ギウマニールの豚骨ラーメンEND
折り畳み机の上に、三つ並ぶ。
「麺が伸びる前に食べてくれ」
シュリルが一口すすった瞬間――止まった。
「……」
そして次の瞬間、黙って“がっつく”。
スープまで一気に飲み干し、立ち上がって叫んだ。
「うまぁぁぁぁぁぁぁい!!」
筋肉が一瞬で膨れ、蒸気が噴く。
すぐに絞れた筋肉へ落ち着く。
「……俺の筋肉、踊ってる」
腕の筋繊維が束になり、形が変わる。盾みたいに。
「筋肉を……動かせる」
龍拓が笑う。
「いい反応だ」
シュリルはリプイを見る。
「ほら、次はお前だ。冷めるぞ」
リプイは鼻をつまんだまま、蓮華でスープをすくう。
躊躇して、止まる。
「……臭い、って思ってたのに」
一口。
リプイの目が、ふっと柔らかくなる。
(……濃い。重いのに、旨味が丸い)
二口目。
悔しそうに眉間にシワが寄る。
(負けた。これは……負けた)
三口目で、もう止まらなかった。
「……おいしい」
「だろ」
「悔しいけど……おいしい!」
シュリルが満足げに頷く。
「よし。もう一杯!」
――結果、スープは空になるまで消えた。
食べ終えたシュリルとリプイが仰向けに寝転び、腹を撫でる。
「ああ、満足だ」
「本当に美味しかったわ」
龍拓はどんぶりを洗いながら言う。
「期待に応えられてよかった」
シュリルが起き上がる。
「なあリプイ、ステータス見ようぜ!」
「……見る」
青い眼鏡みたいなデバイスで確認すると、リプイの顔色が変わる。
「……二十九。レベルが、十二も上がってる」
シュリルが身を乗り出す。
「新スキルは!? 攻撃系か!?」
「回復系よ」
シュリルが一瞬、興味を失った顔をする。
「へぇ」
「へぇじゃない!!」
リプイが真っ赤になる。
「……ただの回復じゃないわ。守る“範囲”が違うの」
シュリルも自分を見て、目を丸くする。
「俺も七レベル上がってる……! やっぱラーメンやべぇな!」
その時だった。
『カン……カン……カン……!』
遠くで鐘が鳴る。
空気が一気に緊張する。
リプイの顔から血の気が引いた。
「あれは緊急信号……七年以上、聞いてなかった」
「何が起きた?」
「町にA級相当、もしくはそれ以上が侵入したってことよ……!」
龍拓が立ち上がる。
「助けに行く」
シュリルは笑った。
「新スキルを試すのに、丁度いい」
リプイが震える。
「なんで二人とも楽しそうなのよ……バリアを破ったってことは、普通じゃない……」
「やってみなきゃ分からない」
龍拓は真顔で言う。
「それに、次の出汁が気になる」
「……ほんと最低」
そう言いながらも、リプイは杖を握った。
「分かったわよ。行くわよ!」
シュリルが二人を抱え上げる。
「えっ」
「運搬、開始!」
「やめ――」
「よーい、ドン!」
『バァァァン!』
弾丸みたいな速度。
リプイの悲鳴が平原に響き、龍拓は胃が揺れて顔色が青くなる。
――午後のアゴーラ。
本来のどかな町に、黒煙が立ち上っていた。
住民が泣き、叫び、逃げ惑う。
シュリルが二人を降ろす。
龍拓は膝をつき、呻く。
「……おろろ……」
人々が絶望した声を漏らす。
「もうおしまいだ……」
「アミル様はどこだ!」
「ママ……怖い……」
シュリルは前を見る。
平原で見たギウマニールの、五倍はある漆黒の個体が佇んでいた。
その後ろで、同種の群れが町を壊している。
町を覆っていたはずのバリアには、穴が空いていた。
「……あいつが破ったな」
シュリルの声が低くなる。
龍拓は、逆に息を呑む。
(黒い豚骨……どれだけ濃いんだ)
漆黒の個体が咆哮すると、群れが一斉に襲いかかってきた。
「俺の後ろに隠れろ!」
シュリルが腕をクロスさせる。
「筋肉盾!」
腕が盾へ変形する。
武器の雨を受け止め、シュリルは笑った。
「もう、こいつらじゃ傷もつかねぇな」
盾を振り上げ、群れを吹き飛ばす。
さらに腕を斧へ変える。
「筋肉斧!」
空中で一閃。
ギウマニールが次々と真っ二つになる。
町の人々は、呆然と口を開けた。
その時――子どもの泣き声。
「痛いよぉ……!」
頭から血を流す子が、母親に抱かれていた。
リプイの顔が変わる。
「……許せない」
倒れたギウマニールの上半身が起き上がり、親子へ突進する。
(間に合わない!)
リプイが手を光らせ、種を投げた。
「生命の樹!」
『ボンッ』
種から幹が伸び、上半身を貫く。
一瞬で樹が育ち、黄金の花粉が降った。
親子の傷が塞がる。
シュリルが目を丸くする。
「リプイ……今の」
龍拓も驚く。
「治しただけじゃない。守った」
リプイは息を吐き、震える指で杖を握り直した。
「怪我人はこの樹の下に集まりなさい! さっさと治して、町を立て直す!」
町の空気が変わる。
希望が戻る。
シュリルが漆黒の個体へ向き直る。
「次はお前だ」
筋肉が膨れ、体が巨大化する。
漆黒の個体が突進。
シュリルは真正面から受け、押し返す。
「力比べなら負ける気がしねぇ!」
漆黒の個体が肩に噛みつく。血。
シュリルは抱きしめ、肋骨をへし折る。
『バキッ』
個体が吐血し、蹴りでシュリルを吹き飛ばす。
互いに限界が近い。
漆黒の個体が、バリアを破った技で突進する構え。
シュリルも腕を斧に変える。
胸の前でクロス。
「終わらせる」
『ドァァン!』
勝負は一瞬。
「十字筋斧斬!」
漆黒の個体が十字に裂け、四方に飛んだ。
血しぶきの中で、シュリルは蒸気を噴きながら細くなっていく。
それでも、空に拳を上げた。
町が歓声に包まれる。
「助かった!」
「本当に勇者だったんだ……!」
ギルドで冷たかった者たちも頭を下げる。
「すまなかった。お前たちが来なかったら町は終わっていた」
シュリルは笑って肩を叩いた。
「当たり前だ。俺はこの町の勇者だからな」
魔法使いたちは、生命の樹を見上げて呟く。
「……数百年、使い手が出なかった特級の回復だ」
リプイは顔を赤くしてそっぽを向く。
「……ほら、次。怪我人を治す。列を作って!」
その様子を見て、龍拓は小さく笑った。
「いいチームになってきたな」
シュリルが龍拓に言う。
「なあ龍拓。あの黒いギウマニールで、また旨いラーメン作ってくれ!」
「ああ。もちろんだ」
龍拓が遺体を回収しようとした、その時。
『ボワァァァ……』
龍拓の前に漆黒の影が浮かび上がり、アミルとシファとゾーアが現れた。
町の惨状。倒れたギウマニールの山。――そして、漆黒の特殊個体の死骸。
「これは一体……」
アミルの顔が固まる。
(S級判定の個体……それを、シュリルが?)
血まみれのシュリルが、少し誇らしげに言った。
「少し来るのが遅かったな!」
アミルは舌打ちし、視線を滑らせた。
黙々と“食材”をアイテムボックスへしまっている龍拓で止まる。
「あの料理人は……何者だ」
シファがくすりと笑い、アミルの耳元へ寄った。
「あの子たちが、もしかしたら代表勇者のライバルになったりして」
「そんな馬鹿な。あの三人が、俺たちを超えることはあり得ない」
アミルは背を向ける。
「行くぞ。……あの料理人はマークしておけ」
三人が影へ足を踏み入れる。
漆黒が、世界を塗りつぶすように閉じていく――
その瞬間。
龍拓は、影が消えようとする“方角”を見た。
叫びはしない。煽りもしない。
ただ、湯気のように息を落とす。
「……次は、出汁で勝つ」
――閉じかけた影の向こうで。
シファが、ほんの一瞬だけ振り返った。
口元が、微かに上がったようにも見えた。
返事はない。
だが、龍拓の胸の奥だけが確かに熱かった。
シュリルが笑い、拳を鳴らす。
「次はもっと強いのを狩ろうぜ!」
リプイはため息をつく。
「……ほどほどにして」
龍拓はアイテムボックスを閉じた。
(剣でも魔法でもない。俺は俺のやり方で――“新しいベース”を作る)
そして、静かに歩き出す。
第二章『ギウマニールの豚骨ラーメン』END




