禁衛軍少女士官の隠密任務
画像作成の際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
一般客を装って羽織ったロングコートの下に隠し持った鉄扇を、閉じたままで逆手持ちに構える。
そうすれば、後は先端を手首の微細な動きでグッと突き出すだけ。
その何気ない動作で、今回も事は済んだ。
得物を握った利き手に伝わってくる一瞬の硬直と永遠の弛緩は私が標的を的確に仕留めたという何よりの証しであり、今までの業務において何度となく味わってきた感覚でもある。
私こと愛新覚羅仁美、中華王朝禁衛軍に少女士官として身を置いてもう何年になるだろうか。
その間というもの、王室に仇なす不埒者は幾人となく葬り去ってきたわ。
ひけらかしたい訳では決して無いけれど、歴戦の猛者である母上によって幼少時より徹底的に叩き込まれた上で禁衛軍式に磨き上げられた暗殺技術と戦闘スキルには、私としても相応の自信があるの。
それは日本と中華王朝という二つの祖国の為に様々な悪を殲滅してきた凄腕の公安職である母上の伝説を正しく継承する為でもあり、清朝皇族の直系である父上から受け継いだ武勇に優れる騎馬民族の満洲族の血筋を証明する為でもある。
紫禁城に参内する文武百官や禁衛軍の猛者達は行儀作法や礼儀を重んじているので万に一つも斯様な発言は耳にしていないが、「公主殿下の冷や水」や「御両親である和碩親王御夫妻の七光りで得た地位」などとは決して言わせないだけの実力は備えているつもりよ。
今こうして私の隣席の背もたれに寄りかかっている男の正体が中華圏から日本へと密入国を企てているテロリストの一味である事や、彼が既にこの世の人間ではない事を知る者は極僅か。
そのうちの一人が、今やってきた。
「お客様、御気分が優れないようですので医務室にお連れ申し上げます。」
紫色のボブカットの下で快活な笑顔を輝かせながら、年若い客室乗務員は事切れた亡き骸に肩を貸しながら足早に去っていった。
無論、彼女は単なる客室乗務員ではない。
後漢末期から三国時代にかけて武名を轟かせた虎髭の武将の血を継ぐ張飛燕は禁衛軍の優秀な少女士官であり、私にとっては人柄も腕前も信頼出来る腹心の一人でもあるの。
彼女も私と同様、この国際高速船「龍鳳」に乗客として紛れ込んで密入国を企てていたテロリストの一味を既に何人も葬り去っているわ。
そしてやはり客室乗務員に身を窶したもう一人の随伴員である沈賀英も、また然り。
張飛の末裔の張飛燕と、沈雲英の子孫である沈賀英。
彼女達二人が左右や背中を守ってくれるからこそ、私は紫禁城の廊下を風を切って歩けるし、前線でも安心して戦えるのよ。
何も知らない日本と中華王朝の乗客達を巻き込んだりテロリスト共に勘付かれたりする事なく、密入国を企てて乗船したテロリストだけを秘密裏に葬り去る。
旅団長より拝命した任務は確かに難題ではあったが、必ず成し遂げなければならない使命でもある。
禁衛軍第一機動大隊長にして人類防衛機構極東支部連絡調整官という役職を任せて下さった方々の信頼にお応えする為にも、そして私と「彼女」の母娘二代に渡る友情を示す為にも…
優秀な腹心達との緊密な連携と、鉄扇術を始めとする磨き上げた殺人技術。
この二つを武器に、秘密裏の遂行を強いられた制圧作戦は順調に進んでいったの。
その雲行きが変わってきたのは、一等客室に残っていた最後の標的であるテログループの首魁に狙いを定めた時だったわ。
「ぐっ!き、貴様…」
致命傷を狙った急所への的確な一撃にも持ち堪え、苦悶の表情を浮かべながらも一目散に駆け出す。
「あっ…待ちなさい!」
その頑丈さは確かに意外な程ではあったけれど、脱出を目論んで無人の屋上デッキを目指すのは充分に予測出来たわ。
「逃げられるとは思わない事ね、紅露共栄軍の思想的後継者を自称する狂信的マルキスト…海に飛び込んだら最後、コンクリートに高速で激突するのと同じ衝撃が待っているわよ。」
一応言ってはみたが、こんな通り一遍の警告に怯むような相手ではない。
その予測は正しく、屋上デッキの手すりを背にした男は酷薄そうな顔に不敵な笑みを浮かべたんだ。
「これでもそう思うかい、禁衛軍のエリート士官さんよ?」
不敵な笑みを浮かべた酷薄な悪人面が、みるみる変化していく。
表情筋を始めとする顔の筋肉や皮膚が分厚く肥大化していき、まるで鬼か原人のようになっていく。
進化の過程を逆回しにするかのような変貌は、上半身もまた例外ではなかった。
内側から服を引き裂いてしまう程に肥大化した筋肉はグロテスクとさえ言えるレベルだが、太さも長さも人間離れした両腕よりは醜悪ではないだろう。
ましてや全く変化せずに普通のアーミーパンツを履いた下半身のアンバランスさに比べたら。
「この姿でいる時の俺は手長トロールという名前で呼ばれている。これでも同じ事が言えるかな?」
「審判獣…貴方、黙示協議会アポカリプスの信者だったの?無神論であるはずのマルキストが、随分と無節操な変節ね。」
終末思想を掲げるカルト教団の黙示協議会アポカリプスは、信者達を生体改造して作り出した審判獣という生物兵器を主戦力に破壊活動を行う危険なテロリストとして、四半世紀前の日本を震撼させていた。
言うまでもなく生まれる前の話ではあるけれど、私にとって黙示協議会アポカリプスは因縁浅からぬ相手とも言えたわ。
何しろ奴等の仕掛けた高性能衝撃集中爆弾により、当時は一介の少女士官だった母上は瀕死の重傷を負われたのだから。
「生憎だが違うな、俺達はあくまでも反帝国主義のマルキスト。だが今はテロリズムもグローバル化の時代だ。多少の思想の違いは目を瞑って手を取り合わねば、この厳しい国際監視網の下では活動もままならぬ。同志達が貴様ら禁衛軍の手にかかった以上、俺だけでも合流せねば計画は頓挫してしまうからな。」
グロテスクな生物兵器の放った、忌々しげな独白。
それは中華王朝の和碩親王妃でありながら国際安全保障特別相談役として今も軍籍を維持されている母上が構築された超国家的治安維持体制が正常に機能し、テロリズムをその土壌ごと干上がらせられているという何よりの証だった。
だからこそ、この不埒者は葬り去らねばならない。
敬愛なる母上が心血を注いで構築された国際安全保障の正当性を証明し、母がまだ日本人だった頃から数えれば四代続く公安職の血筋に応える為にも。
「潔く投降なさい!それとも先に地獄へ落ちた同志達の後を追いたいのかしら?」
「ほざけ、小娘!返り討ちにしてくれるわ!」
こうして洋上を駆ける高速船の屋上デッキを舞台にする形で、私は手長トロールと一騎討ちをする羽目になったのよ。
筋骨隆々な豪腕から繰り出される攻撃は強烈無比で、風圧だけでもかなりの衝撃だった。
上半身に比べたら貧相な下半身に狙いを定めようとしても、下ろせば膝の辺りまで達するリーチの長い両腕が巧みにガードしてしまう。
孫子曰く、「攻撃は最大の防御なり」。
攻撃手段がそのまま防御手段として機能するのは、確かに厄介ね。
高い破壊力を誇る特殊弾頭を使えば倒せなくはないけれど、今このタイミングで使うのは得策ではない。
それならば、別の方法を取れば良いだけよ。
「ハハハ、小娘め!このまま貴様の細首を圧し折ってくれるわ!」
「ぐっ…うっ…」
後漢の時代に匈奴と戦った班超の教えである「虎穴に入らずんば虎子を得ず」を実践すべく、私が取った手段。
それは敢えて隙を見せ、手長トロールに両腕で首を締め上げられる事だったの。
「うっ…ぐっ…」
「公主殿下として紫禁城で着飾っていれば長生き出来たものを…己の過ちを地獄で悔やむが良い!」
私の首の骨が軋む音を聞きながら、満足そうに哄笑する手長トロール。
見事なまでに勝ち誇っているわね。
そしてこれこそが、私の狙った千載一遇の好機だったの。
ウィリアム・シェイクスピアも言っていたように、「慢心は人間最大の敵」なのだから。
「ぬぬぬ…たあっ!」
「ぐおっ!?」
首を締め上げてくる両腕の関節の急所を目掛け、逆手持ちした鉄扇の先端を思い切り突き刺す。
関節の砕ける鈍い音は、直後に上がった醜い絶叫に掻き消されてしまったのが少し残念ではあるけれど。
「はあっ!たあっ!とうっ!」
「ぐわっ!があっ!ぐわああっ!!」
打ち、突き、止め打ち。
幼少時より身体に叩き込んだ鉄扇術の基本の型で、今回も寸分の狂いなく敵の急所を破壊しおおせたわ。
「とうっ!」
そうしてガードの脆弱化した急所を狙った功夫の蹴り技を放つと、私は空中に投げ出された敵の身体目掛けて精密射撃をお見舞いしてやったの。
生身の特定外来生物は言うに及ばず、改造人間や戦闘ロボットの内部機構までも徹底的に破壊するダムダム弾の仕組みを応用した特殊弾頭。
その威力は実に素晴らしい物で、頭部や腹部などの急所が次々と爆裂していく様は実に痛快だったの。
ここまで来たら、後は仕上げを行うだけね。
「今です、生駒喜里子大尉!」
「了解!レーザーランス準備良し!破壊光線砲、照射!」
ハンズフリーイヤホンから快活な答礼が聞こえてきた次の瞬間、高出力モードで発射された青いレーザー光線が空中に吹き飛ばされた審判獣を飲み込んでいった。
そうして異形の身体を構成する細胞の最後の一片までも焼き尽くし、海の藻屑と変えていったの。
かくして船内に潜む全てのテロリストが駆逐された高速船は何事もなく神戸港に到着し、此度の密入国阻止作戦は文句なしの大成功として幕を下ろしたんだ。
「お見事で御座います、仁美公主殿下。貴官の鉄扇術と功夫の技の冴えには、私も敬服致しましたよ。」
こうして握手を求めてきた人類防衛機構の特命遊撃士は、私にとっては単なる「日本側の協力者」では片付けられない唯一無二の存在なの。
何しろこの生駒喜里子大尉は生駒伯爵家の令嬢であると同時に母上の親友の娘であり、私にとっても幼少時からの親友なのだから。
だからこそ作戦報告書のファイルを各々の上官殿に送信した後に、こうして私の実家でもある神戸の公邸で仲良く寛いでいるって訳。
「そんな、喜里子ちゃんこそ…高速船の上の標的を神戸港から射抜く破壊光線砲の正確さがあってこそ、今回の作戦が成功したような物じゃない。それに日本国内に潜伏していた黙示協議会アポカリプスの模倣集団を殲滅出来たのも、堺県第二支局の和歌浦マリナ支局長や喜里子ちゃんを始めとする人類防衛機構の皆さんの的確な作戦遂行があってこそだよ。」
「箕面茅乃上級大佐率いる部隊が撃破された足長チャングゥーレンという審判獣は、恐らく仁美公主殿下が撃破された手長トロールとの連携を前提とした審判獣だったのでしょう。この二体の審判獣が合流を果たす前に私共の連携で殲滅出来ましたのは、誠に僥倖で御座いました…」
そうして湯気の立つ鉄観音茶を啜る喜里子ちゃんの白い美貌には、得意気な微笑が浮かんでいたんだ。
慢心ではなくて、自信と責任感。
同じ自身の勝利を誇るにしても、審判獣と喜里子ちゃんとでは大違いだよ。
そんな和やかな空気感に満ちた応接間に現れたのは、この公邸の最高権力者と呼んでも過言ではない大人物だった。
「仁美、それに喜里子さん。二人ともよくやったわ。」
喜里子ちゃんと同じ一介の特命遊撃士からキャリアを始め、王女時代の今上陛下を影武者として御守りした功績で巴図魯として準貴族の仲間入りを果たし、長崎での日中友好式典の折に永祥和碩親王殿下を暴漢から御守りした事をキッカケに国姓である愛新覚羅の姓を賜った上で和碩親王妃として冊立された立志伝中の人物。
そして成婚後も国際安全保障特別相談役として保持し続けている人類防衛機構の軍籍と和碩親王妃としての政治的発言力でもって、国際安全保障体制の緊密化と盤石化を推進する形で平和維持の最前線に立ち続ける公安職の頂点。
そんな「国姓妃」こと和碩親王妃殿下こそ、私の敬愛なる母上なのだ。
「ついさっきもマリナちゃんや英里奈ちゃん…いえ、和歌浦マリナ支局長と生駒英里奈伯爵閣下とビデオ会議で二人の事を話していたのよ。『私達が現役の特命遊撃士だった頃に二人がいてくれたら、どれだけ心強かっただろうね。』ってね。」
もう二十年以上前だと言うのに、その気になれば簡単に現役時代の感覚や距離感に戻れてしまう。
母上とその御友人達は、それだけ強固な友情で結ばれているという事なのだろうな。
そして今度は、私達の世代の番だって事だね。
私も喜里子ちゃんと力を合わせて日中の安全保障と治安維持の為に尽力し、その上で強固な友情を育んでいかなくちゃね。
私や喜里子ちゃんの母上達が、そうであったように。




