第一書 『月姫ノ星書』 Episode03
古い屋敷中に響き渡る甲高い声で、中庭の片隅に降り立った美しい少女が、湯水のごとく暴力的な言葉の数々を吐き続けていた。
「そこの老婆。私の言った事が聞こえなかったのレすか。速やかにその《魔導書》を私に返すのレす。このボンクラスカスカ頭!」
老婆は我に返り、少女に問うた。
「一体、何処から来たんだい。可笑しな格好と口調をしたお嬢ちゃん?」
アリアは顔を真っ赤に染めて叱責した。
「わ、私を子供呼ばわりするな。このボンクラ老婆!口調も別に可笑しくないのレす。無駄口を叩く暇があるなら、さっさとその《魔導書》を寄越すのレす!」
「これは、私の大切な孫と再開するためにどうしても必要なものなんだよ。お嬢ちゃんが私の問いに答得るならば、返すかどうか考えてやらなくもないが」
アリアは、少し棘を含んだ声でこう返した。
「わかったのレす。答えてやるからさっさと用件を言うのレす。クロカッサ」
アリアが老婆の名を口にすると、驚いた様な表情を魅せたが、直ぐに少女へ問い掛けを始めた。
「まず、お嬢ちゃん達は何者じゃ?如何して《魔導書》の事を知っているんだい。それから、何処からこの屋敷に侵入したんだい。保護魔法で幾重にも[守護結界(ヴァリアー・ロウ]を張っていたはずなんだがねぇ」
「…もう。答えるのが面倒なのレす。アル、お前が答えてやるのレす!」
少女はそう言い放つと、両手で抱えていた分厚い書物、『永遠ノ名録書』を地面にしゃがみ込み、読み始めた。
アルは少女の背中を一瞥すると、老婆とソフィに対してすまなさそうな顔をして、老婆の問いに答え始めた。
少女はそんなアルの姿を横目でチラチラと盗み見ながら、読解に勤しむ。
「僕の名前は、アルフレッド=ド=ディストワール。気軽にアルとでもお呼び下さい。そして彼女は、《魔導書》の守護者、【祈りの導姫】、アリア=ディエリアル
。【無限ノ魔導姫】の名でも知られる魔導者ですよ」
一息つくと、クロカッサが驚いたように言った。
「このお嬢ちゃんが六百六十六冊の《魔導書》を司る神話の姫御子。そして、伝説の姫魔導者なのかい?話には聞いていたけど、噂に随分と尾鰭が付いてるようだね」
アルは苦悶し、恐る恐るアリアの方を向いた。アリアは、《祈りの導姫》について侮蔑されると人格が変わるのだ。
すると、その場に立ち上がったアリアの姿は、想像を絶するものだった。まさに、想像を絶するの言葉通りである。こんなに都合の良い言葉が存在しても良いものだろうか。
艶やかだった藍紫色の長髪は、重力という法則を無視して、ありとあらゆる方向に逆立ち、宝石のような真紅の瞳には、妖しげな光を宿している。身体から沸き立つ怒りのオーラを具現化したかのように、身体に収まり切らなくなった魔力が、紫色の霧状になってアリアの身体を覆っていた。
そして、姿見変貌した彼女の歪んだ口元から、威圧感のあるドスの効いた低い声音で言葉が吐き出される。
「貴様の話し等聞く価値も無くなった。貴様がこの私に魔導決闘で勝ったならば、《魔導書》は貴様のものだ。だが、貴様が負けたならば、それは私に返してもらう。では始めよう」
同時にアリアは、無詠唱で[英知の神杖]を召還した。
呆然と見ていただけのアルが、ソフィに小声で問い掛けた。
「一体、魔導決闘って何だい?」
「申し遅れましたわ 。私、ネクロマンサー家に仕える給仕のソフィと申しますの。宜しくお願い致しますわ。アル様」
流暢に自己紹介を終えたソフィは、アルと軽く握手を交わすと魔導決闘について丁寧に説明を始めた。
「魔導決闘というのは、魔導者が1対1で行う決闘のことですの。相手が戦闘不能に陥るか、降参することで勝敗が決する試合形式の遊戯のようなものですわ。又、勝者が戦利品として、敗者の所持品を一つ選び受け取ることが出来ますの」
二人が話しをしている最中にも、二人の魔導者は、決闘に万全の状態で臨むため、出来得る限りの保護、防御魔法や補助魔法を自らに施していた。
ソフィは少し俯くと、給仕服の小物入から、碧い輝石の埋め込まれた小さな箱を取り出した。
「この箱は<追求者>ギルドから支給される《能力値認証装置》と呼ばれるものですわ。この石の部分をに所有者が触れると、所有者情報が立体映像となって映し出されますの」
そう言って、輝石の部分にソフィが人差し指で触れた。すると、重工な機械音が織り成す特有の低音が鳴り響き、輝石の部分から緑色の立体映像が空に出力された。
~ソフィ・エクレア~ 勲位「水霊姫君」
ギルド認定=6Lank<追求者>・魔女(24)・魔導者称号=<魔導姫>
[称号]
水魔法の使い手、水精霊王の加護、水精霊の代弁者、水魔導を極めし者、魔力創造、疾風を纏う者
<追求者>でないアルにもその凄さは一目瞭然であった。この若さの女性が上級クラスの<追求者>の力を秘めているのだ。
更に、称号については圧巻である。
八から成る精霊王の一角である水精霊王に唯一認められた存在だという証は、彼女の能力値が物語っている。
水魔法に於いてならば、彼女が世界一といっても過言ではないだろう。
「私の能力値もそれなりと自負しております。けれども、おば様は、魔導に於いてなら、私より遥かに雲の上の存在ですわ。残念ながら、アル様のお連れのお姫様はおば様には…」
そうして、もう一つの小箱を取り出す。
「これは、おば様の《能力値認証装置》ですわ。おば様は本人認証をされていらっしゃらないから、輝石に触れれば、直ぐに情報が開示されますわ」
そう言って先程と同じよう、輝石の部分を人差し指でなぞる。すると、緑色の立体映像が浮かび上がる。
そうして露わになったクロカッサの能力値の想像を絶する内容に、アルは、思わず息を呑んだ。
気に入って頂ければ嬉しいです。