1.逃げるということ
最近の自分はおかしかった。授業とバイトとサークルに明け暮れている日々だった。それが嫌だと思ってしまった。そう思ってしまうことが辛かった。
大学に入学した当初、今まで触れたことのないようなことを扱う授業が楽しかった。出来たばかりの学部の友達と一緒に授業を受けることは苦痛だなんて思わなかった。
とあるサークルに入って約2年間、活動日が多く、拘束時間も長かったけれど、それに対して不満はなかった。自分がやっていることが全体の活動につながっていると考えたら、やりがいなんていくらでも見つけられた。
バイトは大学に入って2ヶ月程経ってから始めた。始めた当初は何も出来ず、すぐに辞めたいなんて思うこともあった。ただ、仕事に慣れ、一緒に働く友人が出来てからはそんなことは思わなくなった。楽しいと思って働いていた。
大学生活を占める3つの要素のうち、嫌なことがあっても、必ず1つは楽しいと思うことが出来ていた。その1つがあったから、多少の辛いことも気にせずにいられた。
それが、少しずつ崩れていった。
友達と別れて、ひとりになった涼風美波は普段から人がほとんどいない――この日に限っては誰もいなかった――駅にいた。改札を通り、ホームにつながる階段をゆっくり降りる。
家に帰ってからやらなければならないサークルの仕事が頭をよぎり、友達と遊んで晴れかけていた気持ちがずんと一気に重くなった。帰りたくない。でも今日こそやらないと。頭の中でぐるぐると考えがまわる。
――逃げたい。
嫌なことしか見つけられない、この日常から。
ほんの一瞬、そんなことを考えた。
「――あ!」
その時、美波の足は階段を踏み外していた。バランスがとれず、体は前に傾いていく。
ここから落ちたら、どうなるんだろう。咄嗟にそんなことを考えた。迫る地面を見ていたくなく、美波は目を閉じた。
死にたいなんて、決して思っていなかった。ただ、少し。少しだけ、ここから逃げたいと、思ってしまった。
――それが、まさか、こんなことになるなんて。