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ラーメン屋の店主、異世界で最高の出汁を探す  作者: 髙橋彼方
第三章『リヴァイアサンの魚介豚骨ラーメン』
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リヴァイアサンの魚介豚骨ラーメン8

 ヤーハンが続ける。

「ヘレスケスは、暴れた光を一気に吸い上げる。喰われる原因は“量の暴れ”だ」

 ヤーハンはエーゲルを指で弾いた。

『チン』

「こいつが暴れを抑える。まずは“制御の感覚”を覚えろ。慣れたら外す」

「外すのかよ……」

「外せねば本番で使えん」

 ヤーハンが言い切った。

「始めるぞ」

 金の粒が、さらさら落ち始めた。

 龍拓はエーゲルがついた手首を意識したまま、ヘレスケスの柄へ手を伸ばす。

 息を一つ吐いて、掴む。

『ブゥン……』

 低い羽音みたいな音。

 刃が青から一瞬だけ金に揺れる。

「行くぞ……!」

 龍拓は肉に指先を当てた。

 繊維の戻り、弾き、しなり。

 匂いがないぶん、手の情報が全部ここに集まる。

 ヘレスケスの刃を入れる。

『シュパンッ』

 切れ味が異常だ。

 その瞬間、右腕の内側がぞくりとした。

 視界が一瞬白く滲む。

 足元が薄くなる。

「……っ!」

 ナヴィが作業台の端で、楽しそうに目を細めた。

 ヤーハンが机を軽く叩く。

『コツン』

「制御じゃ。息を落とせ」

 龍拓は息を吐いた。

 手首のエーゲルが、きゅっと締まるように感じる。

 吸い上げられる感覚が弱まった。

 金の粒が落ちる。

 落ちる。

 落ちる。

 龍拓は切り分けを続けた。

 繊維が細く、戻りが早いもの――鶏。

 反発が強く、固い戻り――牛。

 しっとりした弾きと膜の滑り――豚。

 刃を入れる角度を変える。

 繊維に沿って切る。

 迷う時間はない。

 刃を深く入れた瞬間、腕がまた“引っ張られた”。

 体の内側が空洞になるような感覚。

「……っ、く!」

 ヤーハンが短く言う。

「今じゃ」

 龍拓は息を吐き、手首の感覚に集中した。

 握りを強くしない。押さえ込まない。

 エーゲルに“戻す”つもりで、内側へ落とす。

 吸われる感覚が、ぎりぎりで止まる。

 金の粒が、最後の一粒になって――

『コトン』

 落ち切った。

 龍拓は刃を止めた。

 まな板の上には三つの山。繊維の太さと弾き方が違う。

 ヤーハンがそれを見て、口角を上げた。

「……上出来じゃ」

 それだけ。

 龍拓は息を吐き、汗を拭った。

「二回、持ってかれた」

「持ってかけた、じゃ」

 ヤーハンが淡々と言う。

「だが戻した。次は“予兆”で止めろ」

 ナヴィは何も言わず、ただ楽しげに見ている。

 答えはくれない。けれど、目が「もう一回」と言っていた。

 ヤーハンが肉の山を指差す。

「次は十八秒でもっと綺麗にやれ」

「またか……」

「またじゃ。本番はもっと厳しい」

 龍拓はエーゲルのついた手首を見た。

 さっきの“締まる感覚”が、まだ微かに残っている。

「……この感覚、覚えればいいんだな」

 ヤーハンが短く頷く。

「そうじゃ。いずれ外す」

 ヤーハンが金の粒を上の球に戻した。

 再び、さらさら落ち始める。

『サラ……』

 龍拓は包丁を握った。

 今度は、吸われる前の“引っかかり”を拾うつもりで。


 三日後。


 白い厨房の作業台に、また“混ぜ肉”が置かれていた。

 砂時計がひっくり返る。

『サラ……』

 龍拓の手首には、もうエーゲルがない。

 ヘレスケスを握る。

『ブゥン……』

 腕の奥が一瞬だけ引かけた。

 龍拓は息を吐く。――引きがほどける。

『シュパン、シュパン、シュパンッ』

 包丁の音は三回。

 砂が落ち切るより先に、迷いなく三つの山が並んでいた。

 龍拓が手を止めた、その瞬間だった。

『ブゥン……』

 ヘレスケスが、もう一度だけ低く鳴る。

 腕の奥が“持っていかれる”感覚が走った。

 だが龍拓は慌てない。

 刃から目を離さず、息を一つ落とす。

『スゥ……』

 引きがほどけ、指先の震えが止まった。

 ヤーハンは口角だけ上げた。

 ナヴィは楽しそうに目を細めた。

 次の瞬間、ナヴィが指先で円を描く。

『バギィンッ』

 白い鏡みたいなゲートが開く。

 ヤーハンと龍拓がくぐると――空気が変わった。

 人工太陽に照らされたドーム。

 汗と鉄と魔力の匂い。

 正面に、シュリルとリプイがいた。

「来たか、ラーメン屋」

 シュリルが口角を上げる。

「待たせたな」

 龍拓が返す。

「……ちゃんと生きてたみたいね」

 リプイが一息ついて言う。

「もちろんだ」

 龍拓は短く頷いた。

 シュリルがパキポキと指を鳴らす。

「じゃあ、行こうぜ」

 リプイは二人を見て、少しだけ口元を緩めた。

「二人とも、頼りにしてるわよ」

「おう」

「任せろ」

 そこへ、虎の獣人グーファが前に出た。

 いつもなら一言で終わる顔。だが今日は、ほんの少しだけ表情が違う。

「……いい」

 シュリルが目を瞬かせる。

「それ、褒めてる?」

「他に何がある」

 次にモービルがリプイに向けて、ふっと笑った。

「リプイなら大丈夫だ」

 リプイは一瞬だけ照れて、すぐに頷く。

「……うん」

 ヤーハンが咳払いみたいに肩を揺らす。

「よし。戻ったら――修行の礼はラーメンでええぞ」

 シュリルがニヤッとする。

「約束だぞ、ラーメン屋!」

 リプイが呆れた顔で手をひらひらさせる。

「はいはい。……焦げたら許さないからね」

 ナヴィが指先で出口を示す。

「行っておいで」

 三人は同時に、ドームの出口へ向かった。

×  ×  ×

 三人の背がドームの外へ消えると、しばらく誰も動けなかった。

 モービルが小さく息を吐く。

「……預言者様。あの子たちに、そこまで任せるんですね」

 ナヴィは出口を見たまま笑っている。

 答えは返さない。

 グーファが低く言う。

「甘い」

 ヤーハンは鼻で笑った。

「甘いんじゃない。腹を括ったんじゃ」

 ヤーハンが短く頷く。

「……あの三人なら、託せる」

 ナヴィは笑みを深くした。

 それ以上は何も言わない。

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