第3話|小さな任務
午前の陽光が中庭をやわらかく照らしていた。
屋敷内の警備経路を確認するため、ルミエールはヴァルディアとともに廊下を歩いている。
「本来は侍女の役目ではないのでは……?」
控えめに問えば、隣の男は淡々と答えた。
「視野を広げるのは悪くない。屋敷を知ることは、守ることに繋がる」
やはり騎士の理屈だ。
けれど今日は、戦場の鋭さはない。
歩調もわずかに緩やかだった。
倉庫前で足を止める。
「この区画は死角が多い。覚えておけ」
言いながら、彼は棚の配置を指し示す。
ルミエールも真似て位置を確認するが、重い木箱に手をかけた瞬間、わずかに体勢を崩した。
次の瞬間ーー
ガシッ、と腕を支えられる。
「無理をするな」
低い声が近い。
思っていたよりも近い距離に、息が止まる。
「も、申し訳ありません……」
「謝る必要はない。持ち方が違うだけだ」
そう言って、彼は木箱を軽々と持ち上げる。
その動きで前髪が少しだけ乱れた。
いつも整えられている銀の髪が、額にかかる。
無造作に払う仕草。
ほんの一瞬、年相応の青年の顔がのぞく。
(……ずるい)
戦場では鬼のように冷たいのに。
こんな、何でもない仕草で胸を鳴らしてくるなんて。
「持つならこうだ」
背後から、手を添えられる。
指先が、彼女の指に触れる。
「力を一点に集める」
声がすぐ耳元で響く。
木箱よりも、自分の鼓動のほうが重い気がした。
「……はい」
うまく持ち上がったのを確認すると、ヴァルディアはすぐに距離を取る。
その動きが、どこかぎこちない。
(今、少し……)
目が合う。
一瞬だけ、視線が揺れた。
だが次には、いつもの無表情に戻る。
「今日はここまでだ」
背を向けるその姿は、やはり隙がない。
けれど歩き出す直前、ほんのわずかに足が止まった。
「怪我をされては困る」
それだけ告げて、再び歩き出す。
団長としての言葉。
そう理解しているはずなのに。
胸の奥が、じんわりと熱い。
守られているという安心感。
それと同時にーー
(ただ守られているだけでは、いたくない)
並んで歩けるようになりたい。
隣に立てるように。
その想いが、またひとつ強くなる。
午後の光の中、彼の背を見つめながら、ルミエールは小さく息を吸い込んだ。
この距離が、少しでも縮まる日を信じて。




