日の光
「月の通り、つなぐ日。日の通り、つながれる月」
教えてもらった文句を言い、両手を天へ差し上げる。ゆっくりと左右に開かれた腕を、胸の前で寄せ。
右手を空へ、左手を地に向けた。
「紡ぐ陰は陽。響く闇は光」
詠唱も終焉になり、暗悔の塔の煙水晶が薄い輝きを放ちだす。
「開通――涅槃の怪」
金と銀に包まれた。
とても騒がしい。とても暑い。そして……
「に、人間がたくさん…………」
所狭しと行きかう、人と言う生き物。
「わ~、すごい~」
虚空へと聳える高い建物に、素早い動きで走り去っていく色とりどりの四角い乗り物。
だが暁は、それら以外のものに目を引かれていた。
――太陽である。
明るい輝きをそこら中に振りまき、全ての生き物に活力を与える。魔の世界では、月の落ち着いた光しか浴びることができなかったため、とても珍しかった。
それに比例してか、否か。
花々も、無数の色彩があった。
赤、青、白、紫、桃……。
月見草の黄しか知らなかった暁は、少なからず興奮していた。
「わ~わ~。花もたくさん、光もたくさん」
――人間界っていい所だな。
微笑みながら歩き回り、花に触れながら辺りを見回す。
行きかう人間を眺めつつ、青空を見上げて歩を進めた。
長い時間が過ぎていき、太陽が真上に昇った頃。
ドンッ
「痛ぁ……」
誰かにぶつかってしまったのだ。否、相手からぶつかってきた、と言った方が良いだろう。
「あ~、いってぇなぁ」
がたいのいい長身の男は、大げさに声を上げる。見下ろされ、睨まれた暁は、微かに首を傾げた。
「あなたがぶつかってきたんだよね? それに僕も、痛かったよ?」
「はぁ? なに言ってんだ、こいつ」
「言われていることが理解できないの? ……そっかぁ。人間って知能の高い生き物だと思っていたけど、違うんだね」
にっこりと笑みながら、自分の思ったことを率直に告げてみる。人間界では、こういった素行の悪い者は避けるのが、暗黙の了解なのだが……。
「ナマイキなこと、抜かすなよっ!!」
そんな常識、暁に備わっているわけがない。
肩を強く押され、ふらっとよろめく。
「細こっくて女みたいなくせによぉ。このオレになんて口きいてんだ? ナメてんのか? あぁ?」
男に凄まれ、手を掴まれた。負けじと抵抗してみるが、力は暁の方が弱いらしい。
「……お前。実は女なのか? そんな恰好してるから、男だと思ったが……」
俯いていた顔を無理矢理上げられ、暁は唇を噛んだ。男の好色めいた視線が、嫌に癇に障る。
「睨むなって。オレがかわいがってやるからよ」
「やだ! 放してっ!」
「暴れんな。そんなことしても無駄だ」
嘲笑の声が聞こえた。
頭上から、自分を嗤う皮肉が耳に飛び込んでくる。
「どうした、お嬢さん? もう諦めたのか?」
――暁の中で、なにかが切れた。
音を立てて、切れてはいけないなにかが切れる。
「放してって……言ってるでしょ…………?」
ぐっと拳を握り、男の眼前へ突き出した。自分よりいくらか長身の男を見据え、手を開く。
「――闇に魅せられてしまえ」
幾分か低い声音で言い捨て、暁の瞳が煌めいた。一瞬、男に影がまとわりつき、目を回させる。
よろめく男をかわし、見上げなければならなかった者を見下ろした。
「これでも、加減したつもりなんだけどな」
先程とは打って変わって、にこやかに言ってのける。
「忍耐力及び精神力が弱いんだね、うん。――じゃあ、さようなら」
緩やかに手を振って、踵を返した。