グランドセントピードのまぜそば2
黄色い強烈な日差しが照りつける真夏の昼。
改札を出て、龍拓はスマートフォンでマップを確認する。
「こっちか」
蝉の声が響く住宅街を歩き、十五分ほど。
人の気配が薄れ、空気が澄んだ木立の奥に、急な階段と白い鳥居が現れた。
鳥居の横の看板には、注意書き。
一、狐様へ敬意を払うこと。無礼者には災いが降りかかるであろう。
二、食べ物を用意して参拝すること。唯で願いを聞いてもらうべからず。
三、食べ物は肉、魚等の動物は禁止。
「ここか……」
龍拓は鳥居に一礼し、階段を上る。
息を切らして辿り着くと、小さな本殿と社務所があった。
社務所を、ちらり。
――ニヤリ。
若い巫女が、妙に不気味な笑みで龍拓を見ていた。
背中に寒気が走り、龍拓は足早に本殿へ向かう。
本殿の上には黄金色の文字。命婦白狐神社。
賽銭箱の代わりに、三段のひな壇があり、果物や野菜が供えられている。
龍拓はリュックを下ろし、ひな壇の上段に弁当箱を置いた。
鈴の紐を揺らす。
『カラン、カラン』
二礼二拍手。
手を合わせ、目を閉じる。
(どうか――)
塩でも、醤油でも、味噌でも、豚骨でもない。
“まだ存在しない旨さ”へ辿り着くために。
(俺に、力を貸して下さい)
願った、その瞬間。
「ふむ……。なんと旨そうな稲荷寿司だ」
背後から、落ち着いた女性の声。
「それに――面白い願いだな」
龍拓は弾かれたように振り向く。
白い着物。
獣のような耳。
釣り目の、美しい女。
「その願い、手伝ってやろう」
女が両手を差し出した瞬間、紫色の大きな渦が、空間に“穴”みたいに開いた。
「なっ――何だよ、それ!」
足元が引っ張られる。
龍拓の体が、ずるずる渦へ吸い寄せられる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
抵抗する間もなく、龍拓は飲み込まれた。
追いかけるように、リュックサックも渦へ飛び込む。
渦が消え、境内は何事もなかったように静まり返る。
女は、楽しげに笑った。
「期待しているぞ」
涼しくて心地よい風。
木々が揺れる、優しい音。
龍拓は気づくと森の中で横たわっていた。
「うっ……」
二日酔いみたいな頭痛。龍拓は額を押さえ、ゆっくり上体を起こす。
「……どこだよ、ここ」
見覚えのない森。空気が妙に澄んでいる。
――いや、澄みすぎていて、逆に不気味だ。
『ガサガサガサ!』
木々が大きく揺れた。
反射で振り向く。
≪カカカカカァァァ!≫
いた。
鋸みたいな口器をカチャカチャ鳴らす、ドラゴンっぽいムカデの化け物。
顔だけで龍拓よりデカい。黄緑の涎を垂らしている。
「いや無理無理無理!」
≪キィヤァアァァ!≫
奇声とともにムカデが口器を大きく開いた。
龍拓は咄嗟に後ろへ飛び、間一髪で回避する。
足元に落ちていたリュックサックを掴み、全力疾走。
「何なんだよぉぉぉ!」
化け物は木々をなぎ倒しながら追ってくる。
地響きが腹の底まで響いた。
『ゴゴゴゴゴゴォ!』
倒れた木で地面が盛り上がり、龍拓の足元に大きな罅が走る。
「うわっ!」
足を取られ、転倒。
背中に影が落ちる。寒気が刺す。
≪カカカカカァ≫
振り返ると、口器が嫌な音を立てて迫っていた。
(死ぬ)
その二文字が頭を埋め尽くす。
≪キィヤァアァァ!≫
化け物が飛びかかった――その瞬間。
「レッツオォォォ!」
野太い雄叫び。
右腕を横に突き出した“原人みたいな男”が、物凄いスピードで飛んできた。
次の瞬間――
ドン。
男の腕が、ムカデの口器の下に叩き込まれた。
……ラリアット?
『ブッシャァァァ!』
頭が弾け飛び、紫色の体液が噴き出す。
破片が舞い、龍拓の口にも少し入った。
『ペチャ』
反射で飲み込んだ瞬間、脳に衝撃が走る。
(塩辛い……。なのに、濃い……!)
海老。いや、伊勢エビのような濃厚な旨味。
(……これ、出汁になるやつだ)
「そこの者、怪我は無いか?」
声の方を見ると、原人みたいな男がムカデの頭を片手で担ぎ、のしのし歩いてきた。
そして龍拓に手を差し伸べる。
「あ、ありがとう……」
「お前、変な服だな。どこから来た?」
龍拓は手を借りて立ち上がる。
「俺は東京から……って言っても、通じないか。ここ、どこなんだ?」
「ここはロイアルワ。三大王国の一つだ」
龍拓は固まった。
「……ロイアルワ。聞いたことない。てことは……」
漫画やアニメでしか見たことがない単語が、脳内で点灯する。
「異世界、ってやつか……?」
男はよく分からない顔のまま、ニッと笑った。
「俺はシュリル! この国で勇者をやってる。よろしくな」
「俺は龍拓。ラーメン屋だ」
「ラーメン? なんだそれ」
「……歴史が深くて、メチャクチャ旨い麺料理だ」
シュリルの目がキラキラする。
「そんな料理があるのか! 今度、絶対食いたい!」
その言葉で龍拓は、ムカデの胴体を凝視した。
「なあ、こいつ……食えるのか?」
「グランドセントピードだ。外骨格が装備に使えるから市場で高値がつく。
鋼の剣でも傷つけにくい」
「そんなのを素手で……」
龍拓が呆然としている間も、舌の奥に紫の旨味が残っている。
(これ、ちゃんと処理すれば……新しいベースの糸口になる)
「聞いてるか?」
「ごめん。味が良かったから、ラーメンにできないか考えてた」
「お前もそう思うか! 俺も好きなんだが、村人は不気味がって一口も食わない」
二人は顔を見合わせ、何も言わずに固い握手を交わした。
「こいつで作れるのか?」
「まだ分からない。でも、全力でやる」
「任せた!」
シュリルは満足げに頷き、辺りに向かって叫ぶ。
「おーい! もう倒したぞ! 出てきて大丈夫だ!」
『ガサガサ……』
草をかき分け、黒い大きなエナンを被った若い女魔法使いが現れた。
白いローブに杖。顔色が真っ青だ。
「リプイ! そんなところにいたのか」
「もうやだ! こんな森早く出たい! お家帰りたい!」
リプイは今にも泣きそうな声で叫び、シュリルの肩に担がれたムカデの頭を見た瞬間――
「いやぁぁあああ! 来ないでぇ!」
尻もちをついて泣き出した。
シュリルはため息を吐き、ムカデの頭を地面に置く。
「ほら。もう死んでる。襲ってこない」
「それが怖いのよ!」
リプイは涙を拭きながら立ち上がり、龍拓を警戒した。
「ところで……どなた様?」
「ああ! 龍拓だ。さっき助けた」
「どうも、龍拓。よろしく」
「……どうも」
ぎこちない挨拶。
リプイは龍拓の服装をじっと見る。
「この国の人じゃないみたい……」
「それだ! 龍拓、お前どうやってここに来た?」
龍拓は神社のこと、白い着物の女、紫の渦のことを簡潔に話した。




