リヴァイアサンの魚介豚骨ラーメン6
消えたのを見届けてから、三人がゆっくり顔を上げる。
周囲の戦士たちも、息を潜めたまま三人を見る。
ミザーが一歩、前に出た。
でかい。歩いただけで床が震える。
「……モービル」
低い声がドームの中に響いた。
「説明しろ。なぜ人間をここへ入れた」
戦士たちの視線がいっせいにシュリルとリプイへ集まる。
刺すような、というより「値踏み」だ。強いのか、弱いのか。役に立つのか、邪魔なのか。
シュリルは視線を受け止めたまま、指を一本ずつ折るように鳴らした。
『パキ……ポキ……』
それだけで、周囲の空気が一段引き締まる。
シュリルは肩を回し、軽く息を吐いた。
「……余計な真似はするな」
ミザーの声が低く落ちる。
モービルは肩を落として、短く言った。
「預言者の命令。以上」
「それで通ると思うな」
「通るから困ってるんだよ」
モービルの言い方が軽くて、余計に腹が立つ。
ミザーの額に血管が浮く。
「この聖域に人間が入った。場所を知られた。――見逃すわけにはいかない」
「殺すってこと?」
リプイが顔を青くする。
「規律の話だ」
ミザーが言い捨てる。
シュリルが一歩前へ出かけた。
「じゃあ俺が――」
「しません」
真横からグーファの声が刺さった。
虎の獣人は槍を軽く掲げ、シュリルの前に立つ。
「ここは稽古場です。喧嘩場ではありません」
「同じじゃね?」
「違います」
シュリルは一瞬だけ固まった。
言い返そうとして、口が半開きのまま止まる。
そのまま首の後ろを掻いて、そっぽを向いた。
「……りょ、了解」
リプイが小声でツッコむ。
「今の何。素直なの?不服なの?」
「両方だ!」
モービルがリプイへ視線を向け、手招きする。
「リプイ、こっち」
「……うん」
リプイはちらっと、ゲートが消えた場所を見る。
龍拓はもういない。ヤーハンもいない。ナヴィもいない。
(大丈夫。あの二人なら平気……たぶん)
不安を飲み込んだところで、モービルが淡々と続けた。
「さっきの感じ、分かったでしょ」
「何が?」
「ここは優しくない。だから“疲れない使い方”が必要」
リプイが眉を寄せる。
「疲れない?」
「魔力の話。リプイは魔法が強い。その分、燃費が悪い」
モービルは嫌味でも励ましでもなく、事務的に言った。
「強いのはいいこと。でも、すぐガス欠になるのは困る」
「……ガス欠」
「だから、出し方を変える。ムダを減らす。今日やるのはそれ」
リプイはムッとしながらも、言い返せなかった。
確かに、連発できない。大技は一日一回。
そのくせ気持ちだけ先に走って、焦ると空回りする。
「ムダって言い方、腹立つんだけど」
「腹が立つなら、結果で黙らせて。君、そういうタイプでしょ」
「……そうだけど!」
モービルがドームの端へ案内する。
小さな円形の床と、水を張った鉢がひとつ。
「座って」
「訓練って、もっと派手なの想像してた」
「派手なのは後でいくらでもできる。まずは地味に勝つ」
同じ頃、グーファはドーム中央の稽古床へシュリルを誘導していた。
周囲の戦士たちが輪を作る。目が多い。うるさいくらい多い。
シュリルは輪の内側に立って、ニヤニヤした。
「観客が多いと燃えるねぇ」
「燃えないでください」
「俺は燃えない。鉄だから」
「……今はまだ“硬いだけ”です」
グーファが槍を床へ立て、淡々と言う。
「合図したらパルダを使ってください」
「合図?」
「私が言います。“今”と」
「分かりやすい!」
シュリルが拳を鳴らした。
リプイは遠目にその背中を見て、ひとつ息を吐く。
(こっちも負けてられない)
モービルが鉢を指差した。
「まずは“ちょっとだけ出す”。次に“ちゃんと戻す”。
それができたら、燃費が良くなる。――はい、始めよう」
ドームの中央で、槍が動く音がした。
同時に、水面が静かに揺れた。
槍先が走る。
空気が裂ける音が、輪の内側だけ別世界みたいに澄んで聞こえた。
「――今」
グーファの声は短い。
シュリルは反射で全身に力を込める。
「鋼鉄化!」
黒光りした硬化が全身を覆い、筋繊維の輪郭が硬く浮かぶ。
槍が当たった瞬間、金属音が鳴った。
『ギィン!』
痛みはない。だが、衝撃が胸の奥に沈む。
息が一拍だけ遅れて、シュリルは思わず口をへの字にした。
「……今の、効いてる感じするな」
「衝撃は通ります」
グーファは淡々と言う。
「硬化は“切り傷”を減らします。衝撃は減りません」
シュリルは眉を寄せた。
「じゃあ、どうすりゃいい」
「まずは動けるようにする」
グーファは槍を下げず、足運びだけで距離を詰める。
今度は槍先ではなく、柄尻でシュリルの膝裏を軽く突いた。
『コン』
たったそれだけなのに、シュリルの足がふらついた。
輪の外から、魔族の戦士たちの小さなざわめきが聞こえる。
「……っ」
「関節が死んでいます」
グーファは言い切った。
「全身均一の硬化は“動けない鎧”になる」
シュリルは歯を見せて笑った。悔しさが混じった笑いだ。
「じゃあ、必要なとこだけ硬くすりゃいいってことか」
「その通りです。局所硬化。切り替え。維持。――三つ」
「切り替え、ねぇ」
シュリルは肩を回し、指を握る。
「できる。たぶん」
グーファは首を傾げもしない。
「証明してください」
槍が来る。今度は連続。
右、左、上、下。フェイントが混じる。
シュリルは反射で“全部”を硬化させそうになって、歯を食いしばった。
(違う。局所だ)
「――今」
シュリルは右腕だけを黒くする。
「鋼鉄化!」
『ギィン!』
槍先が右腕に当たり、音が鳴る。
だが足は動く。関節が生きている。
シュリルは目を見開いた。
「……なるほど」
「理解は早いですね」
「俺、単細胞だけど体で覚えるのは得意なんだ」
輪の外で、誰かが小さく笑った。
侮りの笑いじゃない。
「面白いな」という笑いだ。
グーファは槍を一度下ろした。
「では次」
淡々としているのに、言葉の圧が強い。
「あなたのパルダは“硬い”。だが、それだけです」
シュリルは一瞬、口を開きかけて――やめた。
港で弾かれた感触が、まだ腕に残っている。
“硬いのに届かなかった”あの悔しさだ。
「……分かってる。届かなかった」
悔しそうに笑って、シュリルはグーファを見る。
「だから聞く。俺に足りねぇの、何だ?」
「“バネ”です」
グーファは即答した。
「硬さは“盾”。バネは“槍”になります」
「バネ?」
「筋肉を“柔らかく使う”。溜めて、返す」
シュリルは眉を寄せ、すぐに頷いた。
「……つまり、硬いだけじゃ押されるってことか」
「その通りです。動ける硬さに変えましょう」
グーファは槍を構え直す。
今度は“突く”ではなく“押す”。
槍先が胸へ向かって真っ直ぐ、圧力そのものとして迫ってくる。
シュリルは反射で硬化し、踏ん張った。
だが、押し込まれる。足が石床を削り、じりじり後退した。
「うおっ……!」
「受け止めるな」
グーファの声が鋭い。
「溜めろ。返せ」
「返すってどうやって――」
「今です」
押し込みが一瞬だけ強くなる。
その瞬間、シュリルは膝をわずかに沈め、筋肉を“しならせた”。
(硬いままじゃダメだ。硬くする場所と、しならせる場所……)
次の瞬間――
『ドン!』
床が鳴った。
シュリルの体が前へ跳ね、押し返す力が生まれる。
槍先がわずかに逸れ、グーファの足が半歩だけ下がった。
輪の外がざわつく。
「押し返した……」
「人間が……」
「いや、あれは筋肉の使い方だ」
シュリルの目が輝いた。
「今の、バネか!」
「そうです」
グーファは槍を引き直した。
「盾だけでは勝てない。槍を作れ」
シュリルは拳を握り、ニヤッと笑う。
「いいね。俺、こういうの好きだわ」
「好き嫌いはどうでもいい」
「冷たいなぁ!」
「続けます」
グーファが槍を構える。
シュリルも構える。
今度のシュリルは、全身を硬くしない。
必要な場所だけを硬くし、必要な場所は“バネ”にする。
槍が来る。
「――今」
「鋼鉄化!」
音が鳴る。
だが今度は、ただ受ける音じゃない。
跳ね返す音だ。
『ギィン――ドン!』
シュリルの足が、床を掴む。
筋肉がしなる。
そして返す。
輪の外の視線が、また少し変わった。
試す目から――期待する目へ。




