勇者選手権編2
話し終えたリプイは、海を見ていた。
しばらく誰も言葉を出せない。波の音だけが続く。
龍拓が口を開く。
「……で、シファたちは今も“勇者側”のままなんだな」
リプイは小さく頷いた。
「ええ。何もなかったみたいに」
シュリルの拳が、砂を握り潰す。
「……ふざけてる」
龍拓は静かに言った。
「じゃあ、こっちが取り返す番だ」
シュリルが顔を上げる。
「何を?」
「ヤーハンの信用。二人の名誉。……全部だ」
リプイは一拍置いて、頷いた。
「……うん。――一つ、方法がある」
リプイは砂を払って立ち上がった。
シュリルは砂を握ったまま、ほどかない。
龍拓も鍋の取っ手に触れたまま、手を止めていた。
龍拓が先に聞く。
「方法ってなんだ」
リプイは二人を見回す。
逃げない目で、短く言った。
「代表勇者大会」
「大会……?この前言っていたやつか!」
龍拓が眉を上げる。
リプイは頷く。
「この世界は、三十三年に一度、魔王が目覚める」
言い切って、少しだけ間を置いた。
「目覚めると、魔王城へ続くゲートが開く。でも――通れるのは六人だけ」
シュリルが、ゆっくり口を開ける。
「その六人に選ばれれば……」
「三人パーティーが二組。つまり、各国の“代表”だけが行ける」
リプイは淡々と続けた。
「代表になれば、堂々と動ける。国の支援も、情報も、装備も動く。勝手に魔王に挑むのは無理」
龍拓は黙って聞いていた。
料理の世界でも同じだ。名のある舞台に立つには、席に座る資格がいる。
リプイの声が、ほんの少しだけ鋭くなる。
「そして何より――シファたちを“同じ土俵”に引きずり出せる」
「逃げたって言わせない場所に、ね」
シュリルの拳が、砂を握り潰す。
でも叫ばない。今日は叫ぶ日じゃない。
龍拓が静かに頷いた。
「……それが、二人の名誉を取り返す最短ルートってわけか」
「そう」
リプイは即答した。
「だから最初にやることは一つ。ギルドで出場申請」
言い切ってから、リプイは二人を見回す。
「枠は少ない。だからまず申請して、“候補”になる」
シュリルは短く頷く。
龍拓も、迷いなく立ち上がった。
「行くぞ」
龍拓がアイテムボックスを肩に担ぐ。
「潮で道具を錆びさせたくない」
リプイは海を一度だけ振り返った。
潮の匂いが、さっきまでより少しだけ“前向き”に感じる。
――腹が鳴る匂い。生きている匂い。
三人は砂浜を離れて、町へ向かった。
町に入ると、視線が集まった。
昨日までの露骨な敵意ではない。
恐る恐る――でも確かに、期待が混じった目。
三人は何も言わず、ギルドへ向かった。
ギルドの巨大な扉が見えてきた。
シュリルが小さく息を吐く。
「行くぞ」
扉を押し開けた。
『ギィィィ……』
ロビーの空気が一瞬止まる。
視線が集まる。
でも、前みたいな露骨な野次は飛ばない。
言葉にできない距離感だけが、そこにある。
リプイは小声で言った。
「……受付に行くわよ」
階段を上がる。
二階の赤いカーテンの受付に、ミルコがいた。
ミルコは三人を見るなり眉を上げた。
「……またお前らか。今度は何を持ち込む気だ。町を持ち込むなよ」
「今日は納品じゃない」
リプイが言う。
ミルコの目が細くなる。
「じゃあ何だ」
シュリルが一歩前に出た。
「代表勇者大会の出場申請だ」
その一言で、周囲の空気が変わる。
近くの受付員が手を止め、後ろで待っていたハンターが息を呑む。
ミルコは一拍置いて、鼻で笑った。
「……本気か」
「本気だ」
シュリルは引かない。
龍拓が静かに言う。
「必要な手続きだけ教えてくれ」
ミルコは三人を順に見た。
ため息を吐いて引き出しから羊皮紙を取り出し、台に置く。
「パーティー名。構成。代表者署名。あと登録料」
「登録料?」
龍拓が聞く。
「タダで“代表”になれると思うな」
ミルコは金額を指で示す。
「払えないなら帰れ」
「払うわ」
リプイが即答して小袋を置いた。
硬貨の音が乾いて響く。
シュリルがペンを取って書こうとして止まる。
「……パーティー名」
「今決めるのか?」
龍拓が言うと、ミルコが呆れ顔で頷いた。
「当たり前だ」
リプイが龍拓を見る。
「あなたの店の名前でいい。――“龍昇”」
「俺の店だぞ」
「だからよ。看板を背負いなさい」
リプイの声は厳しい。でも逃げ道を塞ぐ優しさだった。
シュリルがニヤッとする。
「いいじゃん。ラーメン屋、名乗ってるんだろ?」
「……分かった」
龍拓はペンを取り、丁寧に書いた。
リプイが署名を終える。
シュリルが最後に大きく名前を書く。勢いがありすぎてインクが少し飛んだ。
「うわ、汚っ」
リプイが呆れる。
「うるせぇ!魂が入ったんだよ!」
「魂じゃなくてインクよ」
ミルコは申請書を受け取り、奥の台帳に挟んだ。
カン、と判子の音。
「申請受理」
ミルコが視線を上げる。
「これでお前らは“候補”だ。今日から目立つ。――面倒が増えるぞ」
シュリルが笑う。
「上等だ」
リプイは一歩だけ前に出た。
「私たちは逃げない」
ミルコは少しだけ口角を上げた。
「……なら、やってみろ」
龍拓は頷いた。
「申請は終わった。次は――勝つだけだ」
三人は顔を見合わせて、同時に頷く。
戻れない。
でも、もう戻る気もない。




