3.答えの欠片
男はクライヴと名乗った。メイド服の女性はアリシア。先程のやりとりからわかるように兄妹である。
美波はクライヴに促され、彼がひいた椅子に座る。その向かいにはクライヴが。アリシアが手際よく二人の前にお茶を出した。
それを一口飲み、ほっと一息つくと、早速クライヴが切り出した。
「さて、お姫様。ここがどこだかご存知ですか?」
そんなの、知っているわけがない。それを知りたいから今こうして話を聞いているというのに。
反射的に向けた反抗的な視線からその気持ちを汲み取ったのだろう、クライヴは苦笑する。
「まわりくどかったようですね。では、単刀直入に言いましょう。ここは貴女のいた世界とは違う場所。――貴女は異世界にやって来たのですよ」
「はあ…?」
一言もらしたきり固まった美波を正面の男は面白がるように見つめる。そして、淡々と言葉を紡いだ。
「この国には稀に異世界の人間が降り立ちます。前例はもう100年以上前になるようですが。私も詳しくは知りませんが、条件があるようですよ。例えば、」
勿体ぶっているのか一度言葉を切る。美波の反応を探るようにまっすぐに見据えてくる。
「――王が望むこと」
「望むって、どういうことですか」
ようやく絞り出した言葉にクライヴは満足そうに笑う。
状況を楽しんでいるその姿を美波は睨み続けた。
「言葉通りの意味だと思いますよ。王が異世界の人間の存在を望む。そして他の条件さえ揃えば、王のもとへ呼ばれるのでしょう」
――王のもとへ?けれど私が会ったのはアリシアさんとクライヴさんだけ。私を呼んだという王様なんて、知らない。
「私は、王様なんて知りません」
「ああ、やはり覚えていないのですね。陛下のおっしゃる通りのようだ」
一向に自分が望む方向に話が進む気配がなく、美波は頭を抱えたくなった。どうにもこのクライヴという男はマイペースというのかなんというのか。空気を読めない。というよりも読む気がなさそうである。
美波と同じことを考えたのか、傍に控えていたアリシアが助け舟を出した。
「気を失われた姫様を運び、この部屋を用意させたのは陛下なのですよ」
「ええ。いつものように庭園に足を運ばれたと思えば、女性を抱えて戻って来られたので我々は大変驚きました」
庭園。その場所にはうっすらと覚えがあった。美波が最初に見た、色とりどりの花が咲く美しい場所。まるで、この世ではないような。そして、そこにいた男。あれが王様だったのだろうか。
「陛下はあの様子では何も覚えていないだろうとおっしゃっていましたが、どうやら多少は覚えていらっしゃるようですね」
「あの様子…?」
「はっきりとしたことは何も教えて下さらなかったのでどのような様子かは私も分かりませんが」
美波にも分からなかった。覚えているのは、あの美しい風景とそこにいた男の存在。そして、微かなぬくもりだけ。
あの心地よいぬくもりも王様のものだったのだろうか。自分をこの世界に呼んだ人。それを覚えていないのが、ひどく残念だった。
「まあ、それは直接陛下にお聞きするといい。貴女をこの世界に呼んだ理由と一緒に」
笑みを浮かべたままクライヴは続ける。
「聞いたら私にも教えて下さい。あの陛下が異世界の人間に一体何を求めるのか、興味があるので」
「兄様!」
美波を気遣うアリシアと対照的に面白がる様子を隠さないクライヴに妹から鋭い声がかかった。その声にクライヴは肩を竦めて見せる。不意に真面目な表情になった。
「王が望み、王がこの世界へ呼び寄せたお姫様。貴女が混乱するのももっともだ。何故自分が、意味が分からないと思っておられるでしょう。ですが、その答えを知っているのは陛下だけです」
「…帰る方法も?」
「おそらく。神官ならもう少しわかるかもしれませんが」
「王様は、どこにいるんですか。私は、王様と話をしたいです」
王様とは絶対に話をしなければならない。せめて、会う機会を作らなければ。そう考えた上での問いかけにクライヴは再び表情を緩めた。
「たいていは執務室か鍛錬場ですね。ただそこを訪ねたからといって話が出来るとは限りません」
「それでも、」
「待っていればいい」
言い募ろうとした美波の言葉はあえて重ねられた言葉に遮られた。
「陛下は貴女に興味を持っておられます。近いうちに必ず訪ねて来られますよ」
そもそも、今日ここに私を来させたのは陛下ですから。そう言い切ると自分の仕事は終わったというようにクライヴは立ち上がる。
「それでは失礼致します、お姫様」
優雅に礼をし、部屋を出て行った。
自信満々にアリシアを制し、説明を始めたものの、結局それが説明になっていたのかなっていないのかは、新たな事実達に必死に情報を整理している美波にはよく分からなかった。