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ラーメン屋の店主、異世界で最高の出汁を探す  作者: 髙橋彼方
第三章『リヴァイアサンの魚介豚骨ラーメン』
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リヴァイアサンの魚介豚骨ラーメンEND

 砂浜に転がるリヴァイアサンの頭部は、近づくだけで潮と鉄の匂いを放っていた。

 胴体は少し離れた場所に横たわり、波が来るたびに黒い鱗が鈍く光る。

 龍拓はリュックを降ろし、袖をまくる。

「よし。始めるぞ」

 シュリルはもう涎を垂らしていた。

「早く! 俺の筋肉が待てねぇ!」

 リプイは腕を組む。

「……海の怪物をその場で捌く料理人、初めて見たわ」

「安心しろ。ちゃんとやる」

 龍拓は淡々と返す。

 アイテムボックスを地面に投げた。

『ポォォォォン!』

 破裂音とともに、魔術鍋、まな板、タヌー、包丁類が並ぶ。

 龍拓はヘレスケスを手に取った。

『ブゥン……』

 低い鳴り。

 でも、腕を持っていかれる感じはない。

「……よし」

 龍拓は迷いなく、頭部の付け根に刃を入れる。

『シュパンッ!』

 硬いはずの鱗が、紙みたいに割れた。

 断面から、熱い湯気がふわっと漏れる。

「うわ、あったけぇ……」

 シュリルが目を丸くする。

 龍拓は手際よく骨を外していく。

 頬骨、頭蓋、えらの奥の硬い骨。

 そして、奥の白い身。

「白身、でけぇ……」

 龍拓の声が少しだけ弾む。

 リプイが首を傾げた。

「……ちょっと待って。頭の中、変な色の膜あるんだけど」

「そこは捨てる。苦味が出る」

 リプイが眉を上げる。

「なんでわかるの?」

「食材の気がわかるようになったからだな」

「なにそれ……」

 呆れた顔をしたのに、目だけは作業から離れなかった。

 龍拓は切り分けた骨を魔術鍋に入れる。

 続けて、胴体側の背骨からも数本、節ごとに抜いた。

『ゴトン、ゴトン』

 鍋の中が一気に“海”の匂いになる。

 龍拓はリュックから昆布を出し、少しだけ入れた。

 次に、ギウマニールの素材袋から、豚骨のゲンコツと骨髄の残り。

「魚介だけじゃ終わらせない」

 それだけ言って、豚骨も鍋に放り込む。

 リプイが眉を上げる。

「……混ぜるの?」

「ああ。今日は“合わせる”」

 龍拓は樽の水を注ぎ、鍋の蓋を閉める。

 タヌーに置いて、リプイを見る。

「火、頼む」

「はいはい。ラロット」

『ボワァァァ』

 炎がつく。

 龍拓は火加減を中火に整えた。今度は燃え上がらない。

 魔術鍋のダイヤルを回す。

「時間、三十分。水位、二」

「短っ」

 シュリルが驚く。

「魚は出るのが早い」

 龍拓は即答した。

 次はタレだ。

 龍拓は小さなボウルを取り出し、濃口醤油、薄口醤油、みりん、酒、塩、昆布だしを混ぜる。

 スプーンでひと舐め。

「うん。いける」

 香味油も作る。

 フライパンに、リヴァイアサンの脂(ほんの少し)と、ギウマニールの背脂を一匙。

 そこにニンニク、長ネギ。

『ジュワァ……』

 匂いが変わる。

 海の香りが、腹の底から“旨い”に寄っていく。

 シュリルが机の端をバタバタさせ始める。

「今の匂い、もう勝ちだろ!」

「まだだ」

 龍拓はブレない。

 トッピング用にギウマニールの焼豚を薄く切り、海苔も刻む。

『ピピピピピィ!』

 魔術鍋が鳴った。

「来た」

 龍拓が蓋を開けると、白濁した豚骨の匂いに、魚介の立ち上がりが乗っていた。

 湯気が、海と肉の両方の顔をしている。

 龍拓はアクを取り、もう一度だけ味を整える。

 そして湯を沸かし、麺を茹で始めた。

『ボコボコ』

 二分。

 湯切り網で掬い上げる。

『チャッチャッチャッ!』

 心地よい音。

 シュリルとリプイが見入る。

 どんぶりにタレ。

 そこへスープを注ぐ。

『トポ……』

 白濁の中に、魚介の香りがふわっと浮く。

 麺を入れる。

 焼豚、海苔。

 仕上げに香味油を一回し。

『ジュワァ!』

 匂いが完成する。

 海と肉が、同時に腹を叩く匂い。

 龍拓は、白く美しいスープを蓮華ですくってひと口飲んだ。

「よし!」

 短い一言。

 でも、それだけで“勝ち”が分かる顔だった。

「――リヴァイアサンの魚介豚骨ラーメン、完成だ」

 シュリルが身を乗り出す。

「早く! 俺の筋肉が待てねぇ!」

「伸びる。食え」

 龍拓がどんぶりを二つ、机に置く。

 シュリルが一口すすった瞬間――

「……!? うまぁぁあい!」

 叫びと同時に、全身が『バチッ』と震えた。

 皮膚の上に、黒く鈍い光が浮き上がる。

 リヴァイアサンの鱗みたいな紋様が、腕、肩、胸へと一瞬で広がった。

「おいおいおいおい! 見ろよ龍拓!」

 シュリルが自分の腕を叩く。

『キンッ』

 叩いた音が金属みたいに鳴る。

「これが――新たな力!」

 拳を握ると、紋様が脈打って、すぐ消えた。

 シュリルはもう二口目に突入している。

 リプイはどんぶりに顔を近づけた瞬間、思わず目を見開いた。

(スープから……海の風と、大地みたいな力強さが同時にくる……)

 一口。

「……っ」

 すぐにもう一口。今度は麺も一緒にすすった。

「まず、海が来る。……でも、海そのままじゃない。“出汁だけ”の海」

 リプイはもう一口、今度は深く飲む。

「で――遅れて豚骨がくる。濃いのに、重すぎない。海が先に道を作ってる」

 シュリルがよく分からない顔で頷く。

「つまり、うまい?」

「黙って食べなさい!」

 リプイは海苔を絡めてもう一口。

「海苔が……橋になってる。香りがちゃんと“つないでる”」

 言ったあとで、自分でムカついたみたいに眉を寄せた。

「……なにこの完成度」

 龍拓は頷くだけ。

「狙い通りだ」

 リプイは最後にスープを飲み干して、息を吐いた。

「……強くなるの、分かるわ。これ」

 シュリルが胸を張る。

「ほらな! 俺の筋肉が踊ってる!」

 その横で、龍拓も箸を取った。

 自分のどんぶりを前に置くと、一度だけ湯気を吸い込む。

「……よし」

 今度の「よし」は、味見の時とは違う。

 作った人間じゃなく、食う人間の顔だった。

 龍拓は麺をすすり、スープを一口飲む。

 少しだけ目を細める。

「海が先に立って、豚骨があとから押す……。狙い通りだ」

 シュリルがどんぶりを掲げる。

「な? 最高だろ!」

「口に入れたまま喋るな!」

 リプイは、ラーメンを心底楽しそうにすする二人を見て、思わず笑った。

 三人のどんぶりが空になった。

 しばらく、波の音だけが聞こえる。

 シュリルは腹をさすりながら、砂の上にごろっと転がった。

「……食ったぁ」

 リプイは湯気の名残を見つめて、小さく息を吐く。

「……満足」

 龍拓は空の鍋を覗いてから、ゆっくり顔を上げた。

 脳裏に浮かんだのは、ギルドで見たあの三人――アミルたちの顔。

「……そういえば」

 龍拓はリプイを見る。

「ギルドで会った、あの勇者たちと何があったんだ?」

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