リヴァイアサンの魚介豚骨ラーメン9
昼間のギルド。
三人はそのまま二階の受付へ向かった。
ミルコが顔を上げる。
「またお前らか。……で、今日は何を受ける」
「海だ」
シュリルが即答する。
リプイが札の並ぶ掲示を指した。
「海域異常。――リヴァイアサン討伐」
ミルコの眉が上がる。
「本気か」
「本気」
龍拓は短く頷いた。
ミルコはため息を吐き、机の下から札を出して叩く。
『カンッ』
「海域指定。撤退は自己判断。――証明は鱗を一枚。大きいのを持って来い」
リプイが札を受け取る。
「了解」
シュリルが笑う。
「行くぞ」
龍拓はリュックの中身を指で確かめた。
調味料。刃。布。最低限。
三人は踵を返し、ギルドを出た。
潮の匂いが濃くなる。
風が湿り気を帯びる。
そして――海が鳴いている。
低く、腹の底に響く唸り。
波というより、海そのものの呼吸。
浜辺には漁師が集まっていた。
網も船も放り出して、ただ沖を見ている。
沖の水面が、不自然に平らになった。
鏡みたいに空を映し、波が消える。
その中心が、ゆっくり盛り上がる。
黒い背が現れた。
濡れた鱗が鈍く光り、背に沿って刃のような突起が並ぶ。
頭が上がる。
目が――こちらを見る。
海の唸りが、一段深くなった。
「……リヴァイアサン」
龍拓が、息を落として言った。
シュリルは、砂浜を一歩踏む。
沈む。砂は足を奪う。
それでも目だけは前を向いていた。
「行くぞ」
『ドンッ!』
踏み込んだ。
地面が沈んでから、跳ねる。
沈んだぶんを――力にする。
「弾力筋砲!」
ラリアットの腕がしなる。
しなって、戻る。
その“戻り”が拳の先に集まる。
『バァァンッ!』
音が遅れて鳴った。
リヴァイアサンの巨体が、海面の上でわずかに揺れた。
「効いてる!」
シュリルが歯を見せる。
リヴァイアサンの目が細くなる。
『ゴォォ……』
リヴァイアサンが口を開いた。
海面の水が、吸い込まれるみたいに一点へ集まる。
ぎゅっと圧縮されて――黒い水の塊になる。
「来る!」
リプイが杖を構えた。
『パァン!』
薄い光の膜が一瞬で張られる。
水塊がぶつかった――その瞬間。
バリアは水塊を弾き返し、リヴァイアサンの頭部へ叩き込んだ。
リヴァイアサンは、あまりの衝撃に仰反る。
リプイが口元を上げる。
「ほら、自分の技の味はどう?」
だが、次の水が集まる速さが違った。
さっきの比じゃない。ひと回り大きい塊が、海面でうねる。
「……デカいの、来る!」
リプイが息を吸う。
「なら、二発目で終わらせる」
シュリルが笑った。
シュリルの筋肉が波打つ。
体が一回り、重くなる。
『プシュゥ……』
湯気が噴き出した。
リヴァイアサンが、二発目の水塊を放つ。
『ゴォッ!』
黒い砲弾が空気を裂いて飛んできた。
シュリルは――跳んだ。
『ドンッ!』
沈んだ砂を蹴って、ありえない高さへ。
空に近い位置で、シュリルの腕がしなる。
「弾力筋砲!」
『バァァンッ!』
空中で、水塊がかき消えた。
霧みたいに砕けて、潮の雨になる。
そしてシュリルは止まらない。
消した腕のまま、落ちる。
「――そのまま行くぞォ!」
落下の勢いが、拳に集まる。
「弾力筋砲!!」
『バァァァンッ!!』
叩き込まれた衝撃が、体内へ通る。
海面が、遅れて爆ぜた。
リヴァイアサンの巨体が、海面から持ち上がった。
「……っ、浮いた!」
リプイが息を呑む。
波が割れ、黒い背が空へ向かって跳ね上がる。
そして――
『ドォォンッ!!』
巨体が砂浜へ叩きつけられた。
砂が噴き上がる。
海水が飛ぶ。
リヴァイアサンは一瞬だけ、動けない。
「龍拓!」
シュリルが叫ぶ。
「分かってる!」
龍拓はもう走っていた。
考えるのは手順だけ。
倒れた巨体。
首。
付け根。
打ち上げられた衝撃で、首の根元の鱗が、わずかにずれていた。
「――いける」
龍拓はヘレスケスを構える。
迷いはない。
『シュパンッ!』
刃が滑り込む。
一本。
返す。
『ズン……』
次の瞬間、重いものが砂に落ちた。
――頭だ。
龍拓の一太刀で、頭部と胴体は完全に切り分けられていた。
シュリルが目を丸くする。
「マジかよ……」
リプイも息を止めていた。
龍拓は刃を払うように振り、息を吐く。
「……倒した」
遅れて、海が一度だけ鳴った。
『ゴォ……』
そして、静かになった。
「よし! 証明、取るぞ!」
シュリルが飛び乗る。
『バキッ!』
背の突起から、硬い鱗が一枚剥がれる。
刃物みたいな縁。
それでも確かに、取れた。
シュリルが龍拓に放る。
「ほら!」
龍拓が受け取る。
鱗は濡れているのに、熱がある。
海の底の熱。
龍拓は鱗をリュックにしまい、落ちた頭部を見た。
思わず喉が鳴る。
「……これ、すげぇ出汁出るぞ」
シュリルの目が輝く。
「早く食いてぇ!」
リプイがため息を吐く。
「アンタたち、本当に……」
でも、口元は少しだけ緩んでいた。
龍拓はヘレスケスを布で拭き、肩の力を抜く。
「仕込みは――これからだな」
海風が吹く。
潮の匂いが、濃くなった気がした。




