勇者選手権編1
リプイはすぐ答えなかった。
砂を見つめ、指先でどんぶりの縁をなぞる。
「……あいつら、っていうより」
息を吸う。
「シファのこと、話さないといけない」
シュリルは転がったまま、顔だけこちらを向いた。
いつもの軽さが消えている。
「……話せ。最後まで聞く」
リプイは小さく頷いた。
「三年前の話。私とシュリルが“町を救った英雄”じゃなくて――“災いを呼んだ奴ら”って呼ばれるようになった日」
リプイは笑おうとして、やめた。
「私、シファのこと……親友だと思ってたの」
あの頃の私は、回復魔法しかまともに使えなかった。
でも、それだけは誰にも負けなかった。
必死で磨いて、ようやく「役に立てる場所」が見えた。
国の医療研究機関から声がかかったのも、その頃。
嬉しかった。
初めて、自分の力が認められた気がした。
だからこそ、シファからの連絡が来た時――私は弱かった。
『久しぶりに会わない? 話したい』
その一言に、胸がふっと軽くなってしまった。
コーヒー豆の香りが漂う、落ち着いた喫茶店。
向かいにはシファが座っていた。
綺麗で、落ち着いていて、いつも通りの顔。
……ただ、笑い方だけが少し固かった。
「久しぶり」
私は笑って言った。
「元気にしてた?」
「ええ」
シファは頷いて、カップを置く。
それから、私の目を見た。
「……実は、頼みがあるの」
「頼み?」
喉が少し乾く。
シファは淡々と続けた。
「三日後。このロイアルワに隕石が落ちる」
一瞬、意味が分からなかった。
「……隕石? そんな――」
「計算したの」
シファは小さな青い本を取り出して開く。
地図と、赤い点。軌道。
「南南東から。午後十六時三十二分。衝突する」
私は笑えなかった。
「ニュースには……」
「出せないわ。混乱するから」
そして、シファは言った。
「魔力迎撃砲を使うの」
ギルド最上階――屋上手前。
禁域。国の兵器。
魔力迎撃砲。
「無理よ。起動なんて――」
「貴方なら、アクセス権がある」
シファは私の言葉を切った。
「それに、シュリル君が一緒なら検問も抜けられる。勇者見習いでしょ?」
胸の奥が嫌な跳ね方をした。
それでも私は、窓の外を見てしまった。
夕方の町。買い物帰りの人。笑う子ども。
守らなきゃ、と――思ってしまった。
シファは私の手を握った。
「お願い。故郷を守ろう」
その手は温かかった。
私は、その温度に甘えた。
「……分かった。やってみる」
「ありがとう」
シファは微笑んだ。
そして、紅い宝石のネックレスを二つ出した。
「これを、貴方とシュリル君で着けて」
「なにこれ?」
「魔封宝石」
これがあれば監視システムに引っかからない。
見張りにも気づかれない。
「シファは?」
「私はギルド内で潜伏して、無線で支える」
その時の私は、疑う理由を探せなかった。
疑ったら、目の前の町を見捨てるみたいで怖かったから。
その夜、私はシュリルに連絡した。
『隕石?』
電話口で、シュリルの声が少し上ずる。
「……本当だと思う。だから、一緒に――」
『ああ。いいぞ』
即答だった。
「疑わないの?」
『リプイが頼むってことは、理由があるんだろ』
その言葉に、私は救われてしまった。
同時に、背中が少しだけ寒くなった。
――こんなに信じてくれるのに、私が間違えてたらどうする?
でも、もう止まれなかった。
翌日。
ギルドから少し離れた、ログハウス型の店。
「いらっしゃい。……お、シュリルにリプイちゃんじゃないか」
カウンターの奥にいたのはヤーハンだった。
背筋が伸びて、手つきが綺麗で、目だけが鋭い。
「マスター、いつもので!」
「まず席に座れ。声がでけぇ」
シュリルが笑う。
私はメニューを開いたまま、呼吸が落ち着かなかった。
ヤーハンは一目で気づいたみたいに、私の顔を見た。
「……リプイちゃん。なんかあったな」
私は一瞬迷って、シュリルを見る。
シュリルが小さく頷いた。
私は話した。
隕石のこと。迎撃砲のこと。シファのこと。
ヤーハンは、最後まで口を挟まずに聞いていた。
そして、料理を置く手だけは止めなかった。
「ミノタウロスのステーキ、一丁上がり」
「うまそー!」
シュリルが目をキラキラさせる。
私は一口食べた。
……涙が出そうなくらい落ち着いた。
食べ終えて、ヤーハンがカウンターの奥へ消える。
すぐ戻ってきて、細長い木の鞘を置いた。
「これを持っていけ」
「……え?」
私は固まった。
「魔力壊包丁だ」
ヤーハンは淡々と言う。
「万が一の時に、“逃げ道”になる」
「そんなの、受け取れない!」
「受け取れ」
ヤーハンは短く切った。
「ワシはもう引退した身だ。だが――二人を見過ごせない」
私は鞘に触れた。
木なのに、妙に熱がある。
「……絶対、返す」
「生きて帰ってきたらな」
ヤーハンは笑った。
重い笑いじゃない、いつもの笑い方で。
「大丈夫。リプイちゃんは、そういう時に案外しぶとい」
「……なにそれ」
「褒めてるんだよ」
「褒め方が雑!」
その雑さに、私は少し笑えた。
その笑いが、あとで痛くなるなんて知らずに。
作戦当日。
ギルドに入った瞬間、ネックレスが熱を持った。
それが“守ってくれてる”証拠だと思った。
屋上手前の扉。
カード。魔導陣。
開く。
そして、屋上。
空は青い。
なのに、南の空だけが燃えていた。
巨大な隕石。
炎を纏って落ちてくる。
「……デカすぎる」
シュリルの声が震えた。
警備隊が現れたのは、その直後だ。
「何をしている!」
「空を見て!」
シュリルが叫ぶ。
「隕石だ!」
警備隊は首を傾げた。
「……何もないが?」
背中が冷たくなった。
見えてるのは、私たちだけ。
それでも私は、引けなかった。
迎撃砲は起動する。
バリアのエネルギーを吸い上げる。
ロイアルワ全体の膜が薄くなる。
「急いで!」
シュリルが警備隊を抑えながら叫ぶ。
私は発射ボタンを押した。
『ブッギャアァァァァァァァァン!』
光線が隕石へ向かう――
その直前。
『ピシュンッ……』
隕石が消えた。
灯りを消すみたいに、嘘みたいに。
私は立ち尽くした。
指先が冷える。
騙された。
そう思った瞬間――
『バァァァァァァアン!』
光線がバリアへ直撃した。
巨大な穴が開く。
風が鳴った。
穴の向こうから、影が入ってくる。
大型のワイバーン。
牙。翼。黒い喉。
「……うそ」
ワイバーンが息を吸った。
『ボワァァァア!』
業火が町に降った。
一瞬で火の海。
悲鳴。泣き声。走る足音。
私は足が動かなかった。
ワイバーンが屋上の私に気づいた。
口が開く。
死ぬ。
そう思った瞬間――腰の鞘に触れた。
ヤーハンの包丁。
私は反射で抜いた。
『シュパンッ!』
光が走る。
斬撃が飛ぶ。
ワイバーンの胴体が、真っ二つになった。
私は崩れ落ちた。
「……助かった」
でも、助かったのは“私”だけだった。
警備隊が私たちを囲む。
「拘束しろ!」
「テロだ!」
「バリアに穴を開けた!」
シュリルは拘束されていた。
血を流しているのに、怒りだけで立っていた。
「違う。俺たちは――」
言い訳は届かなかった。
私は手を上げた。
逃げたら、もっと誰かが死ぬ。
そう思ってしまった。
私たちは手錠をかけられた。
× × ×
ギルドの外。
警察車両の前に、シファが立っていた。
私は喉から声が出なかった。
シファはゆっくり近づき、私の耳元に囁く。
「……さよなら、リプイちゃん」
その声は、あの日の優しさと同じだった。
なのに、全部が違った。
私は震えた。
シファは嬉しそうに笑って去った。
私の世界が、壊れた。
× × ×
「ごめんなさい……私のせいで……」
車に乗せられる直前、私は泣きながらシュリルに言った。
シュリルは歯を食いしばって首を振る。
「リプイは守ろうとした。悪いのはアイツだ」
「でも――」
「いつか見返す。絶対に」
その時だった。
「その子たちは、ワシの弟子だ」
年老いた声が響いた。
ヤーハンだった。
町外れでひっそり生きてるはずの、あの料理人。
警備隊がざわめく。
「ヤーハンさん?」
「国代表勇者パーティーの……?」
ヤーハンは私たちの前に立った。
笑っていた。
いつもの、陽気な笑い方で。
「事情は署で話す。まずは落ち着け」
「ヤーハン、ダメ!」
シュリルが叫ぶ。
「共犯になる!」
「ええ!」
私も首を振った。
「私と彼は関係ない!」
ヤーハンは私たちを抱きしめた。
「ワシが何とかする。心配するな」
そのままヤーハンは別の車両に乗せられて連れていかれた。
私たちは助かった。
でも、ヤーハンは表舞台から消えた。
豪邸を追われた。
町の外れへ追いやられた。
それでも、私たちのために笑った。
だから私は、今も覚えている。
あの日、空は嘘をついた。
そして――ヤーハンが、私たちを守ってくれた。




