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ザ・ワールド・オブ・アリス

作者: 松原志央

 新しい町。綺麗で、アンティークでお洒落で。流石は海外だと思う。

 有子は今日この町に越してきた。日本から。別れは辛いが、これはいつもの事で2・3年したらまた帰る。

 有子の両親は、父が日本人で母がイギリス人だ。だから大抵海外に行く時は母の故郷に来る。

 有子はどちらかと言うと、母に似てモカブラウンのブロンズ、目だって分からないくらいの銀色だ。始めてみる人は有子と母の目を見て驚くけど、有子は気にしていない。


「有子。ご飯食べようか」


 母がファーストフード店を指す。有子はそういえば、お腹が減ったと思い、首から下げてある懐中時計を見て壊れていたことを思い出す。

 この時計は小さい頃今はもう居ない祖父から貰った宝物だ。祖父は時計職人だった。有子が以前海外に行く時にくれたのを鮮明に覚えてる。

 祖父の話によると、この時計は祖父でも直せなかった、

偏屈時計で代々有子の父の家系で受け継がれてきたらしい。

 有子は兎とアリスが追い掛けっこするように短針には兎、長針にはアリスがついている文字盤を見つめた。丁度2時50分で止まっている。

 不思議な事に、一年位前は2時45分だったのに。有子自身はネジが緩んだだけだと思っている。


「有子、ほら着いたぞ」


 有子は父に呼ばれて今まで時計を見つめ続けていたことに気付く。この時計はいつも、有子の周りの時間を止めるみたいに、有子を夢中にさせるのだ。


「はぁい。今行くから」


 有子は父のもとへ駆けて行った。

 ファーストフード店は時間が遅いからか大して混んで居ない。有子はフライフィッシュバーガーを頼んだ。これでも、かなり健康には気を使っている。

 父は、だから太るんだと言うのにポテトもジュースもバーガーも皆Lサイズだ。母は食べても太らない。一体どんな体だと思う。


「11番です。あちらのお席へ」


 11と書かれた番号札を持ち、有子と両親はテーブルにつく。暫くして、11番のお客様〜と呼ばれた。母がトレーにバーガーを乗せて持って来る。

 有子はチェーンを止めている止め具を外した。食事の時は首から下げてある懐中時計を外す事にしているのだ。

 そして時計をテーブルに置こうとした瞬間に、時計が有子の手を滑り落ち、有子はハッとして時計に目をやる。お気に入りの懐中時計が落ちて行く瞬間が何故かスローモーションみたいにゆっくりと流れた。



   カシャン



 時計が落ちた。有子は急いでそれを拾う。

 表面に傷無し。大丈夫そうだ。良かった。


「はぁ……良かった……あれ」



カチカチカチ……



 それを見たときは、有子は奇跡を見たと同然な気持ちになった。時計が動き出していたのだ。2時50分から。


「お父さんお母さん見て!時計……きゃぁっ!」



 時計は動き出している。しかしその代わりと言う様に、母達の時間が止まっている。丁度2時50分で。有子以外の時間は全部止まっている。


「ほ、他に人は居ないの?」


 席を立ち、辺りを見回すけど動いている人が居ない。有子はだんだん不安になってきた。

 ファーストフード店を回ったけど誰もが時間を止めていて、有子が話しかけても反応がない。有子はもしかして、ファーストフード店だけが時間が止まっているのかもと少しの希望を抱いて外へ出た。

 しかし外へ出た瞬間、それが無駄な努力だ、と言う事を知った。

 車が、あと少しで有子達の居るファーストフード店に突っ込む途中で止まっている。有子は背中を冷たい汗が流れるのを感じた。


「はは、このまま時間が戻っても私達死んじゃうじゃない」


 するとどこかから、懐かしいような声がした。聞いたことがある声。


『有子、有子。こっち。こっちだよ!おいでよ!』


「貴方は誰?」


『私はアリス。有子、こっちだよ』


 しかし有子は確実に聞いた。女の子の声の脇に、誰かが必死で叫んでいるのを。でも何て言っているか分からない。アリスの声に消されて居るのだ。


『こっち(…俺は、)こっちだよ(ハクトだ)』


 男の子の声!有子は何故かその男の子に会いたくなり、声がする方へ歩いていく。 どうやら、この辺りの公園から声が聞こえてくるらしかった。公園は、不思議の国のアリスをテーマに作られて居るらしく、あちこちにトランプモチーフの遊具がある。

 有子は声の女の子もアリスだった事に気付いた。


『おいでよ!早く早く!』


「どこなの?」


 さっきから声はしているものの、どこかからしているかは分からない。

 男の子の声も止んだようだ。

『こっちだよ……もう、有子遅いよ!私が迎えに行くね!待ってて』


「え……?」


 次の瞬間、有子の目の前の空間が縦に裂けた。


「……っ!」


『有子。迎えに来たよ!私がアリス』


 青いドレス。金糸のブロンズ。目の覚めるような青い目。そして――……


「私?」


 アリスは他の誰でもない、有子と同じ顔をして居た。


『こっち。お父さんとお母さん助けたいんでしょ?早くおいで』


「この先には何があるの?」


『知らないよ?だって私お城から出たの始めつだもん!』


「お城って……」


『ほぉら、早く!』



 有子の返事を待つこと無く、アリスは有子の腕を掴んで裂目に連れこんだ。


「えぇぇぇぇ?」


 有子は暗闇の中へ落ちていった。









  き

   ゃ

    ぁ

   ぁ

     ぁ









      ドスン







「ったぁーい!」


「……痛いのは俺の方だと思うんだけど」


「え」


「ねぇ、早く立ち上がってくれない?俺体重が重いあんたのせいで潰されそうだよ」


「なっ!すぐ退くわよ!」


 どうやら裂目からはここに繋がっていたらしく、落ちたときこの人は運悪く真下に居たらしい。




「全く、空から落ちてくる奴なんて始めてだ。そら、良く顔を見せろ。記憶に留めておかないとな」


 良くみると、脱色したのか、髪が白い男の子は有子の顎を掴み自分の方へと引き寄せた。


「ちょ……」


「……っ!」


 紅い目。兎みたいだと有子は思った。一方で男の子は目を見開いている。


「私の顔、そんなに変かしら?」


「……ぜ来た?」


「へ?」


 男の子は急にうつ向いて体をワナワナと震わせる。有子には理解できない。


「なぜ来た?ここへ来てはいけないと、言った筈だ!」


「……!」


「聞こえなかったか?俺の声が。ちゃんと名乗った。ハクトだ」


「あっ!」


 有子は思う。ハクト!あの男の子の声!来るなと言っていたの?なぜ?


「聞こえたわ」


「ではなぜ来た?」


「貴方の名前しか聞こえなかったの。アリスと言う子の声で」


「ちっ……」


 アリス、と聞いてハクトと名乗る少年は間違って虫を噛んだ様な顔をした。

 しかしハッとして空を仰ぎ、すぐに向き直って有子に言うのだった。


「まだ夜になっていないが、もうじき夜が来るだろう。その前に早くここから出るんだ!」


「どこかから来たか分からないのに?」


「急げ!奴が来る」


「奴ってだれよ……」


 それに今帰っても有子の居たところの時間は止まっている。今更戻ったって有子には意味がないものだった。


「どこにあるかなんで分からないよ……」


 有子が懸命に探すのを嘲笑うかのように、だんだん、否急速に空は闇に包まれて行く。


「駄目だ……もう暗くなっちゃったよ」


「……来い」


 辺りはもう、街灯がついてしまってる。ここは有子が住んでいる所とそう、変わりない。ただ、少しだけ違うとすれば、そらの色。きっとここでは酸素の色素反応が違うのだろう。異世界、と言っても間違いないかもしれない。

 有子は突然ハクトに腕を取られ、二人は物凄いスピードで駆け出した。


「う、うわぁぁぁあ!」


「静かに。奴に気付かれる」


「う……」


 ハクトの言う、“奴”とはアリスの事だろうか。有子は考える。ここは変だ。空は暖色だし樹々は薔薇ばかり。しかも、青い薔薇。つい子の間発表された様な、赤のまだ残る青ではない。目の覚めるような……そう。アリスの瞳と同じ色。そう考えるとアリスに全部見られているようで、気味が悪い。

 ハクトはただでさえ不気味なこの世界の、唯一薔薇が無い森へと有子の手を引いた。


「ここは……」


「俺が居候して居る」


「へぇ!お洒落な喫茶店ね」


「カフェだ」


「……」


 そこは、沖縄の縄文杉よりも大きな、巨大樹が、大きな梢を揺らし佇んで居た。

 樹の根本辺りに入り口があり、『カフェ・tramps tree』と言う看板が架けてある。樹の中でお店をしているらしい。普通の樹ならば枯れている所を、この樹は何事も無いように生きていた。


「トランプス・ツリー……素敵ね」


「この樹の名前だ」


 成程、言われて見れば、丁度秋の今頃付ける実がハート、スペード、ダイヤ、クローバーの形をしている。



「中へ入れ。この世界で生きて行くには金が居る。俺がマスターに頼み込んで働かせてやる……ついでに宿も」


「……ありがと」


 有子は思わず作り笑いしたが、やはり考えていた予想が当たってしまい、少しだけ気落ちした。


――やっぱりもう帰れないんだ……


 そんな有子をみて堪らずハクトが声をかける。


「昔っから、お前のそういう所、変わらないな。もっと前向きに考えろよ」


「え……」


 有子は思わず私の事知ってるの?と聞いたが、ハクトは余計な事喋ったなと苦笑し、先々中へ入ってしまった。




 店の中では兎とシルクハットの男性が楽しそうにお茶会を開いていた。


「今日は雑巾買い換えパーティー!イエーイッ!」


 有子はパーティーの内容にかなり驚いたがハクトは違った。


「お前らまたパーティーか?懲りないな」



「だぁって!ヒャハッ!」


 妙にテンションの高い兎が男に振る。


「お茶を飲まないお茶会をしなくて良くなったんだ!毎日パーティーするよ!」


「はぁ……でもお前ら今日で1年と10ヶ月じゃねぇか」


「えっ!兎さん達、そんなにパーティーしてるの?」


 有子が話しかけた瞬間、一気にその場が静かになった。


「え……」


 何が起きたか分からず、有子は何か悪い事でも言っちゃったかしら?何て考えた。


「あ、兄貴別人だよ!」


 兎はしばらく有子を見つめて男に言う。男も、今気付いたみたいな顔を懸命に縦に振った。


「あっあいつは……金髪だったしめ、目だって青だった」


 それを聞いて有子は自分が初めてあのアリスと間違われた事に気付いた。


「あの、何でそんなに脅えているの?アリスちゃん、そんなに嫌われているの?」


「ぎゃぁぁぁあ!」


「嬢ちゃん……あいつの名前だけは読んじゃいかん」


「……?」


「有子、マスターに会いに行こう」


 状況を見極めたハクトが有子を連れ出してくれたのが良かった。あのままでは確実にカフェの雰囲気は悪くなって居ただろう。

 カフェの構造は外見とは違い、シックな大人のためのカクテルバー、外見からも判断できるカントリーなロッジ、そして西洋風のケーキ専門の一角があり、どこも目移りしそうなほど可愛くて夢の世界のようだ。


「素敵……2階はどうなっているの?」


「俺達の部屋兼ねるちょっとした宿だ」


「素敵ね!」


 有子は先程の事は忘れるように機嫌が良くなった。ハクトはカウンターの方へ歩いていくので、有子もついて行く。

 ハクトはカウンターの奥に向かって叫んだ。


「マスター!」


「うぅるせぇ!」


「わっ!そこに居たのかい!」


 マスターと呼ばれた人物が、カウンターの下から頭を出した。どうやら下から何かを取り出す最中だったらしい。


「そら、欲しがってたウェイトレス。まぁまぁ良いの、連れてきだぜ?」


「おぉ、そうか……で、あんたがそうか?」


 マスターは太くて皺だらけの指で有子を指した。


「はっはい!」


「名前は?」


「佐久間有子です」


「ユーコちゃんか。宜しく。わし、マスター」


「マスターさん」


 有子は名前を忘れないように(多分名前だ)繰り返した。


「早速なんだが、今日は忙しい故……これに着替えて手伝ってくれないか?」


「はい!頑張ります」


「その意気じゃ。ハクト、お前も早う着替えんか」


「態度ちがくねぇ?」


「気のせいだ」


 有子は何だか楽しくなり、自分もハクトをいじることにした。


「気のせいよ」


「なぁっ!」


 ハクトはやはり抗議したのだった。







 有子がここに来てから2日たった。ここに来る客は始め皆有子の事をアリスと思い恐れたが、以外にもあの兎とシルクハットの男がかばってくれ、今日までには常連さんの殆んどが有子を『ユーコ』と判別するようになった。


「ユーコ、コーヒー1つ」


「はぁい」


「今日もユーコは元気だね」


「……エドワードさん」


 そして有子自身、2日前に会ったばかりの有子の貴公子エドワードもここの常連だ。


「ん?僕何か不味い事言ったかなぁ」


「あっ……いいえ」


 有子が必死に手を左右に振ったため、アールグレイが少しぼんのなかで跳ねる。


「あっ!アールグレイが冷めちゃう。はいどうぞ」


「ありがとさん」


 有子は働きつつ、少しずつお金を集めるつもりだ。

 有子同様ハクトもこのカフェで働いているらしいのだが有子は未だにハクトの姿を見たことがない。本人に聞こうか迷ったが軽くあしらわれそうなので、未だに謎だ。

 有子はまたしてもパーティーを続ける2人にオレンジペコーとティラミスを運び終わるとマスターが有子においでおいでをした。


「何ですか?」


「ハクトと2人で買い出しに行ってきてくれないか」


「はい。……あの、ハクトどこに居ますか?」


「あいつはそんなこともお前さんに話してないのかい」


「はい」


「いやぁ済まんね。幾分気の効かん男なもんで……奴ならカクテルバーにおるよ」


「え!」


「以外じゃろ?これがまた上手にカクテルを作るんだ」


「へぇ……」


 ハクトはどうやらカクテルバーにいるらしいので、有子はカクテルバーへ向かった。



カランカシャン



 どうやら入り口に付いて居たベルがなったらしい。


「ハクトー?」


「お、どした」


 カクテルバーはロッジやカウンターとは全く違う雰囲気で、ブラックライトがシックな大人のための雰囲気をかもしだしている。

 ハクトはカクテラーらしい制服でグラスをふいていた。


「マスターがお使いハクトと行けって。どこに行けばいい?」


「あぁ。連れていくよ。お客様、これでも飲んでお待ちください」


 コト、とカウンターにカクテルを置きハクトはカウンターからでて来た。


 カフェの外は森だが、進んで行くうちに小川が見え少しずつ花も先出している。

 有子が住んで居た世界では夏が続いていたがここはもう冬が終わる季節らしい。

 ハクトは小川に架けてある素朴な橋を渡ったので有子もついて行く。しばらく山道を歩いてきたが、どうやらこの先に市場のようなものがあるらしい。にぎやかな声と値段を競い合う声が聞こえて来た。


「この辺りからがマスターや兎達の故郷だ」


「綺麗ね」


 少し高めの丘に出た有子の目に写った景色はまるで韓国に行った時にみた市場そのものだ。有子とハクトは道を歩いて行き市場に入る。


「安いよ!100グラム10ペンタゴンだ」


「キャロットか。安いな。頂いてもいいか」


「まいどー」




 ハクトがキャロット、と言ったものは、有子の世界のトマトだった。きっと文化が違うのだろう。隣の店ではアブラナと言いキュウリを売っている。

 ハクトはこの辺りでも顔が知れている存在のようで、皆がハクトに声をかけたり、有子を見て驚いたりした。


「しっかし本当にそっくりだなぁ」


「私も始めに彼女を見たときは驚きました」


「んだろうよぉ、しかも自分に似ているその子はこの世界の悪人だ」


 有子もその事はカフェで聞いた。何でも突然現れハートのクイーンを殺しこの世界を自分勝手に壊し続けているらしい。


「なぜ彼女は私を読んだのかしら?」


「それは多分、有子がアリスの陰となる人物だからだ」


「陰……私が?」


「あぁ。アリスの良心みたいな者だよ」


「でも……私何も知らないわ」


「でもこの世界に来た」


「……」


 有子が黙りこんでしまったのをハクトは申し訳なさそうに見つめた。


「ハクトは……なぜ私を知ってるの?」


「……今はまだ、それを話す時期ではないから」


「……」


 ハクトと有子は無言のままカフェへ帰った。






前編終了

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