月見の花
――暗悔の塔
質の良い煙水晶でできており、青とも灰とも判別できない色を放っている。その塔だけでも美しいというのに、周りには幾億の月見草が咲き乱れていた。頭上からは月の輝きが降り注いでいる。
「やっぱり……ここきれい」
ふぅと息を吐き、月見草でつくられた道を歩いた。黄の花びらにそっと触れ、にっこりと笑いかける。
「君たちにだったら、大丈夫なのに」
そう言うなり、張りつめていた力を抜いた。
全身の能力を開放し、押さえる必要のなくなった感覚が浮上する。
ゆっくりと瞳をあらわにした暁は
「こんにちは。久しぶりだね」
と眼前の花に話しかけた。
“本当に久しい、暁よ”
“どう? 魔王には慣れた?”
昔馴染みのように気安く声をかけてくれるもの。その主は、零れんばかりの花を咲かせる、月見草だった。
何者の心も汲み取ってしまい、この素質が故に困る事もあるが、植物や動物との会話は楽しい。
「う~ん……。まだ、慣れないよ」
唯一の安らぎとも言えた。
“あ~んたさぁ。まだ、泣き虫ちゃんの弱虫ちゃんなの?”
“それに――魔の務めもはたしていないのか”
呆れた様子で返される。
苦笑を浮かべ、仕方がないと言ってのける暁だったが、内心身を震わせていた。
この世界には、魔が住んでいる。人間の似姿をした、闇の具現化物だ。
その生物は、人間より整った容姿を持ち、強い力を秘めていた。
そして――魔の務めとは。
人間を調整する事。
繁殖能力の強い人間は、放っておくと世界を埋め尽くすほどに増えてしまう。
そこで、時折魔は、人間を強制的に輪廻の流れに戻し、数を調整するのだ。
“まぁ、血を浴びない方が良いのだが……”
“魔には受け入れられないね~。しかも、魔王がサボってるって”
「ははは……そう、だよね…………」
自分でもわかっているつもりだ。このままではいけない事ぐらい。
――だけど、殺したくないんだ。
この手が血で汚れるなんて……嫌だから。
そんな事を考えながら、何気なく自身の手を見やり。
「っ!?」
一瞬、びくりとする。
しかし、すぐさま怪我をしていた事を思い出し、安堵のため息をついた。
「なんだぁ、僕のかぁ…………」
真っ赤に染まった手を見て、ついでに傷がある事も確認して。
目一杯に、よかったと呟いた。
“……手当ぐらい、したらどうだ”
“じゃなくて、してもらったら?”
あんた、魔の王様なんだから。
元気に言った月見草の言葉に、己が沈んでいくのがわかる。
――魔王なんて、なりたくなかった。
それに、暁はまだ魔から認めてもらったわけではない。形だけ、という不確かなものである。
微かに沈んだ暁を見て、
“うわ~! ごめんごめん!!”
慌てて叫び声を月見草は上げた。
“まったく。お前は配慮というものが足りない”
“だ~ってさぁ。真実でしょ?”
“……黙っていろ。暁、気にするなよ、こんな馬鹿”
“ひっどー! ひっどー!!”
“煩い”
このような会話が目の前で繰り広げられ
「……ふ……」
徐々に笑みが漏れてくる。
「く、くく。……ふふ……」
“暁……”
「ご、めんなさ……くくく」
“ちょっと、失礼でしょ!?”
何故だか、自分の悩みが小さな事のように思えて。
涙が出るほどに、笑えたのだった。
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