第2話|柱の影
主寝室の扉が閉じる。
執事は一礼し、静かに廊下を進む。
重厚な絨毯が足音を吸い込む。
曲がり角でほんの一瞬だけ、視線が止まる。
柱の陰。
——何もない。
だが、空気がわずかに動いた。
半刻後、離れの小さな控え室。
窓は閉じられ、火も落とされている。
机の上に、薄い紙。
細い筆で走り書きされる文字。
・皇城より書状到着
・離縁の文言あり
・旦那様、動揺なし
・奥様、冷静
筆が止まる。
少しだけ考える間。
「……想定より早い」
小さな声。
ほんの一瞬だけ、筆が震える。
その声は若い。
だが、迷いはない。
紙は二つ折りにされ、封もせずに蝋燭の火へ。
炎が紙を舐める。
しかし、完全には焼かない。
半分だけ。
残りは、暖炉の灰の下へ。
やがて控え室を出る。
侍女服の裾が揺れる。
その手首には、控えめな銀の細鎖。
公爵家の紋章ではない。
ごく小さな——
王家の意匠。
同じ頃、主寝室ーー
ヴァルディアは窓辺に立っていた。
ルミエールは気付いている。
今朝、給仕の動きが一瞬だけ止まったこと。
執事が角を曲がるとき、わずかに視線を流したこと。
「……何人、紛れていると思われますか?」
彼女の問いは穏やかだ。
ヴァルディアは振り返らない。
「最低一人。恐らく二……」
即答だった。
「泳がせる」
その声は冷静だ。
「証拠が欲しい」
ルミエールはわずかに目を細める。
「では、私も餌になりますか?」
わずかな、息を呑む間。
それから——
「ならぬ」
短い。
だが、迷いはない。
昨夜よりもはっきりした拒絶。
守る、という意思。
ルミエールはふっと笑う。
「では、夫の隣で堂々と立っております」
その言葉に、ヴァルディアの口元が僅かに動く。
嵐は、外からだけではない。
この屋敷の中にも、静かに芽吹いている。
だが、二人はもう、背を向けてはいない。




