勇者選手権編3
申請を終えた帰り道、ギルドの階段を降りる足取りは三人とも妙に軽かった。
軽い――というより、腹の奥に火が入った感じがする。
龍拓は黙ったまま、頭の中でやることを並べ始める。
情報。道中。撤退線。討伐証明。回収と解体。
そして――帰ってきてからの話の続き。
(申請した。次は――勝つための“点”を稼ぐ)
(点を稼ぐ=強いのを狩る)
(強いのを狩る=食材が増える)
(食材が増える=出汁の選択肢が増える)
……一周回って、結局ラーメンに戻ってくるのが自分でも笑える。
龍拓は無意識に口元が緩んでいた。
「……なに笑ってんのよ」
リプイが横目で睨む。
「いや。やることが頭の中で勝手に繋がっただけ」
「どうせ最後、出汁でしょ」
「……よく分かったな」
「顔に出てる」
シュリルがそのやり取りを聞き、ニヤッとする。
「次も“旨いの”を狩ら無いとな!」
「まず“勝てそうなの”から選びなさいよ!」
リプイは即座に返した。
三人はギルド横の掲示板――討伐情報の壁の前で足を止めた。
紙片が何枚も貼られ、危険度ごとに色が違う。
代表候補になった瞬間から、視界に入る紙の重みが変わった気がした。
「S級候補は……大きく三つ」
指で順に示す。
「一体目。キマイラ」
シュリルが鼻で笑う。
「それ、アミルがもう倒してたやつだろ」
「そう。だから“点”としても美味しくない。今さら追っても、話が弱い」
「二体目。ヒュードラ」
リプイの声が少し硬くなる。
「猛毒をもつ九つの首を持った怪物よ。再生能力も厄介で、討伐証明も面倒」
龍拓が反射で聞き返す。
「味はどうなんだ?」
「知らないわよ! まぁ、聞いた話によると身体中に毒があるから過食部は少ないはずよ」
リプイの答えに龍拓は興味を失う。
「三体目――」
リプイの指が止まる。
「ワイバーン」
空気が、ほんの少しだけ冷えた。
シュリルの顔から笑みが消える。
リプイも目線を外さない。
龍拓だけが、二人の表情を見て理解した。
「……因縁のやつだな」
龍拓が言うと、リプイは小さく頷いた。
「私たちが“テロリスト”になった日。あれが、町に入って火を吐いた」
シュリルが低い声で続ける。
「俺らは拘束されて、ヤーハンが全部背負った」
拳が、ぎゅっと握られる。
「……まだ終わってねぇ」
リプイは息を吸って、言い切った。
「ワイバーンを選ぶ。過去の因縁を断つために」
龍拓が眉を寄せる。
「決まりだな。ワイバーンだ」
龍拓は札を剥がし、受注窓口へ向かう。
リプイとシュリルが並ぶ。
受付の職員が顔を上げた。
「受注ですか?」
「はい。ワイバーン討伐」
リプイが言うと、職員の眉が上がる。
だが、申請書の印を見て態度が変わった。
「……代表候補の方々ですね。確認します」
手続きは早い。
紙の端が光り、地図のような印が浮かぶ。
「発生地点は西の峡谷帯。巣の可能性あり。現地の風向きが変わりやすいので注意してください」
龍拓は即座に聞き返す。
「風向きが変わる理由は?」
「地熱の噴き上げです。時間帯で流れが変わります」
職員は淡々と答え、指で地図の峡谷帯をなぞった。
「谷底の熱で上昇気流が出ます。ワイバーンと遭遇した際に、火炎ブレスの威力が上がります」
リプイは話を聞くと、一歩前に出た。
「なら、道にバリアを張る。私が」
職員が目を丸くする。
「……“道”に?」
リプイは胸を張るでもなく、当たり前みたいに言った。
「マハソールを“薄く”伸ばす。風を塞ぐ床を先に作るの」
シュリルが口を開けた。
「そんな器用なこと、できんのか?」
「できるようにしたの。三日間、何してたと思ってるのよ」
龍拓は口元だけ緩めた。
リプイの言葉の端々に、修行の“成果”が混じっている。
職員が地図を指で叩く。
「谷の入口に目印があります。そこまで辿り着ければ、先は一本道です」
「目印、どんな?」
「黒い石柱です。崩れていません」
リプイが即座に頷く。
「そこを起点に張る。峡谷の縁に沿って、足場の膜。――風が巻いても、踏ん張れる」
言い切ってから、少しだけ声を落とす。
「今度こそ、やり遂げる」
シュリルが一瞬だけ、目線を逸らした。
「……ああ。今度は倒す!」
龍拓は、余計な励ましを言わない。
代わりに、確認だけ落とす。
「討伐証明をもう一回お願いします」
職員が紙の下段を指差した。
「翼膜の一部、もしくは牙です」
「回収は翼膜優先。牙は余裕があればで行こう」
シュリルがニヤッとする。
「ワイバーン、どんな味がするのか楽しみだな!」
「そうだな!」
狂人二人の反応に戸惑いながら、職員は手続きを進めた。
「受注、確定でよろしいですか?」
「はい。ワイバーン討伐」
リプイが言い切る。
紙の端が淡く光り、地図の印がくっきり浮かんだ。
「西の峡谷帯で巣の可能性あり。……繰り返しますが、風向きが変わりやすいので注意してください」
「分かったわ」
職員は形式的に頷いた。
「……ご健闘を」
受注札を受け取り、三人は並んでギルドを出た。
外の風は、潮とは違う乾いた匂いがした。
リプイは一度だけ空を見上げて――すぐ前を向く。
「ワイバーン。これで終わらせる」
誓いじゃない。
“予定”みたいな言い方だった。
シュリルが頷く。
「借り、返しに行くぞ」
龍拓は小さく頷いた。
ギルドを出る三人の足は同じ方向へ揃っていた。




