第4話|夜の警護
夜風が、庭の木々をやわらかく揺らしていた。
眠りにつけず、ルミエールはそっと屋敷を抜け出す。
昼間の訓練の余韻が、まだ胸の奥に残っていた。
月は高く、白い光が石畳を淡く照らしている。
「こんな時間に何をしている」
低い声が、静寂を裂いた。
振り向けば、闇の中から一人の影が現れる。
簡素な警護用の装いに身を包んだ、ヴァルディア。
「ラヴェル様……」
そう呼んだ瞬間、彼の足がわずかに止まった。
「その呼び方は、屋敷内だけで十分だ」
「ですが……皇室騎士団長に対して、そのような呼び方は……」
夜風がふたりの間を抜ける。
短い沈黙ののち、彼は静かに告げた。
「ヴァルディアでかまわない」
月明かりが氷青の瞳を淡く照らす。
「今は職務中ではない。
肩書きで呼ばれるのは、戦場だけで十分だ」
「……ですが」
「困る理由はない」
ほんのわずかに視線が逸れる。
「少なくとも、君に呼ばれることに問題はない」
月明かりが、彼の横顔を柔らかく縁取る。
胸が強く鳴る。
その時、遠くから巡回の足音が近づいた。
ヴァルディアは振り向きもせず、低く告げる。
「こちらは問題ない。持ち場へ戻れ」
冷たい団長の声。
足音はすぐに遠ざかる。
気付けば、彼は半歩後ろに立っていた。
自然に守る位置。
風が強まり、ルミエールの髪が頬にかかる。
次の瞬間、大きな手がそっとそれを払った。
指先が、ほんの一瞬だけ触れる。
「……冷える」
理由はそれだけ。
それでも、胸の奥が熱を帯びる。
「ヴァルディア様は……いつも私を守ってくださいますね」
名を呼ぶ。
今度は、ためらわずに。
彼はわずかに目を細めた。
「守るべき対象だからだ」
団長としての答え。
だが、続けて静かに言う。
「……他の者に任せる気はない」
夜風に紛れそうな声。
けれど確かに、届いた。
独占。
その言葉を口にしなくても、伝わる温度。
彼は再び半歩後ろに立つ。
守る位置。
だが距離は、以前より近い。
彼は再び、半歩後ろに立つ。
変わらぬ守る位置。
けれどルミエールは知っている。
その距離は、もう遠くない。




