大切なものを盗んだ犯人は、あなたですね!
「前田、あなたが犯人ですね!」
探偵のお嬢様が僕の鼻先を指差して叫んだ。
彼女はディアストーカーをかぶり、明らかにサイズの大きすぎるトレンチコートを羽織っている。
右手には虫眼鏡まで手にしていた。
「えっと……お嬢様、これは何の遊びでしょうか?」
僕は目の前の少女を不思議そうに見つめた。
少女の名前は遠山紅葉。遠山家のお嬢様だ。
お嬢様は外では文武両道の完璧超人として通っている。
しかし私生活では、とても奔放で自由な性格をしている。
僕は幼い頃からお嬢様の執事を務めているが、今でも彼女が何を考えているのか、僕にはさっぱり分からない。
「細かいことはいいの!今の私は探偵さんです! とぼけないで、あなたが犯人でしょう!」
紅葉は手を振り、どうやら最後までこの芝居をやり通すつもりらしい。
「僕が何をしたのでしょうか?」
お嬢様がどんな筋書きを用意しているのか分からない以上、ひとまず付き合うことにした。
「……最近、よく眠れないの」
紅葉が小さな声で答えた。
「何ですって!? 枕がお気に召さないのですか? それとも温度調節に問題が?」
主人に十分な休息を取っていただけないのは、執事としてあるまじき失態だ。
僕は慌てて顔を近づけて様子を見ようとしたが、紅葉は顔を赤くして僕を押し返した。
「ち、ちかい!」
「あ、失礼いたしました」
僕は慌てて頭を下げ、後ろへ下がった。
「とにかく、話を最後まで聞いて」
「はい」
紅葉は咳払いをすると、話を続けた。
「眠れないだけじゃなくて、どうも集中できない気がするの」
「すでにお身体に影響が出ているのですか? 医師をお呼びしましょうか?」
僕は慌てて電話をかけようとした。
「だから最後まで聞いてって言ったでしょう」
紅葉は頬を膨らませ、不満そうに腰に手を当てた。
「はい、申し訳ございません」
僕はスマホをしまい、お嬢様の話を聞き続けた。
「それに、ある人を見ると心臓がドキドキするの」
(心臓がドキドキする……心臓の病気なのか?)
聞けば聞くほど不安が募り、お嬢様の体調の変化にまったく気づけなかった自分の不甲斐なさを責めた。
「私、ちゃんといろいろ調べたんだから」
紅葉は得意げに虫眼鏡を目の前に掲げ、覗き込むような仕草をした。
(調べた? まさか、ベッドの上に積んであったあの少女漫画じゃないだろうな?)
僕の胸に嫌な予感が湧き上がる。
漫画が悪いと思っているわけではない。
ただ、お嬢様は本に書かれている内容を少し信じすぎているのだ。
毎朝、幼馴染が起こしに来てくれるなんて、現実にはまずない。
僕のような使用人でもない限り、そんなことをする理由なんてないのだ。
……でも、僕とお嬢様は、果たして幼馴染と呼べるのだろうか?
「少女漫画に恋愛小説、それからSNSまで調べて出した結論なんだから」
紅葉は自信満々に鼻を鳴らした。
(いや、その三つの情報源、どれもあまり信用できない気がするんだけど……)
心の中では疑問だらけだったが、それでも話を聞き続ける。
「真実は、いつも一つ!」
紅葉は人差し指を一本立て、得意げに言った。
(いや、そこまで堂々と人の台詞をパクるのか?)
思わずツッコミを入れそうになったが、執事としてのプロ意識が僕を黙らせた。
「この名探偵である私が導き出した結論は、これは間違いなく恋なのよ!」
「はあ……? 鯉? 池にいるあれのことですか?」
僕はすぐには理解できず、呆然と同じ言葉を繰り返した。
「誰が鯉の話をしてるのよ! 恋だって言ってるでしょう!」
紅葉は怒って、トレンチコートの袖で僕を叩いた。
「す、すみません、すみません」
僕は慌てて両手を上げて降参し、ようやくお嬢様が先ほど口にした言葉を理解した。
「つまり……お嬢様には、好きな人がいるということですか?」
ようやくその言葉を口にした瞬間、胸の奥に言いようのない苦いものが広がった。
「そうよ。それに、私の心を盗んだ犯人も見つけたわ」
紅葉は腕を組み、すべてを見抜いたと言わんばかりの顔をした。
「それでは……その犯人とは、一体誰なのでしょうか?」
乾いた喉からどうにか言葉を絞り出し、僕は執事としての笑顔を崩さなかった。
「え?」
紅葉は一瞬ぽかんとした後、顔を真っ赤にした。
「あなたよ! あなた! さっきからずっとそう言ってるでしょう!?」
彼女は顔を真っ赤にしながら、白い指で僕の頬を強く突いた。
「ちゃんと私の推理を聞いてたの!?」
「ご、ごめんなさい。僕が悪かったです」
突かれて顔が横に歪んだ僕は、慌てて両手を上げて降参した。
胸を満たしていた苦しさは一瞬で消え去り、その代わりに、狂喜にも近い大きな幸福感が押し寄せ、僕をすっぽりと包み込んだ。
「ふん!」
謝罪を聞いて、紅葉はようやく指を引っ込めた。
それでもまだ、ぷんぷんと怒っている。
「それじゃあ、容疑者さん。あなたは罪を認める?」
僕は両手を胸の前で合わせ、手錠を受ける準備をするような格好をした。
「はい。僕が犯人です」
紅葉は唇をきゅっと結ぶと、僕の手を取った。
「それじゃあ、これは終身刑になる大罪だから……一生かけて、ちゃんと償ってね」
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