断書二 『暴食の罪罰書』
其処は、険しい山の山頂の廃れた集落でした。
数日前の大嵐によって集落も畑もボロボロでした。
そんな壊滅的な被害を受けた集落の片隅に一人の青年が立っていました。
青年は、大嵐によって家も母親も失い嘆き悲しんでいました。
数日後ーー
集落の人々は、食糧難になり、体の弱い子供や、年老いた老人達から次々と死ん
で逝きました。生き残った人々も痩せこけ、飢えに苦しみ生きる気力を無くして
いきました。
そんな中、青年は、自分達を救ってくれなかった神を憎み、復讐することを心の
中で誓いました。
そして、また、数日が過ぎました。
青年は、美しかった金色の髪を短く刈り込み、山の中腹に食糧を求めて狩りにき
ていました。手には錆びた短剣を握っていました。
そんな青年は、息を潜め、向かい側の林を執拗に睨み付けていました。
青年の視線の先には、白毛獣と呼ばれる、白兎によく似た生き物が一匹、小さな
寝息をたて眠っていました。青年は、音を立てないよう細心の注意を払いながら
白毛獣に近づいていきました。そして青年は、白毛獣の前でピタリと停止すると
短剣を振り上げ一気に振り下ろしました。
その瞬間、近くの木から大きな音を立てて鳥が飛び立ちました。
その音に、青年の短剣のスピードが緩った僅かな時間の間に白毛獣は、
眠りから覚め一目散に近くの林の中へと逃げていきました。
青年は、何も無い地面に突き刺さった短剣を力任せに引き抜くと、怒りに目を燃
やしながら白毛獣が逃げこんだ林に向かって短剣を投げつけました。
そして、また自分の失敗を神のせいにして汚い暴言で罵りました。
すると、白毛獣の逃げこんだ林から何かが動くような音が聞こえました。
青年は、とっさに身を構えました。
でも、林の中から現れたのは、白毛獣ではなく不思議な雰囲気を纏った少女でし
た。
年齢は15、6ほど。
陶磁器のように白く滑らかな肌に、フリルを幾重にも重ね膨らんだ豪奢なドレス
を纏っていました。
獰猛な獣のような鋭く冷たい瞳は、黄金の輝きに似た妖しい光を放っていまし
た。
紫色の髪は、ビロードのように、また細い絹糸のように長く伸びていました。
不思議な少女の華奢な手には、一冊の古びた書物と赤く汚れた白い何かが握られ
ていました。
「ねぇ、あなた力が欲しくない?」
不思議な少女が青年にいきなりそう言いました。
「え!?」
「仲間を助けたくないの?」
すると青年が聞き返しました。
「そんな事ができる…の、か?」
「えぇ、できるわよ。『暴食の罪罰書』
の力があれば、仲間を飢えから救えるわ」
そう言って右手に持っていた書物を青年に差し出しました。
「こっ、これが!?」
「えぇ、あなたは選ばれたのよ!」
「選ばれた?」
不思議な少女は頷くと左手に握っていた血まみれの白い何かを青年の目の前に
投げ捨てました。そして…
「この仔は、あなたが殺したのよ!あなたならきっと出来るわ、門を開けれる」
そう言い残すと不思議な少女は、其処から立ち去りました。
それから数年がたちました。
此処は、かつてただの集落と畑があった山の山頂です。
今では、賑やかな商業地へと変わり、辺りは、活気に包まれています。
そんな豊かな街へと生まれ変わった山の山頂には、荘厳な雰囲気に包まれた大き
な屋敷が堂々とそこに佇んでいます。
そして、そんな大きな屋敷を一望出来る小高い丘に、一人の少女が脚をブラブラ
とさせながら退屈そうに坐っています。
丘の上に坐っている不思議な少女は、屋敷のある窓をじっと見つめています。
時折、ぶつぶつと小さな声で悪態をつきながら・・・
屋敷の、とある大きな部屋では、一人の青年が食事をしています。
長机の上に並んだ食べ物は、どれも一流の料理人が一流の食材を使い
作り上げた、芸術とも呼べる最上の料理ばかりです。
青年は、それらの料理を僅か数分で食べ終えると、使用人に言いました。
「もっと美味しい料理を、世界の総ての食材を・・・・」
そして、狂ったように同じ言葉を続けました。
「もっと美味しい料理を、世界の総ての食材を・・・・」
それから、青年は、世界中のありとあらゆる食材、否、食べれるものなら総て
を食べ尽くしました。
そして、使用人達に言いました。
「もっと美味しい料理を、世界の総ての食材を・・・・」
それから、使用人達も料理人達も新たな食材を、新たな料理を探し続けました
、が、それは見つかりませんでした。
そして、青年の周りから次々と人が消えてゆきました。
青年が創った世界の様々な料理や食材を集めた商業街も、新しい時代、文化へ
と、移りゆく世界から、どんどん忘れさられていきました。
一時は、幸せを掴んだ青年も、食べ物への異様な執着心のせいで、気が狂い、
今では、痩せこけながらも、いるはずもない使用人達に向かってまたあの言葉
を繰り返します。
「もっと美味しい料理を、世界の総ての食材を・・・・」
そして青年は、気付きました。
一番身近にありながらも、唯一、食べていない食材を・・・・
そして青年は、その食材に包丁の研ぎ澄まされた刃を突き立てました。
そこからは、ドロドロとした赤黒いソースが滴り落ちます。
青白い滑らかな皮は、一瞬にして深紅に染まります。
そして、青年は、その赤く染まった肉に喰らいつきました。
肉は、この世のモノとは、思えない不思議な味をしていました。
時間が経つにつれて、ソースの色がドス黒く変化していきます。
その日、ある名さえも忘れられた街の廃墟で一人の青年が死にました。
彼の遺体は、右腕の皮が削がれ肉は、獣に喰いちぎられたかのように原形を全
くと言って良いほど留めていない無残な有り様でした。
そんな光景を見て一人の少女が笑っています。
「うふふっ、ホントに馬鹿ばっかりねぇ、人間という穢れた生き物は…」
「知恵を英知を叡智を持って生まれたばかりに欲情が生まれ、そのために自殺
するなんて・・・・」
そして、また笑いました。
「うふふっ、これで[第二の門]が開いたわ!これでまた、アインスに近づけ
た!」
そう言うと、青年の亡骸の傍らに落ちていた一冊の書物を大切そうに拾い上げ
、また、次の地へと歩み去っていきました。
残された青年の亡骸は、少し微笑んでいるようにも見て取れました。
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