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2.世界のはじまり

痛みはいつまでたってもやって来なかった。

いい加減固く目を瞑り続けるのも疲れたので、もし開けたところで地面に直撃したらすごく嫌だな、などと考えながら美波は目を開いた。


ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。ついでに目も擦ってみた。しかし何も変わらない。



「何これ…」



今目の前にある光景は、ペンキがところどころ剥がれた見慣れた駅のホームではなかった。


緑と赤と白と黄色と。そこには色とりどりの花が咲き誇っていた。

美波は落ち着きなくきょろきょろと周りを見渡す。雲ひとつない青い空。どこまでも広がる緑。

茫然としていた美波の目から涙がこぼれた。



「おい、お前…」



涙でぼやけていた視界が突然暗くなる。男の声だった。

美波は半ば自棄になって、目の前にいるであろう男の服を掴んだ。



「こんなの、ふざけてる」




――久しぶりに泣くのに。せっかく今まで我慢していたのに。こんなわけがわからないところで、こんなわけのわからない理由で泣くなんて悔しすぎる!



実際に全部口に出していたのかもしれない。男が戸惑ったように、自分の服を掴んでいる手に触れてきた。

その温かさに、また涙が溢れる。簡単には止まりそうになかった。見ず知らずの男の服を掴んだ手も、触れてきた手もそのままに、美波は泣いた。












再び意識がはっきりしたときには、身体が全体的にふかふかの感触に包まれていた。頭には枕。背中には布団。身体の上にも布団。というかベッド。



「気持ちいいなー」



ベッドの上をころころ転がりながら、はて、と考える。下宿の布団はこんなにも気持ちが良かっただろうか。かわいいあざらし枕は?



ガバリ!と美波は飛び起きた。そして一度目のように何度も瞬きをして、何度も目を擦り、何度も周りを見渡した。なんだか目がひりひりした。

下宿の部屋よりもずっと広い。真っ白な壁と天井。落ち着いた色の絨毯。見慣れない、高価そうな家具。そして、自分のいる大きな天蓋付のベッド。



――ここは、どこ



そのとき、コンコンというノックの音がした。扉の外へと聞こえるか聞こえないかという小さい声で返事をする。失礼します、という声と共に入ってきたのは一人の若い女性だった。

美波は思わず女性の姿を凝視してしまった。何せメイド服なのである。実際にメイドの服は見たことはないが、漫画によく出てくるあれにそっくりだった。

不躾な程まじまじと見つめる美波の視線を受け、メイド服の女性は微笑んだ。



「お目覚めになられてよかったです、姫様」



優しく微笑む女性から出た言葉に美波は目を丸くした。

かれこれ20歳になるが、そのような呼び方は自分でしたことも他人からされたこともない。



「姫様?」



返事をせずに呆けている美波に女性は再び声を掛けた。



さて、何と言おうか。やめて、そんな柄じゃない、恥ずかしい、そもそもここはどこ――。


全部言ってしまいたい。しかし、まず何を口に出せばいいのか、頭の中でぐるぐると考えているだけで言葉にならない。

そうして口をぱくぱくしていると、女性が心配そうな顔で覗き込んでくる。



――はやく、何か言わないと



「あ、」

「アリシア、いいかな」



ようやく口に出した言葉と突然割って入ってきた声が重なった。


二人同時に声のした方、つまりドアに目を向けた。

そこに立っていたのはこれまた物語でしか見たことがないような格好をした若い男だった。



「兄様、勝手に入って来ないでください!」



ああ、兄妹なのか。確かに柔らかな栗色の髪も、日本では中々お目にかかれないような碧の瞳も同じものだ。

めまぐるしく変わる状況についていけていない美波はそれでもぼんやりと考えた。



「一応ノックはしたんだけどね。誰も返事をしてくれないから。でも、私が来てよかっただろう?ほら、」



少女マンガに出てきそうなきらきらした容貌が2つ、自分の方に向いたのに美波はびくりと肩を動かした。



「お姫様は混乱しているようだ。お前より私の方が説明には向いている」



『説明』――そう、私はそれを一番望んでいたんだ!

先程から何も話すことが出来ず、ただ流されている状況からようやく抜け出すことが出来る。



――どこか、うさんくさいけれど。




女性はともかく、そんなことを考えながら男をちらりと見ると王子様のような容貌にこりと微笑みかけられ、美波は反射的に日本人特有のあいまい笑いを返したのだった。


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