をまじまじと見詰めた。


「ご主人様……?」


 不思議そうな顔をするローズ。

 背負った加藤さんとちらりと目を見合わせる彼女を見て、おれは眉をひそめてしまった。


 やっぱりそうだ。


「なあ、ローズ。お前、なんだか……」

「はい」

「……今日はいつもより、可愛くないか?」


 聞いたローズが、ふらっとよろけた。


 背負われた加藤さんが悲鳴をあげる。


「きゃっ!?」

「あ!? す、すみません、真菜」


 バランスを失って転びかけたところで、ローズは咄嗟に座り込んだ。


 地面に両手をついたお陰で、事なきを得る。

 被害は、霧で濡れた地面についた長手袋が汚れるだけで済んだ。


「ご、ご主人様、なにを……?」

「あ、いや。悪かった」


 震える声で尋ねてくるローズに、おれも少なからず動揺しつつ謝罪した。


 いや、本当に。

 なにを言ってるんだろうか、おれは。


「なにをしているのですか、おふたりとも……」


 呆れた様子でシランが声をかけてきた。

 ローズが立ち上がり、あやめはくうーと鼻を鳴らしておれを見上げる。


 そのときだった。

 霧の向こうから声が聞こえてきた。


「まったく、あやつは。ひとりで飛び出して行ってしまうとは……」


 おれたちが振り返った先、新たに人影が現れた。


 霧の白に溶けてしまいそうな、純白の少女だった。

 彼女はこちらに気付くと、ぱあっと混じり気のない笑みを浮かべた。


「おおっ、主殿! 他の皆も!」


 真っ白な髪をたなびかせて、たたっと、こちらに駆け寄ってくる。

 あやめと同じで、こちらも怪我はない。


 いつも通りのガーベラの姿に、おれは安堵の吐息をついて、彼女のことを迎えた。


「よかった、無事だったんだな」

「うむ? おお、無事に合流できてなによりだ」


 おれたちが心配していたことを知らないガーベラは、おれの言葉に変な顔をしたものの、それはともかくと再会を喜ぶことにしたようだった。


「予定通り、十日ほどか。正直、長かったぞ」

「リリィはどうした?」

「ベルタたちと一緒に、主殿のことを待っておるよ」


 最後のひとりの無事も確認できて、本当の意味で安心できた。


「そうか、よかった」

「うむ。早速、案内しよう。こっちだ」


 ガーベラが先に立って歩き出した。

 すると、おれの腕のなかからあやめが地面に降りて、ガーベラを追い越して走っていってしまった。


「ああ、これ。あやめ! ひとりで行くな!」


 ガーベラが注意するが、どこ吹く風だ。

 この霧のなかでは、すぐにその姿は見えなくなってしまう。


「まったく……」


 幼い子供そのもののあやめの行動に、ガーベラが溜め息をついた。


 微笑ましい光景だった。

 少し離れていただけに、尚更、強くそう感じる。


 昨日から心配で負荷がかかっていた精神が癒される……。


 ……そのはず、なのだが。

 やっぱり、なにか変な気がした。


「なあ、ガーベラ」

「うむ?」


 振り返るガーベラ。


 すらりとしたその立ち姿に、おれはなにかを言いかけて。


「……いや。なんでもない」


 言葉が見付からなかった。


 ガーベラはかたちのよい眉を片方さげて、小さく笑った。


「変な主殿だな。疲れておるのか?」

「……そうかもしれない」


 昨日から、おれたちは先を急いでいた。

 当然、多少の疲れはある。


 加藤さんやケイが大丈夫なのに、一番にへばってしまったとしたら情けない話だが……昨日はリリィたちになにかあったのではないかと思って、なかなか気も休まらなかった。

 そのせいで、思っていたより心身に疲れが溜まってしまったのかもしれない。


「そうか。疲れておるのならば、今日はもうゆっくりと休むがよかろう」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 どうせローズが車を組み立てるまでは、おれたちはここを動けない。

 山を下りて、人間社会を移動するには、ガーベラたちの身を隠すための車が必要だからだ。


「ふむ。主殿が疲れておるのだとすれば、丁度よかったかもしれんな」


 上機嫌でガーベラは言った。


「よい場所を見付けておいたのだ。リリィ殿もそこにおるよ」

「というと、洞窟でも見付けたのか?」


 洞窟暮らしは、樹海にいた頃にしているから慣れている。

 なにもない場所で野宿するより気は楽だ。


 だが、ガーベラは肩越しに振り返ると、笑ってかぶりを振った。


「いやいや。洞窟などより、もっとよいものだ」

「よいもの……?」

「ほら、見えてきた」


 言葉に従って前を見れば、ぼんやりとした影が見えた。


 近付いていくと、霧の向こうからそれは姿を現した。

 おれは息を呑んだ。


「……」


 山道の脇に建っていたのは、軒先に看板を下げた、宿屋と思しき木造二階建てのこじんまりとした建物だった。

◆出題編的な。

ここの描写おかしくないかな、と思った方は、多分合ってます。


◆ページ下部に、キャラクター人気投票ページへのリンクを貼ってみました。

ついでにやってみたアンケも含めて、割とあやめ回の影響が見えて面白いですね。

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